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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
5th Verse M.I.A
166/304

M.I.A 11

「オドネルさん、まだ移動しないんスか?」

「この一本吸い終えたらな。煙草くらいゆっくり吸わせてくれよ、さっきはギスギスしてて一服どころじゃなかったろ」

「それはまあ、そうッスけど。でも船調べないと――」


 コディは不服そうだが、ヴィンセントはそんな彼に紫煙を吹きかけて、いいから見張りに立っていろと部屋の外へと追い出した。言い分は分かるがしかし、まずは苛む頭痛を少しでも収めなければ。この先の探索がタフなものになるのは目に見えている。

 ひっくり返っている箱を直して、ヴィンセントはケツを乗せた。それでも銃は提げたままだし、ヘルメットも被ったまま。襲われる気がしてならず緊張感は張り詰めたままだ。

 ストレスは遠ざけろと言われたが、生きてる以上どうしたって避けられない。


 空戦と銃撃戦へての一服。

 頭痛に悩まされるだけならある意味御の字である、運に見放されたコディの父親は、息子と話す機会を永遠に失ったのだから。


 ふと、視界の端で何かが動いた気がしてヴィンセントはそちらに顔を向ける。室内には誰もいなかったはずだし、ライナスは通路でやきもきしながら待っている。じゃあ仕切り板の後ろで靡いているのはなんだ。


「出てこいよ、撃ちやしない」


 うんざりしているが声音はどこか柔らかい。ライフルをスリングに預けると、ヴィンセントは仕切り板からはみ出している灰色の獣耳を手招く。

 頭隠して耳隠さず、獣人の耳ってのは大きいから隠れているとよくはみ出す、特に子供だと自分の耳がどれだけ目立つかなんてあまり気にしない。


 恐る恐る、答えたのは少年の声だった。

「お兄さん、ここで何してるんですか?」

「座って、休んで、考えてる」

「……前に会いましたよね、僕たちの家に来てた。……迷子? 迷ったんですか」


 顔を覗かせたのは狼少年。警戒心からか、尻尾はしなびて股の間に挟まんばかりだ。


「そっちはどうしてここに? 妹捜しか」

「うん。でも大丈夫、分かるんだ、僕には。お兄さんはどこに行きたいんです?」

「さあな、いつも迷ってる、どっちに進めば良いのやら。……座れよ、とりあえず。広大な砂漠を歩き続けてる気分さ、周りは全部砂だらけで、目印になるのは太陽だけ。その太陽も動き回るから真っ直ぐに歩いてるつもりで道を逸れてる」


 向かいに箱を持ってくると、狼少年は腰を落ち着けた。まだ警戒心は保ったままだが、少年はヴィンセントを眺めている、同情的な眼付きだ。


「大変だね、それって。家に帰れそう?」

「どうかな足跡は風に吹かれて消えてる、前に進むしかない」

「……でも、平気なんでしょ」


 と、狼少年はぎこちなく言う。

「お兄さんには家がある。帰る場所も、待ってる人も、だから平気だと思うんだ」

「いや、俺もお前と同じだよ。無くしたんだな、お前も」

「後悔してる?」

「関係ねえ、他の連中には特にな。それにやる事は決まってる」

「どこに行きたいの、お兄さんは。さがしものがあるんでしょ、急いだ方がいいよ、悪い事は言わないから。一緒に行こう、ぼくが案内してあげるから。中央制御室に行きたいんでしょ、こっちだよ、付いてきて」


 ヴィンセントの手を引いて狼少年は走り出した、その足並みには迷いが無く、自宅で鬼ごっこをする様に鮮やかだ。


 通路に出て左へ

 配管を見つつ突き当たりまで

 エレベーターで上のフロアへ

 また走り出し何度か角を曲がる


 下のフロアと異なり、上階は壁も綺麗なオフホワイトで染められていて、まるで別の船のようでさえある。やがて狼少年は立ち止まりこれまでより大きな耐圧扉を指さした。


「ここだよ、中も見たい?」

「ああ、頼む」


 中央制御室の扉は厳重なセキュリティがしかれているのに、狼少年が入力装置に手をかざすとカーテンを開けるよりも容易く二人を室内へと招き入れた。無人――だがたくさんのコンソールが並んでいて、ここなら、巨大な船体の全てを制御する事が出来るだろう。


「ゲートの操作はどのコンソールで動かせる?」

「分からない、それとお兄さんたちの船にハッキングを仕掛けている相手がどこにいるかも分からないよ。……ルートは覚えたよね」

「大丈夫だ、頭に入ってる」

「はやく逃げるんだ、頑張って」


 そして去ろうとする狼少年をヴィンセントは呼び止めた。

「最後に一つ聞かせてくれ、何故俺を助けようとする。狙いはなんだ」

「お兄さんには生き延びてもらわなくちゃ、さあ目を覚まして」


 瞬くと世界が切り替わる。

 中央制御室のコンソールは瞬間に立ち消え、代わりに資料を収めた本棚が現れた。対して吸ってもいないのに、指に挟んだ煙草は味わう前に灰に還ってしまっていたので、ヴィンセントは吸い殻を踏み消して腰を上げる。


 休憩は充分にとったので、それじゃあとライナスを呼ぼうとするが、遠くで聞こえる銃声の残響に、ヴィンセントは通路へと飛び出した。


 だのに、そこにライナスの姿はなく、しかしどちらに消えたかは足跡が教えてくれる。彼は射殺体の血溜りに爪先を引っ掛けていたので、小さくだが赤いブーツのスタンプが床に続いていた。

 部屋を出てライナスは右へ進んでいる――そちらは船体後部――中央制御室から遠ざかる方向だ。まったく手間を増やしやがるが、かといって放っておくわけにもいかない、本人は勿論の事、装備一式収めたバックパックはあいつの背中、分厚い耐圧扉を開くには中に入ってる爆薬テープが必要になる。


 ヴィンセントは早足で追跡を始めた、床は乾いた鉄板なので街や森での追跡に比べれば簡単なもの。

 そして、早足になる理由はもう一つある、さっきの銃声はレオナの愛銃の声だ。彼女がドンパチ始めたって事は、敵が現れたって事で、敵が分かりやすい行動を起こした以上、時間は一気に少なくなった。なのに――


「どこほっつき歩いてんだ、ったくよぉ」


 次第に薄れていく足跡はずぅっと続き、階段を階下へと向かっている。当然、ヴィンセントは追うが、残念ながら踊り場付近で痕跡は途絶えていた。


 さて、ここからどこへと向かった?

 一つフロアを下りただけで、船内の様子は小綺麗な宇宙船からさながら工場へと変化している。壁は鉄が剥き出し、床は金網、透けて見える床下の配管からは、咳き込むように時折蒸気が漏れていた。

 機関室が近いのだろうか、その割には静かだが。


 全長二キロの巨大宇宙船、その内部で一人の迷子を捜すのは骨の折れる作業だ。

 閉鎖空間が生み出す圧迫感と孤立無援の恐怖感が、彼の足を震わせるが、それでも一歩を踏み出したヴィンセントに立ちはだかったのは両開きの大扉で、慎重に開閉装置へ手をかざすと、あわよくば引き返す理由になるかと思っていた彼の気持ちを裏切った。


 残念ながら開いてしまった扉を潜った先は、巨大な工作機械が整然と並ぶ、正に工場と呼ぶに相応しい場所だった。最低限の照明しか灯っていないので薄暗く、鉄の臭いと相まって寒気が止まらない。製造ラインは停止しているようだが、どこからかモーターの駆動音が虫の羽ばたきのように唸っている。

 隠れる場所は多く、工作機械の所為で見通しは悪い。


 強襲には最適で、ヴィンセントは舌打ちを鳴らし、ひっきりなしに周囲を見回している。

 誰かの後ろに付くのと、単独で冒険するのでは大違いだと気付いた時には、たった一人で深いジャングルの中。ライナスも今頃は後悔しているかも知れない。木の根やぬかるみに代わって新人を追い詰める鋼鉄が生み出す疑心暗鬼は、それこそ些細な物音に銃爪を引きそうになるくらいだろうに。


 周囲の空間、隠れられる全ての場所が恐怖の対象だが、彼にとって幸いだったのは見つけて人影が知った形だった事だ。


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