Madhouse
それは、エリサにはあまり馴染みのない光景だった。
桟橋を挟んだ反対側にある宇宙船、その後部ハッチは現在、貨物を積む為に開放されていて、人が収まるくらいのコンテナが次々と運び込まれていたのである。
と、まあ、これだけならば見慣れた光景であったかも知れない。火星でも、コロニーでも、荷積み中ならよくある場面だが、今回ばかりは様子が異なっていた。
作業に当たっているのはロボットなのである。
まったく同じ外見の人型ロボットが十体ほど動いていて、それこそ機械的に作業行っていた。当然そこには会話など当然存在しない、彼等から聞こえる音といえば、油圧系の作動音が時折鳴る程度だ。
「うわぁ~、エリサ、あんなにいっぱいロボット動いてるの、はじめて見たの!」
興奮気味のエリサに対して、同じくロボットを見つめ――いや、睨付けるレオナは大層不機嫌そうだった。
「アタシはダメだ。どうにも気色悪いね、ロボットってのは」
「どうしてなの?」
「機械が生き物みたく動きやがるからさ」
「それにしても、ロボットしかいないみたいッスね。――コディさん、どうかしたんスか?」
コディはコディで、興味深そうな眼でロボットを観察している。
「初めて見る型だからさ。危険作業用とも、ヘルパー型とも違うし、それにロゴも書いてない。どこのメーカーのだろう」
「どうだったいいさね、それより――」
いつまで突っ立ってりゃいいんだと言いかけて、アルバトロス号を振り返ったレオナは、不満の捌け口を見つけたのである。
「やっと来やがった。どんだけ待たせりゃ気が済むのさ」
舷梯をのろのろと下りてくるヴィンセントの姿を見つけるなり、レオナは不機嫌を吐き出した。船外では、すでに全員が待っている。
「クソみてェな顔色、それかクソそのものだね」
「御機嫌ようレオナ、あちらさんの出迎えはナシか? ……くそ、眩しすぎるぜ」
ひたすらに白い。
階段、配管、ネジの一つまで押し付けがましい清潔感で満ちていて、まるで医療施設かなにかよう。なのに照明は容赦なく輝き、照り返しがヴィンセントの眼を潰すのだ、エリサが野性の姿になったのなら、きっと見失うだろう。
「なにジロジロ見てる」
視線は感じる。周囲と同じく漂白された扉を見たままでヴィンセントが呟くと、ライナスとコディは顔を逸らした。
「遅かったな、ヴィンセント。シャワーでも浴びていたか」
「交渉相手に失礼がないように身だしなみを整えてたのさ、ポシャったら丸腰で飛ぶ事になるし、俺だってそいつは勘弁だ」
「ハッ、その服で? ホームレスでももっとマシな服着てンでしょうよ」
「いや髪の方、決まってんだろ」
「ここ、寝グセついてるの」
「アクセントさ」
「――なあ、誰か来たみたいだけど」
指さすコディ。
つぃとそちらに目を遣れば、脇のパネルが蒼く光って音も無く扉が開いた。
そして、まあ何というか……現れたのはある意味予想外で、ある意味では予想できた服装の人物だった。
端的に言おう、白衣の男女だ。
男の方は人間で還暦間近、白髪の老人。
対して女の方は若いリスの半獣人で、背は低いがいかにも科学者らしい雰囲気である。
「いらっしゃい、いらっしゃい。よく来た、よく来たね」
「ご無沙汰しておりました、Mr.ダン」
老人はダンと親しげに抱き合い、女性は丁重に握手で迎える。それは再会の喜びと、多大な感謝の現れだろうか、恐らくは古い依頼人ってところだろう。
蚊帳の外に置かれている中で、だがヴィンセントだけは女性の方に見覚えがあった。
「あんた、どっかで会った事ないか?」
「また適当なナンパ台詞吐きやがってよ、ボケでも始まったか。どっかで見たとか聞いたとか、そんなんばっかしじゃないか」
「実は、俺も見覚えあるんスよね、レオナさん。いつ見たか思い出せないんスけど……」
「オイオイ、アンタもかよ、新人。介護が必要になる前にテメェの頭吹っ飛ばしな、アタシに面倒かけやがったら親父のタマに収まるまで蹴り戻してやる」
「あの~、すいません、有名人ッスか?」
挨拶をすっ飛ばした失礼な質問二連発にも、女性は気を悪くした様子はなく、それどころか一同に向けて丁重に頭を下げた。
「遠路はるばるようこそいらっしゃいました、お連れ様も歓迎いたします。――あなた、皆様お疲れでしょうから、お茶でも飲みながら話しましょう」
「ああ、そうだ、そうだね、そうしよう」
「それでは皆様、どうぞこちらへ」
リスの血が入っているだけあって尻尾がデカい。
女性が案内してくれる廊下も、そして通された部屋も基本的に白ばかりで、何とも色に乏しい場所だ。茶菓子として出されたクッキーが出てきたおかげで、この二人にも光彩があることが分かった。
それから一つ付け足しておこう、茶を振る舞ってくれたのは給仕型ロボットだ。どこもかしこも無味乾燥としている空間で、有機物が無機物によって運ばれてくるのは中々皮肉めいているが、それは別として、純粋に作業用ロボットの荷積み風景で興奮していたエリサが、より繊細な作業を行っているロボットに目を輝かせたのは言うまでもないだろう。
「ねえねえお姉さん、ほかにもロボットがいるの?」
「ドックで皆さんが御覧になったロボットの他にも、多数が稼働状態にあります。興味がおありでしたら、後ほど施設をご案内いたしましょう」
「あ! 俺もいいかな?」
「ご希望でしたら」
コーヒーを啜るダンの表情は、さながら友人宅ではしゃぐ我が子を見守っているようでもあり、今のところは雰囲気も穏やかだ。
「世話をかけるな」
「いえ、いいのです。私達もお客様を迎えるのは年に数度の事ですので。それに、貴方とこうして再びお会いする日が来るとは思っておりませんでした、お元気そうですね」
「ああ、そっちも元気そうで何よりだ」
紹介しよう、ダンは間に立ち取り持った。
双方を知っている人間がいると話が早く進むのはありがたく、名前が判明するだけでも、緊張感の一部は解かれるものだ。進展があるまではダンに任せて、それぞれ振る舞われた茶菓子に手を付けていた。
「変わらずの美人だなソフィア、人妻でなければ君を連れてバーで一杯と行きたいところだ。ドクも変わらずか。暫くぶりだな、六年か」
「より正確には申し上げるならば六年と九十八日になります、Mr.ダン。よく私達の居場所が分かりましたね、あの日、以来接触は無かったというのに」
「残念ながら引退の機会を逃してしまってな、未だ現役だ」
「いいんだ、いいんだよ。とにかく君ともう一度会えた、喜ばしくはないけども、再会を祝おう。そう、きっと良くないだろうけども」
もう一度ハグ。
もてなしには手を付けず、ヴィンセントは煙草を咥えて待っている。まだ火は付けていない。懐かしむのは勝手だが、そろそろ話を進めてもらいたいところ。彼の心情はジッポの金属音が代弁していた。
「失礼ですが、Mr.――」
「ヴィンセント。ヴィンセント・オドネル」
「名前でお呼びしても?」
――どうぞお好きに、とヴィンセントは肩を竦める。ただし、彼が思っていたよりも風当たりは強かったが。
「Mr.ヴィンセント、当施設内は全館禁煙となっておりますので、煙草はご遠慮ください」
短くぴしゃり。
主が言うなら仕方ない。丁寧というよりも堅物、ソフィアの口調には会話をする意志を挫く強硬さがあり、ヴィンセントは両眉を意味ありげに上げてから、煙草を仕舞う。
「ダンとは、どういう繋がりなのさ?」
「残念ですが申せません、Ms.レオナ。契約時の守秘義務がありますので」
「そうかい、別に知りたくもないけどさ」
「では、何故お尋ねに?」
退屈しのぎに話しかけた事を早々に後悔したのか、レオナは黙ってしまう。彼女にとっては理屈で固めてくるような相手――特に同姓――は天敵だ。相手が理屈こねる男なら、ぶん殴って黙らせるレオナでも、女相手にはさすがに手を出しづらいらしい。
表情には出さずとも、そんな従業員達を横目にした雇用主の内心は語るまでも無いだろう。
「ところでだ、ドク。俺が、俺達が互いに望まぬ再会を取る形になったのには理由があるのだ。頼みたいことがある、なに単純な頼みだ」
「君から頼み事? なんだろう、なんだろうね。教えてよ」
「三つある。一つ目はここの設備で用立ててもらいたい物がある。二つ目はソフィア、君の頭脳を貸してほしい。そして三つ目は二人に訊きたい事がある。協力してもらえんか、貸し借りは抜きにして謝礼は支払う」
「お金? いらないよ、困ってない。お金の話はしてほしくないな、聞きたくない」
ぶっきらぼうにそう言って、ドクはダンから距離を取った。
なるほど、ダンが『変わり者』と言うだけはあって情緒が不安定らしい、叫び散らしたりしないだけまだ、マシだが。
「気を悪くせんでくれ、ビジネス形式として訊いたまでだ。――コディ、リストの説明を」
「は、はい! え~っと……」
まさか呼ばれるとは思っていなかったコディは、慌ててポケットに手を突っ込み、プリントアウトした部品リストを皺だらけにしてしまった。
「このパーツが必要なんだ。特にエンジンブレードが、グッドスピード社製Mk5の」
「超合金でも加工可能な3Dプリンタを所有しているのは分かっている、それを使って一揃えしてもらいたい」
「わあ、どうして? どうして知ってるんだい」
ドクに食い付かれても、ダンは至って冷静だ。腕を見せびらかしたり、過剰に自信を持ったりせず淡々と答える。
「言っただろう、まだ現役だ。――可能なのか?」
「ああ、出来る、出来るとも。それじゃあ二つ目は?」
交渉相手を熟知しているからこそ成り立つ芸当。
興味をそそり、協力を申し込ませる(・・・・・・)。こちらから水を向けるより、相手から訊いてくれるようになれば、交渉はすんなり進むのだ。とはいえ、そうなるようにダンが巧みに仕向けたのに気が付いているのは、ヴィンセントばかりだが。
「ソフィア、こちらへ来てもらえるか。ありがとう、是非お前さんに聞いてもらいたい。――ライナス、こちらのご婦人はAIの専門家だ、ラスタチカの事をお話ししろ、簡潔にな」
ところが、ライナスも気を抜いていたのか、素っ頓狂な声を上げた。テンパりまくってるコディと話してる場合じゃないだろう、ダンが造った仕掛けを壊す気か。
「落ち着いてください、Mr.ライナス」
「あ~っとッスね、僕たち……? いや我々? が、所有してる宇宙戦闘機のAIに致命的なトラブルが発生しているんス、一週間前に宇宙嵐の中を飛行中に雷に打たれて、それからずっと演算を続けてます。それでッスね……なんていうか、お手上げなんス」
正直なヴィンセントの気持ちとしては、見ず知らずの人間に自らの半身とも呼べる機体を触られたくはないが、直すには専門家の手が必要だと、ダンは判断したのである。いや、むしろ専門家の手を借りなければならない程のダメージだと言うべきか。この件に関しては否応もなく、ヴィンセントは考え込んでいるソフィアの様子を窺っていた。
「興味深いですね、実に。……Mr.ヴィンセント、何かご不明な点がおありですか?」
「そうだな、いくつか」
「案ずるなヴィンセント、彼女ならば間違いは起こらん。頼めるか、ソフィア」
「承りました。しかし、彼は納得しておられない様子ですので私からも提案があります。それほどまでに機体が心配なのでしたら、修理の様子を監視していただいても結構ですよ、私は気に致しませんので」
「最初からそのつもりだ」
否応がなくても土俵から降ろされるわけにはいかない、ヴィンセントは譲れる踏みとどまれる限界のラインに身を残した。
「では作業開始の際はご連絡差し上げます。――最後に、三つ目の頼み事と言うのをお聞かせ願えますか」
ダンは頷き、この二人が立ち寄った筈だがと、写真を取り出す。
「名はギブソンとミドル、知っているな」
「ああ知ってる、知ってるよ。マシンを買いに来た、そうだよねソフィア」
「強力な電磁防御システムとECCMをお求めにいらっしゃいました、三十八日前になります。その際、お名前は異なっておりましたが」
髭だらけの口角が僅かに上がる。
「ローディーとでも名乗ったか」
「ええ、お知り合いですか?」
「行き先について何か知らんかね」
ソフィアは首を傾ぐ。
「お力になれず残念ですが存じかねますわ、Mr.ダン。機材を受け取り次第、彼等は船を出しましたので、果たしてどちらへ向かわれたのやら」
「いや、ありがたい。ここに立ち寄った事実が判明しただけでも大きな収獲だ、感謝する」
だが手掛かりは途絶えた、ここから先の足取りを追う術は無いに等しく、再び砂漠の宝石探しとなると気が遠くなる。
ヴィンセントは黙りこくっていたが、とはいえ、一応仕事の話は終わったこともあり、いつの間にか締まっていた雰囲気は和やかになっていった。決定づけたのはドクである。
「ソフィア、ソフィア。ダン君の頼みも聞けた事だし、そろそろ晩御飯にしようよ。そうだ、そうしよう」
「ええ、あなた。それでは皆様、こちらで暫しお待ちください。夕食に致しましょう」
給仕ロボットが作ったディナーは豪勢とはいかないまでも、テーブルを埋めるのには充分で、味にしても悪くは無かった……らしい。誰からも文句の一つさえ出ず、皿は全てからになったから、喰える味ではあったのだろうが、ヴィンセントはそう察するしかない。
なぜなら彼の皿だけは唯一手付かずで残っていて、残飯もといもう一枚の皿はレオナの胃袋に収まったからだ。
食欲がない、ヴィンセントはそう言って、レオナに皿を押し付けた。
これだけのもてなしを受けて、口を付けないのは失礼に値するだろうが、当の家主はと言えばやはり気にした様子は見せず、むしろその態度は無関心にも近かく、片付けが済むなり明日の予定についての確認が始まる。
「Mr.ダン、作業は明朝より始めさせていただきますが、よろしいですか」
「無論だ、行程についてはむしろ一任したい。よろしく頼む」
「かしこまりました、詳細が決定次第お伝えいたします。ああ、それから、施設内に皆様の部屋を用意してありますので、ご自由にご利用ください」
するとロボットがやってきて、各人の名前と顔写真がプリントされたカードキーをテーブルに並べ始める。
「施設内の移動と客室へはこちらのカードキーが必要となります。扉の横にある端末かざしていただき、入室許可の下りているエリアにはアクセス可能となっておりますので、携帯をお忘れなく」
ご丁寧に首から提げるストラップ付きだ、そうそう忘れようも無い。まあ、有効に使うかどうかは別の問題になってくるが。
「ふん、至れり尽くせりじゃないか」
レオナは挑戦的に鼻を鳴らすと、カードキーを谷間にしまう、案の定というか、尻尾は不機嫌に振られていて、さっさと部屋を後にする。
「アタシは船で寝るよ、どこで寝ようが勝手なんだろ? 他人の巣穴は落ち着かなくてね」
「ちょちょ、レオナさん! 折角用意してくれたんスから泊まっていきましょうよ。綺麗なシーツとベッドなんて久しぶりッスよ、ねえオドネルさん」
「俺も船に戻る、泊まりたい奴は世話になれば良い。構わねえよな、ドク?」
「もちろん、もちろんさ。理由は判らないけど君と彼女は泊まりたくないんだ、そうだね。清潔な部屋より汚れた船室が良いなんて変わってると思うけど、止めないよ」
「ご丁寧にどうも、それじゃあ明朝に。おっとそうだ、作業を始める時は忘れずに連絡してくれよ、Mrs.ソフィア」
最後に念押してからカードキーをズボンに突っ込むと、ヴィンセントもまた船へと戻る。色々と物言いたげた視線を背中に感じるが、どう言われようと意思を変えるつもりもないので関係ない。
純白の廊下にはレオナがいた。精気に満ちた彼女の毛皮がいつもよりパワフルに感じ、安心感さえ覚える。
「なに、アンタも戻ンの?」
「どうも空気が……つうか、この内装が合わなくてな、頭痛がする。まるで――」
「死の中にいるってンだろ、アタシだって感じるさ。嗅いでみなよヴィンセント」
レオナが鼻を鳴らすので、ヴィンセントも倣うと酸素が肺に落ちた。
「鼻が鈍い人間のアンタでも分かンだろ? 生き物のにおいが一切しねェ、清潔だが澄んじゃいないのさ。外見は完璧、でもハッキリ言って気味がわりぃ、獣人ならそう感じるね。エリサも黙っちゃいたが違和感感じてたさ」
「その所為か、疑問が解けた。死んだ空気に研究施設じみた内装のおかげで、飼育箱に押し込められた実験動物の気分だ。それにあの女、嘘付いてやがったしな」
「ダンは信用してるみたいだけど、怪しすぎさね」
「短く見積もっても四日は足止めだ、早いとこオサラバしたいぜ」
「……それはいいけどさ、ヴィンセント。アンタどこまで付いてくンの?」
すでにアルバトロス号の船内、レオナの部屋である。
唐突に振り返ったレオナは、怪訝な眼付きでヴィンセントを見下ろしていた。交わる視線と気まずい沈黙。話ながら素知らぬ顔で部屋まで入ってきたら、眉根も寄せる。
片手でヴィンセントを通路へ押し返すと、レオナは扉を閉めた。




