Teenagers 11
『ちきしょう、クアンが殺られたぞ! 奴だけじゃねえ、他にもいるぞッ! どっから撃たれたんだ⁉』
『泥棒共か、邪魔するなら撃っちまえ!』
交錯する無線、チャンが怒鳴り散らしていた。
『お友達が助けに来たみたいだぜ? 俺は騙せねえって言ったろォが! さぁ、金を渡すか、それとも死ぬか⁉』
激しくなる追撃。
そうがなられても、ヴィンセントには選択肢がないのが実際の所だ。宝石盗難の分け前など知らないし、今手を出している第三者も誰だか見当さえつかないのだから。
またも悲鳴、チャンの仲間が火を噴いて墜ちる。
そして正体不明機の牙はラスタチカにも襲いかかってきた。
『うわっ、撃ってきたッス!』
「だと思った、レーダーは⁉」
『感ナシ! 七時上方から新たに不明機接近! 回避、回避、回避!』
バレルロールで障害物を巻き込み射線を切る。
だが正体不明機は一寸違わぬコースを追随してきた。その前進翼の大型戦闘機は人が操る機械とは思えぬほどに無表情で、装飾どころか傷一つさえなく、死神が戦闘機の形を成しているようであった。
『まだ後ろにいるっス、黒い……戦闘機。距離500!』
「やるじゃねえか、こいつ……! 面白え」
チャンの戦闘機が前方を横切った、彼もまた攻撃に晒されている。黒色の不明機に六時方向を専位されていた。
『カーッ、しつけえぜ。おめえのお友達はよぉ! ヤク中の女みたく絡んできやがる。分け前渡したくねえんだとさ、裏切られたな? ハッハー、ザマァみさらせぇ!』
「俺のケツに付いてる黒いのが愉快な出来物に見えてんのか、知り合いじゃねえよ! それよりも自分の後ろに気を付けるんだな」
完全に三つ巴状態の上、数的不利。しかもこの不明機はかなりの手練れで、二機同時に襲いかかられては苦しい状況に追い込まれる。賭になるが仕方がない。ラスタチカは、チャンの回避機動と交差する機動を描き、彼を狙う不明機に向けて機銃弾を発射した。
「ちっ、よけやがった、連中のレーダーも生きてやがるな。こいつ等ただモンじゃねえぞ」
察知された為に命中こそしなかったが、不明機をチャンの六時方向から引っぺがす事には成功だ。追撃に入りたいところだが、欲をかけば背中から刺されかねないので、攻勢は反転したチャン機に任せる事にした。
『大人しく、くたばりやがれクソッタレめ! その図体で逃げきれっと思うんじゃねえぜ⁉』
チャン機はすぐさま仕返しとばかりに、不明機の後方に付け追い回す。が、不明機は大型の癖に戦闘機動は機敏の一言に尽き、デブリ帯の中では優位であるはずの小型戦闘機を駆るチャンでさえ、付いていくのが精一杯だが、しつこく喰らいつき続ける事で、旋回する度に徐々に徐々にと、彼我の距離を詰めていくのだった。
音速をとうに突破した超超高速戦闘。
エンジンノズルから尾を引く蒼炎が速度に応じて長くなる。チャン操る小型戦闘機、そしてパイロットであるチャン自身の限界は、確実に敵機に迫っていた。
不明機、右翼を弾ませ半ロール
崩壊した宇宙船の胴を捲くように旋回
チャン機、追跡
後方専位譲らず旋回継続
チャン機は最小旋回半径で勝り、デブリから離れた不明機の回避ルートの内側に切り込んだ。照準器にしっかと黒い機体を捉え、チャンはほくそ笑む。
『フィナーレだぜッ!』
引き絞られるトリガー。
だが、二門の機銃から放たれた銃弾はマズルフラッシュも虚しく彼方へと消えていく。
敵機、ロスト
『バカな、消え――……ッ!』
そして次の瞬間、チャン機は不明機の機銃弾をモロに受け、悲鳴を上げる暇さえ無くバラバラに引き裂かれていた。
ラスタチカの後席から、その闘いを覗っていたライナスも動揺激しい。俯瞰で観戦していたというのに、今の一瞬で何が起きたのか正確に把握出来ていなかったのである。
『チャンがやられたッス! さっきまで押してたのに、一瞬で入れ替わって、それで……』
チャン機が攻撃する寸前に不明機の機首が跳ね上がり、スラスターによる急減速と同時に半ロール。
コブラに捻り(ツイスト)を加えたマニューバで攻撃を躱すや、即座のピッチダウンと急加速で背後に付け、一掃射。
それが瞬きする間に起きた攻防の全てだった。
ライナスの背筋に走るのはとてつもなく冷たい気配。無茶苦茶な戦闘機動を実現する同型機体と、それを可能にするパイロットが直ぐ後ろに迫ってきていた。しかも、相手は二機だ。いくらヴィンセントに憧れているライナスでも、この闘いは正面切って受けて良いものではない事くらいの判断は付く。今の彼に出来る事は逐一後方に目を光らせ、不明機の位置をヴィンセントに伝え続ける事、この場を生き残る為に。
『不明機急速接近、三時、七時方向! 動きが変わった……墜とす気だ、様子見は終わりって事っすか⁉ オドネルさん逃げましょう! 勝てっこないッスよ』
だが無情にも、ラスタチカの機首は三時方向から接近中の――チャンを墜とした――不明機へと向く。
敵機正面
互いに撃たず
ヘッドオンからすれ違い格闘戦へ
『嘘でしょオドネルさん、こんな場所で戦うんスか⁉』
「…………」
『ちょ、オドネルさんお願いっすから、逃げましょうって!』
こんな戦闘、無謀としか思えない。しかしライナスの必死の願いは急旋回のGによって抑えつけられた。ヴィンセントは不明機を見据えたままで聞く耳を持たず、無言のうちに意見を殺したのである。
後席の声など気にしている場合では無かった、それよりも確かめたい事がある。
「ラスタチカ、リミッター解除。索敵及び操縦をドッグファイトモードへ変更、レーダー出力を前方へ集中」
ヴィンセントがそう宣言すると、エンジン音が甲高く変わる。
旧式機の改造機であるラスタチカはヴィンセント専用にセッティングされたピーキーな機体である。あまりに過激なセッティング故、パイロットの安全を慮ってダンが設けたのが、段階的な性能開放措置だった。このシステムのおかげでヴィンセントの無茶な操縦によって機体が空中分解を起こす危険性を排除してるのだが、機体スペックでは明らかに不明機に分がある以上、機体を労って飛んでいたのでは必ずやられる、安全装置などあるだけ邪魔だ。
不明機の機動は先程よりも明らかに鋭くなっているが、ラスタチカはその機動に振り回される事無く後方に張り付く。
不明機が攻撃を避ける機動をすれば、ヴィンセントは先を読んでルートを潰しに掛かり、更に後方の不明機は味方機の援護位置から外れないようラスタチカの後ろに付いて離れない。攻防が激しく入り交じる三機の軌跡は複雑に捻れ、絡み合いながらデブリの中に曲線を描き続けた。現在の速度でデブリに触れようものなら、掠っただけでも機体は粉々になってしまう、これは戦闘と呼ぶには狂気の沙汰であった。
ライナスに更なる緊張が走る、照準用レーダー照射の警告音。後方の不明機がラスタチカをロックオンしようとしていた。高濃度エヴォルの中では誘導兵器の類いは性能が大幅に低下するか、そもそもロックさえ出来ない場合がある。だのに不明機からのレーダー波は、ラスタチカを確実に捉えようとしている。
「エヴォルスモーク散布! チャフ、フレア、スタンバイ。発射次第まけ」
『スモーク展開、残量一! 後方の不明機離脱! チャフ、フレア展開準備完了ッス』
鉄機舞踏は激しくなるが、ライナスは機体が振られる度に呻きつつも周囲を警戒し続けた。
ラスタチカが翼跳ね上げ右へロール
不明機は左ロールから蛇行開始
シザーズに移行
交錯
不明機の尾翼が掠めそうだ
繰り返されるニアミス
射撃するには近すぎた
墜とせるが、破片でこちらも墜ちる
デブリが減り前方が開け
不明機がアフターバーナーに点火し引き剥がしにかかった
ラスタチカ追跡、油温上昇
持って数分か――
リミッターを解除した事により機体性能の上昇に応じて負荷も増大していて、ラスタチカのエンジンは悲鳴にも似た轟音を上げているがしかし、増速するラスタチカを嘲笑うように二機の距離は離れ始める。
性能差は明白。
それでもヴィンセントには好機でもあった、最小射撃距離――300m――まで離れれば、すぐにでも撃てる。HUDの標的距離がグリーンに変わるのを待ちながら、追跡を継続。
目標を照準器にしっかりと収め
200から250、そして290へ
表示が300に変わると同時に引き金を絞――る刹那に、ヴィンセントの直感が危険を告げた。予兆は不明機の挙動、僅かに機首が上がった瞬間にあった。
不明機が急減速からのコブラでオーバーシュートを狙う。チャンに使った戦法であり、ヴィンセントは確かに反応していたが、かといって攻撃を加える訳にもいかない。
このコブラこそ罠だ。
ヴィンセントは不明機の機首と反対方向へラスタチカを操り急旋回、同時にライナスがチャフとフレアを散布し叫ぶ。
『四時下方よりミサイル二発! 距離四千ッス! 回避、回避ィ!』
ミサイルアラートが鳴るより早くビーム機動を始めていたラスタチカは、不明機二機に背を向けて、デブリの中に飛び込んでいく。対抗措置に釣られて一発は逸れたが、二発目はまだ六時方向にあり、鳴り響くアラートが危機感を煽り立てていた。
衝突寸前のデブリ
その隙間へダイブ
チャフ、フレア展開
左急旋回
アラート継続
否、レーダー反応増加
『――ッ⁉ 更に二発、八時方向! ダメだ、振り切れないッス! オドネルさんッ!』
「黙ってろッ! アレをやるぞ、ラスタチカ」
ミサイル六時方向
前方障害物なし
スロットルをミニマムへ
操縦桿を限界まで引く
スラスター作動
軋む機体
機首が鎌首をもたげ裏返る
後ろへ向かって飛行
ミサイルは正面、距離八百
ラスタチカのAIが照準を自動補正
TARGET IN SIGHT
READY TO FIRE
射撃
破壊
プルアップ
ラダーを蹴り
スロットルを限界まで
離脱、残り二発
『すげぇ……ミサイルを……』
「ぼさっとするな! 敵は⁉」
『左右後方を付いてきてるッス! ミサイルが一発見えない! くそ、何処行ったんだ⁉』
「探せ!」
不明機から機銃による牽制射
左上方へ旋回
切り返してロール
風車の宇宙にライナスは危機を見る。
全長3mの白い爆槍は直ぐ近くに迫っていて
その先端部に付いている誘導装置のカメラと目が合った。
切り貼りされる時間感覚
叫ぶライナス
見るヴィンセント
回避行動
……間に合わない!
衝撃に備え身構える二人
だが、ミサイルは突如標的を見失ったかのように、ラスタチカの上方数メートルを通り過ぎていった。近接信管も作動せず、機体は無傷。それどころかもう一発のミサイルも明後日方角へ飛び去っていく。
『お、おオ、オドネルさん……』
「まだこれからだ」
『いえ、なんか様子がおかしくないッスか? 辺りが、やけに暗いっつぅか』
透き通る黒さが、さながら暗雲立ち籠める空模様へと変化していき、前方視界が不明瞭になる。ヴィンセントはチラとレーダーに目を落とすが、レーダー画面は最早ノイズだらけで方角指示さえ確認出来ない有り様だ。
不明機は何処にいる?
ヴィンセントが目視で索敵を開始した、その時である――ラスタチカの真横を蒼い稲妻が走り、機体を、彼を照らし出す。
『危ない! ……今のって、エヴォル雷じゃ⁉ オドネルさん、早くこっから離れないと、宇宙嵐に巻き込まれるッスよ』
高濃度エヴォル粒子に太陽風がぶつかる事によって発生する宇宙嵐は、宇宙空間で遭遇したくないものの筆頭に上がる自然災害だ。強烈極まる電磁波と、前兆としての蒼い稲妻は目撃する距離にいるだけでも非常に危険である。
ラスタチカ反転。
離脱するかと思い安堵したライナスだったが、機首が向かうのは暗雲の中心部、不明機の方角だ。一気に増速し、離脱を目論む不明機に迫る。
ここに来て、攻守が入れ替わった。
ラスタチカは逃げる二機の背後にピタリと付け、だが僚機には目もくれず、隊長機とおぼしき機体を執拗に狙い、立ち籠めるエヴォル雲の中へと突っ込んでいった。
前方視界不良
レーダー使用不可
ヴィンセントが追うのは朧気に輝く不明機のエンジン炎
しかし、不明機は目隠しでデブリ帯を飛んでいるにも関わらず、減速する気配さえ見せず、限界までスロットルを叩き込んでいるラスタチカでも、引き離されていくばかりである。
『油温レッドーゾーン。電磁波レベル尚も増加中、操縦系に異常確認。オドネルさん、もう限界っす。機体が持たないッスよ!』
「まだだッ――――」
爆発的な閃光、明暗反転。
機体が振動。
あまりの眩しさにヴィンセントの視界は景色を失った。




