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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse Welcome To The Black Parade  
147/304

Welcome To The Black Parade 8

「ふぅむ……エリサの親父宛に伝言か、どうにも複雑な状況になってきているな。尋ね人の足取りが掴めたのは運がよかったが、こいつは幸運か、それとも……」

「やっぱダンもそう思うか。俺はキナ臭くて堪らないぜ、偶然なんて言葉じゃ片付ないよな」


 艦内で唯一、照明が灯るのはアルバトロス号のリビングルームだ。ミッドナイト・ミーティングは、さっさと寝てしまったレオナと、まだ耳に入れるのは早いエリサを除いた四人で進行していく。コディは何度か瞼を擦りながらも、なんとか付いてきていた。

 周りが静かな所為だろうか、誰も彼も自然と声は落とし気味である。


「えっと、皆さんの話を整理するとこういう事スか? コディのお父さんは依頼で探してた記者と一緒にいて、その記者はエリサさんのお父さんを探してた……その、なんとかって件について取材する為に。それから、他にもエリサさんのお父さんを探してる誰かがいて、部屋を見張らせていた、で、あってるッスか?」


 身振り手振りで整理しながら、ライナスはまとめようとする。全員に分かりやすくするよりも、まずは自分の頭に納める為に。


「おおまかにはな。だが肝心要の部分が判らん、全てに付きものの理由って厄介な代物だ。エリサの父親が持つ貴重な情報を求めて、記者は〈マーズ7〉を訪ねた、それはいい。思わぬ収獲だ、結果として足取りを掴めたのは幸運だったと考えよう。問題なのは――」

「理由と秘密か」


 一つ、エリサの父親の正体

 一つ、彼を狙った者の正体

 一つ、ブラックパレードとは


 好奇心の見本市か。どれもこれもが規制を喰らって黒く塗りつぶされたエロ雑誌みたく、表紙を除いて謎だらけで、題字に惹かれて手にとっても親の敵とばかりに巻かれたラッピングに阻まれて一ページだってめくれやしない。


 とはいえ、便利屋として引き受けた依頼の範疇に納めるならば、知りたい謎は一つだけ。

「ECCMなんか何に使うんだよ、ダン、しかも軍用だぜ。ウチだって喉から手が出るほど欲しいくらいだ。でもよ、装備は優秀な方がいいに決まってるが限度があるだろ、便利屋が持てる程度の電子攻撃なんざ屁でもねえ。ハッキングを仕掛けてきた相手のPCを逆に焼くかもだ。ンじゃあ、誰か教えてくれ、そんだけガチガチの防御を固めた便利屋の向かう先を」

 ヴィンセントは全員を見回した。

「いない? よかった、間抜けは俺だけかと」

「厳重な対電子と対電磁装備を求めている、答えは此処にあるのだろうな」

「手掛かりの間違いだろ」

「ともすれば強固な電子的防御機構を備えている某が、ギブソンの相手だ。奴さんはあくまでも便利屋、傭兵とは違う。軍仕様の装備を求めるのはつまり、相応の危険が潜んでいる証明となるな」


 ギブソンの行き先について、ダンには心当たりがあるという。足取りを辿っていけば、いずれは追いつく事になるだろうが、問題は追いつくタイミングにある。のこのこ親子の再会喜び開けた扉の先に竜の口が待っていないとも限らない。


「なぁダン、部品はどうするんだ。集めたパーツで他を直しても、エンジンが付いてなきゃ博物館の展示品と同じだぜ」

「向かってる先にダンさんの知り合いがいる、都合してもらえるってさ。……親父も、立ち寄っているだろうから、どこに向かったか分かるかも。――ライナス、AIは?」

「まだ演算を続けてるッス。機体を修繕できてもあのまま飛ぶのは、いくらオドネルさんでも危ないッスよ」


 一度の実戦経験で大きく出たな。

 ヴィンセントは、だが、生意気にも心配事を口にしたライナスに、悪戯っぽく口角を吊り上げて歯を見せる。


「やるしかねえさ新人。もしもの時は、お前が調整役だ。――ダン、知り合いってのはどんな奴なんだ」

「ふん、信用できんか」


 会話の最中、不意に訪れる沈黙を、天使が舞い降りたという。けれども降臨の瞬間を目撃していたライナスの背筋を這ったのは、祝福とは真逆の感覚だ。

 恐ろしく冷たい、真偽を見極めるのに必要な、冷酷極まる眼差しの交錯は、ダンとヴィンセントの関係性をそのままに表わしていた。


 只の雇用関係には到底収まらない、それはヴィンセントに限らずレオナも同様だが、強烈な個性により世の中から独立したはみ出し者の集団が、アルバトロス商会の面々である。

 だからこそヴィンセントが雇い主へ向けるのは、一度雇用関係を断ち切った個人同士の観察眼である。鋭く、そして無感情で、それは敵を探すレーダーにも似ていた。


「友達の友達は、俺にとっちゃ他人だ。あんたは? 信用してるのか、どうだ」

「ああ」淀みなく、ダンは肯定する。「理由も訊きたいか?」


 対照的にダンの声音は穏やかで、そこには怒気も疑念もないように感じられ、余計な心配だと周りを安堵させて太鼓判を押した。

 ヴィンセントは一つ首を振ると、いつもの皮肉っぽい笑みを浮かべる。


「一応な、聞いただけだ。熟練便利屋の眼を信じるさ」

「あのぉ……、いいッスか?」


 恐る恐る挙がったのはライナスの右手で、尋ねた内容にはヴィンセントも呆れて天を仰ぐ。

 ダンの知り合いがどんな人物か? 気になるのは山々だろうが、ダンが信頼しているという事はつまり、口の堅い人物だという事で、そこさえ保証されているのならば他は些末事、済んだ話を蒸し返すなよ。


 しかし、特に隠す事でもないらしく、ダンは質問に応じた。

「科学者……と、呼ぶべきだろうが、強いて言うならば変わり者だ。ラスタチカのAIについても、解決できるやも知れん」

「知り合いに科学者までいるんスか⁉」

「余計な事を吹聴しなけりゃ、ピンクの象を売ってようが構わねえさ。ダン、そろそろ切り上げようぜ、こいつも寝ちまってるしな」


 そしてヴィンセントは、かくりと首を落とすコディの椅子を蹴り、目を覚まさせる。結局、意気込み虚しくライナスは途中で睡魔に敗れたが、明日の予定ぐらいは耳に入れておいてもらわなければ困る。


「到着予定は明日の夕刻、レーダー監視のシフト以外は自由に過ごして構わん。連日の修復作業で疲れも溜まっておるだろう、短いが身体を休めておけ。――さて、シフトだが、ヴィンセント、夜間の監視を頼めるか」

「あいよ。機体のねえパイロットだ、身体は空いてる」


 それに、私事でラスタチカをぶっ壊した張本人である。理由については伏せたままだが、自分の無茶の所為で、ダン達にかなりの負担を負わせている事には、申し訳なさを覚えるヴィンセントであった。

 深夜ミーティングが終了し各々自室に戻る中、ヴィンセントは艦橋のレーダー席に足を乗せ、煙草に火を灯す。勿論、お供のコロナビールは欠かせない。


 レーダーはクリア、周囲に異常なし。

 自動航行システムも順調で、このまま行けば予定通りに船は進むだろう。

 それにしても……、ヴィンセントは紫煙を吹上げる。


 静かな夜だ、まるで墓場の夜間飛行のように神妙な静けさは考え事をするに丁度いい。特に、死んだはずの人間について考えを巡らせるには……。

 ヘルメットに納める為に切り詰めた茶髪に、鷹の目を思わせる鋭い眼光。どれ程困難な状況にあろうとも諦めず、自らの戦果よりも僚機を連れ帰る事を信条とする、傭兵としては異質な、高みを臨む凛々しく気高い横顔は、地上にあってなお広大な空を感じさせてくれた。


 高潔にして強靱

 白翼に一切の傷なきACE OF ACE

 共に有る限り敗けはないと信じられる空の住人

 ……だが、あの人は、隊長は、すでにこの世を去っている。

 漆黒の空

 木々の海で

 白翼は燃え墜ちた

 あの夜、あの空、眼前で……。

 隊長は、死んだ。死んだはずだ。


 しかし見間違えようがない。先日襲ってきた黒い機体が翻した翼は、隊長が得意とした戦闘機動と確かに重なり、ヴィンセントに冷静さを失わせた。まぁ、夜道に死人が飛び出してくれば、誰だって正気を失うか。

 結局、どういう理由で死人が飛び続けているのかヴィンセントは夜通し考えを巡らせていたが、明確な回答など一つたりとも思い浮かばなかった。


 ――ノック、ノック


 幼い呼び声に、眠れぬ時を過ごしたヴィンセントは瞼を開ける。

 まったくよ、こいつは|とびっきりの朝(Good Fuckin Morning)だぜ。

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