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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
4th Verse Madhouse
153/304

Madhouse 5

 やはりこの漂白された施設は、どこを通っていても落ち着かない。何度か通った通路だというのに完璧を成す清潔感が発する閉塞感から感じるのは息苦しさばかりで、正直な感想はしまっているが、極力立ち入りたくはないのがヴィンセントの本心だ。


 だというのに……


 呼ばれて顔を出してみれば休憩室は無人、それに人がいた気配も無い。どうも、汚れた端から清掃ロボットが片付けているらしく、人が残す生活感というものをこれでもかと拭い去っていた。なるほど、ロボットは命令された内容を、寸分の違いなくこなしているのだが、その徹底さ故に、もし内情を知らずにこの施設を訪れたなら、SFホラー映画冒頭に相応しい不気味さに冷や汗を掻くだろう。まあ、ヴィンセントの場合は、無人の休憩室でいきなりロボットに名前を呼ばれて肩を跳ね上げるくらいに驚いたのだが。


「ああ、これは失礼。驚かせてしまったようですねMr.ヴィンセント」

「……その声、ソフィ、ア? だよな、どうなってる」


 反射的に懐に飛んでいた左手をそっと銃把から放すヴィンセント。安堵の溜息は一人で呼び出されていてよかったという思いからだ、こんなところレオナに見られたら爆笑は必死である。彼女なら腹を抱えて笑い転げるだろう。


「施設内のロボットは遠隔で操作や会話が可能なのです、伝えておりませんでしたか?」

「伝えておりませんでしたね。ってか、あんたはドコにいるんだ」

「入れ違いになってしまったようですので、お迎えにあがりました。このロボットの案内にしたがってください、お待ちしております」


 おそらく、通信は終了したのだろう、ロボットは機械的な動きで振り返ると先導し始める。

 仕方がないので従うが、二足歩行する人型機械の後ろを黙って付いていくのは、なんというか馬鹿らしい気分にもなる。自分が命令した案内させるならまだしも、他人の命令に従っているロボットの指示に従っている状況は、ともすれば犬の散歩に例える事が出来る。つまりソフィアが主、世話人がロボット、飼い犬がヴィンセントである。これでは主従が逆転してると言えるのではないか。ロボット技術はこの一世紀でめざましく発展し、危険作業を任せる事も多い昨今だが、こういった日常にまでロボットが介入してくるとなると深刻な問題が出てくる。


 それは人類の機械への依存。

 些細な部分から支配権のバランスが崩れて行くような危機感を覚える。その最終点は、機械による人類の支配だ。


 ……なんてのは飛躍しすぎか、アホくせぇ。


 ロボットの背後パーツから目を離したヴィンセントは、ふと気が付く。彼は両脇が硝子張りの見学通路を通っていたのだが、その雰囲気が変わってきてた。


 簡単に言うなら、工業系から医療系へ。

 話に出なかったという事は、エリサ達が見学したのは工業区画だけだったのだろう。その先にある医療系の研究区画とおぼしき場所は、通路から下にある実験室を見下ろせる形になっていた。当然の様に白一色であり、棚にはホルマリン漬けにされた『内臓的な何か』や『解剖された何か』の瓶が並んでいるので、子供に見せるには気がひけたのだろうか。


 と、ロボットが立ち止まり先を譲ると、壁に紛れた白い扉が横にスライドした。

 ダンがいる、腕組みしてヴィンセントの方を見ていた。

 ソフィアがいる、彼女は「どうぞこちらへ」と言った。

 ドクがいる、いつもの白衣で背の低い丸椅子に座り、頭に……あの、医者がつけてる丸いやつを乗せていた。


 そして、セットじみた診察室を見渡してヴィンセントは言った。「俺は船に戻る」

「こら待たんか、ヴィンセント」

「仕事の話だと思って来てみりゃなんだこれ。俺は健康だって言ってんだろ、年寄りのお医者さんごっこに付き合うつもりはねえよ。ドク、お宅も患者プレイがしたいなら夫婦でこっそり楽しんでくれや」

「そう言わずに座って、座ってよ。生きてる人間の診るのは久しぶりなんだ、楽しみだなぁ、楽しみなんだよ。さぁさぁさぁ」


 皮肉など意に介さないあの手の笑顔に見覚えがある。子供がアリの巣に水を流し込んだりする時に浮かべる顔だ。


「仮に病気になってもこいつにはかかりたくねえ! 船に戻るからな」

「仕事の話もある、いいから聞いていけ。――ドク、時間を貰うぞ」

「いいよ、勿論、勿論さ」


 ダンの口調は業務命令的であり、そこには否応も無く、ヴィンセントは渋々従うのだった。溜息は深い。


「はぁ……、分かったよ、んで話ってのは? 文屋の行き先、聞き出したんだろうな」

「これは、驚きました。てっきり私は、便利屋が持つ性分として疑念を抱いているものだとばかり考えておりましたが、的確な思考で予想されていたのですね」

「だから言ったろうソフィア、こいつも気が付いていると。隠すだけ時間の無駄だ、お前さん等が沈黙を続ければかえって面倒な事になる」


 言われヴィンセントは図々しく肩を竦める。それにどのみち、引き受けた依頼をこなす以上、ダンは情報を隠されていても、いずれは文屋達に辿り着く。つまり遅いか早いかの違いであって、無論だが早いに越した事は無い。まぁ、ヴィンセントとしてはあまりにもひた隠しにするならば、暴いてみるのも一つの手だと考えていたが、その計画を聞かされても、ソフィアはじっと視線を定めたままだったので聞き逃したのかも知れない。


「……どうかしたのか、ソフィア」

「貴方の仰る通りだと思いまして、お気になさらず」

「最初に聞いた時になんで黙ってたんだ? 二人の行き先なんて隠しとくような話かよ」

「私達も、貴方に及ばずとも注意深いのです。Mr.ダンの部下の方とは言え、全てをお話するわけにもまいりません」


 なるほど、言い分は理解できる。

 しかし、そうなるとやはり気になるのはダンとソフィア達との関係性だ。一応ダンには内々に尋ねてみたが明確な回答はもらえなかったので、予想の範疇は出ないが、ソフィア達は過去の依頼人であり、その守秘義務が未だに有効であるといったところか。ダンが徹底して情報を保守しているという事はつまり、かなりの危険性を孕んだ依頼だったか、相当の金額を積まれ詳細を知らされていない仕事だったか……或いはその中間か。

 どちらにせよ触らぬ神に祟りなしである、ヴィンセントもそれ以上の追究は避けた。


「けど、この数日間の行動を観察させてもらって、君については信用できると判断したんだ、だからこうやって会議の場を設けたのさ」

「んなこったろうと思ったぜ。どうせ隠しカメラも仕込んであるんだろ」

「ご想像にお任せいたします」

「お宅等にどう思われてようが関係ねえ。こっちは仕事だ、知りたい事を教えてくれりゃあそれでいい」

「確かに、確かに。それじゃあソフィア、教えてあげて」


 ソフィアは微笑みを返す。「はい、あなた」と柔らかい響きの返事は、やはり長年連れ添った夫婦そのもの雰囲気で、どう見ても親子ほどの年の差を感じる外見の所為で違和感ばかりを感じる。


「Mr.ギブソンの宇宙船は一ヶ月前に出航し、当施設からミッドガル・ポイント方面へと進路を取っています。こちらが当日の宇宙地図とレーダー記録になりますので、ご確認ください」


 ダンが渡されたデータを手持ちのタブレットで再生すると、球体型の宇宙地図が立体映像となって表示された。

 宇宙には絶対の地図というのは存在せず、また地上で用いるような絶対座標というのも存在しない……、というのは太陽系の惑星で不動なのが太陽しかない事を考えれば分かるだろう。太陽の周りを取り巻く惑星は大小等しく常に移動しているので、絶対座標を決定する事は不可能に近く、正確さを求めるのならば、特定の点との相対的な関係で示す、相対座標を用いるのが現実的だ。


 その点では、当日の惑星配置まで記録したレーダー記録は限りなく正確と言えるだろう。施設のレーダーから外れるまでの航路は光の線で記されている。


「ふむ。どう見る、ヴィンセント?」

「見た感じは木星寄りの小惑星帯にルート取ってっかな。でも、一ヶ月前だしな~。それに素直に向かってるとも限らない、レーダー圏外に出てから進路変えられてたら追いようがないし、真っ直ぐ向かってたとしてもまだその付近にいるとは限らないぜ」

「しかし、俺達に示された手掛かりはこれきりだ。逃げ回っている賞金首を追っている訳でもなし、事実として距離は縮まっている。ここは無謀な先回りより光の道を辿るのが妥当だろうな」

「先回りするなら、まずは占い師でも探さねえと」

「どうだいダン君、役に立ったかい」

「うむ、充分だ。助かったよ、この借りはいずれ返そう」


 するとどうだ。ドクの口元がニンマリといやらしく吊上がり、その視線が自分に向いた事でヴィンセントは嫌な予感に襲われた。もっと自然な形で、早めに逃げておくべきだったのだが、時既に遅しである。


 ――そんなに診察がしたいか!


「さぁさぁさぁヴィンセント君、座って、座ってよ」

「だから嫌だっつの! もういいだろ、しつこい爺さんだな、お宅も」


 こうなれば強行突破。

 そう思ったヴィンセントだったが、どうも室内は四面楚歌だったようだ。まさか雇い主に止められるとは思ってもみなかった。


「頼んでもいねえだろ、余計なお世話だ」

「ドクには俺から頼んだ。あれでドクはれっきとした医者だ、診てもらえ」

「あれが医者なら政治家は聖職者だっつの」


 強烈に皮肉ったつもりが、ドクときたら「医師免許見る?」ととぼけた事を言ってきた。これだけでも不安を煽るというのに、それでもダンは譲らない。その眉間とそして声音には深い皺が刻まれている。


「……ヴィンセント、診てもらえ」

「俺が病気に見えるってか?」

「最近のお前さんはな。雷に打たれた時にかなりのショックを受けたはずだ、心身共にケアが必要なのは誰の目にも明らかだぞ」

「カウンセリングに関しては私が担当いたします、ご安心ください」


 立ち塞がるダンを、ヴィンセントは強烈に睨付けていた。いらぬお節介もさることながら、一番腹が立つのは、なによりも嵌められたという事実だ。最初から、このために呼び出したに違いない、行き先を聞き出すだけならダン一人でも事足りたのだから。


「ラスタチカが直っても、パイロットがおかしくなっちまってちゃ機体は任せられん。いくらAIに自我が芽生えたと言っても機械は機械、最終的な判断は人の意思で下さねば。俺は操縦席を空にしたままで飛ばすつもりは毛頭無いぞ」

「それは命令か、ボス?」

「予測と直感は才能による。従業員の健康管理さえまともにできん無能にするな。飛行可能な健康状態であると証明されるまでは何が起ころうと機体には乗せん、いいな」


 空に魅入られた者にとって翼を奪われる事こそ最大の悲劇だ。まさかそこまでするとは思っていなかったヴィンセントは愕然とするばかりで、受け入れる以外の選択肢は用意されていなかった。


「……チッ、わぁ~ったよ、あんたの勝ちだ。診てもらえばいいんだろ、どうせ健康だってことが分かるだけだ」

「ああ、そうだな。――ドク、よろしく頼む」

「ホルマリン漬けにされたら恨むからな、覚えとけよ」


 頭を振った去り際のダン、彼の髭面は苦笑にひしゃげていた。

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