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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verse Teenagers
135/304

Teenagers 8

 アルバトロス号においてコディの居場所は流動的に変わる。と、いうよりもだ。第一印象が悪すぎた事もあり、無人の場所が彼の居場所であった。クルーが出航作業に掛かりきりになっている今は、格納庫の階段に腰掛けている。


 目覚めた船体の嘶き。

 肩を擦る加速度にケータイを眺めていた顔を上げる。

 父親の手伝いで機械の整備をしていた彼とって、金属に囲まれている格納庫は居心地がよかった。同じ一人でいるにしても、あてがわれた船室よりも機械に囲まれた格納庫の方がいい。――特に、ふと目に入った宇宙戦闘機の造形が最高にクールだ。


「MGFー29か。よく手入れされてら、旧式には見えないや……」

「なんだコディさん、戦闘機が好きなんスか?」


 気密扉の向こうからライナスがやって来た。出航作業には、彼もコディと同じく居場所がなく、アルバトロス号の面々の中では年が近いだけ、お互いに親しみやすかった。


「整備手伝ってよく弄ってたから。――大分、手が入ってるみたいだけどエンジンも積み換えてる、これ? グッドスピード社製のエヴォルエンジンMk5でしょ、整備に難ありだけど加速の伸びがいいんだよね、あのタイプは」

「へぇ~そうなんスか⁉ 操作説明書も読んで勉強してるんスけど難しくて。俺なんか、機械はさっぱりだから羨まッスね」

「俺も勉強はニガテ。手を動かしてると自然と覚えるものだよ」


 会話は弾んでいたがやはり、しこりがある。どうしたってコディには笑えない理由があるのだから。

「待ち受けの人……親父さんっすよね?」

 コディはメール画面を慌てて消したようだが、その間にライナスはチラと画面を覗き見てしまったのである。後ろから声をかけたが忍び寄ったわけでは無い、偶然だ。


「……ああ、そうだよ」

「親父さん、はやく見つかると良いっすね」

 元気づけるつもりだった。しかしその気遣いが、コディを更に陰鬱な気持ちにさせる。

「なあ、ライナスの親父ってどんな人なんだ? 教えてくれよ」

「え…………? あ~、スゴい人だって自慢したいけども、どこにでもいる普通の父親っすよ、会社勤めの。小さい頃は、休みの日にキャッチボールとかしてくれたッス」

「一番の思い出とかってある?」

「マーチングバンドを見に行った事かな。パレードをすぐ隣で眺めてて、そん時に――……」

「親父も太鼓叩いてたとか」

「いや、色々と話してくれて。人の存在意義やら難しい話を、さ。世界をよりよくするには、どうしたらいいのか、どうするべきなのかなんて」


 そう語るライナスに向けられるのは、羨望の眼差しであった。

「俺は、親父は……。あんな奴、どうだっていいんだ……」

「え……? そんなことないでしょ、親父さん探しに来たんスから」

「ちがうよ、親父が心配で探してるわけじゃない。賞金首追いかけてろくに家にも帰らないし、たまに帰ってきても仕事の事ばっかし考えてんだ。俺の話なんか聞いちゃくれない。まるでいないみたいさ……。かーちゃんだって、ずっと待ってんのにほったらかしで、一緒の記憶なんてマシンの整備を手伝ってたくらいしかない。親父にとって大事なのは、賞金首を捕まえる事なのさ」


 コディの父親もまた戦闘機を操っている。

 大空を舞う翼の影はいつだって遠い。鳥が地面を捉えるのは獲物を狩る時だけだ、ただ見上げる者には関心さえ払わない。

 地を這う者が味わうのは、翼を持たぬ不自由さか。


「あんた勉強してるんだよな。あの飛行機、飛ばせたりする?」

「ラスタチカを? 無理ッスよ。勉強してるのは電子機器操作っすから、レーダーやら、通信機やら。操縦はまだ先っス」

「飛行機の勉強するなら操縦からじゃないのかよ、フツー。自分で飛ばしてみたいって考えるでしょ」


 自由自在に無限の空を飛び回るなんて、一度は夢見る体験だ。

 見れば、麗しの彼女の横顔は鋼鉄の冷ややかさ。

 照明の微笑。

 思わず見とれ(そそのか)されるは男心と好奇心が燃料となった行動力だ。


「……なあ、ちょっと乗ってみようぜ」


 ラスタチカの操縦席に座る。そんな事、提案されるまでもなく、ライナスだって何度も想像した光景だ。欲望と後ろめたさの天秤があっちへふらふら、こっちへふらふら揺れていた。

半開きのライナスの口からは意味を成さない母音ばかりが垂れ流される。


「試しに乗ってみるだけだって。動かさないんだし、オドネルにだってバレやしないさ。……時間掛ければ動かせるかも知れないけど」

「動か――、いやいや、それはホントにマズいやつっス。そもそもコディが勝手に格納庫いる状況でも、マズいのに勝手に動かしたりしたら……」

「だから、コクピットに座るだけにするのさ」


 ライナスの制止も聞かずラスタチカに駆け寄ると、機体内蔵のラダーにコディは足を掛ける。実際に触れると機体の魅力に圧倒されてしまい、感動するばかりだ。


 自分の手で宇宙を飛ぶ。焼き付くほどに想像した光景が、形を成して眼前にあるようだ。

 と、ライナスに肩を掴まれて、コディは現実に引き戻される。

 そしてついでに、背筋に冷や汗を滴らせる事となった。


 ぴゅい――っ! と口笛。


 格納庫の扉にはヴィンセントが立っている。

 笑顔で手招きしているが、その目は瞬き一つしていない。




「がーんばれ、がーんばれなの!」


 声援送るエリサの前を、罰走中の二人が力なく横切る。しかし、その情けない姿を許さない者がいた。他ならぬヴィンセントである。


「おらぁ! キビキビ走るんだよ、萎びたコーンよりなよっちぃなコディ! エリサでもへばる距離じゃねえぞ! それともじっくり時間掛けて走りたいのか? ランニングが趣味ならこれから毎日、好きなだけ走らせてやるぞ」


 息切れに擦れた声で、コディは何かしら毒づく。

 かれこれ一時間ほど走りっぱなしで、汗として流れた水分の所為で、喉はのり付けしたようにべったりだった。


「なに? もっと走りたい? そうか、そうか。じゃあ十周追加してやる、嬉しいな? 笑って喜んでいいんだぞ」

「ちょ、ちょっと……触ったハァ…………だけなのに…………」

「だから……はぁ、止めたじゃないスか……ひぃ~」

「まだ無駄口叩く余裕があるとは関心だ、酸素も盗むかこの空気泥棒め。二十周追加!」


 疲れ果てた悲鳴が上がる。

 だが、ヴィンセントの愛機に触れた時点でボコボコにされなかっただけでもありがたいと、そうは思わないものか。


「お喋り小僧がサイレント映画に出演か? 返事はどうした!」


 返答は破れかぶれの言葉ならぬ声。

 つーかなんで逆ギレしてんだ、こいつは。マジでボコボコにして宇宙に放り出すぞ。


「……エリサ、耳塞いどけ」

 ヴィンセントの口を突きそうになったのは、汚い単語の連続である。連発Fワードは子供に聞かせられない。

 一息に吸い込むが、ふと隣に座って狐耳を塞いでいるエリサを見下ろした。

「……エリサ、聞こえてるか?」

「きこえないのー」

「しっかり聞こえてるじゃねえか」


 ヴィンセントが片眉を吊り上げると、彼女はえへへ、と笑った。呑気な笑顔に照らされては気も削がれるというもの、ハートマン軍曹並の罵倒も引っ込んだ。


 ――反省してるなら、勘弁してやってもいいんだがな。

「……まぁ、いいだろ。エリサ、あいつらが残りを走り終わったら上がらせろ」

「わかったの! ヴィンスはどうするの?」

「機材チェック」


 ヴィンセントに代わり、尻尾を緩やかに振りながら、エリサは二人を見守った。彼女の瞳は温かく優しいけれども、ズルは認めない。ヴィンセントが格納庫から去るや、コディが足を止めたのである。


「あと十八周なの」


 懐柔しようとしているコディに頑として譲らないのがエリサである。コディがどれだけ説得しようとも、甘言で誘惑しようとも動じず、彼女は頑なに残りの周回数だけを教え続けた。

 コディが根負けする頃にはライナスとかなりの差が開いており、しかも楽しようとした事が戻ってきたヴィンセントにもバレ、結果として自分の首を絞める事となったのである。

 自業自得なら急がば回れ。

 疲労で目を回してコディはベッドにぶっ倒れた。



「走りすぎて気持ちわりぃよ、飯もろくに喉通らなかった……」


 コディは二段ベッドの下段に仰向けに転がり、埃っぽさの残る天板を眺めていた。足が冗談みたく気怠くて、自分の足じゃ無いように感じる。胃袋が空になるまで一通り吐いた後には、夕飯が喉を通るはずもなく、水だけ飲んで自室に引っ込んだのである。


「そんなにキレることかよ。飛行機にちょっと触っただけなのに、三時間も、吐くまで拷問されるなんてフェアじゃないよ、くそ……」

 埃が降ってきた。上段の主が身動いだのである。

「へっきし! クシャミが足に響くなんて初めてだよ。どう思う? なあ、ライナス、起きてるんだろ?」

「…………」


 もう一度呼びかけても返事は無く、代わりに埃がふってくるだけだった。かといって眠るわけにもいかず、ライナスはしつこく話しかけ続けた。

「足がパンパンだ、もう筋肉痛になってるよ。あんたは足平気なのかよ?」

「……痛くないッス。もう寝ましょ、俺だって疲れてるんス」

「でも飯は喰ってた。いつも走らされてるから? 皆、厳しそうだし、ありえそうだ」

「倍は走ったッス、今日は。もうヘトヘト。……俺は止めたッスよね? ラスタチカに触ったらいけないって」

「乗り気だったじゃないか! 誘わなくてもそのうち乗ってたさ、絶対に。俺よりわくわくしてたの見てたぞ、あんたもあの機体に惚れてるって分かるよ、ラスタチカ――、めっちゃイケてる飛行機だもんな、すげぇよ」


 その翼は飛ぶ為に在らず、故は敵を撃つ為に在り。

 戦闘という苛烈極まる目的の為に生み出された文字通りの戦闘機械の造形には無駄という概念が存在せず、宝石然り、洗練されたデザインというのは人を引き付けて離さない魔性を兼ね備えるようになる。

 そして……、時には意志さえも持つのかもしれない。使用者である人間さえ操るような。


「あの機体はオドネルさんの……なんて言うかな、一部みたいな感じなんスよ。ダンさんが整備してオドネルさんが飛ばす、どのピースが欠けてもなりたたないッス。俺達は絶妙なバランスで成り立ってるジェンガを突いた、正直、罰走だけで済んでよかったっと思ってる」

「大袈裟だな、ライナス」

「オドネルさん達に比べれば素人も同然っス。けど、どのくらい本気かは分かるっス」


 また埃が降ってきたが、コディからはクシャミの一つも出ない。身体が反応を示しているのは、ライナス表情さえ窺える淡々とした後悔と、そして安堵している声音にだ。

 最悪な事態さえ起こりえた、ヴィンセントがその気になっていたら。父親に聞かされていた為、生きたまま宇宙に放り出されるとどうなるか、コディはよく知っていた。その苦しみを味わった者は口を利かないが、想像を絶する苦痛だと父に教えられていたのである。そのあり得たかもしれない未来を考えると背筋が寒くなった。


「ドコ行くんスか?」

「……トイレ」


 それだけ言ってコディは部屋を出て行ったが、ライナスは気に掛けなかった。空気も悪かったし居づらいのはお互い様で、だったら先に寝てしまおうとライナスは毛布を被り直す。明日の朝になったら水に流そうと心に決めて。


 コディはきっと思い知った事だろう。盗む事の重大さと、その罪の重さについて――

 だが、もう一つ、一番大切な事には気がつけていなかった。

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