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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
5th Verse M.I.A
159/304

M.I.A 4

「やる気あんのか、この野郎! 反撃してこいや!」


 ひたすらに追い続けているが、敵機は頑ななまでに防御機動に徹していて、反撃の意志が感じ取れなかった。一騎打ちだとしても元より四分六の勝負であって、戦闘開始からヴィンセントに不利な戦闘だ。その上徹底して持久戦に持ち込まれては、時間をかける分だけ勝機が薄くなっていく。

 判ってはいるが、退けない。攻撃の手を緩めればそれこそ勝ちの目がなくなる。四分六に持ち込めているのは、ラスタチカが攻め続けているからなのだから。


 回避機動はとっている。しかしこうも簡単に付いていけるというのが気にいらない、敵機がそのつもりなら当に離脱しているはずだ。だのに逃げ切ろうとするには緩く、反撃の機を狙うには尚見えなかった。

 前回に比べれば、機動は明らかに緩くなっている。しかし照準と重なる瞬間にだけは過敏に反応し一撃を避けているのだ。あからさまに誘っている。


【油温 レッドゾーン 戦闘可能限界まで三分 エンジン温度 危険域まで僅か】

 ラスタチカが告げるタイムリミットはヴィンセントの感覚と正に重なっていて、言葉を挟む余地もない。


 敵機急旋回

 先んじて機首を上げるラスタチカ


 しかし、やはり人差し指が銃爪を落とす刹那に翼を翻す。

 閃きと経験から次の手は読めていても、機体性能が付いてこない。向こうが後出しで上回れるというのは、つまり正攻法では撃墜が不可能な証明だ。見てから躱されるのでは確実な撃墜は難しく、こちらの性能についても、おそらく敵機は把握しているだろう、その全てを踏まえているからこその機動とも言える。


 二機の軌跡が捻れて絡む。

 ジンギングにも追従し、ローリングシザーズへ

 それは終わりのない輪舞曲を踊るかの如くでありながらも、直に演奏が幕を下ろすであろう事は、誰しがも感じていた。


「こんなもんじゃなかったろ。どうした、攻めてこい。持久戦なんて、あんたらしくないぜ」

『――――……』


 無線が鳴るがノイズが酷く、何と言ったのかまではヴィンセントにも判別が出来ず、戦闘中であっても気にる彼は尋ねるのだった。


「よく聞こえなかった、新人。繰り返せ」

『俺は何も――』そう言いかけたライナスの言葉を押しのけて、ヘルメット内臓のスピーカーが言葉を届けた。荘厳で芯のある声音は聞く者を勇気づけ、敵対者にとっては恐怖の対象として記憶に残る。

 忘れようにも鮮烈、深く刻まれた記憶だ。


『私の教えを忘れたか、スケイル4』

「……憶えてるさ、おかげでまだ生きてる」

『冷静だと、そう言えるか? 焦っているな、私には感じるぞ。お前の気持ちが手に取るように分かる、飛び方の癖といいまるで成長していないな』

「そう思うなら試してみろよ、以前のままだと思うなら」

『いいだろう、付いてこられるか』


 敵機が増速

 途端に電気が走ったかのように、ロールから旋回、スラスターの動作におけるまで機敏さが増しラスタチカの追撃を振り切りにかかり、これまでのやりとりが児戯に思えるような戦闘機動が始まった。

 そうだ、どうせ踊るならハードなリズムの方が良い、優雅なステップよりもタンゴの激しいステップこそが戦闘には相応しい。


 二機共に全力飛行。

 燃え盛る火焔に似た苛烈さは、パイロットの精神と体力を急激に削っていくが、加速度に押し潰されていながらも、ヴィンセントの瞳は力強い笑みを湛えている。

 一瞬の油断も許されない緊張感が楽しくて仕方ない、これこそが空戦だ。


『悪くはないが驚きもしない、私と踊るには力不足だな。その程度か』

「へっ、曲は始まったばかりだろ」

『だが退屈だな、鈍すぎる』


 敵機が機首を跳ね上げ急減速

 ラスタチカはオーバーシュート

 旋回するには遅く、攻守が一瞬で入れ替わった

 敵機六時方向

 忙しなく首を回して敵機を確認

 機体を振り回すが食らい付かれている

 大きく左旋回しキャノピーの端に機影を見る

 ガンレンジ

 敵機の機首がリード角を取る

 攻め気になった今こそが好機、やられたらやり返すのが信条だ。待ちに待った反撃の瞬間をヴィンセントは見逃さない。

 撃たれる、刹那――

 スラスター逆進

 急減速に合わせてプルアップ

 機体が啼いている

 ラダーを蹴り修正

 激突を避ける敵機の予測機動に一斉射

 曳光弾の帯は宇宙に消える


 ……敵機、ロスト。

 そして響く無線には、口惜しさが滲んでいた。


『甘すぎる、あまりに』


 ラスタチカの直上に黒い機首。

 二機の戦闘機は速度を失い無重力に漂う。


『私の技が私に通じると? 貴様はかつて言ったな、私を超えてみせると、その結果がこれか。貴様が学んだのは猿真似だけか、それでどうして仇を討てると言う』

「あんたの次に強いのは俺だからさ。ぶっつけ本番じゃ上手くいかないもんだな」

『戦闘中における失敗の代償は高いぞ』


 命懸け、正にその通り。刃の上からこぼれ落ちるのも時間の問題だと言うのに、笑いが漏れるから不思議なものだ。ヴィンセントは操縦桿を握る手から力を抜く。それは、早撃ちに備えるガンマンの指先に似ていた。


『何故笑っている』

「いやさ、こんなにヒリ付いた空戦らしい空戦は久しぶりで……。それに、まぁ、あんたに墜とされるなら悪くはないからかな」

『諦めるのか、愚かな選択だ』

「まさか。『どんな状況でも決して諦めるな』ってのは、あんたの言葉だ。だろ? 隊長」


 スロットルに乗せた左手と操縦桿に添えた右手が、抜撃ちの瞬間を待ち、そして見上げたヴィンセントは、細い閃光が宇宙を裂くのを見た。

 音を置き去りにしたその光は、反応速度を上回った威力で黒い翼の一翼を砕く。

 煙を上げ敵機は横転、ライナスが喚き散らしている。


『オドネルさん、今のは⁉』

「とにかくチャンスだ、機体の状態は?」

【油温 イエローゾーン 燃料 残り30%】

「三〇秒。それで終わらせる」


 片翼を失ってなお敵機は飛ぶが、手負いの状態では機動性は下がり、脅威であったステルス性も被弾によって失われている。

 回避機動には機敏さが欠け、ラスタチカが攻撃位置に付くまでに数秒とかからなかった。


 最早、勝敗は決した。

 ミサイルの照準が目標をロック

 ブザー音

 撃つ


「FOX2、FOX2」


 放たれた二発のミサイルが敵機を狙う

 散布されたエヴォルチャフに撒かれて一発目が逸れる

 逃げ惑う目標

 二発目が敵機に命中したのはその三秒後

 胴体に直撃を受けた敵機が爆散した




 全長18メートルの鉄鳥は、肉眼で眺めると点としか見えない。

 身体に張り付く宇宙服にうんざりしながらも、望遠スコープ越しに決着を見届けると、レオナは銃爪から指を放す。放熱中の電磁銃から顔を上げると、彼女はヘルメットの無線機で艦橋を呼び出す、船の制御は奪われているが通信系はまだ無事らしい。


『レオナ? さっきの光ったのはレオナがやったの?』


 男二人はいまだ機械と格闘中なのだろう、応答したのはエリサだった。

 エリサが言う光とは、レオナが先程放った電磁銃の発射光を指している。

 充電中の発光と帯電した弾体の軌跡、それに喧しいでは足りない銃声と次弾発射までのラグ。問題点は多く狙撃銃としての隠密性を欠いていて、狙撃手が選ぶ銃としてはまったくの論外に当たる代物だが、その射程と威力については目を見張る物がある。


 初速にしてマッハ5。つまり6㎞先に着弾するまで一秒足らずである。弾体重量は個人携行式の小型電磁銃の為に30gと軽いが、銃の威力とはすなわち運動エネルギーであり、たかだが塩大さじ二杯分の弾であろうとも、その破壊力は戦闘機の翼を砕く程だ。なにより宇宙空間では空気抵抗による威力減衰、そして重力による弾道誤差がない為、超長距離であっても狙いやすい。

 そこにレオナの狙撃手としての腕が合わさればどうなるか? 結果は見ての通りだ。


「ヴィンセントの野郎はケリを付けた、船はどう? 直りそうかい、エリサ」


 無線の向こうで会話がされている。作業中のダンとの交換手をエリサが務めているのだろうか、直に応答できないあたり、よほど手を離せない状態らしい。


『えっとね、まだだって』

「急ぐように言いな、そろそろヤバいよ。馬鹿デカい石が酔いどれチークダンス踊ってやがる、このボロ船じゃあすり抜けらンねえ」


 艦橋から眺めるのと、甲板上に立ち迫る小惑星帯の圧力を受けるのは、やはり感覚が異なる。生身な分だけ危機感はリアルだった。


『それからね。本当にげきついしたのかって、ダンがきいてるの』

「ミサイル喰って粉々さ、間違いないよ。なに、またトラブル?」


 ダンの言葉を頷きながら覚えているエリサの声を聞きながら、船内に戻る為、レオナは銃を肩に担ぐ。無重力故に重さは感じないが、マグネットブーツは歩きづらくて仕方がない。


『あのね、お船はがいぶからゆーどうされてるんだって。しんごうがまだとどいてて、おふねは、それにしたがってるって言ってるの』

「そんな馬鹿な」


 エリサが間に入っているおかげでイマイチ緊張感が薄まっているが、内容だけとれば充分な脅威を孕んでいる。

 立射姿勢でスコープを覗き込むレオナ。望遠の世界に捉えるのは千々と裂かれた鉄の羽根、間違いなく敵機は木っ端となっているのに、まだ信号が途切れていないという事は……。


『ほかにもだれかいるって』

 少女の声音は静かながらも、明らかに怯えていた。




『ヤッホ~、どうだ! やったッスね、オドネルさん。俺達勝ったスよ!』

「喜ぶのは早い、船が直らねえ事には」


 ラスタチカは敵機撃墜後すぐさま機首を振り、今は小惑星帯と平行するようにして飛んでいる。右翼側にはアルバトロス号の船影がはっきりと見て取れ、小惑星帯に接触するまで残り数分といったところか。


 速度、コース共に変わっていない。

 船の制御はまだ戻らないのか。あのままじゃ無理だ、抜けられない。

 ラスタチカは燃料乏しく、武装は空対空ミサイル二発と三〇㎜機銃が九割装填。こんな貧弱な装備で巨岩を押しのけ、アルバトロス号の船体を無事に通せなんて無理難題にも程がある。いまから着艦して換装したとしても、再び上がる頃には小惑星帯の足を踏み入れているだろう。敵機の排除に時間をかけすぎた、戦略的敗北である。


『オドネルさん、ちょっといいスか。レーダーの調子が変なんスよ』

「エンジンついでに電子兵装も変えてもらえばよかったな。それよか、新人。腹括っとけ、できるだけ石を排除して船の通り道を作るぞ。最悪の場合は、船を捨てる事になるかもしれねえ」

『それなんスけど、レーダーに何も写ってないんスよ、確認してみてくださいッス』


 ふと、ヴィンセントは立体型レーダーに目を落とす。確かに、レーダー画面上はクリアで左翼側にある小惑星帯が写っていない。本格的に故障したのかとも思ったが、AIは正常だと伝えてくるし、実際アルバトロス号はレーダーで捉えている。


『あの黒い機体も、被弾した後は写ってたッス。これってヘンじゃないスか? ただの石がレーダー波を吸収するはずないし、もしかしてッスけど――』

「皆まで言うな、嫌な予感するぜ」

『俺もッス。オドネルさん、試射をお願いするッス』


 スラスター逆進で制止

 ラダーペダルを踏んで機首を小惑星帯へ

 機銃発射


 すると、曳光弾は岩石を砕かず、破片も散らさず、その表面に吸い込まれるようにして視界から消えていったのだった。

 ヴィンセントは、長く息を吐く。時間が少ないのは分かっているが、これからやろうとしている事は、中々の博打なのだ。バックミラーにはライナスの緊張した目元が写っていて、一呼吸で覚悟を決めると、彼は頷きヴィンセントの判断に全てを任せる。


「死角に注意、微速前進」


 僅かにスロットルを押し上げて、あとは慣性に任せる。必要なのは速度よりも針の穴を通す操縦の正確さだ、巨岩ひしめく前方と、操縦桿を握る手にのみ集中してラスタチカはゆっくりと小惑星帯に頭から進入していく。


 すると奇妙な事が起こった。機首の最先端、レドームの先にある大気圏内での速度を測る為のピトー管がじわりじわりと消えていくのである。闇に蝕まれるようなその侵食は徐々に機体側へと進み、やがてはレドームさえ見えなくなった。


 気分は蛇に吞まれる蛙さながらで、キャノピーにまでさしかかったところで、ライナスは瞼を閉じて祈っていたが、それが許されないのがヴィンセントである。彼は対照的に瞬き一つせず、キャノピーが闇に吞まれるのを待った。

 浸食に伴い寒気が増す。

 気持ちも焦る。電子的にも光学的にも目隠しで飛んでいるに等しい状態で、だからこそ大事なのは機体の安定を維持し、かつ迅速な対応が取れるように注意しておく事だ。

 機速が緩やかなのもあるが、なんとも長い数秒を過ごし、やがて開けた視界にヴィンセントは生唾を呑み込んだ。


 今のラスタチカを例えるならピラミッドを望む蟻といったところか。闇を抜けたラスタチカの前に現れたのは、視界を塞ぐほどの巨大な鉄塊、コロニーサイズの超巨大宇宙船だった。


『うっわぁ……すげぇ……』

 と、ライナスは思わず感嘆の息を漏らした。


 アルバトロス号のゆうに二〇倍はあろうかという全長は、二人の視界からはみ出すほどで、その機械的芸術性に胸打たれるのも理解は出来るが、悠長に感動している場合か。数百メートル先を飛んでいたのに、こんな巨大な船があることに今の今まで気が付かなかったんだぞ。


 だが、声をかけるより早く、甲高い接近警告音にヴィンセントはスロットルを押し上げ舵を切る。小惑星が一つ、ラスタチカの直ぐ隣を掠めていった。一瞬遅れていたら翼をもがれていただろう。

「ふぅ、危ねえ。……ん?」


 機体をロールさせたヴィンセントは、合点がいったとばかりに口を歪めた。彼が見つめるのはキャノピーの外、巨大宇宙船の周囲に漂っている人工衛星である。


『オドネルさん、九時方向に反応あり。アルバトロス号も入ってきたっス。よかった、無事みたいっスね』

「中は大変だろうけどな、コントロールは戻ってないみたいだ」


 艦種脇にラスタチカを寄せて手を振ると、エリサの毛並みが答えた。一応、全員無事のようだが、問題は残ったままである。


「ダンも忙しそうだ。さて、どうすっかね」

【ヴィンセント 提案があります】

 不意に表示されたのはラスタチカの言葉。情報が欲しいのは当然で、拒む理由も無い。

「どうした、良い知らせだと嬉しいが」

【自閉モードに入る前に救難信号と思しき通信と座標データを受信しました 前方の巨大宇宙船 左舷後方のドックからと推測します こちらの調査に向かう事を提案します】

『合流しないんスか?』

「したいのは山々だが、停まってる船に降りるならまだしも、制御の利かない船に降りるのは危険すぎる。速度同調も出来ねえし、自分達の船に、いきなり下から突き上げられたらたまらねえよ」


 なんて話している間に、宇宙船からアルバトロス号に向かって着艦用のガイドビーコンが点灯し始めた。船の制御を奪った上に強制着艦させる気らしい、そうなるとますます合流は避けた方が良い。ダンも同じ意見のようで、艦橋の窓から『離脱しろ』と手を振っている。

 大いに賛成だ、待ち伏せの危険性を回避する為、同じ着艦するにしても別のドックに降りるべきだ。


「ラスタチカ、コースを指示してくれ。救難信号の出ているドックから進入する。新人、腹括っとけ、何が待ってるか分からねえぞ」


 そしてラスタチカは宇宙船のドックに進入するのだった。

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