Welcome To The Black Parade 7
手持ち無沙汰極まる。
留守番を命じられたライナスは指示された作業を終え、改めて格納庫に下りてきたものの、そもそも部品が足りないラスタチカの修理は進めようがなく、低く唸り続けるコンピューターのファンの音を聞きながら、画面上を流れ続ける数列を眺めるくらいしかすることがなかった。コディの発案通り、コロニー入港後にアルバトロス号の一部区画を利用して、AIの演算速度を速めたものの、その処理は未だ続いている。
恐ろしい速度で流れ続ける数列。
例えるなら大自然の奇跡、といったところか。
それは終焉を知らず、延々と流れ続ける瀑布さながらの景色で在り、人には意味を成さない数列だというのにも関わらず不思議と目が離せず、怒濤の如く押し寄せる電子情報の濁流を、ライナスは感動に近い感情を抱きながら長時間その景色を楽しんでいて、車のエンジン音で我に返った時には、すでに三時間以上が経過していた。
「オドネルさん、お帰りなさいッス。――エリサさんも」
「ダンから連絡は?」
「え? 特にはないっすけど……」
明らかにピリピリしているレオナを見遣り、ライナスは声を潜めた。
「レオナさんと何かあったんスか?」
「何かはあった、でもレオナとじゃない。とにかく出航準備はじめるぞ、嵐の前にテントを畳もう。――俺達がいつも揉めてると思ってるのか、ところ構わず喧嘩なんざしねえよ」
と、言われても、ふとした事から言い争うのを日常的に目撃してきたライナスとしては、イマイチ納得し辛い。現にレオナは殺気立ったまま格納庫から出て行ったから。
「色々あったんだよ。俺は艦橋にいるから、ダンが戻ったら上がってくるように伝えてくれ。話は後で聞かせてやっから」
そう言うが早く、ヴィンセントも格納庫を後にする。
急いでコロニーを離れる理由は不明だが、指示は明確でやる事もはっきりしている。とにかく作業を始めたライナスは、ふと車の後部座席にまだエリサが座っている事に気が付いた。
「エリサさん……、えっと、大丈夫ッスか? 荷物降ろしましょうか」
「ううん、ありがとうなの」
微笑むエリサの碧眼。ぱっちりとしたその瞳は、透き通る空よりも清廉で全てを包み込む優しさに充ち満ちている。
綺麗だ、恐ろしいほどに
綺麗だ、不安になるほどに
ほんの数時間で子供というのは、こんなにも成長するものなのか。
一瞬だけの想いに耽る少女の横顔は、今朝、見送った時よりも明らかに大人びていて、そのギャップは、ライナスに続く言葉を忘れさせ、魅了した。
「どーしたの? エリサ、おかしい事言ったかな?」
首を傾げるエリサは、子供らしい瞳をぱちくりさせて尋ねたが、こんな純粋無垢な少女に向かって『見とれていた』などと気恥ずかしくて言えたもんじゃ無かった。
「いやぁ、そんな、おれは何もしてないッスから」
「たくさん助けてくれたの。ライナスが手伝ってくれたからね、お家にかえれたの。エリサだけだったら、きっとね、ダンにお願いできなかったの。ありがとうなの、エリサに勇気をくれて」
敵わないなぁ、と思う。
身体は小さくとも、胸の内に秘めた心の大きさは計り知れない。等号で結びつけるなんて、自分が上に立っていると思い込みたい、大人のエゴなのかも知れない。
「ライナス、ダン達もかえってきたみたいなの」
言われてライナスは顔を向けるが、まだ外部に繋がる格納庫のゲートに人影はない。
ダン達が入ってきたのは暫く経ってからで、その開口一番はヴィンセントと似たり寄ったりの台詞だった。
「思っていたよりも大分早いな。二人は何処にいる、ライナス」
「オドネルさんなら艦橋に、話したい事があるって言ってたッスよ」
「そうか」
依頼を抱えている以上、先に立つのはたつきの道。既に次の行き先は決まっていて、否応なく船は出す事となる、特に規模の小さな便利屋は何よりも依頼を最優先でこなさなねば経営が成り立たなくってしまう。無慈悲であるが便利屋とはそういう職業だ。
しかし、どんな過酷な艦橋であろうとも働くのはあくまでもヒトである。
サングラスの奥でギラつく眼が見据えるのはエリサの姿。
彼女はすっきりとした碧眼で、厳めしいダンを真っ直ぐに見つめ返し、微笑みと共に頷くだけ。前へと一歩、小さな足で踏み出した眼差しは力強い輝きを放っているのだった。
「……仕事だ。船を出すぞ、ゲートを上げろ」
「了解っス!」
「コディ、手を貸してやれ」
そしてダンもまた、艦橋へと上がっていく。
コディと共に各種安全点検を行って、艦橋へと報告を上げてからライナスは気が付いた。
――そういえば、何があったのかまだ聞かされていないじゃないか。




