M.I.A 12
静かだ。
エリサは音も無くダンの後を追って艦橋へと上がっていったので、格納庫に残されたのはコディだけ……。
だがその目に涙はない。
泣くのは後だ、どこかで大声出して泣いてやる。だが今はその時じゃない。
全力を尽くして連れ帰ってみせる、その為にはさめざめと涙を流すだけでは駄目だ。
伝説の賞金稼ぎ、ジム・ギブソンの息子は伊達じゃないってトコを見せてやる。まだ出来る事は少ないが、それでも手伝える事はある。
崩れかける精神を、義務と使命感で支えてコディは立ち上がった、ダンに与えられた指示をこなす為に。ドックに通じる扉の一つは破壊したが、当然大型宇宙船用のドックなので、通じる扉は他にもあり、そこからロボットが攻めてくるかも知れない。
まずは格納庫のゲートを閉めよう、そう思った矢先だった。鼻先を汗で光らせたライナスが、格納庫に駆け込んできたのは。
「ライナス! おい、なにがあったんだよ⁉」
「襲われたんス、ロボットに……いきなり」
「待ってろ、ゲートを閉めるから。オドネルはどうしたんだ。まさか、あいつも……」
「分からない、はぐれたんスよ。見張りに立ってたんだけど、そしたらミドルさんを見かけて追いかけたんス。その途中で警備ロボットに襲われてここまでなんとか逃げてきた。他の人達は?」
「レオナはハッカーを探しに行った。けど……」
格納庫のゲートが閉まった。
コディもついさっき戻ってきたばかりで、ヴィンセントの安否など知る由も無く言い淀む。それに無線も不通のままなので、レオナの現状も今となっては不明なのだが、銃撃戦に晒され、その強烈な強さを肌で感じた後では心配する気が起きなかった。
「とにかく、無事みたいでよかった。いや、良くはないけど。大丈夫だ、オドネルだってすげぇ便利屋なんだろ、おれの親父の方がスゲェけどな」
「そうッスね。他の皆はどこにいるんスか?」
息を整える為にヘルメットを外したライナスの顔は青ざめていて、死線を抜けてきた眼付きは虚ろ。始めて見たその表情にコディは一抹の不安を覚え、あまり触れない方が良いような気さえした。
話していたパイロットとの撃合いよりも、より張り詰めた槍衾を抜けてきたのだろう。
「ダンなら上にいる、エリサも多分。レオナ達が鎖を解いたら船出せるように待ってるよ。おれもエンジンをかけられないか試してみるつもりだ、時間はかかると思うけどなんとかしてみせるさ」
「これからすぐッスか?」
「そのつもり。心配しなくてもちゃんとダンには確認するよ」
「それは丁度いいッスね。じゃあ一緒に行こう、皆に話したい事があるんス」
腫れ物とは、触らない方がいいと分かっていても触ってしまうものだが、コディのそれは、友への情から生まれた気遣いで、決して下劣な好奇心からではない。
「……なあライナス、ほんとに大丈夫かよ。なんか顔色わるくないぞ」
「走ってきたから。大丈夫、それだけッスよ。さあ早く行きましょう、急いで皆さんの耳に入れておきたいんス」
「まぁ、そう言うならいいけどさ」
着替えもせずにそのままで二人は艦橋に上がると、葉巻の煙が二人を迎え入れた。ダンは中央の操縦席に腰を落ち着けている。艦橋内を満たしているのは紫煙よりもむしろ、彼の発している威圧感の方が強い。
「ダン、ライナスが戻った。話したいってさ」
するとジロリ、強面が二人の方を向いた。
まだ説明していないのに、ダンは状況をおおまかにだが言い当てる。
「御苦労だったなライナス、少し休んだらコディを手伝ってやってくれ。ヴィンセントはまだ船内にいるようだが文屋もまた行方不明だ、探し出さねばならん。それでライナスよ、船で何があった」
「襲われてはぐれたッス、オドネルさんは多分無事だと思うッスけど。……それで、エリサさんはどこにいるんスか?」
「彼女ならコーヒーを淹れに行ってるが直に戻るだろう。エリサがどうしたんだ」
「話しておきたいことがあるんス、できれば全員で共有しておきたい情報なんスけど」
「お前さんがどんな情報を仕入れてきたかは知らんが、ガキンチョのエリサにまで知らせる必要があるとは思えんぞ」
そう言ったダンだが、ふとそこまでする理由が思い浮かび、彼の眉根は新しい渓谷を刻んだ。確かに考えてみれば繋がる線は存在する。
ブラックパレードという聞き慣れない単語を追い、コディ達はこの船に辿り着き、そして同じ単語について調べる為にエリサの父親にコンタクトを取ろうとしていた。
不穏な行列は彼等を繋ぐ線になり得て、この巨大宇宙船にその手掛かりがあったとしても不思議ではない。
「なるほどな、あいつの父親が絡んでいる内容か。一体なにを見つけた、この船ときたらまるでドデカいパンドラの箱のようでな。救いが残っていると信じたいが、果たして底にあるのは本当に希望か怪しいものだ」
「エリサさんが戻ってきたら話します、待ちましょう」




