Madhouse 4
同日 午後九時過ぎ アルバトロス号リビングルーム
夕食こそ施設内の食堂で食べはしたが、やはりこの日もヴィンセントは船に戻ってきていた。船の方が落ち着くのだから仕方がない。
コロナの瓶が音を立てると、合わせて彼のケータイが鳴る。
「あいよ、もしもし」
『ヴィンセント、今出られるか?』
「あ~、ちょっと難しいかな。――チェック」
ルークをルークで取り王手。
盤面は終盤、エリサはうんうん唸りながら、指を動かして次の一手を考えていた。前日は施設に用意された個室に泊まったエリサだが、やはりレオナが言っていた通り、人間よりも獣人には居心地が良くないらしく、今夜は船で寝ると言って戻ってきたのだった。
『ドクとソフィアから話があるそうだ、レオナ達には内密にしたいと。……二人はそこに?』
「ああ、今エリサと一勝負してるんだ、結構強いぜ。レオナじゃ相手にならなくてよ」
『ふむ……、抜け出せるか?』
「悩んでても盤面は変わらねえぞ、エリサ。突破口は開くもんだ、どうする?」
『そうか、では施設の休憩室で待っているぞ』
「あいよ、じゃあ後で持ってくわ」
通話を切ってケータイをしまうと、ウィスキー片手に電磁銃の分解整備をしていたレオナが誰からか訊いてきた。
「ダンだよ、葉巻持ってきてくれって」
「ああ? 中じゃ吸えねェんだろ、葉巻」
「におい嗅いで落ち着きたいんだろ、葉巻は吸わなくても楽しめるからな」
「臭いだけだってンだよ、あんなもんドコがいいのさ。人間の馬鹿な鼻ならいいだろうけど、こっちは臭くて堪んないっての、たく……」
「喫煙者に辛い世の中なんだ、家でくらい吸わせてくれよ」
「チェックメイトなの!」
「ふぇッ⁉」
思わずヘンな声が出たヴィンセントである。いやいや待てよ、と盤面を見るが、守る駒も無く、取れる駒も無い。
エリサの碧眼がきらきら光っている、見事な逆王手で詰んでしまっていた。
「う~~~~ん、……ダメか! こりゃひっくり返せねえや」
「うわだっさ、負けてやんの」
「エリサが巧くなったんだよ、大体レオナこそ全敗してるだろうが」
「えへへ、ホント? エリサ、上手になったの?」
「多分ダンとも良い勝負できるんじゃないか、今度指してみろよ。それか、レオナに教えてやればいい、相手が増えるぞ」
ぴこんとエリサの耳が立つ、逆にレオナの手は止まった。
「ね~ね~レオナ、チェスしようなの」
「うぇ……アタシはいいよ。それよか、そろそろ寝たら?」
「一回だけなの~、レオナおねがい~」
両手で掴んでレオナを引っ張るエリサだが、ごつい虎の片腕は微動だにしない。
ヴィンセントを睨むレオナの眼光は、エリサにせがまれる嬉しさと、けしかけた男への恨み節が込められていた。
「アンタが相手してやればいいだろが、もう一戦くらいできんだろ」
「俺はダンのお使いがある」
と、エリサが大きく口を開けた、愛らしい欠伸である。
「今日はもう寝とけ、エリサ。レオナなら明日、相手してくれるってよ」
「ヴィンセント、てめぇ――」
「やったぁなの! それじゃあ、エリサもう寝るね、おやすみなの!」
言うが早く、エリサはリビングから飛び出していった。
「…………」
「礼ならいい、ほんじゃな」
グラスを投げつけられないよう下がり、ヴィンセントもリビングを後にする。そして、一人静かに船から降りたのだった。




