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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verse Teenagers
136/304

Teenagers 9

 目標地点さえ入力してしまえば、操舵席が無人でも宇宙船は航行可能である。

 操船がよほど苦手な場合は完全自動航行で、行き先まで船が連れてってくれ、更に軌道降下さえ行ってくれる。つまり、寝てようが酒喰らってようが安全に旅が出来るというわけだ。


 AI様々である。


 陸海空、そのどれもに主要航路があるように、宇宙にも主立ったルートというのが存在する。無論、分かりやすい標識が立っているわけではないのだが、コロニーからコロニーへ、そして惑星へと続く効率的かつ安全なルートは確立されていた。そのルートをAIが自動で辿ってくれているおかげで、アルバトロス号の面々は、船内時間が夜になると各自の個室で勝手に寝息を立てられるのである。


 ヴィンセントもだらしない寝姿で寝息を立てていたのだが、落ち着き無い足音でまどろみから引き戻された。一体誰だと思う彼だが、ノックより先にドアがスライドし、駆け込んできた勢いそのままに、白い毛皮が腹にダイブしてきてはおちおち寝てもいられない。

 想像力豊かなのか、怪談を聞かせた夜は怖がってヴィンセントの部屋にやって来る事の多いエリサだが、今夜は普段と様子が違った。


「どうしたエリサ。毛皮膨らみまくってんぞ……」


 毛布一枚で充分なところに生の毛皮が潜り込んできたら体温はグッと上昇するのだが、エリサはそんなこと気にせず、ヴィンセントに抱きついたまま離れない。

 毛布をめくれば、鼻先を腹に埋めたエリサの頭部が見えるだけ。


「また怖い夢でも見たか。ブギーマンだって宇宙までは来れねえさ、大丈夫だよ」

「お船がね? 揺れててこわいの、いっしょに寝ていーい?」

「だめだ。睡眠は一人でゆっくり取るって決めてる」

「だってヴィンスがこわい話するから、思い出しちゃうの……」

「今日はしなかったろ。聞きたいのか? 宇宙で遭難した船の話」

 毛布を引っ掴みエリサは隠れた。――少し怖がらせすぎたか。

「ったく――人類が宇宙で生活する時代だってのに、きょうび幽霊なんざ信じるかね。聞かせてやったのは全部作り話だから安心しろって。ほれ、戻った戻った」

「いやなの、エリサここで寝るの」


 くぐもった決意表明。シャツが締まる感覚。

 エリサは怒りたいような縋りたいような、反する気持ちが入り交じりながらも抱きついたままだった。目を閉じてしまうと目を開くのが怖くなるからと、ヴィンセントのベッドに飛び込んだまではよかったものの、毛布の外に何かいるのでは考えてしまう。

 目を塞いでいるだけ他の感覚が敏感になっていくのである。


「それにね? 夢じゃないの、お船もゆれるし、こんこん、ってたたく音もして……あ! ほら、また聞こえるの!」

「揺れはエンジンの振動、音は空調のだ。心配ねぇよ、いつも通りのボロ船さ。……わぁ~ったよ、クローゼットとベットの下も見てやるから、自分の部屋で寝ろ。それか、レオナなら喜んでお前を抱き枕にしてくれそうだから、止めた方が良いな」

「だって外から聞こえるの、こんこんって。ヴィンスは聞こえないの?」

「だから、そう言ってんだろ。なぁエリサ、俺眠たいんだが」

「よく聞いてみてなの」


 顔は見えないが、エリサは多分ふくれっ面になっているだろう。

 そこまで言うからには――一応耳を澄ませてみたヴィンセントだが、はやり鼓膜を震わすのはブーンと低い、環境音としては単調なリズムだけで、さながら窓の無い室内で雨だれを聞こうとしているようだった。


 瞼を下ろし集中しても変化は無く、むしろ生の毛皮の暖かさと中途半端な覚醒状態も相まって、ヴィンセントの意識は睡魔に導かれるままに安息に身を委ねようとしていく。

 いや、でもその前にエリサを自室に帰さなければ。

 まどろみに一歩踏みとどまり、ヴィンセントがうすら目を開けた、その時である。



 こぉぉぉぉん…………



 と、聞こえたような気がした。

 エリサが「また鳴った」と言う。

 ヴィンセントには今まで羽音ほども聞き取れなかった僅かな……この音は何だ?

 船内からでは無い、明らかに船体に何かがぶつかっている衝突音だ。宇宙には小さな石ころも浮いているがそうじゃない、この反響音は金属同士がぶつかっているように聞こえる。しかも段々と音が大きくなってきてないか?


 ゴゴン――ッ!


 波に煽られたように船が揺れる。悲鳴を上げたエリサに抱きつかれても、神経が張り詰めていく感覚に寒気を覚えるヴィンセントは何も言わなかった。

 アルバトロス号のAIはルート上に大きなデブリが浮いているのなら、自動航行中でも停船、或いは自動で回避行動をとるように設定されている。レーダーに映らないほどの小さなデブリが塗料を剥がす事はあっても、船体を揺るがすほどのデブリと、こうも連続でぶつかっているなど異常事態だ。


 マシントラブルか? しかし、確認した時には正常に作動していたのに。

 あれこれ考えるヴィンセントだが、もうベッドに戻るわけにもいかず、艦橋の様子を見に行こうと起き上がる。


 しかし、事態は急を要していた。

 爆発音と共に船体が悲鳴を上げる。


 その衝撃でヴィンセントとエリサは、ベッドから放り出され、隣室では、下着やら雑誌やらが散乱している床に突然放り出されたレオナが飛び起きる。

 眠たい中でこんこん、こんこんうるせえ音に付き合い、ようやく眠れそうだなと思った直後に寝床から放り出されれば雄叫びの一つも上がる。

 足元の空き缶がその怒りを受け止めて、無残にひしゃげて壁に叩きつけられるたが、それを眺めるよりも先にレオナの視界が赤く変わった。非常灯が点いたのだ。


 同時に緊急警報まで鳴りだし艦内は騒然。

 だが、レオナはかましい音に緊張するどころか苛立つばかりである。


「うぅっるせェエエェエ! なんなんだクソがッ!」

 などと怒鳴り散らしているから、ヴィンセントが扉を開けても気が付かなかった。

「レオナ平気か⁉」

「なんなのさこの警報、海賊ッ?」

「さぁな。俺はとにかく格納庫に降りる、エリサ頼んだ!」


 返事をするより早くヴィンセントは戸口から消え、パジャマ姿のエリサが不安を隠そうと努力しながらそこに立っていた。

 どう動くにしても、何がどうなっているのかを知る必要がある。まずはダンと話す必要があり、おそらく彼は艦橋にいるだろう。

 しかし、いざ向かおうとした時だ。エリサは困惑した表情で、でも言わなければと決心した様子だった。


 なんというか……レオナの現状について。


「お洋服、着よ?」


 橙色の毛皮の他に、レオナは下の下着しか身に着けていなかったのである。

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