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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verse Teenagers
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Teenagers 2

 宇宙にあがるには準備が必要だ。特に、非常事態に備えての自衛手段は整えておかねばならない。出航が決まってからの数日間、ヴィンセントとダンは船と戦闘機の整備に追われていた。勿論、普段から整備は行っている為、出港に際しての不安は少ないが、整備しておいて損はない。


「あー、しまった、間に合わなかったか」

 格納庫で作業していたヴィンセントは、車のエンジン音に顔を上げた。オイルを拭き取ると、荷下ろし中の二人に歩み寄る。


「ただいまなの、ヴィンス! 買い物してきたの」

「おぅ、おかえり」と紙袋を抱えていくエリサを出迎え、それからライナスに声を掛ける。「――丁度、連絡しようと思ってたんだが、思ったより早かったな新人(ルーキー)

「エリサさんのおかげで注文はすぐに済みましたから。明日の昼頃に配送されるそうっス」

「もうちょい寄り道してきても良かったんだぜ?」

「先に買い物しちゃったんで、そうもいかないくて。あ、そうだ、オドネルさん。これこれ、たしか煙草、切らしてましたよね?」


 紙袋の一つをガサゴソ漁り、ライナスが取りだしたのはヴィンセント愛飲の煙草、メビウスのカートンである。袋にはダンが好んでいる葉巻も見えた。

 煙草吸いからニコチンを取り上げるのは、拷問に近い行為だ。

 煙草に殺されるのは分かりきっていても、止めたらその場でくたばるくらいには重要な嗜好品である。一端、宇宙に出てしまったら補給が難しい分、手元にあるのは非常に、非常にありがたい。


「おお! お前やるじゃねえか! 最後の一本吸っちまって困ってたんだよ。ダンも喜ぶぜ、あいつも吸いきってたはずだ」

 早速、一服付けたヴィンセントは、紫煙を肺の底まで染み渡らせる。それからライナスに一本差し出した。

「ありがたいッスけど、俺は遠慮しときます」

「そうか? まあ、吸わないに越した事はないわな、身体に悪い」

「……でも、吸うんすね。オドネルさんも止めたらいいんじゃ?」

 当然の疑問である。


「いいんだよ、好きで吸ってんだ。ふ~、よくストック無くなりそうだって分かったな」

「朝、本数確認しながら吸ってましたから、残り少ないのかと思ったんスよ」

「お前……」


 存外、よく見てるものだ。

 只、惜しむらくは、その観察眼が便利屋の仕事においてはほとんど役に立っていない点であり、感心しながらも、ヴィンセントからは苦笑いが漏れた。

「その鋭さを仕事で活かせりゃあなぁ」

「いや~、その通りっすね~」

「お前の話をしてんだよ、……まったく」


 しかしライナスはくじけた様子も無く、にこやかな笑顔を作り、景気よく残りの紙袋を抱えた。偽者にあしらわれてもめげなかった男だ、ポジティブさにおいては随一といったところか。

「それじゃあ、オドネルさん。俺行きますね、肉とかしまって来ないといけないんで」

「おう。煙草、サンキューな。残りはリビングにでも置いといてくれ」

「了解っす」


 ライナスは開け放たれている気密扉を潜り、通路から狭いラッタルを登る。アルバトロス号のキッチンはリビングルームに隣接されており、冷蔵庫の前ではエリサが待っていた。

 彼女の作業を手伝いながらもライナスの頭によぎるのは、帰りの道中での頼み事である。

 なにしろアルバトロス号を動かすくらいの頼み事なので、そもそも新人のライナスが口出し出来る内容かすら怪しい。アルバトロス商会の仕事にも関わる問題なのだ。


 どうやって切り出したら良いものか。今更ながら、ヴィンセントに相談しておけば良かったのではと思うライナスである。

 だが、その答えが出るよりも早く、エリサに袖を引かれた。

「おねがい、なの……」

「い、今すぐッスか⁉」

 こくり、と頷くエリサ。

 彼女にとっては、それだけ重要な事柄なのである。




 汗が止まらない。


 エリサと共に格納庫に戻る間も、ライナスはどう切り出すのが一番なのか考え続けていた。

 あーでもない、こーでもない。と最適解を求めて処理を続けるライナスの頭は、熱暴走寸前。冷やす為に汗が流れ落ちるが、簡単に収まるものでもなく、結局答えが出ないままに辿り着いてしまった。

 アルバトロス商会が有する宇宙戦闘機、ラスタチカの前に。


 機体下部に潜り込んで、整備に没頭しているダンは二人がやってきた事に気付いた様子も無い。おかげで少しだけ悩む時間が出来たが、エリサと目が合ってしまった事で、ライナスの持ち時間は完全に消えた。


「すみません、ダンさん! おはにゃ、お話がありますッ!」

 緊張からか、ライナスの声は格納庫中に響くくらいに大きく、のろりと顔を覗かせたダンの表情は険しい。彼はそのまま作業に戻ってしまった。

「お話があるんす! お時間よろしいっすか⁉」

「いま手が離せん、緊急か?」

「あぁっと……」


 ――エリサの碧眼はライナスを見つめて放さない。


「…………緊急です」

「少し待て。――ヴィンセント、コクピットか? すまんが、ここ代わってくれるか」

「あいよ、おはにゃしがあるんじゃしょうがねえやな」

 と、コクピットから気怠く降りてきたヴィンセントに指示を与えると、ダンは機下から立ち上がった。

 さて、いざ話す段になった訳だが、いまだ枕詞の子音すらも行方不明のままなライナスは、口を開けっ放しで目玉をぐるぐる回すばかりだ。


「緊急ではなかったのか? どうした、早く話せ」

 流れ落ちていく砂の一粒さえも逃さぬダンの声音。後先を考える余裕など、ライナスには既になく出たとこ勝負、ええいままよ、と声を張った。

「は、はい! 実は、今回の航路について相談がありまして! 明日から火星に向かって移動するんスよね? その途中で一カ所、立ち寄ってもらいたい場所があるんス!」

「……それは、俺達が出向く理由を承知した上で、提案していると考えて良いんだな?」

「もちろんッス」


 彼等はバカンスの為に火星に向かうわけでは無い。その道中で寄り道を提案する愚かさは云うまでもないだろう。

 サングラス越しの眼光が、ライナスから隣にいるエリサに向いた。


「その理由はお前さんが持っているものか? それとも他の誰かか?」

「それは、……違います。けれど――」

「待て、ライナス。何も否定しているわけではない。本当に重要な事柄は、その理由を持つ人物でなければ、他人に重要性を伝えるのは困難だ。それが如何に難しいとしても。ライナス、果たしてお前さんが伝えるべきか否か、考えたか」

「いえ、そこまでは……」


 省みれるなら、それは成長に繋がる。ダンはそれ以上の事は口にせず、理由を抱えている本人に尋ねるのだった。

「話があるのなら聞こう。その準備はある」

「エリサは……エリサね…………」

「ボスが聞いてくれるって言ってんだ、遠慮無く話せば良いんだよ。どうするかは、それから決めるさ。――だろ?」

 手を動かしたままで、ヴィンセントが言う。その、なんとも気軽な語り口は、いっそ無責任でもありながら、エリサの心持ちを少しばかり和らげた。


「エリサ、ね。エリサのお家がね、火星の近くのコロニーにあってね? ……それで、エリサ、お家にかえってみたいって思うの。パパはもう、いないけど……。ちょっと、だけでいいの……、ダン、おねがい!」

「…………それだけか?」

 ダンは静かに腕を組み、黙してエリサを見下ろしていた。


 その表情からは思考の欠片すら読み取れず、ましてや背中越しではより察する事は困難だが、ヴィンセントはわざとらしく工具で音を鳴らして、気まずい沈黙を砕く。


「火星近辺のコロニーねえ、名前は覚えてんのか? 火星周りはテラフォーミング予備段階からコロニー建造が盛んだったから、何十基って数あるぞ」

「うん、ちゃんと覚えてるの。住所も言えるの」

「だとよ。こりゃまた自信満々だ。エリサの記憶が正確なら、必要な情報は全部揃ってる。探すにしても手間は掛からないな」

 意見を述べ終えたヴィンセントは、作業に戻る。あとは、あんたが決めてくれ。顔を見せずに作業に戻った彼の態度はそう語っていた。


 やれやれ、である。依頼の途中に寄り道とはまったく褒められた事では無い。だが、元々今回の依頼は長期戦になると予測が立てられている以上、従業員を働きずくめにするわけにもいかず、暇を取る算段も付けてあった。


 モヒカン頭をガシガシと掻いてから、ダンは妥協案を出したのである。

「よかろう、エリサ。お前さんの実家に寄ろう。――ただし! 依頼を引き受けている以上、そちらを優先する。前払いで契約しちまってるからな。あくまでも、お前さんの家に寄るのは、ついでだという事を覚えておけ。それで納得出来るのなら、どこかで時間を作ろう」

 エリサは便利屋という人種がどういったものなのか、僅かながら理解していた。少なくとも、アルバトロス商会の面々については。


 ……約束は絶対に守ってくれる人達だ。みんなが約束してくれるなら、こんなに心強い事は他になく、エリサは力強く頷いている。

「うん! ありがとうなの!」


 よほど嬉しかったのか、エリサはその喜びを労働力に変換して、すぐさま晩御飯の支度の為に飛んで行ってしまった。

 あまり子供を甘やかすな、と、ライナスは少しばかりの説教を喰らう嵌めになったが、横合いからヴィンセントが差し出した、葉巻のおかげでダンの説教は尻すぼみとなったのである。


 百害あって一利もある。案外と、馬鹿に出来ねえだろ?

 ヴィンセントのひしゃげた口元が、そう語りかけていた。

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