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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse Welcome To The Black Parade  
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Welcome To The Black Parade 3

「――にしても、こんだけ荒らされてちゃ何が無くなってるかも分かんないンじゃないか、ヴィンセント。エリサに希望持たせるような事言いやがってさ。見なよこの部屋、ホント、容赦なく盗んでいってやがる」


 しんみりした空気が苦手なレオナにしてはよくやった方だ、凝った筋肉をほぐす為か、彼女はぐぅ~と身体を伸ばし、改めて室内を見渡す。

 それこそ戸棚一つ、キッチンに至ってはシンクの下まで総ざらいにされているのだ。何か無くなっていたとしても、ヴィンセント達は勿論の事、エリサでさえ気が付くのは難しい。


「そいつはどうかな。元々、エリサの捜し物は形がある物じゃねえし、俺達じゃ手伝いようもねえさ。それよりもだ、盗みに入った奴が一体何を探してたのかが気になる」

「それこそ分かりっこねェさ、盗まれてンだから」

「いや、盗まれちゃいないさ。捜し物をする時ってのは、ありそうな場所から探すもんだ。部屋中くまなく探して、最後に探した場所でお目当ての物が見つかる可能性は殆どゼロだぜ。つまり、この部屋に捜し物は無かったんだ」

「深読みしすぎだよ、金目のモンだけ盗ってったンじゃないの?」

「軽く見て回ったが金品は無事だった、金目的じゃあねえ、他に狙いがあった」


 訝るレオナは、直線思考の頭を柔軟に働かせようと努力しているようだったが、早々に諦めて先を促した。話し始めると無駄口のたたき合いになってしまうので、ヴィンセントとしてもその方がありがたかった。


「只の盗みにしてはおかしな点が多い。まずはそこに詰まれてる引き出し、泥棒が入ったにしては丁寧に詰んである、本もだ。食器類も棚から出されてるが一枚も割れてない。盗みに入ってる割には落ち着きすぎてるだろ。それから、これだ」

 そう言うと、ヴィンセントは窓枠を指先でなぞった。

「ここの埃は一年ぐらい経ってる」

「一年? よく、新しい住人が入らなかったな」

「年単位で家賃の先払いしたんだろ、金で揉めると話が広まりやすいからな。――それはいい、他の場所の埃は精々半年。親父さんがエリサを金星まで助けに来たのが十一ヶ月前だから、その半月後に泥棒が入ってる。自信満々で、家主が帰ってこないのを知ってるみたいじゃねえか?」

「……じゃあなによ、盗みに入った奴がエリサの父親を殺した奴かもしれないって事か」

「エリサを攫った本人って可能性もある、そいつがまた盗みに入ってんだ、気になるだろ」


 現場に入ってから僅か三十分足らずでこれだけの情報を集めてみせた、便利屋としての鋭さを宿したヴィンセントの眼差し、その観察眼にはレオナも流石に感心せざるを得なかった。


「いやらしい野郎だよ、どこもかしこもチェックしてやがる。ストーカーみてぇ」

「便利屋ならこれぐらい当たり前だ、俺が操縦技術だけで雇われてるとでも?」

「まぁね、ガンマンとしてじゃないとは思ってたさ」

「出番とったらヘソ曲げるだろ? ま、とにかく一体、なにを探してたのかを調べようぜ」


 手も時間も余っている、ヴィンセントに指図される事にレオナは渋々と言った様子だったが、不満を二、三言溢しただけで書斎を調べに行った。

 ヴィンセントにしてみれば持ち場の交換も構わない、その場合はレオナに書斎と子供部屋を除いた部屋を調べてもらうことになるが。


 ……それにしても、見事に荒らされたものだ。アルバトロス商会にエリサがやってきてから船内環境は激変した、散らかり放題だったリビングは片付けられ、生活圏からは埃の一つさえ消え去り、目隠しで歩いても缶を蹴らない、無頼者らしからぬ生活環境が完成したのである。だらしのない大人達に勝るそこまでの生活力を育んだのは、なるほど親娘二人暮らしの環境と、なにより父親の教育があってこそ。現状からは読み取りにくいが、小物や書物、シンプルかつ利便性に重きを置いた家具の配置から、エリサの父親は几帳面で綺麗好きだったと思われた、そしてエリサの綺麗好きは見事に父親の影響を受けたものだろう。


 書物は所有者の性格をよく表わしてくれる貴重な手掛かりだ、最近じゃ電子書籍が主になっている為、嵩張る紙の本を集める人物は、古い物にも価値を見いだせる思慮深い人物で、容易に変質する電子情報よりも、変更の難しい情報を大切にしている。


 それに……娘の事を何よりも大事に思っていた。


 遺伝子工学と変化病に関する論文、その隣に放り出された子供用の計算ドリル。交わりようのない二つの本が、元々同じ本棚にあったというだけで、このリビングルームの日常が思い浮かぶ。そして、その散らばった本達の中からヴィンセントが拾い上げたのは、お堅い筆跡で題字の綴られたアルバムだった。


〈最愛の娘 エリサ〉そう綴られた表紙を静かにめくる。


 斑模様の毛皮を纏った犬系獣人の膝に座った白狐。緊張した面持ちの父親に対して、エリサは実に楽しげで、恐らくは四年ほど昔の写真だろうが、彼女の印象は今とあまり変わりなく、そのままの印象で成長してきているようだ。純粋な笑顔の明るさで過ごしていたならば、ご近所にも知り合いが多かったはずだ、なにしろ人懐っこい性格とあの旺盛な好奇心だ、そりゃもう人気者間違いなしよ。


 きっとエリサも、あそこで遊んでいる子供達のように、友達と遊んだりしていたのだろう。薄緑の草原で狼獣人の兄妹がおいかけっこをしていた、時折後ろを確かめながら走っている方が兄らしく、妹が楽しめるように距離に気を付けていた。

 やがて、二人は木の周りを走りはじめ、遂に妹が兄を捕まえる。走った勢いそのままに抱きつき、揃って野っ原に転がって笑い合う兄妹を眺めていると、自分の選択が正しかったのかとヴィンセントは疑問に思う。

 兄妹でないにしても、エリサにだって年の近い話し相手はいたはずだ。しかし、彼女と同じ時を進める友人は、少なくともこの一年近く彼女の近くには現れていないのだから。


 ……俺にも、あんな風に笑っていた頃があったか。


 自らについてもヴィンセントは思い返してみるが明確な記憶として呼び起こせず、懐かしいような、それでいて侘しいようなそんな気持ちになり、兄妹と目が合った時には、自分がどんな表情を返しているのかいまいち分からなかった。多分、子供の頃の記憶と同じように釈然とせず、曖昧な笑みになっているに違いない。彼に向けて笑顔で飛び跳ねている妹に手を振り返しているのは、その曖昧さを誤魔化す為の欺瞞に過ぎないと自覚しているだけに、つくづく嫌になってしまう。


 いなす事ばかり巧くなってしまった。あの頃から成長したと感じられる事は、他人に自慢出来きない事の方が多いくらいだ。


「――――ト、――ントッ! おいヴィンセント!」


 そうだった、物思いに耽っている時ではなかった。せっつくように、書斎の方からレオナがかましい声を上げている、ついでにペンまで投げてきやがった。


「聞こえてンの⁉ こっち来いって言ってンだろうが!」

「ああ、いま行くよ。……ったく、辛抱のできねえヤツだな」

 


                ◆

 


「怒鳴らなくても聞こえてるよ、お前の声デケえんだから。マイクなしでも野外フェスの端から端まで届きそうだ。なにか見つけたのか? ていうか、見つけたんだよな?」


 調べ物をして風には到底見えない、レオナは書斎の椅子にどっかと座っていた。

「アンタこそぼけーっと突っ立ってただけだろうが、窓の外に探しモンがある訳ねェだろ」

「考え事してたんだよ。これを見てみ」


 アルバムを渡してやると、「時間かけてこれだけか」とかレオナは不満を口にしたが、一ページめくった途端に口を噤み、とんでもない渋面になる。

 そんな彼女の様子を、ヴィンセントは黙って眺めていた。


 鋭い眼光で泣く子も黙らせる百戦錬磨の女ガンマン。人間の男はおろか、獣人の男さえ素手でたたきのめすほどの豪傑であるレオナであるが、その近寄りがたい外見の反して可愛いものが好きなのである。

 ニヤケ顔堪えるのも大変そうだし、そのレオナを観察しているヴィンセントもまた、笑いそうになるのを我慢していた。


 ――そうだよな、小さいエリサ可愛いよな、わかるわかる。でもなレオナ、気になってるのはそこじゃねえんだわ。


「……これが、どうしたっての?」

「一緒に写ってるのがエリサの親父だ、俺が看取ったな。気になるのは親父の方だ」


 レオナはもう一度アルバムを開く、どうやら彼女の視界にはエリサしか写っていなかったらしい。そして――

「軍人だね」

「やっぱそう見えるか、断言する理由は」

「特にこの写真さ。銅像みてぇな立ち方してやがるし、この眼、明らかに襲撃を警戒してる。戦地から戻ってきたってのに頭ン中は戦場のままで、笑っちゃいるが、いつ襲われるか分からねェってツラだ。この男はまだ戦場にいるのさ、取憑かれたように……」


 そう言葉を切り、レオナは思い返すように目を細め、それから話を戻した。

「アタシも見つけた。机の下に銃が隠してあった、コレさ、S&Wのチーフ、弾も入ってる」

「非常時に備えか。俺達の船も似たような形で銃が隠してあるが、つまり、家に押し込まれる可能性も考えてたって事か」

「それからさ、アンタの足元に箱が落ちてンでしょ」


 ひっくり返されたゴミ箱から出て来たのだろう、確かに長方形の――見慣れた形の――紙製の箱が転がっている。

「中身は言わなくても分かンでしょ、問題は種類。そいつに収まってたAAS社製5.45㎜拳銃弾は一般には出回ってない、なんせ専用弾だ、この弾を使う銃は二種類しかねェし、銃にしたって弾と同じでまず手に入らねえ。持ってる連中は限られる、その銃を採用してるのは一部の軍組織、火星にある国の、バステアとシルジアの特殊部隊だけ。エリサが言うには、親父はコロニーで警備の仕事に就いてたって話だが、机の下に銃を隠すくらいだ、それも嘘かもね」

「だとしたら解せねえ、あるべき物がない」

「あるべき物?」

「ああ、しかも足りねえのは一つじゃない。エリサの親父は、まず間違いなく軍人か、元軍人。なのにそうだと思わせる物が部屋の中に一つもねえんだ、特殊部隊にいたとしたら職業軍人だが、あの手の連中は名誉や誇りを重んじる、それを形で表せる勲章が一つもないのはおかしい。それに――この話はエリサには伏せとけよ」


 そしてヴィンセントは声を潜め、アルバムを示す。

「他にも見つけたがそのアルバム、一冊目なんだ。一枚目の写真が一番古い。娘を大事にしてる父親が、娘の産まれた時の写真を撮っていない、いないのはエリサだけじゃねえ、母親の姿もだ」

「……おい、ヴィンセントそれってさ」


 ――この写真の男はエリサの父親ではない可能性がある。


 さらにエリサの為にも近親者の連絡先を探したいところなのに、それさえも叶わないってのがヴィンセントが気になるところだ。なにしろ紙媒体での記録から、部屋にあるはずのパソコン丸ごと消えていて、どうにもキナ臭い話になってきていた。


「アタマこんがらがってきた、何がどうなってやがんのさ」

「複雑な事態、だな。軍人らしいや、かなり用心深い。危険な情報を処分してから部屋を空けてやがる。エリサを助けてから此処に戻るつもりはなかったんだろうな」

「でも死んじまった。強盗が殺しもやったんなら結局、連中は何を探してたのさ?」

「俺に訊かれてもなぁ……。ま、俺なら奪われたくない物は別の場所に隠す、誰にも気付かれない場所に。或いは常に持ち歩くか」

「……ペンダントは? エリサが下げてるペンダントって、アンタが父親から渡されたモンじゃなかった? そいつが探しモンなんじゃねェの」


 羽ばたく鷲の紋章、細やかかつ力強い意匠の施された純銀製の一品。確かに、エリサのペンダントは高価な代物であるが、人命と天秤に掛ける価値があるとは考えにくく、ヴィンセントは口をひん曲げて否定した。


「――んじゃあ、元々は仲間だったとかさ。軍を辞めてから裏稼業について、トンデモねえ秘密を隠したペンダント取り合って殺した。アタシがアタマ吹っ飛ばしたイタリア野郎も、そんな事言ってたろ、すげぇ価値があるとかなんとか。あり得る話さ、一生遊んで暮らせるだけの価値があンなら納得さね」

「人の皿から肉パクっていく奴が言うと説得力あるが、散々っぱら調べた。けど、普通のペンダントだ、X線検査までやったんだぞ。普通の、純銀製の、ペンダント。エリサが付けるにはイカツいが、それだけだ」


 当時、金星のゼロドームでは非常に危険で価値のある〈何か〉が持ち込まれたと、まことしやかに囁かれていて、エリサに関する事件は時期が重なっていた事もあり、彼女のペンダントはダンによって調べられたのである。とはいえ、判明したのは只のペンダントである事実だけだったが。


 椅子を軋ませ、レオナが頬杖を付いた。脳味噌のスタミナが切れたらしい彼女は、「もうワケがわかんねえ」と、なんとも分かりやすく匙を投げた。


 想像する事はいくらでも可能だが、それは結局のところ頭の中で作り上げた可能性の話に過ぎず、足跡を辿ろうにも、過去を探ろうにも、見事に隠蔽されているために情報が乏しい。確証が得られたたことといえば、エリサの父親――あるいは育ての親――が海よりも深く、そして宇宙よりも広い想いを、エリサに注いでいたということ。その力は、それこそ太陽を跨ぎ、金星の果てで命を散らすほどに……。例え、血の繋がりがなかったとしても、二人の間にはダイヤモンドカッターでも断ち切れない強い絆がある。それは、ありふれた安っぽい言葉にもなり得るが、エリサと父親が共有していた想いは、嗚呼美しく、絶対の物だろう。


 ……この手の話はどうも苦手だ。どうしたって明るくはならないし、誰が聞いていようが、話していようが、辛気くさい雰囲気になる。

 それに……いや、やめておこう。ネガティブ思考の坂を転がり落ちるよりも、建設的な視点で物を考えるべきだ。


 視線を落としていたヴィンセントが辿るのは、散らばった本の隙間に覗く細いコード。繋がっているのは固定電話の親機だった。書類の下に埋もれていたから、レオナは見逃したようだが、つまり彼女は大して調べていなかったのではと疑問も生まれる。


 やれやれと首を振ったヴィンセントが、掘り出した電話機を挑戦的な表情をしているレオナの前に置くと、彼女はチカチカと点滅している留守電の再生ボタンを、舌打ちしながら押したのだった。

 一件のメッセージ、ガイド音声が伝える日付は先月のもの。そして短い電子音の後、鬱陶しいほどの好奇心が香る口調が、スピーカーから流れ始める。

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