M.I.A 7
「オドネルさん、訊いても良いっスか?」
警戒しながらの前進なので歩みは鈍く、十分ほど移動したがドックからはさほど離れていないだろう。しかし、場慣れしているヴィンセントと異なり、生身での初舞台となるライナスには沈黙の時間が重すぎたのか、遂に耐えかねた様子で話題を切り出したのだった。
「お前、俺の偽者と組んだ時に一応実戦は踏んでるだろ。もうちょいリラックスしろ」
「いやぁ、あの時は撃合い無かったッスから。それに、こうやって銃を持つのも初めてなんスよ、その……、人に向かって撃つかもしれないのは」
処女切る時は誰だって怖い。だが、初めてだからと言って優しく相手をしてくれる筈もなく、矢面に立ちながら一瞬でも迷えば死ぬのは自分だ。
「目を見ず躊躇うな、それさえ出来りゃあなんとかなるさ。この場はな、多分」
「お、おどかさないでくださいッス。……で、オドネルさん、訊いても良いっスか?」
「答えるかどうかは内容による。……このやりとり前にもやったな」
ライナスは気まずそうにはにかんでいる、すでに答えは分かっている問いだから当然だ。
「そうっス、同じ質問ッス。あの戦闘機のパイロットって、やっぱり知り合いなんスよね。『隊長』って呼んでたっスけど、どういう関係なんスか」
「……前回の教訓、活かした上で訊いてんのか?」
前方を警戒するヴィンセントは銃を構えたままで振り返りもしない、しかし、彼の背からは明らかな圧が放たれているが、ライナスは真っ向からその圧を受けた。
「そうッス。外部回線は閉じてたからあの機体からの通信のはずがないッス、でもオドネルさんは『話してた』、あの機体のパイロットと。……まだ幻覚が?」
「自覚はある、大丈夫だ」
幻覚と分かった上で話しかける男が機長。
安心できる要素など皆無で、ライナスはだが、心配そうに唇を濡らした。
「動きに見覚えがあるからッスよね? 俺だってあの黒い機体と戦って二回も死にかけたんスよ。少しくらい、話してくれてもいいじゃないスか、仲間でしょ?」
「……俺と、お前が?」
「そうッス。ただ憧れてるだけじゃない、オドネルさんを信じられるから付いていくんス」
「こうも言ったろ、他人は疑えって。死線をちょいとくぐったくらいで簡単に信じるな、長生きできねえぞ」
しかし、だ。信擬は別としてライナスには、多少でも話しておくべきだろう。彼にしてみれば無関係の因縁に巻き込まれて様なもので、逆の立場ならば他人の都合に立ち入らない主義のヴィンセントでも、相手に納得のいく理由を求める。他人のいざこざに訳も分からず巻き込まれてくたばるなんて、間抜けも間抜け、誰だって願い下げの案件だ。
「……まぁ、そうだな。少しなら教えてやるよ。とりあえず、最初の質問の答えはNoだ。あっと、嘘じゃないぜ、飛び方は似てたがキレが違う。真似て飛んでるって感じだった」
「どういう関係だったんスか、隊長さんとは」
「そのままさ。俺が部下で、あの人が隊長。特別な事はなにも」
「……ってことは軍にいたんスか、オドネルさん」
「ノーコメント」
冗談めかして即答してやるが、ライナスは内容の危険さをすぐに理解したようで、それ以上同じ質問はしなかった。それでも、まだ納得はいっていないらしく質問は続く。
しかし、次の問いには思わずヴィンセントもニヤケテしまうのだった、それは無知を笑うようでも、懐かしむようでもある。ライナスは尋ねた「強かったんスか?」と――
「ああ、トンデモなくな。一度も被弾してない、誰も追いつけない無傷のエースさ。ああ、俺の事じゃねえぞ、背中は遠い」
「オドネルさんにとっての憧れの人なんスね、隊長さんは」
「綺麗事で片付けるなら、そんなトコだな」
そしてライナスの脳裏をよぎる問い。だがきっと、この質問には答えないであろう事は予想が出来た。おそらく『隊長』まつわる話で最も触れられたくない内容なのは間違いなく、彼はその問いを胸にしまった。
すると――代わりにヴィンセントが語る。
僅かに傾けた横顔は、憎めない笑みを湛えていた。
「躍起になった訳は、お前が一人前になったら話してやる。寝たら忘れるように、しこたま酒吞ませてやるから覚悟しとけ、胃の中身と一緒に記憶も吐き出させてやるからな」
「了解ッス。それなら、ミドルさんを探し出せたら聞けそうッスね」
「フッ……言うねぇ、俺の目は厳しいぞ」
「知ってるッスよ。見ててください、オドネルさんの予想を超え――」
言いさした決意表明を遮ったのは、ヴィンセントが挙げた左手。
一気に張り詰めた緊張感はライナスにさえ敵の接近を理解するには十分で、瞬時に切り替わった空気が口を噤めと告げている。
ヴィンセントは、ハンドサインで指示を出す。ライナスを少し下がった場所で待機させると、彼は十字路へと近づいていった。少なくともレオナではない事だけは確かだ、彼女なら足音などさせないだろうし、ましてや人間相手に後手に回るようなヘマはしない。
こちらが撃つかは相手の出方次第だが……。
と、覗き込もうとしたヴィンセントのヘルメットが角からはみ出るや銃撃が始まり、甲高い跳弾音に彼はすぐさま身を縮めた。
「……野郎、いきなりかよ。ライナス、こっちこい!」
「撃たれたんスか⁉」
案の上というか、ライナスは気が動転しているようで、バックパックから救急キットを出そうとしていた。もし撃たれたならそう叫ぶ、いま欲しいのは銃を撃てる手の方だ。
数では勝っていると応戦しながらヴィンセントは言う。
「よかったなライナス、早速試験だぞ。銃声からして相手は一人、援護してやるから反対側の通路に走り込め、二方向から撃つぞ」
「い、いきなり過ぎません⁉」
「アホか、準備できてる銃撃戦の方が珍しいっつの」
親指がセレクターを弾く、セミからフルオートへ
「ほれ、――ワン、ツー、スリーッ! Go、Go、Goッ!」
銃声と、かけ声と、悲鳴がごちゃ混ぜになった数秒後には、ライナスは無事に通路の反対側に飛び込んでいる。きっちり敵の頭は抑えていたから、反撃の心配は少なく、むしろライナスが自分の足を撃つ方が心配なくらいだった。
「つ、次はぁ⁉」
「お近づきの印を送ってやれ」
「どういう意味スかァ⁉」
「おとぼけかましてんな、撃たれてんだ、撃ち返せ!」
ライナスの散弾銃が反撃の口火を切る、鹿撃ち用の散弾なら対人であっても有効で、特に閉所ならばその制圧力は絶大だ。
「どうよ、新人楽しんでっか? 一日で空戦と銃撃戦楽しめるなんて中々ないぜ!」
「嬉しくない、嬉しくないッスよ! ひぃ~~」
情けない声を出しながらも、言動の割には落ち着いているらしく、手元は正確に銃を扱っている。ヴィンセントはそんなライナスの姿を、座りながら眺めていた。しかもニタニタ笑いながらである。
「ちょっとぉ! 休んでないでオドネルさんも手伝ってくださいよ!」
「……しょうがねえな」とばかりに撃ち返すヴィンセントだが、なにもただライナスの必死な姿を嘲笑っていた訳では無かった。大事なのは常に冷静さを保ち続ける事、これこそが生き残る秘訣だ。
残弾数は焦りを生み、焦りは単純さを生む、そして単純さは一定のリズムに収まり、次の行動が読みやすくなる。これは空戦も銃撃戦も同じで、相手に先を読ませないようにするのが肝要だ。
敵は焦っている。それはライナスとの弾のやりとりで察する事が出来た。主導権はヴィンセントにあり、ライナスが装填に時間をかけている間、彼は撃ち返さずに敵を焦らした。
敵の隠れている角に照準を定め、待つ。
一秒、
二秒、
――ここだな。
そう確信して、ソフトに銃爪を絞れば、丁度身を晒した敵に鉛弾が吸い込まれていった。
短い悲鳴、そして足音。
完全に無力化するには至らなかったが、上々だ。手傷さえ負わせれば後はなんとかなる。
話を聞くのも楽になるというのに、ライナスは装填を終えても移動しようとしない。その表情の気まずさは、最悪の結果を見越しての事。後の祭りも甚だしいが、彼は重い口を開く。
「……あの、オドネルさん。一個思いついちゃったんスけど、コディさんのお父さんじゃないッスよね、今のって」
「知るか、先に撃ってきたのはむこうだ。行くぞ、気を抜くなよ」
ヴィンセントを先頭に、二人は通路を進む。
床には血の跡、壁には弾痕。
慎重に角を覗き込むと、壁にもたれて立っている宇宙服姿の人影があった。ヘルメットの所為で顔が見えない。
こいつがコディの父親かどうか、確かめるには訊くのが早い。だが、銃撃戦を交えた直後で、認識は互いに敵同士だ。ここは一つ慎重にならなければならない。
そうヴィンセントが思った矢先だった、ライナスが角から身を晒して尋ねたのは――。
「コディ・ギブソンの父親ッスか?」
宇宙服の男は答えない、激痛に喘いでいるようだった。バイザーにスモークがかかっている所為で表情が見えず、気力も敵意の有無も読み取れない。
「何考えてんだ!」
「落ち着きましょうッス、お互いに。オドネルさんも銃を――」
振り返ったライナスが見たのは、鋭い眼光のヴィンセントと暗く小さな銃口。
――BA、BANGッ!
撃ったのはヴィンセントだった。
彼の放った5・7㎜弾はライナスの頬を掠めて男の胸を貫く。
更に二発を胸に受けた男は力なく床に潰れて、左手の拳銃を取り落とした。ヴィンセントが撃たなければ、男の代わりにライナスが背中に穴を開けられていただろう。
「気ィ抜くなって言ったろうが馬鹿野郎! 銃持ってる相手に背中向ける奴があるか!」
銃撃戦の緊張感が途切れたからかもしれないが、あれは明らかに迂闊な行動で、自殺に近い行為だとヴィンセントは怒鳴る。ライナスを救う為とはいえ後味は悪く、だが撃ちたくはなくても、撃っちまったものは仕方がない。
呆然としているライナスを押しのけ、男の落とした拳銃を蹴り払うとヴィンセントは男の前に跪いた。まだ息はあるが、長くは持たないだろう、肩に一発とバイタルゾーンに三発、出血も多い。コディの父親であろうとなかろうと、話を聞くなら今のうちだ。
ヴィンセントはヘルメットに手をかける。どうか、コディの父親でないようにと願いながら。
ロックを外し、ヘルメットを脱がせるとライナスから明らかな安堵が吐き出される、だがヴィンセントは一層険しい表情となった。
現れたのは獣の毛並み。男は獣人だった。
「黒い戦闘機のパイロットだな? 名前は?」
「…………」
男は答えない、濁った目で見つめ返すだけ。
宇宙服に視線を落とすが、明らかに軍仕様のパイロットスーツのくせにネームタグが無い。それに所属や階級を示すものも見当たらなかった。
「この船はなんだ、なぜ俺達を襲う? 答えろ」
「…………逃げ、きれや……しない。おまえた、ちも終わりだ」
男は咳き込み血反吐を吐く。
「記者共と同じ、だ。しりすぎたな……」
「二人をどうしたんスか⁉」
「『ブラックパレード』か? そうだな?」
男の口角から血が滴る。その笑みを肯定とヴィンセントは取った。
「文屋がブラックパレードについて調べてるのは知ってる。この船と関係があるんだろ」
「くかかか……、知って、どうする? どのみち生き、て船からは出られない」
「そいつはどうかな、お前の相棒なら墜としたぜ」
「相棒……? ああ相棒など、いない……おれは一人だ。一人で戦ってきた」
「そうだな、もう一人だ。――答えろ、ブラック、パレードとは、なんだ?」
男は口を動かす。だが、言葉とはならずに力を失って首を垂れた。
目から完全に光が消えている。一応脈を取るが、無駄な手間だった。
「……なんて言ったんスか、最後」
「『この船だと』。この船がブラックパレードだとさ」
他に何か手掛かりは無いかと漁るが、めぼしい物は見当たらない。
船名がブラックパレードだとすれば、長い取材の末に文屋達は終着点に辿り着いていたということになるのだが、しかしそうなそうなると、疑問が一つ生まれる。
救難信号だ。
ギブソンの宇宙船の記録を見る限り、発信は巨大宇宙船に着艦するより前だった。とすれば、着艦は望んだものではなかったのか?
「オドネルさん、あれ、なんスかね」
こすりつけたような血痕が、壁についている。
それだけなら、さっきの獣人のものだと思ったかも知れないが、その血痕はドンパチをやらかした場所より遠い場所に付着していた。さらにだ、その血痕は閉ざされた扉によって断ち切られている。
室内に誰かいる事は明白だが、開閉装置が故障しているのか扉は動かなかった。
なら無理やり開けるまでだ。
「バックパックに爆薬テープが入ってる、新人、準備しろ」
「え……、この人はどうするんスか?」
ライナスは、まだ獣人男の死体のそばに立っていた。
「安心しろ、死んでるよ。生き返る心配してんなら頭に一発撃ち込んどけ」
「そうじゃなくてッス、このまま放っておくんスか」
「記念に耳でも持って帰ろうってか、悪趣味だな。ふん、冗談だ。死人から話は聞けねえだろ、ほっとけ。良心の使いどこを間違えんなよ」
物事には優先順位というものがあり、状況によっては素早く非常な選択をしなければならない場合もある。敵の死体の処理など後回しだ。
ライナスは渋々といった様子で納得し、ようやくバックパックを探り始めた。彼が取りだしたのは、ダクトテープと見分けが付かない巻き束と、二つに割れるカプセル型の起爆装置。爆破の準備は子供でも出来るくらいに簡単で、まずはテープを扉の縁に沿って張り、その上に起爆装置を取り付けると、たったの二手間。最後にキッチンタイマーよろしく起爆装置の時限用つまみを捻ってやれば完了だ。
爆薬は障害物を的確に排除するために指向性を持たせてあるので、傍で待機していても問題はないが、それでも一応の保険としてライナスを自身の背中に回らせてから、ヴィンセントは起爆を待つ。
時限装置がゼロを刻むと、轟音と共に扉が室内へ向けて吹き飛び、風が吹き込んだ。
ライナスは初めて扱った爆薬の威力に興奮した様子で「うわぁ」と笑っていた。
「よくやったな。ほんじゃ中を調べよう」
塵が落ち着くのを待ってから二人は室内へと入っていった。




