Welcome To The Black Parade 6
ダメージを抱えた部品の交換は、戦闘機に限らず機械においての体調管理のようなもので、その安全性と性能を保つ為にも優先されるべき項目である。生命と異なる点は、放っておいても自己再生しないところだ、機械をダメにする最も単純で確実な方法は、放置とも言われるだけあり、時間と技術を割いて整備してやらねばどんな機械もいずれは鉄くずと化す。しかも、戦闘機が積んでいるエヴォルエンジンのパーツ数は三百万に及び、その全てが稼働可能状態になければならない。特に深刻なダメージを抱えたタービンブレードに至っては、修理しても不安が残るので、交換を余儀なくされていた。
ところが、である。
地球から離れ、さらに火星に降りる手前の中継地、或いはその道半ばで旅を終えざるおえなかった者達が暮らすこのコロニーで、目当てのパーツが見つかるかは運頼みであった。
これで、もう何軒目だろうか。流用可能な大方の交換パーツは見つける事が出来たが、肝心要のタービンブレードは隠れたままで、取り寄せるにしても一ヶ月はかかるというのだから、悩ましい問題だ。
他の店に客を取られるくらいならと、他店について語りたがらない商売人達の中にありながら、「あのジャンク屋ならば、もしかして……」と親切にも教えてくれた店員には感謝している。結果として判明したのが、このコロニーに在庫はないという、残念な知らせだったとしても。
「はぁ~……、困りましたね……」
リストを眺めて、コディが溜息をつく。思いの外、順調に部品が見つかっていた為に安堵していたコディだったが、百里行く者九十里を半ばとすの諺通りに、リストの残り一割が埋まらない。一息入れようとダンに連れられ入った酒場のカウンターに尻を落ち着けても、出されたコーラを放置したまま、変化のないリストを上から下へ、下から上へと送り続けていた。
「そんなにマイナーな機種ってわけでもないのになぁ」
「宇宙船の部品ならまだしも、戦闘機用のエンジンブレードだからな、予想はしていたさ。工場のある地球からも遠い、火星近辺で補充の利く部品と言やあI・U社傘下にある工業製品が殆どだ」
火星に本社を置く超巨大企業グループであるイモータル・ユニバス社は、それこそ揺り籠から墓場までを揃えており、医療に始まり、農業、流通、建築、とありとあらゆる分野に根を張る様は、正しく火星に暮らす人々の生活を支える土台と言っても過言ではない。
実際、どの店に行ってもI・U社製の部品で溢れていた。
「種類も豊富、品質も高い、でも使えないんじゃあ、意味ないよ、ダンさん。あちこち飛び回るならU・I製のエンジンに換装したらどうですか? Mk5は性能面なら優秀だけど、扱いも整備も難しいし、U・I社なら補充がしやすい。制御ソフトも揃えれば、もっと効率的になると思うんだけどな」
コディの意見は、いっそ非の打ち所のない正論である。巨大企業グループが有する技術と生産力は、安定した性能と供給を約束し、優れたソフトとハードの前では操縦者が機械の補助に徹するだけでよい。
勿論、戦闘に置いてはその限りではないのだが、効率は飛躍的に上昇するだろう。
しかし、である――。ダンのサングラスが不敵な輝きを見せた。
「おめぇさんは満足かい、機械に使われて。どこまでコンピューターが発展し、如何なる技術が生み出されようとも、詰まるところ扱うのは人間だ。世の中が便利になるのは良い事だ、しかし道具に使われるようじゃいけねえ、気を付けろよコディ、今の時代、機械の反乱はねえ話じゃあねえ。まかり違えば人間は機械を生み出す為の道具になり、やがて消えるだろう」
突飛な話に聞こえるが、かといって笑える内容でもない。事実として人が日常的な生活を送るのに必要な技術、機械、その全てにコンピューターが関わっている。それは電力であり、情報であり、交通であり、医療であり、つまり見方を変えれば生活の全てを機械に依存しているともとれるのだ。この主従関係が入れ替わり、機械が人類を支配するような事態になれば、或いは機械が意志を持ってそう行動を起こしたならば、人類は抵抗さえままならず敗北するだろう。
「――ま、部品に関しては心配するな、アテはある」
説教じみた話から話題を戻し、ダンは言った。長年、宇宙を股にかけてきた男の伝手は、コディが想像するよりも広い。
それよりも……
ダンはカウンターに寄り掛かり、じろりと客を見渡す。
そしておもむろに席を離れると、一番端の席で静かにグラスを傾けている男に声をかけたのだった。
「付いてこい」と手招かれるままにダンに従うコディには事態がさっぱり飲み込めないでいた。平日の昼間から酒場で酒を吞んでいる人間になんて、積極的に関わりたいとは思えない。身の置き場に困り、彼は二人が話すのを眺めているだけだった。
「一杯、奢らせてくれ。バーテンダー、俺にも同じ物を」
そうダンは言い、男はまだ前を向いたままでグラスを傾けるだけ、返事さえしない。頷く事も、一瞥さえも。
客が少ない為、注文の酒は直ぐに出て来た。
二人がそのグラスを空けるまでの十数分に聞こえた音といえば、氷の音とグラスの置かれる小さな音くらいなもので、その間ただ立って背中を眺めているだけのコディには、この時間がどのように消費されているのか見当さえつかず、ようやく会話が始まった時には、安心感さえ覚えたほどだ。
「それで……、俺になにを訊きたい?」
「人を探していてな。この二人だ、見覚えは」
カウンターに置かれたのは二枚の写真、その片方は一人はコディのよく知る人物だ。
ついと視線だけを落として、男は知らないと答える。
ならばと、次いで置かれたのは百ドル札だ。それでも動じない男に、もう一枚ダンは紙幣を滑らせる。
「一ヶ月くらい前だったか」
「どっちの男だ」
「二人共だ、連れ立って店に入ってきて、注文より先に聞き込みをはじめた。酒場に来てシラフなままの奴が言う事には、誰もろくに取り合わなかったが。人を、探してる風だったか」
どちらか片方、あわよくば両方の情報が聞ければと尋ねてみれば、まさか探し人がペアになって現れると誰が予想しただろうか。さしものダンも耳を疑った。
「待て、この二人が一緒に店に来たのか?」
「手は繋いでなかったが、女や酒目当てで立ち寄ったワケじゃあねえ、あんたと同じさ。ありゃあ、護衛と雇い主だ。ああそうだ、臆病な犬が飼い主に引っ付くみたいにな」
「まだ此処にいるか、二人は」
「いいや、このコロニーにはもういないだろうな、見かけたのはその一度きり。そっちの眼付きのわるい方は、強力な対電子戦装備を探してたみたいだが、ジャンクの山で軍仕様のECCMなんざ探すだけ無駄ってなもんだ、他所に行ったろうよ」
「なるほどな……」
サングラスの奥で情報を整理しながらダンが振り返ると、喜憎入り交じった面持ちでコディが写真を見つめていた。
複雑だろう。旧友の性格をよく知っているダンにはコディの心情は察しが付いた、無計画で無口な性格は子育てに向いているとは言い難く、幼いコディと会った時も親子仲は決して順調とは言えなかったから。
知るべき事は知った、次は行動である。ダンが追加情報についての謝礼を胸ポケットから取り出すと、男はだが、やんわりと首を振った。
「そいつは仕舞ってくれ。伝説の賞金稼ぎに会えたんだ、最後の情報はおれからの餞別さ。どうだい、夜にもう一度立ち寄っちゃあ。あんたの話を聞きたがる奴はごまんといる」
「美女が同席なら考えるがね、すまんが先を急いでいる。伝説は年を喰ったと伝えてくれや」
呆気なく店を出ると、その足で二人はアルバトロス号へと戻っていく。
知らぬはコディばかりだが、実の所このバーは〈マーズ7〉における情報交換の場なのであった。




