M.I.A 3
予想はしていた、また戦闘になるだろうと。
明確な理由としては説得力が弱いが、戦闘はまだ続いている、というのがヴィンセントの考えだった。あれ以来、彼の脳内では何度も何度もシミュレーションが繰り返されている、どうすればあの黒い機体に勝てるかを。
……否、考えというのも少し違うかもしれない、もっと直感的で重いものだ。
覚悟、そう表わすのが正しいのだろう。次は墜とすと決めたからこそ、準備は早く、そして万端だったのだ。ヴィンセントもライナスも、今回はしっかりと宇宙用のパイロットスーツとヘルメットに身を包み、ラスタチカは機銃の他にも、主翼に下げた四発の短距離空対空ミサイルで武装している。
二人の会話はヘルメットの通信装置を介して行われていた。
計器から顔を上げるライナス、第二ラウンドのリングがどこに決まったかはもう分かりきっていた。低速で接近するが、眼前に拡がる景色に彼は喉を鳴らした。
『小惑星帯が近いっスね、すごい圧迫感だ。それに、待ち伏せにはうってつけだ』
「変だな。目的地まで、まだ二日はかかる、こんなところに小惑星帯があるなんて。……感度気にするのもいいが警戒しろ新人、向こうからは見えてるぞ」
【宇宙地図にも記載はありません】
ヘルメットのバイザーにラスタチカの意見が表示された。通常飛行中ならまだしも、戦闘が始まれば一々画面の文字を読む暇などない為、今更ながら、音声出力装置を積んでおくべきだったと思うヴィンセントである。
引き続き接近、距離が縮まるごとに寿命が縮んでいくような感覚がする。明らかに罠だと分かりきっているのに飛び込まなければいけないのだから当然だ。
『レーダーはクリア。どうするッスすか、相手はミサイル積んでないみたいッスけど』
「レーダー波の反射を抑える為に武装は機体の腹に格納してるんだろ、連中はステルスだ。エヴォルの影響もあったが、この前もこっちのレーダーには掛からなかったの忘れたか。小惑星帯の中で横合いから殴りつける気だろうな、対抗措置の準備は?」
『いつでも撒けるっス』
既にマスターアームのスイッチは入っていて、武装は攻撃可能状態にある。ボクシングに例えるなら、リング上で身体をほぐしながらゴングを待っている状態だ。
と、バイザー上に文字が走る。
敵機発見の報はラスタチカからである。搭載されているガンカメラの望遠機能によって目視で確認した。黒い宇宙をバックに、黒い機体が浮いているのだ、人間の視力では到底発見できなかったろう。
【前方に動体を検知 距離二四〇〇 単機です】
『いやいや、絶対どっかに隠れてるッスって。俺だって怪しいと思いますよ、こんなの』
「ラスタチカ、映像まわしてくれ」
――どうぞ、ヴィンセント
そして表示されるガンカメラの映像を見て、ライナスは『……なんのつもりなんすかね』と呟いた。
背景に小惑星が重なる事で、ようやく機影を認識できる距離だ。しかし、ライナスが訝しんだのは敵機の機動である。正確に表わすならば敵機は機動さえしておらず、小惑星帯の前で浮いているだけで、あの様子だとエンジンも切っているのではないか。
挑発か、嘗めているか、罠か……
どちらにせよ、こんな形で再戦のゴングが鳴るとは誰にとっても予想外で、数秒の沈黙が機長に決定を迫っていた。
しかし、悩んだところで道はなく、アルバトロス号の進路上に立ち塞がっている以上、小惑星よりもむしろ敵機の方が脅威だ。そして何より、接触まで時間は残り少なく、このままでは確実に狙い撃ちにされる。
「敵機を排除する。あれだけ堂々と待たれてちゃ迂回もクソもねえ、正面から仕掛けるぞ。新人、奇襲に警戒しとけよ」
『ばっちり了解ッス!』
【システム ドッグファイトモードへ】
HUDに表示されるガンレティクル
ベルトを締め直してからスロットルをミリタリーへ
【機体状態はこちらで監視します さあヴィンセント 勝ちましょう】
周辺警戒はライナスに任せて、ヴィンセントは目の前の敵機に集中する。
するとラスタチカの接近に反応した敵機に動きアリ。
相手も同じく正面から突入を開始した。黒い影がみるみるうちに大きくなるが、ミサイル攻撃の為のレーダー照射は感知されず、ヘッドオンのまま距離は縮まっていく。
今のところ攻撃の意思はない、そう言っているようだった。
「……まるで模擬戦だな、よーいドンで始めようってか」
先に動けばケツに付かれる。
すれ違ったのはその二秒後で、同時に二機が急旋回を行い、互いの背後に回ろうと機動。
旋回Gによって軋む機体
無線越しに聞こえるライナスの呻き声
敵機はほぼ真上を飛んでいる
それでもヴィンセントはしつこく旋回を継続した。最小旋回半径はラスタチカに有利で、このまま回り続ければいずれは背後を取れるだろう、しかし、それは敵機も承知な事で、僅かに背後に回られるや、右翼を跳ねさせ機体を反転、バレルロールで射線から逃れると一気に増速したのだった。
エンジンが新しくなったとはいえ、やはり性能差は明白。敵機が様子を見ているうちに決めたかったのが悔やまれると、ライナスは敵機を睨む。
『惜しい、逃げられるッス』
否、ヴィンセントは勝機はあると確信した。今、この宙域にいるのはこの一機だけだと確信を持って言える。
もう一機が伏せているかも知れない状況下で、戦闘機の命とも言える速度を失う旋回戦に乗るなど愚の骨頂だ。敵機が回避を行うあの瞬間、無理やりに機首をあげれば速度と引き替えに攻撃の機会を得られたが、ヴィンセントが敢えてトリガーチャンスを見送ったのは、伏せているであろうもう一機に備えての事。
しかし二機目は、味方の危機にも関わらず現れなかった。となれば、少なくとも即応出来る状態に無いのだろう。一騎打ちを望んだ理由は不明だが、攻めるなら今のうちだ。
「警戒はいい。新人、あの機体に集中しろ。増援が来る前に墜とすぞ」
『りょ、了解ッス。周辺のエヴォル値は正常、敵機からの妨害なしッス』
敵機は一時離脱を計っているが、いまだガンの射程内にいる。しかし敵もさるものでラスタチカは中々攻撃位置に付けないでいた。
銃爪を落としたいのは山々だが、この後の事を考えると無駄撃ちは避けたい。執拗に追い回し一撃必中のチャンスを待つ間に、距離を稼がれるのが腹立たしい。こちらは既にリミッターを外し、アフターバーナーにまで点火しているというのに。
【距離七〇〇 八〇〇 短距離ミサイルの最短射程まで僅かです】
セレクターは既に空対空ミサイルを指していて、右手の親指は発射ボタンに添えられている。しかし、パイロットの発射の準備は万端でも、肝心のミサイルが敵機をロックしない事には放つだけ無駄だ。
「くそ……厄介なステルスだ、ロックが滑る」
HUD上のターゲットボックスに照準は迫るが、敵機がこちらのレーダー波を吸収している為に捉えきれない。ロックオンを待っている間に回避機動ではぐらかされていて、粘膜で覆われている動物を捕まえる時のように力の加減が難しい。背後に取っていながら攻撃できないもどかしさと、ヴィンセントは戦っていた。
ライナスも、旋回の度に襲いかかるGに呻きながら、なんとか事態を好転させようと頭を回している。
『ぐぅぅぅ……! ミ、ミサイルの射程から逃げようとしないッスね、旋回時に機銃で攻撃したらどうッスか』
「無駄弾撃たせようって腹だ、そうはいくか」
【警告 油温イエローゾーン】
その表示が持つ意味をライナスは敢えて言葉にするが、そんなこと今更、言われるまでもない。タイムリミットが近づいている。
「その前に決め――」
『――ッ⁉ オドネルさん! 前、前!』
敵機が左へブレイク
影が外れ、前方に現れたのはアルバトロス号の艦橋
ヴィンセントは慌てて舵を切った
轟――
エンジンの熱気で空間を歪ませる二機の戦闘機が左右に分かれて艦橋を掠め飛ぶ。
戦闘機動中の機体の腹を間近で見る機会など、おそらく二度と来ないだろうが、感動するよりも先にレオナは拳を振り上げて怒鳴っていた。
「あっっぶねェなヴィンセントッ! 向こうでやれ、このバカ野郎!」
無論、自閉モードで飛んでいるラスタチカに、彼女の怒りが届く事はないのだが、それでも怒鳴らずにはいられない。
エリサは首を竦めて怯えているし、男二人は床下に潜って機械と格闘中、戦闘に対して正しく反応を示したのはレオナだけで、ひょっこり顔を出したダンはまったく状況を把握できておらず、さらに緊急事態にも関わらず、「どうした?」と、あくまでも冷静な彼の声音が余計にレオナの神経を逆撫でした。
「ヴィンセントのアホが船の周りで戦ってやがンだよ、もうちょいで突っ込むトコだ。まだ直らねえのかよ、小惑星帯まで何分もないってのにさ」
「お前さんが静かにしていれば早く終わる。――そっちはどうだ、コディ」
「まだかかる。そんな簡単に直るなら苦労しないよ!」
コディはコディで無数の配線をつなぎ替えるのに四苦八苦していて、作業が進んでいるようにはとても思えず、技術関係に疎いレオナは苛立つばかりだ。
「機械はお得意だろうが、クソガキ」
「船体全部の制御を手動に変えようとしてるんだ、しょうがないだろ! 繋ぎ損ねたら船がバラバラになるかもしれないんだ、爆弾弄ってるようなもんだよ!」
「いいから作業に戻れ、コディ」
「なんだよ、自分は立ってるだけの癖に。そもそもレオナが不用心に通信受けたから悪いんじゃないか」
「ンだと、コラッ! ブッ殺されてぇか!」
「レオナ、やめてなの。お兄ちゃんたちに任せて待ってようなの」
力尽くで振り解くわけにもいかず、エリサにしがみつかれたレオナは奥歯を噛んで、衝動を堪えた。生死のかかった問題を他人に任せて待つ。ただ待つだけでも我慢ならないレオナにしてみれば、それは有り得ない選択肢である。
「苛立ちは分かるがレオナよ、俺達は今できる事をするしかない。戦闘中だと言ったな、それはいい。予想していた事態だ。相手は?」
「例の黒い戦闘機さ、ヴィンセントとタイマン張ってるよ」
「単機だと? それは妙だな、前回は二機編成だったはずだ、僚機はどこに消えた」
「アタシが知るかよ、ンな事。石にでもぶつかってくたばってんじゃないの」
「だとしら朗報だ、まだ分は悪いが単機ならば勝機はある」
そう言って、ダンは床下から出てくるとドッグファイトを観察し始める。一度船から距離を取っていた為、戦闘を俯瞰して眺める事が出来た。
ラスタチカが優勢のようだが、それでいてまだ一発たりとも射撃していないのが、レオナにはもどかしい。いつものヴィンセントならば、あれだけ優位なポジションを維持している以上とっくに勝負を決めている筈なので、なぜ撃たないんだと言わずにいられない。
その意見は、空戦に疎いレオナだからこそのものだ。
「……ヴィンセントは撃たないんじゃない、撃てねえんだ。見てみろ」
サングラスの奥で、熟練の便利屋は状況を分析している。
「つかず離れず、ラスタチカはミサイルでの攻撃位置を抑え続けているが、撃つには至っていない。敵機のステルス性が優秀でロックしきれていないのだろう、今撃てばミサイルが無駄になる」
「延々追いかけっこ見てろっての? 決着つく頃にはアタシ等は御陀仏だぜ」
「機銃弾の一発でも当たればロックも出来ようが、いかんせん相手が乗ってこんな。ヴィンセントも、なんとか近距離格闘戦に持ち込もうとしているのだが……。おい、レオナ、どこへ行く」
彼女は話の途中でダンに背を向けて歩き出していた。観戦なんてアホらしい事をこれ以上続けてなんになる。
「一発ブチ込みにさ、待ってるなんて性に合わないよ」
鋭い眼光でそう言い残し、レオナは艦橋を後にしたのだった。




