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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verse Teenagers
133/304

Teenagers 6

 世界が白い、眩しい靄がかかっている。

 青年がゆっくり瞼を開けると、青空と雲が逆転したかのような景色が滲んでいた。ぱちくりと、青空が動いた事で、彼はようやくその景色が白い毛皮の獣人の顔である事に気が付く。


「だいじょぶなの? あたまイタくない? ――ヴィンス~、お兄さんおきたの」

「結構頑丈だな。明日まで寝てっと思ったのに。しょうがねえ。エリサ、悪いけどダン起こしてきてくれるか、『ネズミ捕まえた』っつって」

「うんなの……」

「そのまま部屋戻っていいぞ、もう眠たいだろ。話は明日聞かせてやっから」

「うん、おやすみなの」

「エリサさん、おやすみなさいッス」


 パタパタと遠ざかる足音。青年の視界には天井が広がるだけだが、ソファの背もたれに遮られた向こう側から漂う威圧感が、静かに彼にのしかかる。


「いつまで寝てるつもりだ。目ぇ覚めてんならこっち来て座れ」

 ゆっくりと身体を起こせば、ヴィンセントに、レオナに、ライナスがそれぞれ険しい面持ちで青年を見据えていて、一つ引かれた椅子がまるで処刑台のように三人の真ん中に置かれていた。恐る恐る腰掛けると、青年はライナスと向かい合う形になった。


「お、おれはなにも吐かないぞ」

「なんだとこの野郎! レオナさんの事バカにして、しらばっくれようったってそうはいかないッス! レオナさんはまだ……えっと、いくつか俺も知らないッスけど、とにかく若いッス。どうして船に乗り込んだのか言うんスよ! 正直に吐かないと……アレっす、痛い目に会うッスよ! それでもいいンすか⁉」

「へっ、こわくねえよ、そんな脅し」


 だろうな。相手はブチ切れてるレオナ相手に虚勢を張れる度胸がある。

 任せてほしいと言うからライナスに尋問させてみたが、初っぱなからこんなにグダグダになるとはヴィンセントも思っていなかった。逆にからかわれてどうするよ。


 ジッポの金属音で早々に選手交代である。

 新しい煙草に火を灯すと、ヴィンセントが話しかけた。


「いま何時か教えてやろうか? ふざけた事ぬかしてっと絶対零度に放り出すぞ」

「おれは何も――」

「吐かなくていいから喋れ。安い台詞でどうにかなると思ってんなら、考え直した方が良い」


 細められた紫煙越しの眼差しは、人ではなく言葉を話す物体を眺めているように冷淡で、エリサがいた時とは空気感が変わっている。ヴィンセントが煙草を上着にしまうと、ちらり右脇に下がっている拳銃が覗き、青年は事態の危険度を改めて感じ取ったようだ。


「…………」

「だんまりか、ふぅーん」

「そうっす、黙ってないでなんとか言うッスよ!」

「ライナス、うるせえ」


 脅し方にも色々ある。なにも卓上ライト押し付けて怒鳴り散らすだけが尋問じゃない。

 ヴィンセントは一端天井を仰ぎ見てから、他の二人に気付かれないようにしてレオナと目線を交わした。

 レオナの口角が嗜虐的に吊上がる。


「ねえヴィンセント。喋る気ないみたいだし、船倉ブチ込んでバッテリーで充電してやれば? そうすりゃべらべら歌い出すでしょ」

「後始末がめんどくせえよ、人間って焦げると臭えんだぞ。俺が片付けるんだろ?」

「ダストシュートに放るだけじゃんか、宇宙に捨てりゃバレやしねえって。どうせ密航してんだ、足は付かねェよ」


 青年の顔からみるみる血の気が引いていく。ついでに言うと、ライナスもすっかり黙り込んでしまっていた。新入りが見せる反応としては正しい。


「待ったレオナ、それならいい考えがある。お前、確か火星の人身ブローカーに知り合いがいたろ。連絡取れねえか? どうせ足が付かねえなら金に換えちまおう。半々でどうよ」

「七―三、それならいいよ」


 棚ぼただしな。ヴィンセントは了承して肩を竦める。青年が「冗談だろ?」とか言っていたが、雑音は完全に無視して会話は進んでいく。


「相場はなんぼよ? 人間の男で一五、六歳ってとこだと」

「どうだろ? 大体五千ドル?」

「流石にエリサよか安いか」

「当たり前じゃんか、エリサとこいつが同じ額な訳ないでしょ。だけど、五千は良い額さ。アンタ等人間が獣人の奴隷買いたがるのと同じで、火星じゃ人間の子供って人気でね、外見も悪くないし良い値付くんじゃない?」

「どこにでも野蛮な奴はいるもんだな。生意気だけど大丈夫か、マイナス評価だろ」

「ったァ~く、解ってねェな、ヴィンセント。そこがウケんだよ、クソガキを躾けンのが楽しいンじゃないか」

「おっと、野蛮人がいたの忘れてた」

「待って! まってくれよ!」


 遂に悲痛な嘆願があがった。青年の顔は完全に血の気が引いて真っ白になっている。だから容赦するかは別の話だが。


「あぁ? 喋る気ないんだろ、邪魔すんなよ」

「わるかったと思ってるから、本当に! 反省してるって、全部話すから許してくれよ! あ、いや……許してください!」

「悪巫山戯が過ぎるぞ二人共。もう気も済んだろう、勘弁してやったらどうだ」


 寝起きのしゃがれ声。

 ダンが部屋に入ってきて、楽しい尋問は終わりを告げた。だが、ダンの登場に一番ショックを受けていたのは、何故だか青年であった。顎を落とし、幻の都市を発見したかのような感動さえ感じ取れる。


「うっそだろ……、ダン・マンデン⁉ なんであんたがここにッ⁉」


 いきなり状況が飲み込めなくなった他三人は、ぽかんと口を開けて木偶の様に突っ立っているばかりであった。




 話を聞く際に恫喝や暴力を用いない、それがダンのやり方であった。相手が協力的な場合に限るが、基本的には静かに説き伏せ話を引き出す。リラックスさせる為に茶まで煎れてやる優しさは、そうそう真似出来るものではない。

 なんて考えているヴィンセントの肩を、不意にレオナが小突いた。高さが合うのは解るが肘で小突かれるだけ、威力もそこそこにある。


「痛ぇな、なんだよ」

「ダンってさ、有名人なの? アイツの驚き方、妙だったでしょ」


 深夜故、小声で話していたにもかかわらず、耳ざとく聞きつけた青年が、それこそ驚嘆の声を上げた。さっきまでのビビリ散らした姿はどこにもない。むしろレオナの無知を馬鹿にさえしている。


「まさか冗談だよな! 捕まえた賞金稼ぎは数知れない。ダン・マンデンって言ったら、この世界じゃ伝説の賞金稼ぎだぜ⁉ どんな凶悪犯もその名前を聞いただけでチビるんだ。誰だって知ってる! ははぁ~ん、あんたさてはモグリだろ!」

「伝説にうつつ抜かすほど年喰ってないのさ。もう一発、喰らわせンぞ、コラ」


 こいつ根に持ってるな。

 ヴィンセントが無表情を装っていると、牙を剥いているレオナが苛立ち加減に詰問した。


「アンタも知ってたの?」

「ん? まぁな、話には聞いた事あったから。レオナだって別段驚いたって訳じゃないんだろ? ――ライナス、お前も知ってたんだよな?」


 便利屋マニアのライナスの事だ、知らないはずが無い。自慢げに鼻腔を膨らませたライナスだったが、代わりに答えたのは緑茶を運んで来たダンだった。


「その通りだ。道端で、デカい声張り上げて宣伝してくれたよ。……昔の話だ」

「昔なもんか、親父がよく話してた。ダンほど競い甲斐のある賞金稼ぎはいなかったって、味方でも同じ獲物を狙う好敵手でも、あんたほどの男はいなかったってさ」

「親父……だと?」


 眉間にしわ寄せ記憶を探るダンに、青年は語る。

「そうさ、俺の親父も賞金稼ぎなんだ。あんたと組んでた事ある」

「小僧、お前さんの名前を聞かせてもらえるか」


 熱いお茶に口を付け、青年は世代を超えて父がかつて並び立った伝説に名乗りを上げる。

 ――コディ・ギブソン

 その名を聞いたダンには、珍しく明らかな驚きが見て取れた。


「ギブソンだと……、するってぇとお前さん奴のせがれか。こいつぁたまげた、すっかりデカくなって!」

「え、おれの事知って……」

「ああ、憶えとらんのも無理ないか。最後にあった時はこんなもんだったか」


 そう言ってダンが示した身長は、椅子の高さよりも低い。久方ぶりに孫と会った爺さんのような反応に、ヴィンセント達も、そしてコディ本人も戸惑っていた。


「元気そうで何より。あのハナ垂れ坊主がすっかり一人前の男になったな。(やっこ)さんはどうだ、達者でやっとるか」


 気軽に会うのも難しい広い宇宙。旧友の現在が気になりダンは尋ねたが、この何気ない質問がコディの表情を曇らせた。顔を伏せ、言葉の一つも重くコディは話し始める。


「それが、分からないんだ。さっきも言ったけど、親父も、ダンに負けない賞金稼ぎなんだ。めちゃくちゃ強くて、これまでだって何人も大物賞金首えを捕まえてんだぞ。――けど、地球圏じゃあ最近、賞金首なんて小物しかいなくて、懸賞金だけじゃ喰うに喰えなくなッちまてさ。それで、親父もあんたみたく便利屋業もやるようになったんだ。元々、賞金稼ぎとして有名だったから知り合いも多かったし、みんなようやく始めたのかって感じだった。一度の報酬は賞金より減ったけど、収入は安定してたよ」

「奴さんの腕前なら、仕事にはあぶれんだろうしな。今の時代、賞金稼ぎだけで喰っていくのは至難だ、家族を養うとなれば尚更」


 話を聞いている限りは順調に生活を築いているようだが、そのコディがどうして金星にいて、さらにアルバトロス号に密航したのか。

 気になるのはそこである。


「昔の知り合いから仕事の依頼があって、親父は引き受けたんだ、大金が入るって喜んでた。危険はないって話してたのに、もう三ヶ月になる、親父から連絡が来なくなって。絶対にヘンだ」

「ふむ、依頼の内容については?」

「詳しい事は教えてもらえなかったから、どんな依頼だったのかまでは俺も知らないんだ。火星で、何かの調査をするって言ってたけど」


 危険はいつだって傍にある。大切なのはそれを意識しているか、していないかの差だ。親父の言葉を鵜呑みにしているコディの甘さを嘲笑うのは、苛立ち抱えたままのレオナだ。


「調査ってのは他人の腹ン中探るのと同じなのさ。興味本位で覗いた洞穴が竜の口だったりすりゃ、一口で終いさね。凄腕の賞金稼ぎっつうのも昔の話だろ? おおかたしくじって、風通しがよくなってんのさ」

「――ッ⁉ 馬鹿にすんな! 親父はおまえなんかより、ずっと強いんだからな!」

「人間が? アタシより? クソガキ、あんまり笑かすなよ(・・・・・・・・・)


 自分より上に立つ人間の存在など決して認めないのがレオナである。こと戦闘に置いての自信と矜恃は譲る事など有り得ない話であって、例え子供の意地から出た台詞であっても、笑えない冗談には笑えない台詞で返す。

 騒いでる時の威圧感など、今のレオナが放つ殺気に比べれば可愛いもの。あの目線で貫かれると、身動き一つで首を狩られる恐怖に襲われる事は、ヴィンセントこそよく知っていた。それに話の続きも気になるので、彼は自然と助け船を出していたのである。


「でもよ、お前金星にいただろ。親父を追っかけてきたんじゃないのか?」

「あ、それは……」

 途端に歯切れが悪くなるコディ。

「その、火星までのチケット買えなくて、中継のコロニーからは別の船に潜り込んでてさ。そしたら、乗り間違えちゃって金星に。どうしようか困ってたら、スーパーでさっきの狐っ子が火星に行くって話しをしてたから、チャンスだと思って」

「ははぁ~ん、分かったッス。だから万引きしてたんすね」

「し、仕方ないだろ、お金無かったんだから! 腹減って死にそうだったんだ」

「だから盗んで良いって話にゃならねえけどな。んで、困った果てにウチの船に、貨物と一緒に乗り込んだのか。勝手にアシに使ったうえ、盗み食いまでするとは盗っ人猛々しいぜ」


 普通ならゲートを抜けた後で警察に突き出すが、ダンの旧友の息子となると判断は変わってくる。それに理由に関しては情状酌量の余地もありそうだった。

 だが、コディは少しばかり図々しくもあり、これが癪に障った。


「なあ、ダンさん。お願いだ、親父探すの手伝ってくれよ。火星に着いたって、俺だけじゃ見つけられっこないし、あんたがいればスゲェ助かるんだ! 元相棒なんだろ? 頼むよ!」

「ふざけんな」

 とは、ヴィンセントである。


 親父を見つけたい気持ちは分からなくもないが、それにつけても我儘に過ぎる。エリサの家探しは身内の問題なので賃金云々は無関係だが、無賃乗船と盗み食いした奴に、ただ働きしろと言われて、快く了承などするはずもなく。


「甘えんのも大概にしろよ、てめぇ。親父も便利屋なら必要なものが何かくらいわかんだろ。物乞いなら他所でやれや」

「……あんたには、金以外に大事なものはないのかよ」

「勿論あるさ、それを維持する為に金がいる。低賃金どころか無償で、初めましての相手の為に誰が働くか馬鹿。愛と希望で腹が膨れるなら、おめぇはとっくに火星に着いてるだろうが。一ドルの重さを痛感したばっかりだと思ってたが、勘違いだったか」


 自分が関わっている問題ならばまだしも、赤の他人の為にただ働きなんて御免被る。これにはレオナも同調し、勝手にしろと尻尾を振る。

 決して手を貸さない。二人の意志は固い。


 冷たい現実に奥歯を噛むコディであったが、唯一交流のあるダンだけは彼に同情的だった。旧友の行方が知れないとなれば、心配にもなろうというもので「仕方がないな」とそう言って、ダンは協力に際しての条件を挙げていった。


 条件は何点かあったが、何よりも重要なのはアルバトロス商会の依頼が最優先である事。

 エリサの時と同じく、こればっかりは譲れない条件だ。その全てをコディが受け入れた事で、なんとも奇妙な形で道連れが一人増える事となった。


 しかし、災厄の種ってのは何処に埋まっているか解らない。じわじわと厄災が育っている事に、まだ誰も気が付いていなかった。

 不吉な影は、いつだって悟られずに忍び寄るのだ。

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