Teenagers 4
――あとで食料庫に数えに行かなくちゃ。もう、みんな、ご飯の後に食べてばっかりで、太っちゃうよ。
なんて子供の純粋な心配は、自堕落な大人には届かないのである。
酒飲みの気持ちを理解するのは、エリサにはまだ早い。それに夜更かしする時には口寂しくなるものだ。
なんてヴィンセントが言いそうな気がしたが、ダメなものはダメ。なによりもダンに頼まれているので、エリサとしてはきちんとしておきたいのである。
『あの二人に任せとくと全部食べちまうからな。エリサ、お前さんに任せるぞ、船の生命線、きっちり守ってくれい』
そう言って託されてから、エリサは頑張っていた。
通路でダンと出くわしたのは、そんな時だった。うっかりぶつかってしまったが、ダンはその大きな手で、エリサの頭を撫でる。
「おっと、すまんな。歩く時は前見とかんと危ないぞ」
「ありがとなの。エリサ、考えごとしてたの。だいじな考えごとなの」
とは言うエリサだが、ダンには全部分かってから教えてあげたいので、「でもヒミツなの」と言い切った。
「そうか? ところで、エリサよ。ヴィンセントが何処にいるか知らんか、いくつか確認しておきたい事があるのだが」
「みんななら、リビングにいるの。チェスしてるの。食べもの作ってあるから、ダンも食べてなの、おいしいよ」
「ほぉ、また新メニューか。何を作った」
「ザワークラウトって知ってるの?」
「ドイツ料理のか? お前さんの探究心には驚かされてばかりだな。楽しみにいただくとしようか、ついでに一服しようと思っていたところだ。……む? 落ち着かんなエリサよ、他にも何かあるのか?」
かなり重要な問題である。が、年頃の少女にはとって口にするのは恥ずかしい問題だ。
エリサは小さな手を握って、忙しなく内股でもじもじしていた。
恥ずかしげに向けた少女の視線には擦れたWCマークの扉が。
「こりゃあ、スマンかった。俺は失礼するとしよう」
気恥ずかしさに体毛膨らませたエリサだったが、ダンの姿が見えなくなってから、より一層焦るのであった。なにしろ、扉が開かないのである。
「うう~なの!」
待つより早く、エリサは小走りで次の扉を目指した。
ただ移動するだけだと、一日は長い。
ひたすらに時間を潰したが、まだ夜にもなっていない。時間を知る唯一の手段である時計の針は夕刻を指す辺り。どれだけ時が流れようとも船内は変わり映えしない照明と、汚れた鋼鉄の壁があるばかりだ。
緩慢な流れの中で、ライナスはふと格納庫に降りる。夕食までの空き時間を艦内散策に当てていたのだが、最初に寄った格納庫に留まり、宇宙戦闘機を眺め続けていた。
そこら中から臭う鉄とオイルは漢の香水。船体後部から伝播するエンジンの唸りが、耳鳴りのようにライナスの鼓膜に張り付く。
その姿は沼地に咲く百合の華。泥臭い空間にあるからこそだろうか。白銀の輝きを放つ流麗なる宇宙戦闘機、ラスタチカの美しさに見とれてしまう。翼端から付け根へと照明の輝きが流れ、ライナスは吸い込まれるように手を伸ばしていた。
「機体に触るな」
「――ッ⁉ お、オドネルさん」
いつの間にか、コクピットにはヴィンセントがいた。
見下ろすその眼付きは異様に鋭く、ライナスは思わずたじろいだ。
「関心しねぇぜ、他人様の物に勝手に触るのは。俺が機体を任せてるのはダンだけだ。ラスタチカは気難しい、ヘソ曲げられちゃ困るんだよ」
慌てて手を引っ込めると、ヴィンセントから険しさが失せる。愛機の操縦席に付き整備用キーボードを叩く彼の表情は、機体とはまた別の物を見据えているようであった。
「……でも、AI搭載してるって言っても機械っすよね? 機嫌なんてあるんすか?」
「銃に車に戦闘機、日用品だって使い慣れてる物の方が手に馴染むのと同じだよ。よし、AIチェック完了、機体システムとの接続を許可。気分はどうだラスタチカ」
SYSTEM ALL GREEN
機体システムトノ接続ヲ完了シマシタ
オハヨウゴザイマス ヴィンセント
スリープモードで待機させてから、ヴィンセントは機体から飛び降りる。
「便利屋の心得その一は?」
唐突な問いにライナスは目玉をぐるりと回した。即答出来ないのが、まだ彼が便利屋になりきれていない証かもしれない。
「依頼はやり遂げること……っすかね? なんたって便利屋っすから」
「訊くなよ。それがお前の心得なら、立派なもんだ。一流の便利屋になりたいと言うだけはある。甘ちゃんだがよ……。なぁ新人、お前は本物の便利屋になりてえんだろ?」
「ウッス! だから、俺は皆さんがいるアルバトロス商会に――」
「ふっ、そこが甘いってんだ。夢叶えるつもりなら、追いかける背中を間違えてるぜ。ドコで聞いたか知らねえが、買いかぶりすぎだ。そんな大したモンじゃねえ。俺の便利屋の心得その一は、誰も信じるな、だ。――その分、機械はいいぜ、裏切らねえからな」
「俺はそんな事しませんよ!」
「ああ、俺の機体に細工するような奴なら試験なんか関係無しに船から捨てるさ。心持ちの話しさ、この先もまだ便利屋目指すつもりなら覚えといて損はねぇ。用心に越した事ァない、自分の身を守れるのは自分だからな」
ヴィンセントに釣られ、ライナスも、ふとラスタチカに視線を戻した。不思議な感覚だ、戦闘機械の正面にいながら、しかし、暖かな眼差しで見つめられているような気がする。
「そういやお前、ここで何してたんだ?」
不意に尋ねられ、ライナスの肩が居心地悪く跳ねた。わざわざ格納庫に足を運んだ理由はあるにはあるが、少しばかりオカルトじみた内容に、躊躇いがある。
「いやぁ……、その、声がしたって言ったら笑います? 呼ばれた気がしたんスよ」
「呼ばれた……誰によ?」
「戦闘機っす」
頭がどうかしたのかと、聞かれても仕方がない。だがヴィンセントは怪訝に眉を顰めこそしたものの、からかうことはしなかった。
「まあいいんじゃねえの? 俺は神様は信じちゃいないが、無機物に魂が宿るっつぅアミニズムには賛成だ、ありえねえとは思うがな。つっても無茶な飛ばし方ばっかしてっから、声を聴きたいとは思わないが」
「それはそれで極端な気がしますね」
「女の小言は一度始まると長えんだよ。気難しい女は特に」
「あー、ヴィンス見つけたの! これこれ、これ見てなの」
やたらと響く声である。
むしろ姿を消していたのはエリサの方で、ラッタルをぴょんと飛び降りるや、駆け足で二人の所へやってきた彼女は手にしていたリストをヴィンセントに突き付ける。
エリサが持っていたのは食料庫の在庫リストだった。
「さっきね、数えてみたらね、やっぱり数が合わないの」
「どれどれ、保存食と、缶詰と水か……。そんな目で見るなって、乾パンと水なんざわざわざパクらねえよ。リスト見る限り、数がずれてるのは出航してからだし、納品時に数え間違えたんじゃねえのか? 今回多かったしな……荷崩れもしたし」
納品数の確認はエリサだけではなく、ライナスも一緒に行っていた。その為、彼もリストを確認したのだが、納品数は間違いなく合っていると言う。
と、なるとである。
ダンがやったとは考えにくい。彼はこの船の船長だから好きに出来る立場にあるが、だとしたら隠れて盗むようなマネはしないだろう。そもそも他人よりも自分に厳しい男だ。
エリサも、ライナスも右に同じ。この二人にはそもそも、盗み食いするほどの理由が無い。
残るはヴィンセントとレオナだが、自分は違う事くらいヴィンセントには分かっていた。たまに小腹を埋める事もあるが、リストの空きには憶えが無い。
となると、食い物が意志を持って食料庫から消えていない限り、レオナが第一容疑者なのだが――
「でもッスよ、オドネルさん。あのレオナさんが、乾パンなんか盗りますかね?」
「だよなぁ、レオナだもんな」
それが気になるところだ。レオナなら小細工よりも欲望に忠実に行動する。乾パンより肉、水より酒だ。気持ちはよく分かる、彼女だとしてもらしくない。
「ねぇねぇヴィンス、ナイショばなしなの」
「なんだ、怖い話でも聞かせてくれるのか? それとも話してやろうか。丁度いい話を仕入れた所なんだ。この前聞かせた、遭難した宇宙飛行士より怖いかも知れないぜー」
「イヤ! こわいのナシなの! ヴィンス、すぐエリサにこわい話するの! よくないよね、ライナス?」
エリサに味方したい反面、怪談に興味があるライナスは揺れ動いていた。眺めているのも面白かったが、エリサの慌てっぷりが気になったヴィンセントが話を戻す。
「それで内緒話ってのはどこにいった?」
「そうだったの、エリサ、ナイショばなししたいの! ライナスも来て」
自信ありげなエリサの碧眼。耳までピンと立っている。
上着の裾を引かれ、言われるがまま男二人は膝を折り、小さな輪を作ってエリサの内緒話に耳を傾けた。エリサの内緒話は馬鹿馬鹿しいが暇つぶしには丁度よく、ヴィンセントは楽しそうに口を歪める。
「ホントにやるんすか?」
「いいじゃねえか、どうせ暇なんだしよ。それにマジで食料が減り続けてんなら死活問題だ、解決しとかねえと」




