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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verse Teenagers
132/304

Teenagers 5

 食料庫の扉は厳重に閉ざされている。

 当座の食料は冷蔵庫に移動してあり、これでつまみ食いは防止する事が出来る。ロックを解除するのに必要な鍵は、ダンの部屋の枕の下だ。


 事態が動いたのは、エリサの内緒話から一週たった深夜。

 艦内は節電の為に夜間照明に切り替わり、その雰囲気は日中のそれとは真逆の、不気味さを放っている。


 ぼんやりと、心細い照明が通路に滲む。

 人の気配はない。

 擦れ落ちた案内表示と配管に見るのは難破船の想像。

 調子の悪そうな発電機の唸りはなりを潜め、静かに舞い降りた黒き(とばり)が、光と共に音までも呑み込んでしまったようだった。じりじりと照明から異音がするのは、吞まれんとする抵抗の証明だろうか。


 かつーん……

       こつーん……


 この足音が途絶えたら、消えてしまいそうな不安感が、どこに行くにも纏わり付くので立ち止まるのも恐る恐るだ。

 しかし、だ。これまではフリーパスだったが、缶詰泥棒がいくらタッチパネルに触れても、扉はうんともすんとも言わなかった。ただじっと、まるで壁であるかのように、一切動じる事がない。


「くそ……! なんだよ、開いてただろ」


 毒づいたところで扉は閉じたまま、そして耐えがたい空腹もそのままだ。悔し紛れに爪先で蹴っても虚しくなる一方だった。行動を起こすのは非常に危険が伴うが、もう我慢の限界だった。そこに食料があるのなら行動を起こす価値は充分にある。時間も遅い、深夜の艦内を彷徨いている人間はいないだろう。


 目指すはキッチンにある冷蔵庫。

 先程までの静けさが嘘のように心臓がうるさい。足を一つ進めるごとに、悪事を働く緊張感が鼓動を早めていく。

 そろり、と真っ暗なリビングを覗き見る。――誰もいない。

 壁を頼りに前へ。コンプレッサーの音を頼りに手を伸ばし、遂に探し求めた冷蔵庫へ。

 唾を嚥下、期待に胃袋が鳴いた。

 待ちに待ったこの瞬間。

 冷蔵庫を開けるなり、部屋の照明が灯る。

 空っぽの胃袋が握りつぶされたような感じがした。




 電気をつけるなり、エリサはソファの影から颯爽と飛び出した。

 ウトウトしていたのはさっきまで、リビングに近づいてくる足音を聞きつけてからは、可愛らしい外見に似合わぬ狩猟本能が目覚めたのか、暗闇の中でも分かりそうな程、彼女の碧眼は輝いていたのである。

 そしてフード姿の缶詰泥棒を指さし、開口一番にこう言った。


「ぷりーずなの!」


 ………………まぁ、些か場は困惑の空気に包まれたが、のそりとソファから起き上がったヴィンセントのおかげで、気まずくはならなかった。

 気怠そうに頭を掻いたヴィンセントは、犯人を見遣り、それからエリサを見遣った。彼女は少しばかり近づきすぎている距離にいる。


「エリサ、動くなだ、動くな(フリーズだ、フリーズ)。そいつは何にもくれねえぞ」

「ありがとうなのヴィンス。――ふりーずなのっ!」

「一週間も粘りやがって、交代制にしといてよかったぜ。大人しくしな」

「くそ!」


 動くなと警告しても、相手が素直に従うなんてのは百回に一回あれば良い方だ。大抵の相手は無駄な抵抗だと教えてやっても逃げようとするのだが、この缶詰泥棒は逃げるどころかエリサを人質に取ったのである。

 こんなの頭を抱えるしかない。迂闊だったエリサもそうだが、この状況で人質なんか取ってどうするつもりなんだ、こいつは。


「……あのなぁ、ここ宇宙船の中なんだぞ。どうやって、ドコに逃げるつもりなんだよ」

「く、来るなぁ! この子がどうなっても知らないぞ!」


 脅されても相手は素手だ。

 イマイチ説得力が足りない上、丸腰の相手に銃抜くのも馬鹿馬鹿しい。

 さて、どうしたもんかとヴィンセントが悩んでいると、囚われのエリサが缶詰泥棒を見上げていた。その表情は人質に取られている割に落ち着いている。


「ヴィンスもね、おこってないの。だから、エリサのこと放してほしいの、お話しよ? おねがいなの」

「うるさい! なんでそう、関わってこようとするんだよ、静かにしてろ! ――お前も! 後ろ向くんだ、さもないと後悔するぞ!」


 どっかで聞いたような脅し文句ばかりだ。

 勿論、ヴィンセントは無視である。腕組みしたまま缶詰泥棒を見据え、動向を見守る構えだ。エリサに考えがあるようなので任せてみるが、聞く耳持たない相手の説得ってのは難しい。相手が興奮しているなら尚更だ。


「だってお兄さん、こまってるんでしょ? だからね、エリサ助けてあげたいの。でもね、こういうことするの、エリサよくないと思うの」

 だから、話し合いをしたい。その為にもエリサは何度も、丁寧に放してほしいと頼んでいた。その頑なさは、残念ながら伝わらなかったが。


 あーだーこーだの押し問答にはさしたる緊張感もなく、最早ヴィンセントは煙草に火を点ける有り様。いざとなったらエリサを助ける準備はしてあるが、こちらから手を出す気は薄い。――それにエリサ一人でもなんとかなりそうだ。


 なにしろこの数ヶ月、二人の現役便利屋に鍛えられているのである。少女とはいえ、獣人であるポテンシャルを考えると、人間の青年相手ならそもそも相手にさえならない可能性すらあった。それでもエリサが無抵抗でいるのは、身体を鍛えるのと同時に、力を持つ事の心得を説かれていたからだ。


 ヴィンセント曰く、『闘いは先手必勝。敵の鼻っ柱を掴んで、股間を蹴り上げてやれ』


 レオナ曰く、『やるからには徹底的に叩き潰せ。特に人間相手なら容赦するな』


 二人の思考は、なるほど偏ってこそいるが的を射ている。だが、現場に立っている者が命のやりとりの上で身に染みた考えであるが故に、エリサには苛烈に過ぎた。

 だからこそ、ダンの言葉がエリサには響いたのかもしれない。


『まずは理解し合う努力を惜しむな。どんなに嫌な人間が相手でも、お前さんには他人と解り合おうととする強さがあるのだから。強くなって手に入れた力で誰かをたたき伏せる事は容易いが、その容易さに甘えてはならん』

 その声音はエリサの心に深く染みた。そして、ダンの言葉はこう続く――

『どうしても理解し合えず、身に危険が迫った時には、その力を存分に振るうといい』


 今がその時だった。

 エリサはがぶりと缶詰泥棒の手に噛みつき、怯んだ隙を逃さずに泥棒の足を踵で踏んづける。悲鳴の上げている間にすんなり拘束を解くと、すぐさまこの逃げ方を教えてくれたヴィンセントの影に隠れた。


「綺麗に決まったなエリサ、訓練が役に立ったか」

「……おもいきり噛んじゃったの、イタかったかな? 噛んじゃってごめんなさいなの」

「自業自得だ、気にすんな」


 アクセサリーみたいにパンツにくっついているエリサを元気づけてやるヴィンセント。はてさて、缶詰泥棒は切り札を失ったわけだが、破れかぶれに暴れるか、それとも――


「あ、まってなの!」


 逃げやがった。缶詰泥棒は通路目掛けて一目散だ。

 そりゃ逃げ出したくなる気持ちも分からなくはないが、何度も言うようにここは宇宙航海中の船舶内なので、最後には捕まる。逃げ切ることなど不可能だ。

 その上、逃走劇はものの数秒で終結する事となった。丁度、リビングに入ってきたレオナに正面からぶつかり、缶詰泥棒は吹き飛ばされたのである。然もありなん、あえなく御用となり、柳眉を逆立てているレオナに胸ぐら掴まれ宙づりとなった。


「は、放せぇー、ちきしょーッ!」

「テメェが盗み食いの犯人か、覚悟は出来てンだろうな、アアァン? こちとら、テメェの濡れ衣着せられた上に、腹に時限爆弾ブチ込まれたンだ、落とし前は付けさせてもらうよ」

「……後半のは自分の所為だろ。実際、缶詰漁ってたんだしよ」

「アンタは黙ってな、ヴィンセント!」


 お口にチャックして、ヴィンセントは肩を竦める。

 犯人は捕まえた事だし、後は事情を聞くだけだ。缶詰泥棒には気の毒だが、手を煩わされた部分もあるのでレオナに任せるのも良いだろう。その方が彼女の溜飲も下がるだろうから。


「さぁてクソガキ、とっくり話を聞かせてもらおうじゃねえか。素直に喋ンなら半殺しでカンベンしてやんよ」


 レオナは楽しんでいるようですらある。少しばかり力を込めて、缶詰泥棒の首を絞めてやると、誰でもする抵抗が返ってきた。

 首を絞められれば誰だって藻掻く。だがこの缶詰泥棒の場合、暴れるだけでは足りずに声に出して抵抗した。筋骨隆々の虎獣人――いちおうは女性――に脅されながら反抗するだけの根性は素晴らしいが、言葉の選択を誤ったと言わざるおえない。


「放せって言ってんだろ、この……ババアッ!」

「ァァンッ⁉」


 ごん――ッ!


 と、頭蓋を砕かんばかりの鈍い音がリビングに響く。レオナの頭突きが缶詰泥棒の脳天を直撃したのだ。その衝撃たるや、缶詰泥棒が白目を剥いて気を失うほどで、脊髄反射でド突いたレオナが思わず手を離すと、彼はぐりゃりと大の字になって転がった。

 若い女をババア呼ばわりは地雷だってのに。

 ヴィンセントが軽く頬を叩いてやっても反応がない。


「あ~あ、やっちまった。これ死んでんじゃねえか」

「ア、アタシが知るかよ! くたばったンなら清々するってなもんさ!」


 珍しく上擦った声でそう怒鳴ると、レオナはそっぽを向いて不機嫌に尻尾を揺らしていた。

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