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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse Welcome To The Black Parade  
141/304

Welcome To The Black Parade 2

 円筒型コロニーの内観は、他の都市ではお目にかかれない景色が拝める。遠心力を利用して重力を発生させている為に、人々は回転するコロニーの内壁に足を付けて生活しているので、空があるはずの場所にも地面があるという不思議な感覚を味わえる。閉塞感を弱める為に強化硝子の天窓が星の光を取り込んでいるが、基本的には見上げれば地面、今見える空は農業区画の緑色をしていて、人によってはその上下不覚の景色を脳が適切に処理出来ず、酔ってしまう者もいるらしい。


 まあ、人類がその歴史の大半を地面と空に挟まれて過ごしてきた事を思えば、正しい反応のようにも思えるが。


 宇宙船ドックから住宅街へと続く道路上で、アルバトロス号の陸のアシこと、ダッジラムのハンドルを握るヴィンセントは、信号待ちの隙をみて酸欠気味の脳に大口開けて空気を送り込んだ。

 ここは火星軌道上にあるコロニー〈マーズ7〉。火星開拓者の子孫や新たな渡来者一万人が生活する全長40㎞、直径8㎞の巨大建造物の内部。ここには遅かれ早かれいずれ立ち寄る予定ではあった。理由に関しては、助手席に座っている狐の少女が全てである。


「ヴィンス、ねむたいの?」

「わりぃ、溜まってたドラマ見てたら寝るの遅くなっちまって……くわぁ~」

「おいおい、事故ンなよ? やっと船から降りれたってのにさ。つーか運転代われよ、こんなとろとろしてたんじゃ、エリサん家着くの夜になっちまうよ」


 バックミラーには憮然としたレオナの姿。

 本来は、ヴィンセントとエリサの二人で出掛けるつもりだったのだが、無事コロニーに入港し、ついにレーダーの監視作業から解放されたレオナは、積もりに積もった閉塞感を晴らす為に彼等に付いてきたのである。それは単なる気分転換としてか、或いは、コディと同じ空間にいるのに嫌気がさしたかだ。レオナはまだ例の一件に関して、髪の毛一本ほども許してはいないらしい、なにしろ顔を会わす度に嫌悪感を剥き出しにするくらいだから。


 しかし、エリサは安全運転を望み、さらに久しぶりにみんなとでかけるのだから、いっぱい一緒にいたいと言われては、さしものレオナも不機嫌を収めないわけにはいかなかった。


 住所までしっかり記憶していたエリサのおかげで道程は順調、カーナビの指示通りに車を進めると、統一規格の五階建て安アパートが建ち並ぶ通りに入る。コロニーと同じ時間を過ごしてきたであろう建物は、外壁に所々ひびが入っており、その模様が一棟一棟の個性となっていた。

 ゆっくりと通れる車窓の景色、変わり映えしない、けれども変わってしまった景色をエリサは静かに眺めている。


 アパートの入り口前で屯している獣人のお兄さん達にスプレーで悪戯された看板と格闘するおじさんは、本屋さんのおばあさんと仲良しで、お店の前を通るとよくお菓子をくれて、楽しいお話をしてくれた。

 交差点の近くにあるドーナツの屋台では太ったお巡りさんがよく買い物をしていて、パパと一緒にペットのわんちゃんの写真を見せてもらったことがある、『今度、触らせてあげよう』と約束してくれたけど、それから合う事は無かった。


 その日が、このコロニーで過ごした最後の日だったから……

「33―3、33―4……このアパートだな。エリサ、ここであってるか?」

「うんなの」


 エントランスに繋がる三段階段。無機質なアーチに添えられた植木は、一階に暮らす管理人のおばちゃんが水やりしているチューリップだ。

 静かに停車した車から降りれば、毎日見ていた同じ光景がエリサを迎える。けれども、少女の胸を占めるのは、帰郷の歓びよりも空虚に変わった思い出で、かつての幻影に手を重ねても苦しくなる一方、ヴィンセントに連れられ入り口を潜り、レオナと一緒に階段を上って、二人と一緒にいざ自宅の扉の前に立っても、嬉しい気持ちには全然ならなかった。


 立ち塞がるのは一枚の扉と、それを施錠している番号式の電子錠だけだ。

 しかし、そこでどれくらいの時間が経ったろうか。


「なんかさ、意外じゃないか、ヴィンセント?」

 扉の前で立ち尽くすエリサに気まずくなったのか、レオナが耳打ちする。

「意外って、なにが?」

「この場所さ、エリサのイメージと合わなくないか。優しさがあって器量も良い、毛並みが違うってやつだよ。アタシはてっきり、イイトコの生まれだと思ってたからさ。噴水がある庭付きの豪邸とか、似合いそうじゃないか」

「場所よりも環境ってこったろ。銀匙持って生まれてきても善良に育つとは限らねえし、スラム育ちが全員悪党になるって訳でもない。……まっ、俺等が話しても得のねえ話だ」


 賽が転がった先の現在である。コマは進み、振り返れるとも戻れはしない。

 皮肉とも冗談ともとれる笑みで返したヴィンセントは、賽を投げ倦ねているエリサに声をかけた。


「今日はお前に付き合う。船が出るまで時間は在るんだ、今すぐ決めなくてもいい。なんなら一度出直すって手もある、こういう時はじっくり考えてから結論出せ。俺達に遠慮する必要はねえぞ」

「ありがとうなの……。でもね、どうしたいか、エリサ決めてあるの。ただ、ね……、このドアを開けたらパパがいるような気がするの。ホントはわかってるの、パパはもういないんだって。でもやっぱりね……開けちゃったらパパが消えちゃうような気がして……」

「それを、確かめたかったんだろ? 覚悟がいるし不安にもなるさ、だが確かめる方法は一つっきりだ。エリサがどうしよとも一緒にいてやる」

「うん、そうだね。ありがとうなの、ヴィンス。レオナも」


 そしてエリサは深い呼吸で気持ちを落ち着かせると、ノブについている電子式番号錠に暗証番号を打ち込んだ。

 ゆっくりと扉を押し開ける。前よりも軽く感じるバネの抵抗、それでも火に触れるように、冷水に浸かるように少しずつエリサは扉を開けた。


 しかし、玄関から続く廊下が半分ほど覗いた時だった、後ろから見守っていたヴィンセント達の表情が警戒に歪む。


「エリサ、ちょっと待て。様子がおかしい」

 声を潜め、壁に取り付いたヴィンセントが止めた。


 エリサは訳も分からず、扉を挟んで反対側の壁に張り付いているレオナを見上げるが、彼女もまた耳をそばだて警戒心を露わにしている。初めて目の当たりにしたエリサには、レオナの鋭い眼光が何に向けられたものなのか察する事ができない、しかしヴィンセントには分かっている。なにしろ扉の隙間から見えた室内が荒らされていたのだから。


 エリサが目配せで会話する二人の思考に追いつけたのは、彼等が懐に下げている銃に手をかけてからだった。


「エリサ、アタシの後ろに付いてきな」


 そしてレオナが首を傾ぐと、静かに扉を押し開けたヴィンセントが音も無く室内に入っていき、レオナとエリサが続く。マットレスまでひっくり返された寝室、キッチンは戸棚という戸棚、書斎では本という本が荒らされ、見るも無惨な有り様となっている。

 二手に別れて物が散乱した3LDKの室内をクリアリングしていくと、彼等は最終的にリビングで合流した。


「クリア、そっちはどうだったヴィンセント」

「問題なし、荒らされてる以外はな。……根こそぎやられてんなぁ、ひでえことしやがるぜ」


 思い出の我が家の無残にも変わり果てた姿、エリサの心中など改めて窺うまでもなく、表情には出さずともひどくショックを受けている様子だった。こうなってしまっては私物を探すよりも、まずは落ち着かせる方が先だろう。


 とりあえず椅子を起こして、エリサを座らせてやると話し相手はレオナに任せ、他の部屋を見て回るヴィンセントが、開け放たれた小部屋の前でふと足を止めた。


 小さなベッドがある、たぶん、ここはエリサの部屋だったのだろう。

 しかしこの部屋もまた無残に荒らされていた。元々は整理整頓されていた本は床に散らばり、放り出されたぬいぐるみと一緒に転がっている。父親がエリサの為に選んであろうハート柄がちりばめられた壁紙が、やけに寂しく見える。


「…………」


 それだけに犯してはいけない領域に思え、ヴィンセントは静かに扉を閉じた。

 コトコトと、廊下に散らばった思い出に気を付けて足を運び辿り着いたのは……

 ヴィンセントが入っていった部屋について知っているのは一人だけだ。


「エリサ、あそこの部屋は?」

「……パパの部屋なの、本がいっぱいあってね、よくお勉強おしえてもらったの」

 そこでエリサは言葉を切った。そして――

「ねえレオナ、ヴィンスは……」

「さぁね、アンタは自分のこと考えときなよ。野郎は好きでやってンのさ」


 クローゼットまで荒らされているおかげで、目当ての品はすぐに見つかった。おそらくはエリサの父親の持ち物であろう、大きめのダッフルバッグである。静かにそれを拾い上げると、ヴィンセントはレオナ達の所へ戻った。


「エリサ、どうだ? 少しは落ち着いたか?」

「……うん、ごめんなの。エリサ、びっくりしちゃって」


 こんなにも嬉しくないサプライズが他にあるだろうか。エリサにしてみれば、突然横っ面を張られたような衝撃で、動揺なんて当たり前の反応だ。そこに謝る必要などなく、隣に椅子を立てて、ヴィンセントは腰を下ろした。


「わるいエリサ、お前の部屋少しだけ見ちまった」

「どろぼー入ってたの、エリサも見ちゃったの……みんなぐちゃぐちゃ」

「ああ、でもお前の捜し物は盗まれちゃいないさ、いい部屋だった。ほれ、これに荷物詰めて来い、待ってから」


 そう言ってバッグを渡してやると、すこしは落ち着きを取り戻したエリサが小さく頷き、子供部屋へと消えていく。

 しょげた尻尾に垂れた耳。

 滅茶苦茶に荒らされた部屋に、寂しい吐息が鳴り、埃に滲んだ日の光がエリサの肺を満たす。でも不思議とエリサは悲しくはならなかった。


 目を閉じれば、鮮明に思い出せるのだ。あの頃の風景、その感情。

 そこには、この部屋には確かに温かい思い出が満ちている。

 過ぎ去りし時には触れられないけど、刻まれた記憶は胸にある。

 ――眠れない夜には、あの椅子に座ってパパが話を聞かせてくれた。

 思い出をなぞるように、エリサは一人ベッドに寝転び、静かに瞳を閉じる。

 時は前へと進む、それでも少しの間だけ、昔に戻れる気がしたから。

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