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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
4th Verse Madhouse
154/304

Madhouse 6

 小型の宇宙戦闘機を追い立て、無重力の闇に紛れた黒い機影が翻る。そこかしこに散らばっている障害物など意に介さぬ戦闘機動には一切の躊躇いが感じられず、攻撃、回避、そして僚機のと連携は完璧であり、一体どこに隙があるのか。


 機体の性能もさることながら、なによりも脅威なのはその機体を操っているパイロットの技量にある。果たして、ラスタチカAIが普及した事により、記録されていた戦闘データをようやく確かめられたライナスは、安堵と同時に、もしも再戦したならばという不安に口を覆い、つぃと隣に目を上げた。


 格納庫にはライナスだけ。自我に目覚めたAIを一人とカウントするなら二人きりだ。

 ラスタチカが負った傷はじきに癒える、しかし残念ながら性能が多少向上したとしても結果は見えていた。


 日が経ってからこうして分析してみると、なんと暴力的な戦力差だろうか、性能の劣る機体、そして数で勝る相手にヴィンセントはよく善戦した。勝ちに等しい敗北、生きて帰れたのだから喜ぶべきだ。けれど――


「このままじゃあ、いけないッスよね……」


 今回は帰ってこられた、しかし次があるとは限らない。厳しいがそれが現実だ。

 後席手を任された以上、最善を尽くすと決心しこうして分析をしてはいるが、やはりこの二機に対抗する手段は思い浮かばないライナスである。


「二対一は論外。オドネルさんが強くても、あの機体相手じゃ厳しいだろうし、どうしたら……、どうしたらいいッスかね?」


 ソフィアがAIを修復する為に接続したディスプレイに向けて彼は尋ねる。元々、機械に魂が宿る事に対して抵抗がなかっただけに、ライナスは自然と語りかけていた。勿論、相手が機械であろうと先輩に対する敬意は忘れない。


「ラスタチカさんは、オドネルさんの操縦でずっと飛んできたんスよね、今まではこういう状況にどうやって対処してたんスか」

 返事があることを疑わず、ライナスは画面を見つめていた。

【回答は困難です 前例がありません】

「追い詰められた事がないってことスか。そうッスよねぇ、オドネルさんとあんなに戦える人いないッスよねぇ。賞金首も賞金稼ぎも思い当たらないッスもん、誰だったんスかね、あの黒い機体に乗ってたの」

【撃墜の危機は数度経験しました】

「え? でも前例はないってさっき言って、あ、いや書いてたじゃないスか」

【前例がないのはヴィンセントの精神状態です 彼が敵機に対してあれほどの執着を持ったのは前回の戦闘が初めてでした】


 腕は立つが余裕を持った飛び方が腹立たしいパイロット、というのが便利屋界隈でのヴィンセントの評判だ。にも関わらず、あの時のヴィンセントには鬼気迫る物があった。

 理由については聞き出せなかったが。


【これまでの戦闘パターンから計算すると 二機が離脱を計った時点で戦闘を中止 即時 宇宙嵐の危険域からの脱出を優先していたと考えられます】

「それは、どうしてッスか?」

【ヴィンセントにとっての最優先事項は生き残る事です 今回の戦闘継続については私の予測から大きく外れた事態でした ですので今後の生存率上昇の為 データ収集の必要があると意見します】

「もしかしてっスけど、俺に訊いて来いって言ってるんスか。無理っスよ、教えちゃくれないっスってば、多分オドネルさんの地雷みたいなもんなんスから」

【彼が地雷を用いたというデータはありません 安心してください】


 いくら自我に目覚めたとはいえ、瞬間の感性から生み出される比喩表現についてはイマイチ伝わらないらしく、ライナスはぽりぽりと頭を掻く。


「ええっと、つまり誰にも知られたくないって事スよ。他人に話したくない過去っていうのは誰にでもあるものなんス」

【成る程 理解しました ですが貴方なら聞き出せるのではないでしょうか】

「いやいや勘弁してくださいって」

【貴方の任はヴィンセントの補佐でしょう ならば彼から無謀な戦闘を継続した理由を聞きだし 問題を解決する事が求められると意見します ヴィンセントが信用している貴方にしか不可能な任務です】

「……オドネルさんが、俺を?」

【彼は人間関係において病的なまでに疑い深く慎重です 自らが信用した人間でなければ 後席手を任せたりしません そしてそれは私も同様です 信用に足る人間でなければ搭乗を拒否するでしょう ライナス前回の戦闘における電磁障害への対処はお見事でした 貴方が搭乗していなければ我々は為す術もなく撃墜されていたでしょう】


 あやうくニヤケかけた口元をライナスは結び直す。

 認められていたのは素直に嬉しいが、だからといって勇み足を踏み出せば地獄を見るのは明らかだ、ここは自制しなければ。


「そ、そりゃ俺だって知っておきたいッスけど、できないもんはできないっス! いいすかラスタチカさん、どんなに必要な情報でも、聞き出すだけで相手を傷つけてしまうかもしれないんス。相手の心を踏みにじってまで話を進めるなんていうのは……あれッス、よくないっす! だから、もう少し待ってください」

【危険因子の排除を希望したのは貴方でしょう 私としても同機との戦闘に備えておきたいのですが 人間とは非合理的ですね】


 成る程、問題の原因がヴィンセントにある以上、彼から話を聞き出し解消するのが最も効率的な方法なのは間違いない。ラスタチカの意見は冷静かつ機械的で、そこにはやはり暖かみを感じないのだが、ふとライナスは笑ってしまっていた。


 内容はともかくとして――

「なんだかその話し方、オドネルさんみたいッスね」

【私の人格は 蓄積されてきた通信データ 及び戦闘データを主幹として構成されていますので その影響かと推測されます】

「ライナス、一人でなにぶつぶつ言ってんだよ」


 怪訝そうに声をかけてきたのはコディである。格納庫に入ってくるなり、彼は真っ直ぐに工具箱を漁り始める。


「いやぁ、この間のデータを確認しながらラスタチカさんと今後の対策を練ってたんスよ」

「そんなのダンとかとやれよ。機械とお喋りって、キモいぜ。画面に話しかけるなんて、どうかしてるって、相手はAIだぞ」


 ライナスは画面を横目で見遣るが、AIは沈黙していた。なんとなくだが、話題を変えた方がいい気がするライナスである。


「コディさんこそどこ行ってたんスか? ずっと部屋に戻って来なかったから、てっきり船にいると思ってたんスけど」

「おれ? あー、施設を見学してた、ロボットの製作工程とかもう一度見たくて」


 そして今は、修理を再開するつもりらしい。アルバトロス号を危機に陥れた自責の念は、少しも晴れていないようだ。その気持ちは、日中の作業態度にも表れていたから。

 しかし、勝手に作業を進めるのはいかがなものか。ライナスは静かに窘めた。


「分かってるよ、でも少しでも進めておきたいんだ」

「……せめてダンさんがいないと」

「だから分かってるって!」


 と、反論されても、ライナスは気を遣って代弁したに過ぎない。元の意見はもう少し辛辣な言葉が並んでいたのである。そして今はこう表示されている。


【私はコディの独断による作業再開を拒否します】

「AIが命令すんなよ、イイだろ別に、直してやるって言ってんだから」

【No 命令ではなくこれは私の意思による拒否です 貴方はすでに一度 我々を裏切り危険な宙域へと誘導しています 責任者の許可を得ず作業を再開する事は明らかな背命行為にあたり スケジュールを乱す事になります 自らの評価改善の為に独断専行を行う人物を私は信用しません そして同時に そのような人物に機体を修理される事は極めて不愉快です 以上の理由から私はコディによる作業再開を拒否し これを無視した場合 貴方を敵性と判断し 独自の判断で脅威の排除を行います】

「ラスタチカさん、その辺にしてあげてくださいッス。ライナスさんだって頭じゃ理解してるんスから」


 拒否と自衛。ラスタチカの意思はまさに身を守る行動そのもので、機体は修復途中であるにも関わらず、その言葉は有言実行を思わせる。

 攻撃的にもなろうというものだ、ラスタチカにとっては研修医が勝手に行う外科手術を受けるのも同義なのだから。


 コディも、流石に動揺していた。

「……なんだよそれ、良いカッコしようだなんて思ってない。おれのワガママだって言いたいのかよ⁉」

【感情的な単語で表現するならば その通りです 貴方は誰も望まない行動を独断で行おうとしている ダンも貴方に幻滅するでしょう 私の意見に論理的な反論があればお聞かせください】


 歯を食いしばりコディは黙ってしまった。

 そもそも論理的な思考を持ってのみ動いているAIを論破するのは困難だ。人間には感情があり、だからこそ生まれる結論というものが在るのだが、それをAIに理解させるのはさらに困難だろう。

 続けるようにして画面上に表示される言葉。

 やはりそれは、論理的な結論に基づいたものだった。


【コディの技術のみを判断材料とするならば 私は貴方を評価しています 貴方の知識 そして技術は有益です どうしても作業を再開したいのでしたら責任者監督下で行ってください ――尋ねてみてはいかがですか】


 マッチが擦られ、葉巻が燻る。

 恐る恐るコディが振り返れば、一服付ける為に船に戻ってきたダンが紫煙を吐き出していた。何も言わずに、ただ葉巻を吸っているのが逆に物凄いプレッシャーで、コディはどぎまぎするばかり。


「あぁ……、その、ダン、おれさ……」

 目が合ったがライナスは助け船を出さなかった。

「ふむ、ライナスはなにをしていたんだ? もう夜中だぞ」

「この前の戦闘記録を分析してたッス、ラスタチカさんと」

「御苦労。成果はあがっているか」

「まぁ、そこそこッス。再戦はしたくないッスね」

「だろうな、お前さんの話を聞く限りじゃあ、とてもじゃねえが勝てる相手じゃあなかった、よく還ってきたものだよ」


 嵐に巻き込まれた理由についてはヴィンセントから黙っているようにと暗に釘を刺されていたので、この話題はできればダンとはしたくないライナスである。


「それでダンさんはどうして船に?」

「施設内じゃ吸えんからな。――調子はどうだ、ラスタチカ」

【おつかれさまです ダン 機体状態を除けば全て良好な状態にあります】

「なあダン! ちょっといいかな?」


 意を決したライナスの声が格納庫に響く。

「おれ、機体の修理を進めたいと思ってるんだけど、やってもいいかな。一日でも早く元の状態に戻してやりたいんだ。ラスタチカが壊れたのもおれの所為だし、責任取りたいんだよ」

「ふむ、そうか」


 一つ思案、ダンは頷いていて、コディの表情が華やいだ。

 しかし、ダンは続ける。


「お前さんの心意気は買うし、指示もするが許可は出せんな。責といういのは場における長が負うものだ。依頼中に発生した全ての責は俺にある、客には負わせん」

「でも……!」

「くどい。お前さんも、いつか上に立つ日が来るだろう、その気持ちは取っておけ」


 灰が落とされる。

 反抗は許さず、だが静かにダンは諭したのだった。


「それから、お前さんに伝えておく事がある。ギブソンの行き先が判明した」

「本当ッスか、ダンさん!」

「ああ、まだ文屋と共に行動しているようだ。機体の修理が完了次第、後を追う、迅速な作業の為にも予定に従い行動しろ。お前さん一人が急いだところで大幅な時間短縮にはならん、体力は残しておけ、いいな」

「……はい」


 父親の行き先が判明したならば、なお急ぎたいのが本心だ。コディは納得はしていない、返事は歯を食いしばっているようだ。その肩を、ダンが叩いて顔を上げさせた。


「確実に差は詰まっている、焦らずとも直に追いつく」

「そうっスね。元々どこに行ったかも分からなかったんだし、スゴい進歩ッスよ。来週には見つけてますって」

「奴なら心配はいらんよ。もっとも、お前さんが一番よく理解しているだろうが」

「心配なんかしてない、少しも」


 その言葉は力強く、疑いなど微塵もない。なんだかんだ言っていても父親を信じているのだろう。そしてそれは、旧知であるダンも同様だった。


「では、明日の作業に備えて休め。働く時にはきっちり働いてもらうぞ」


 二人の若者は潔く頷き、船から降りていった。その背を、見送るダンの表情は紫煙越しにも暖かい。

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