Teenagers 10
ラッタルを駆け下り格納庫へ。眩しい警告灯を突っ切るヴィンセントはパイロットスーツを着込む暇も無く、外出用ジャケットだけ羽織ってラスタチカの操縦席に飛び乗った。事態は依然として不明だがこのキナ臭さ、便利屋として、そしてパイロットの経験値が告げている、荒れる予感がすると。
ラダーを格納し、エンジンに火を入れる
タキシングでエレベータに
燃料、フライトシステム、火器管制チェック
システム・オールグリーン
ヘッドアップ・ディスプレイ用のバイザーをかけ、艦橋にいるはずのダンを呼び出すヴィンセントだが、返事はすぐには来なかった。
緊急事態だろ、なにを悠長にしてる?
発艦するか否か、外の状況が掴めない今ヴィンセントでは判断しかねる。だが、状況を伝えるべき艦橋でも、のっぴきならない事態が発生していた。
アルバトロス号の現在位置は予定されていた安全航路を大きく外れ、デブリベルトの真っ只中を航行していた。この宙域には、何もないのだ。火星からも遠く、コロニーも無ければ宇宙船が立ち寄る中継地点でもない。
こんな場所に立ち寄る理由を知っているのはただ一人、目標座標を変更した人物だ。そいつはレオナに壁に押え付けられている。今にも殺されそうになりながら――
「ちがうよ……おれは、おれは…………親父が……」
「黙ってろクソガキ! いますぐブチ殺してやるッ!」
「レオナよせ! 手を離すんだッ!」
コディはもう喋れない。
口に五十口径を突っ込まれていれば戯言が空気を震わす事は不可能だ。
「アンタの知り合いだろうが関係ねェ! このガキ、アタシ等を売りやがったンだぞ!」
「ああ、かもしれんな。だが後にしろ」
「かもしれん? ハッ、ダンおじさんはお優しいこったな。船にミサイルブチ込まれて、まだこのガキの肩持つってのか、エェッ⁉」
「いい加減にせんか、それどころじゃあないと言っとるんだ! エリサもいるんだぞ!」
怖々とした碧眼がレオナを見つめている。コディを庇う理由がどこにある、彼女は奥歯を噛み締めて、だが銃を下ろさず銃爪も落とさなかった。
船体が揺れる。
エンジンはすでに一基死んでいた。
内輪で揉めてる場合じゃない。
「ヴィンセント、聞こえとるか、発艦準備は整っているか」
『遅いじゃねえか、とっくに指定席で待ってるよ。何がどうなってるか教えてくれ、相手は』
「数は不明。誰かも分からんし、エヴォルの密度が高すぎてレーダーが利かん。周りは宇宙船の残骸だらけだが……飛べるか?」
『確認の必要あるか、いつでもいけるに決まってんだろ』
静かにも熱いこの自信に満ちた声。よし、それでは――と格納庫のエレベータを作動させようとしたが、ヴィンセントが『待て』と言う。
格納庫にも思わぬ人物が現れたのである。
「お前こんな所で何してる⁉」
閉じかけたキャノピーから身を乗り出してヴィンセントが叫んだ。時間が惜しいのにライナスがエレベータ内にいたのでは、発艦も減圧もできない。
ハッキリ言って今は邪魔だ。
「オドネルさん、俺も連れてってください!」
「馬鹿言うな、お前に何が出来る。さっさとエレベータから出ろ、発艦の邪魔だ」
「手伝わせてください! オドネルさんの援護を、俺が後ろに座るッス。そんで――」
「高濃度エヴォルの所為でレーダーは潰れてる、後席にお前の仕事はねえ」
「俺にも目は付いてるッス、口も。レーダーが使えなくたって、代わりにこの目で見張るッスよ、後ろは任せてください!」
障害物は多く、相手の数は不明。
地上なら心強い拳銃遣いでも空は飛べない。背中の目がほしいのは確かだが、戦闘機の後席に座る意味を覚悟しているかライナスの姿をよく見極める。バスの座席よりもシートは固く、しかも相席は人に親しき黒衣を纏った大鎌持ちだ、お世辞にも楽しいフライトなんかにはならない。確実なのはそれだけだ。
それでも飛ぶ――、ライナスは力強くそこに立っていた。
「……通信機は?」
「あるッス」
「早く乗れ」
笑みで答え、ライナスはラスタチカの後席に飛び乗った。
艦橋へ一報、エレベータが動き出す。
キャノピー閉鎖、コクピット内気密確認。
停止すればハッチは目の前、開けばそこは宇宙である。
重力発生装置解除。
ギアを格納すれば機体が浮く。
アドレナリンが吹き出すのを感じ、ヴィンセントは長く息を吐いた。出撃前の、氷水に浸かっているような感覚がたまらない。
「ラスタチカよりアルバトロス号へ、現在エレベータで待機中。発艦後の指示を求む」
『お前さんを上げたらデブリベルトからの脱出を試みる、この船の図体じゃ身動きが取れん。脱出の援護を頼む』
「了解、連中の相手は任せろ。キリキリ舞いさせてやるさ」
『周囲はデブリだらけだ、不意打ちと時間に気を付けろ。――ハッチ開放!』
ハッチが開き、拡がる宇宙――……さぁ、ショウタイムだ!
スロットルを限界まで押し倒し、アルバトロス号から発艦。
銃弾よりも高速で無重力の空へ飛び立つと、ライナスが加速度に何かしら叫んでいたが、闘いには途中参加だ、口より先に目を、目を先に頭を動かしてほしいところである。
発艦前からライナスはレーダー機器を使い物にしようと努力していたが、高濃度エヴォルが電波を引っ掻きまわす所為で通信は混線し、レーダー探知に至ってはそこら中に浮いている宇宙船の残骸で、例えエヴォルが無かったとしても厳しい条件だ。
「ボサッとしてっとケツに熱いの貰っちまうぞ、敵は何機いるかもしれねえんだ。後ろの見張りは任せるぞ、新人」
「了ー解ッス、しっかり見張ります!」
「良い返事だ、目ン玉開いとけ、ホレ、お客さんだ!」
星が瞬くように敵機の銃口がフラッシュ、鉛の流星が宇宙を飾る。
ラスタチカは前方上方からの挟撃をひらりと躱し、デブリを回り込んで距離を取る。
すれ違う一瞬、キャノピー越しに敵機の機影とパイロットを睨んだ。
翼長の短い寸胴の小型宇宙戦闘機に小柄なアジア人パイロット――
「チャンか……ッ! 人違いなら聞いてやる、さっさ失せろや」
『いーや合ってるさ、ボロ輸送船にその銀色の機体……、間違えようがねえ。バラバラにしたくて堪らねぇぜ、オドネル!』
「またあの件か? 人の話を聞かねえ野郎だ、俺は無関係だっつたろ!」
どうしてこう、厄介事に巻き込まれるのか。トランクタワーでの宝石盗難事件の現場に居合わせたもう一人に、執拗に脅迫じみた質問をされ続けていた。事件の裏で、泥棒に手を貸していたのではないかと……。
ヴィンセントの返事はひたすらにNoだったが、そもそもクロだと決めてかかっている相手が納得するはずが無い。しかも間が悪い事に、ライナスの声が無線に乗り、チャンに声を聞かれてしまう。「バカ野郎……」と毒づいても手遅れだった。
『ああぁ~オイ、今の声には聞き覚えがあるぜ? ……そうだ、確かトランクタワーにいたな、覚えてるぜ。俺を小物と罵りやがったクソガキの声がどうしてここで聞こえんだ⁉ 思った通り繋がってやがったぜオドネル、あの泥棒共はどこにいやがるッ!』
「俺が知るか、そう言ったろ。出し抜かれた恨み晴らしたきゃ、本人に言え、本人に」
反撃するにしても敵機の数と位置が不明のままでは、手痛い一撃をもらう可能性があった。まずは逃げの一手からだ。
『八時方向に敵機ッス! こっちに来るっス!』
これで三機目、他にもいるか。複数機に追われながらもラスタチカが無傷でいられるのは、大量に浮いているデブリのおかげでもあった。高濃度エヴォル下において電波誘導方式のミサイルは、その性能の10%さえ発揮出来ず、長距離戦など中々お目にかかれない、戦闘機同士の闘いは一世紀以上昔の第二次大戦頃まで遡っている。敵機に一撃を加えるには、回避機動を予測し撃つしかないのだが、地球の空と異なりここには障害物が多く浮いていて、攻撃位置に付くだけでも難しい。
デブリの縁を嘗めるようにヴィンセントは機を操り防戦に努める。後方を監視するライナスは、こちらを向いている敵機との睨めっこに肝を冷やしっぱなしだ。
『オドネルさん、撃たれそうっス! 機銃がずっとこっち向いてるんスけどォ!』
「ビビんな。急旋回してんだ、銃口と目が合ってるなら当たらねえよ」
『怖くて堪らないッスよ。――……一機離れた? ああヤバい、船の方に向かってるッス!』
「チッ、だから護衛はイヤなんだ」
アルバトロス号から引き離す為に後ろに付かせていたが、撒いた餌から興味を移したか。
ラスタチカは反転し、攻撃態勢にはいろうとしている一機に牽制射撃。そのまま間に割って入り、もう一度目をこちらに向けさせる。
主翼を掠める曳光弾――親鳥の面倒見るのも楽じゃねえぜ。なにしろデブリを潜った後に飛び交う機銃弾の間を飛び抜けなきゃならないのだから。だのに、機体を操るヴィンセントは楽しんでさえいる、生身の撃合いよりも楽しいのは間違いない。
デブリの中に再突入。
捻れる機動が四つ。
『この何もねえ宙域にな~にしに来やがったんだ? ここにはな~んもねえ、宇宙船の破片以外にだ、ふらり迷い込むなんてありえねえ。泥棒共が隠れてんだろ、分け前受け取る為によ! あの仕事の所為で俺はマヌケ扱いだ、あの糞ッタレの泥棒共の所為でな! いいか、泥棒共の居場所を吐けッ!』
『それは勘違いっす、トランクタワーにいたのはオドネルさんに変装した偽者で――』
『てめぇも仲間だろ、俺を騙せると思うなよ!』
三機はしつこく後ろに付いてくる。
熱くなってるな、いい兆候だ。
「そんなんだから騙されんだ、よく考えりゃ見破れるトラップだったろ……目的はなんだ、意趣返しなら俺達抜きでやってくれ」
『金だ、俺の取り分だよ。トランクを騙くらかしてくすねた宝石でいくら儲けた』
どうしようもねえ強突く張りだな、自分を騙した相手から慰謝料代わりに金銭を毟り取ろうってか。その強欲さに冷静さが備わっていれば、もっと厄介だったろう。
迂闊に近づきすぎだ。アルバトロス号との距離も稼げたし、反撃開始と行こう。
「スモーク散布!」
『了解っす』
前方に障害物
白煙を焚きながらラスタチカはロールして回避
後続の一機はデブリを躱しきれず右翼をへし折られた。
追撃機散開
何処に行った?
『へっへ~、ザマミロ! オドネルさん、レーダーを確認してください。電波の乱反射を取り除いてみました、敵機の位置が見えますか?』
「ああ、ノイズはあるが確認出来る」
不明瞭ではあるもののラスタチカのレーダー画面には、赤色の光点が複数映し出されている。この障害物だらけの宙域においては、位置情報だけでも大きなアドバンテージとなり、そのおかげでラスタチカは物陰からの一撃を躱す事が出来た。
乱反射の除去には時間が掛かるというのに、短時間でよくやったものだ。おかげでチャン達の手の内が透明のカードのようによく見える。
翼をもいだ一機もまだ飛んでいた。宇宙空間ならば空力は無関係、揚力が無くても飛ぶ事が可能だ。チャン達は一度距離を取り網を張る、直線的な追い込みから三方向からの包囲に切り替えたな。
ヴィンセントは突破を試みるが、チャン達も宇宙を庭にしている便利屋である。小さな獲物を追い込むのは手慣れた行程。おいそれと隙は見せなかった。
最早撃ってすら来ない持久戦の構えだ、包囲網は徐々に狭まっていく。
『オドネルさん、これって……』
「ああ、良くねえ。連中狩りをするつもりだ、後ろはいいからレーダーをよく見ておけ」
徐々に狭まる包囲網。だが無理に突破しようとすれば、他の二機が襲いかかってくる。かといってこのまま手をこまねいていては、いずれ逃げ場を完全に塞がれてしまう。
やがて――網が絞められるが、悲鳴と共にレーダーの光点が一つ消えたのはその時だった。




