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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
5th Verse M.I.A
165/304

M.I.A 10

 非力な少年に、力を失った父親の身体が重くのしかかる。


 歩みは遅く、それでも一歩一歩を踏みしめてコディはレオナの後に続く。彼の後ろにはミドルが、神経質に辺りを見回しながら付いてきていた。

 つまりは遅すぎる。ハイキングよりも鈍い歩みじゃあ、襲われるのを待つ兎も同然で、先導するレオナの苛立ちはかなりのもの。彼女に言わせれば、野生の兎を連れ回す方がまだマシで、一メートル移動する度に反響する足音を立てられては、死にたがってるも同然だ。


「静かに歩けって言ってンだろクソガキ、――アンタも、ふぅふぅうるせえ」


 牙を剥くレオナの声も視線も冷ややかかつ、だが底には熱がこもっている。事態に相応しい緊張感を保てているのは彼女だけであって、のろのろ付いてくるお荷物が鬱陶しくて仕方がない。

 この調子で移動していたんじゃ一週間はかかりそうで、だからこそ苛立ちは収まらない、早いとこ届け物を済ませて、探索に戻りたいというのに亀よりも遅いのだから。

 そんなドン亀の二人には目もくれず、警戒すべき曲がり角であろうとレオナは立ち止まらないで、どんどん進んでいく。


 その歩みは次第に早くなり、コディもミドルも次第に距離を離され始めた、特にコディは父親の遺体を背負っている所為で、気持ちは急ぐが足は付いてこない。


「ちょ、ちょっと待って、レオナ……、早いよ」


 なんて弱々しい声で頼んだところで彼女が聞くはずもなく、寧ろ足並みは早くなり、次いで角を曲がった時にはレオナの姿を見失っていた。

 パイプが這う壁はブロック毎に通路が交差していて、どの角にレオナが入っていったのかは、一度見失ってしまうと知る由も無かった。


「彼女はどこへ消えたんだ」

「分からない。でも、ドックへのルートならおれも覚えてるから大丈夫さ」


 突然置き去りにされコディとミドルは顔を見合わせていた。すると、同時に通路の先で銃声が轟き、二人は飛び上がるほどに驚く。

 緊張に固まった二人に向けて、銃声を押しのけたレオナの怒声が木霊する。


「急げ、コディ! こっちだ、早くしなッ!」


 二人は声のする方向へ走る。銃声は断続的に続いている。

 ようやくレオナに追いつくと、コディは500S&W弾に砕かれた金属片を踏みつけ、続く銃声に顔を上げると、思わず父親を落としそうになった。


 角張った頭に埋まった一つ目のカメラアイ

 筋肉の代わりに伸縮する油圧ピストン

 皮膚の変わりには圧力整形された金属板


 レオナに向かって人型を模した金属骨格剥き出しの警備ロボットが押し寄せていて、彼女は単独で立ちはだかっていた。

 相手は無機質なマシーンだ。だが取り押さえるよりも殺意をもっているように思え、レオナは呆けている二人に怒鳴りあげる。


「ボサッとしてないで走ンだよ! ドックに行け、走れ!」


 二人の背後をレオナは塞ぎ、鉛の雨で警備ロボットの津波を押しとどめる。とはいえ相手は痛みを感じず、恐怖にも動じない無機質な機械兵。武器は装備していなくても、仲間の残骸を踏み越えて迫ってくるロボット共を支えるのには、大口径の拳銃でも限度があった。

 レオナは踵を返して走り出す。彼女の耳はそこら中から聞こえてくる金属の足音を的確に聞き分けていた。


 その数、十六体――。


 どこに潜んでいたのかまったく分からないが、とにかく殺到してきている。

 十字路から飛び出してコディに掴み掛かろうとしているロボットに向けて発砲、こめかみを撃ち抜く。幸いなのは、人間と同じで頭をブチ抜けば動かなくなる点くらいだ。追い越しついでに彼女はロボットを蹴り飛ばす。


「チクショウ! だから機械は嫌いなんだ! チンタラ走るなクソガキッ!」

「分かってるよ! こいつらなんなんだ⁉」

「このボケ! 死体は捨ててきな、捕まるぞボケ」

「嫌だッ、俺の親父だぞ! 見捨てるなんてできない!」

「ったく、クソがよぉ!」


 コディに追いつくと、レオナは父親の遺体を奪い取って肩に担ぐ。

 ドックまではもう少し、先にコディを行かせる。ドックへの扉は電子ロックで閉ざされていて、開けるにはコディの技術が必要だ。


「時間稼いで、おれが開ける!」

「誰に命令してんだクソガキッ!」


 レオナは遺体を下ろすと振り返り、銃を構えてロボット共を迎え撃つ。

 頭部を壊せば停止するのは確かだが、逆を言えば頭を壊さなければ止められない。ひっきりなしに動く標的の頭に命中させるのは難しい上、こちらの弾数に限りがあり的確に狙いを付けなければならない。

 しかし、レオナはロボットの一つ目を確実に破壊して、動きを止めていった。


 圧搾された空気の擦れる音。

 遺体を引き摺ったコディが先に入った。


「開いたぞレオナ、さあ早く!」


 直ぐに締めて扉をロック。両側の入力装置を撃ち壊した為、二度とこの扉が開く事はない。ロボット共がどれだけガンガン叩いても、耐圧構造の分厚い扉はびくともせず、コディは床にへたり込んでいた。


「はぁ……たすかった、もう平気だよね」

 だが安心したのも束の間、コディは壁に叩きつけられて銃を向けられていた。

「いいか、クソガキ。こちとらテメェの親父にかかずらわって、ロボットの突撃歩兵相手に撤退戦だ。アホ抜かしやがったら今度こそ親父に合わせてやるぞ」

「……あの、レオナ」

「あ? 馴れ馴れしく呼ぶンじゃねえよ、テメェ等が騒ぎ立てったから狙われたんだぞ。船に戻って大人しくしてな、次はアタシがブッ殺してやる」

「……その、ありがとう、親父を連れて帰ってくれて」


 それは心からの感謝だった。撃たれても文句はない、コディは潔く受け入れるようにレオナを見上げていた。

 こうなるとレオナにとってはむしろ撃ちづらい、というより無抵抗の相手をブッ殺すほどつまらなく悪趣味な殺しはないだろう。不愉快に奥歯を噛み締めると、彼女はコディを放り出した。


「それからホントにごめん、酷い事を言ったよ」

 父親を背負い直すコディ。だが、彼はふと、辺りを見回してもう一度レオナに呼びかけた。此処にいるべき人がいない。

「なあレオナ、ミドルは? あの人、どこに行ったんだ」

「……クソ」


 ロボット共は諦めたのか、耐圧扉の太鼓の音は止んでいた。だが、悠長にしているひまがない事は明らかで、コディを急かしてレオナはアルバトロス号に戻る。


 格納庫直通のサイドハッチから乗り込むと、そこにはダンとエリサが待っていた。

 サングラスの鼻当てに食い込まんばかりに深い皺、引き結んだ唇の険しい表情。それは事態の危険度によるものか、それとも死んだ友人を偲んでのものか。


 いつもは工具袋を提げている腰のベルトに代わって、ダンの腰には古めかしい革製のガンベルトと回転式拳銃が居座っていて、指先で銃把を撫でている。

 エリサはエリサで、生来の健気さを持って、自分に出来る事――座って遺体を眺めているコディを元気づけていたが、彼等の発する女々しい傷心などレオナには無関係で、彼女は黙って武器ロッカーを漁り出す。


 探索に戻ればロボット共とかち合うのは必至で、数が不明な以上、強力な銃とより多くの弾薬が必要で、羽織ったタクティカルベストに挿せるだけの弾倉を挿した。


「戻るのか、レオナ。状況はどうなっている、ヴィンセント達と無線が繋がらん」

「連中は中央制御室を探しに行った、警備ロボットに襲われてミドルは消えた」

「探し出せるか?」

「生きてりゃね。それにハッカー野郎も絞めてやらねえと船動かせねェンだろ」


 そして黙っているダンに向き直ると、サングラス越しの視線にレオナは舌打ちを返した。

「……ああ、そうだよ、くそ面白くもねえ。アタシがシクったのさ、ケツは自分で拭く」

「別に責めてはいない、何を苛ついている」


 銃身を切り詰めた対物ライフルに弾を込めながら自問するが、レオナは明確な答えを出せずにいて、尻尾は勝手に振られていた。


「もう行く。アホ面してっとターミネーターにカマされっぞ」

「待て、レオナよ」

「なにさ」


 サングラスをかけ直し、ダンはレオナを、そして友人親子を眺めた。


「俺からも礼を言わせてくれ、レオナ。よくぞ連れ帰ってくれた、願わくばお前さんも無事に戻ってきてくれる事を祈っている。気を抜くな、生き残るぞ」


 鼻を鳴らして再び探索へと飛び出していくレオナを見送り、ダンは艦橋へと上がっていく。



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