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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
4th Verse Madhouse
155/304

Madhouse 7

 ドクの診察に案の定うんざりさせられたヴィンセントは注射痕を掻いて尋ねる。簡単な診察かと思ったら血液検査までされるとは……。唯一の救いは、ケツからカメラを突っ込まれたりしなかった事だ。

 なにせドクならやりかねなかった。この短時間の診察で判明した事と言えば、自分がそれなりに健康である事と、自分を診察している老医者は、生者を見ながらどうやって人体の解剖を進めるかを話すような、予想以上の変態だったという事実だ。正直、後者に関しては知らないままの方がよかったが……。


「まだ続けんのかよ、もういいだろ」

「ウンウンなるほど、なるほどね。君、煙草はどれくらい吸ってるかな」

「はぁ、日に一〇本程度、大体」

「すぐ止めた方が良いね、今は医療が進んでるから病気になっても中々死なせてもらえないよ。タールで汚れた臓器を交換するのもお金が掛かるしね――カフェインは?」

「コーヒーを二、三杯。なぁ血液検査もパスしただろ、帰っていいか? っていうか帰してくれ、マジで」

「認められません、Mr.ヴィンセント」


 誰か助けてくれ。

 ヴィンセントは瞼を結んで息を吐いたが、どうやっても逃げられそうになかった。


「血圧が高いと申したはずです。万全とは言えませんので、現状ではMr.ダンも登場許可を出さないと思いますが」

「高いっつっても少しだ」

「面白いね、下が110の上が160で少しだって、少しだってさ。Ⅲ度高血圧さ、血管が傷付き動脈硬化や脳梗塞の危険度が高くなる。めまいに吐き気、立っているのだって辛いはずだけどね。そうやって我慢する人から死んじゃうんだ」


 臆面も無く言い切りやがる。


「過度のストレスによる高血圧です、睡眠を取る事も困難なのではありませんか。原因については思い当たるでしょう」

「ああ、お宅等二人だ。開放してくれれば楽になるな、絶対」

「強情な貴方の事です、オブラートに包んでも察しこそすれ受け入れないでしょうから断言いたしましょう。ASD――急性ストレス障害です。原因となった戦闘から二週間、PTSDに発展しないよう、充分なケアが必要です」

「自覚症状はあるかい? いや、どんな自覚症状があるかな」


 答える前に、それは果たして笑って聞ける質問か、と問いたいところだ。

「……睡眠障害、満足か? つまり寝りゃ治る、睡眠薬をくれれば解決だ」

「できないよ、できないね。外傷体験から一ヶ月以内に薬に頼ると、回復を遅らせてしまう、長引くともっと辛いよ」

「それにMr.ヴィンセント、原因は一つではありません」


 ソフィアは言う。

 これまでと異なった明らかに緊張した面持ちで、そしてそれは科学者然とした冷たさに充ち満ちていて、ヴィンセントに悪寒を走らせる。生命の危機に抱く寒気とは違い、精神が、記憶が、脳がざわめく不快感に彼は顔を歪めていた。


「貴方にはお伝えすべき事があります。その為にはまず、最初の質問からお答えするべきでしょう」

「……なんだっけ、歳でも訊いたっけか」

 だが、冗談に反応さえ示さず首を振るソフィアは、瞳を見開いてヴィンセントを捉えている。それはまるで実験動物に向けるように冷徹で、感情というものを感じない。

「お答えしましょう、貴方は私と会っているのです」

「やっぱりな、だと思ってたぜ」

「では思い出せますか? 些細な事で構いません、月日や場所、天気など。私との記憶に関連する情報を」

「それは……」


 思い出せない。


 確かに憶えはあるのに、断言できないもどかしさを解消するのは難しい。出来る事なら自分の脳味噌をほじくり返したっていい、それほどにもどかしい。傷の付いたディスクが読み取りを拒否し、音声も動画も飛び飛びで肝心な部分が判別不能なのだ。


 あれは狭い会議室、いや屋外だったか?

 そもそもどの星だったんだ、地球、火星、金星、コロニーだったような気もするが。

 なら時間はどうだ? 五年か、それとももっと前か。

 待てよ、当時の俺は何歳だったんだ? そもそもどうやってソフィアと知り合う機会を得たんだ相手はAIの専門家でそんな専門分野を生きる人物の顔を拝むような人生なんてハッキリ言って進んじゃ来なかったのに向こうは一方的に知っているような話しぶりでさえあるだが会話をしたような記憶はあるドコで顔を見たドコだドコだドコだ思い出せないクソ俺は一体ドコでこの女と――


「Mr.ヴィンセントッ!」


 唐突に我に返り、ヴィンセントは顔を上げる。ひどい眩暈に汗、立ち上がろうとしても足に力が入らず吐きそうだった。


「ああ、過呼吸だね。心配いらない、心配いらないよ」

「無理をしてはいけません、少しずつ進めていきましょう」

「おれは……、あんたは、あんたは何を知ってる⁉」


 声を荒げるヴィンセントを宥めるように、ソフィアの手が肩を擦った。「大丈夫、落ち着いてください」と彼女は静かに繰り返す。


「徐々に進めていきましょう、焦りは禁物です。急激なストレスは侵食を早めてしまいます」

「侵食? なんの話をしてるんだ」

「失礼しました。心配なさらずとも順を追って説明いたします、貴方の身に起きた全てを」


 ソフィアは白衣の皺を伸ばし目を細めるが、やはりそこには人の温かみらしき物が存在していないように思える。タブレットとペンを手にしている辺り、珍しい症例の記録でも取るつもりか。


「では、症状の確認から初めていきましょう」

「結局カウンセリングの続きからか」

「そうとっていただいて構いません。睡眠障害の他に異変を感じる事はありますか、過去の記憶が電流のように蘇る、所謂フラッシュバックは」


 頷くヴィンセント。


「どのような内容か、お聞かせ願えます?」

「戦闘だ、戦闘機での空中戦。そこかしこで戦った、仲間と。詳細は聞かない方がいい」

「それは何故でしょうか」

「はっきり覚えているからだ。俺が知りたいのはお宅が知ってて俺の知らない事実だ、それに話した後にお宅等を撃たなきゃいけなくなる。余計な事にまで首を突っ込まない方がいい」

「……他に異常を感じる事は?」


 思い当たらない、ヴィンセントは首を振る。

 だが、ソフィアは信じていないようだった。


「幻覚や幻聴の症状は? ――ああ、診察の内容について私達は一切口外いたしませんのでご安心ください、無論Mr.ダンも同様です。この部屋でお話した秘密はお守りいたします。ですので、どうか正直にお答えください」

「ん~、無い」

「ふふん。どうかな、どうだろう。自覚してないだけかもね、ソフィア」

「脳が自己防衛の為に認知していないのでしょう」


 ソフィアは言い切るとタブレットをこつこつと叩き、ヴィンセントへと視線を戻す。

 そして上げた具体例は、あまりにも正確すぎてヴィンセントから言葉を奪ったのである。彼女は尋ねた。


 小さな女の子の声は?

 狼の兄妹の姿や、庭に生えた木は、と――


 確かに見た。豊かな葉を泳がせた一本の木と、その周りをかける兄妹の姿を。考えてみればコロニーの廃れた通りには不釣り合いな自然だった。


「どうやら憶えがあるようですね」

「みたいだ、みたいだね。これは深刻だ」


 二人は勝手に納得している、しかも楽しそうに。他人の不幸は蜜の味ってのはよくある格言だが、楽しむにしても少しくらい遠慮があってもいいだろうに。


 いや、それよりもだ。

「……あの幻覚はなんなんだ」

「言うなれば記憶です」


 とソフィアは言うが、思い出そうとしても幻覚で見た場面以外に憶えが無い。

 知らない場所、知らない子供、知らない事だらけだ。それに自分でも知らない記憶の――幻覚の――内容をどうしてソフィアが当然のように語れるんだ。


「心の準備は宜しいですか?」


 ソフィアに尋ねられ、ヴィンセントは困惑を呑み込んでから頷いた。先に進むには話を訊く以外の選択肢がないのは明白だから。


「ではお話ししましょう。貴方が見た幻覚は記憶の断面、ただしその記憶は貴方のものではありません。Mr.ヴィンセント、貴方の脳内に住むもう一人の人格が有する記憶です、その人格が今、徐々に貴方の精神を蝕んでいる」


 これまでもそうだったが、ソフィアの説明には、聞き手に対する躊躇や躊躇いというものがかけているので、ヴィンセントが理解するまで少々時間がかかった。さらりとするには内容がショッキングすぎるし、彼女があまりにもあっさりと話し終えるので、冗談と笑うにも反応し辛い。ようやくヴィンセントの口を突いたのは、短い感嘆符だけだった。


 つまりこう言う事か? 俺の頭の中には別人が入り込んでて、たまにその不法占拠者が顔を出して頭ん中を散らかし回ってると。


「実に皮肉屋の貴方らしい表現ですね。……それに信じておられないようですが」

「はっ、はは……無茶苦茶言うぜ。じゃあ何か? 俺はトラウマから逃れる為に、頭ん中にお友達を飼ってるイカレだってか。冗談こくなよ」

「AAS68452056」


 瞬間戻った笑いも吹き飛び、ヴィンセントは愕然とし、銃把に伸びかけた手を鎮める。それは医者二人の眉間を撃ち抜くという、必要性に駆られた、衝動にも近い必要性。場合によっては永遠に黙らせなければならないが、まだ銃を抜くべきではない。


 こいつら、ドコまで知っている。


「認識番号、私が貴方の写真と共に最初に目にした情報です。Mr.ヴィンセント、貴方はかつて民間軍事企業AASのパイロット育成過程に参加していた。当時のAASは特殊合金に対応した3Dプリンターの登場で独自開発した戦闘機の量産に成功していましたが、機体を操るパイロットの育成に窮しておりました。パイロットをAIに置き換える取り組みも進行しておりましたが、完全自立型AIの開発は困難を極め、電子攻撃に対する危険性を鑑みた結果、彼等はより短期間かつローコストでのパイロットの育成を余儀なくされたのです。課程については御存知ですね」

「フラッシュ学習とVR訓練を経て、実機での訓練だ」


 AIの補助があるおかげで飛ぶだけなら六ヶ月程度だが、戦闘機のパイロットとなり戦えるようになるまでは短くても六年はかかる。だが、いざ実戦で撃墜されれば、それまでにかけた億単位の投資が無駄になるのだ。その高すぎるリスクを避け、そして育成コストを下げる為に用いられたのがフラッシュ学習装置だった。この装置を用いる事で、飛行に必要な知識全てを脳に直接焼き付けるのである。これには座学の時間を短縮するほかにも、知識面における性能の均一化という利点があり、いうなればフラッシュ学習で知識を焼き付けてしまえば、誰でも戦闘機を飛ばせるようになる訳だ。


「その通りです。ですが、AASは通常の国軍とは異なる、あくまでも利益を求める民間の企業です。パイロットの質が均一化され基準値が上がれば、それに応じて他社よりも優れた商品が必要となるのはおわかりでしょう。事実、AASはより優れたパイロットの量産を計画し、実験を開始。良質パイロット量産計画、通称『インスタント・エース』はこうして開始されました」

「簡単に言うが、そんな大それた事をどうやって実行したんだ」

「先程、格納庫でお話ししたとおり記憶とは電気信号です。概要を簡単に説明いたしますと、既存の優秀なパイロットの知識、及び経験をフラッシュ学習技術を用いて被験者の脳へ転写、初出撃時の損耗率を低減し、より高品質かつ安定した性能を確保する事を目的としています。Mr.ヴィンセント、貴方も被験者として選ばれました」

「……だが、そんな話は聞いた事がない。それにはっきり言って、同期の損耗率は他と同じか、寧ろ高いくらいだ」


 こくりと頷き、ソフィアは肯定する。

「脳転写実験の事実は被験者に伏せた状態で、通常のフラッシュ学習と称して行われましたので、憶えが無いのも当然でしょう。さて、実験は各育成課程の成績下位から中位までの一〇名が選出され、脳転写実験は六度行われました。その内、第一期と二期被験体は育成完了後、性能評価の為実戦へ参加、初戦での戦果は期待通りの結果となり、AASは量産計画を本格的に練り始めました、しかし――実戦参加から暫くして、被験体に異常が見られるようになったのです」


 話の流れから察するのは容易い、なにしろ自身の身に起きているのだから。


「幻覚を見るようになった」

「そうです。限定した脳転写により必要な知識を複製する事には成功しましたが、その際にオリジナルの記憶の一部が被験体の脳へ流れ込んでいたのです、そしてその記憶が、戦闘時における過剰なストレスにより発現し、彼等を蝕んでいった。時間と共に症状は悪化、すべての被験体が精神を病み、最終的に計画は中止となりました。私の知る限り、残っているのは貴方だけです、Mr.ヴィンセント」

「俺がお宅を知ってたのは、そのオリジナルの記憶のせいか」

「その通りです」


 ソフィアはヴィンセントを見据えていた。

 何かしらの感想でも欲しいのかも知れないが、これといって悲観的というわけでもなく、ヴィンセントの口から漏れるのは無味乾燥とした単語だけ。別に同期の連中がどうなったかなど興味もない。そもそも、顔だってろくに覚えちゃいないのだから。


「それで? 俺はどうなる? 拘束服で独房に押し込められるのか」

「分かりません。全ての被験体にオリジナルの記憶は転写されていますが、その発現時期はバラバラでした」

「その記憶だけ取り除いたりは? 電気信号なら機械のデータを消すように、厄介な記憶だけ消去できないのか」


 絶対にやりたくないが、他の手段が無ければイカれるよりマシだ。だが、そう簡単にいかないだろうと予想はできる。


「残念ですが、それは不可能です。人の脳は電子的記憶装置よりも構造が遙かに複雑で、記録の方法が異なります。脳から記憶装置へ転写した記憶は削除可能ですが、脳から脳、記憶装置から脳へと転写した記憶は、対象者の記憶と混ざり合うのです。そうですね、作るのに使った小麦を、完成したパンから抜き出すようなものでしょうか」


 事実だけを、ソフィアは告げる。


「ですが、もしかしたら貴方は、オリジナルと近い精神構造を持っているか、幼少期に似たような経験をしていたのでしょう、その為精神が同調し症状の発現が遅れたとも考えられます。場合によっては収まるかも知れません」

「そりゃ朗報だ。どうすれば鍵をかけられる」

「ストレスだ、とにかくストレスを避ける事だね。肉体的にも精神的にもね」


 現状におけるストレッサーが無茶を言う。

 これまでの会話から察するに、ソフィアは間違いなくAASでの脳転写実験に重要なポジションで関わっていたはずだ。つまり、現在ヴィンセントに纏わり付いている問題の元凶とも言える存在で、その旦那であるドクに関してもなんらかの形で関わっていたと断言していい。そもそも人を物同然として語るあの論調からして、この二人は確実にマッドな部類だ、一般的な価値観とは明らかに剥離している。彼女達がどういった理由でAASから離れたのかは知らないし知りたくも無いが、ダンとの関係性を見る限り、相当ヤバい事に首を突っ込んだのだろう。


 それは、知ったか、作ったか、壊したか。


 いずれにせよ、自らの知的好奇心や探究心に忠実に従い執念を燃やす異常な科学者が、腰を引いたって事は要注意案件だ。


 では何故、ソフィアは内々にヴィンセントにこんな話をしたのだろうか。内容にしても些か疑問が残るし、至るまでの手段としても回りくどい。忠実に従うならば、もっと端的かつ効率的な方法があるし、呼び出すなど時間の無駄だ。それに周囲の人間に対する配慮など彼等には不釣り合いな常識ではあるまいか?


 しばし、考えヴィンセントは思い至る。

 撃ち殺すのさえ馬鹿馬鹿しく、彼は思わず笑ってしまった。


 …………ああ、そういう事か。ならば、いっそドクの進言通り、ストレスを遠ざけるとしよう。ただし、避けるのではなく発散という形でだが。


「なぁ、Mrs.ソフィア。あんたは何故、俺にこの話をしようと?」

「そう言えばお伝えしておりませんでした。ラスタチカAIの修復作業中、記憶領域内に貴方の記憶断片が複製されていたのを発見したのです。その内容を精査した結果、貴方が何者なのかを知る事が出来ました。AIが自我に目覚めたのは、宇宙嵐の電流を介して、瞬間的に人の脳と繋がった事に起因しているのかも知れません。機会があれば詳しく検証してみたいものです。もしかすればより安全に、人の記憶や人格全てを機械に移し替える事が可能になるやも知れません。これは革新的な進歩です、人は老いという概念から解き放たれ永遠の生命を得るのですから」

「そりゃスゴい……だが、興味ねえな。それに俺が訊きたいのはそういう話じゃねえ。理由だ、お宅がわざわざ呼び出した、人間的な理由だよ」

「――? 質問の意図が不明瞭ですね」

「オーケィ、なら言葉を変えよう。お宅は、いやお宅等か、俺になんて言ってほしいんだ」


 二人の表情は変わらず、不思議な物を見るような目付きだ。

「ラスタチカに俺の記憶が移ってたってのは正直驚きだが、それは原因であって理由とは違う。お宅等は感情に流されない合理主義者で、無駄を省き研究為なら手段を問わない科学者。その合理主義の権化のような存在のお宅等が、なぜこの場を設けたのかが気になってな」


 ヴィンセントは煙草に火を点けた。禁煙? 知った事か。

 ふぅ~っと一息。紫煙を天井へ解き放つと彼は続ける。


「昔、こんな映画があった。美人で頭脳明晰、だが冷徹なスクールカーストの頂点に君臨する女王がいた。その生徒は男子生徒の憧れだったが、彼女は誰にも振り向かない。ところがある日、変わり者の転校生がやってきて冷え切った女王の心を溶かす。似たもの同士だったんだ。そして二人は、恋に落ちたわけだ。関係が親密になるに連れ、彼女は気が付く。自分が他人へ向けていた態度は最低なものだったと、そして自分が苛めていた相手を呼び出して色々と話すんだが……、まぁ映画の話はここまでにしとこう、ネタバレはしない主義だ。俺は同じ作品を何回か観るんだが、毎回違う視点で考えるようにしてる、最初は純粋に作品を楽しんで、それから監督や役者や、その役がそのシーンでどういう思考を持って行動していたのか考えるんだ。さっきの映画だと、女王は転校生っていう鏡と出会った事で、自分が如何に醜悪な化物なのかと気が付いた(・・・・・・・・・・・・・・・・・)とかな。それからこうも考えるんだ、自分が登場人物の立場にいたらどう考えるか、例えば呼び出されたイジメの被害者だったら。Mrs.ソフィア、お宅はどう思う? なぜ女王はわざわざ苛めていた相手を呼び出した?」

「見当もつきません。彼等が虐げられていたのには、相応の理由があったはずです。能力の低い人物が相応の扱いを受けていたに過ぎないのでは」

「なるほどね。だが実際、お宅は俺を呼び出した、仕事の話をダシにしてな。どこでだって話せたはずなのに密会の形を取ったのは、そこに罪悪感があるからだ。転校生とあって女王の人生は変わった、本人が自覚しないうちに、少しずつ。だから彼女はいじめられっ子を呼び出した、贖罪の為に」


 紫煙が空気を澱ませる。

 だがソフィア達の表情が硬いのは煙草の所為ではない、ドクの顔からも笑顔はいつの間にか消えていた。それだけでも溜飲が下がるというものだ。

 ヴィンセントは立ち上がり、煙草を踏み消す。


「けどまぁ、俺に言わせてもらえばそいつの罪悪感なんざ知ったこっちゃねえ。関わるな、言いたい事はそれだけだ。てめぇの罪悪感を拭う為に恨み言を言って欲しんなら、首でも吊って死人に訊け、赦しが欲しけりゃ教会に行くんだな。俺にとっちゃ、お宅等の研究なんざクソほどの価値もねえ」


 話は終いだ。

 それだけ言い放つと、ヴィンセントは薬品棚から睡眠薬を取って部屋を出る。

 今夜はよく眠れる、そんな気がした。



 それから数日後、アルバトロス号は出航する事になる。その間、ラスタチカの修復作業は粛々と進められ、目立ったトラブルも起きなかった。

 問題が起きたのは、文屋達の後を追って向かった小惑星帯での事。


 彼等は気が付いていなかった。自分達の追っている先にあるのは、深淵に潜む竜の口である事に、そしてそこで待っているのは悲劇的な運命である事に……。

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