Teenagers
どんな間抜けな奴にも才能の一つくらい眠っているもんだ。
無能と評される連中は大抵の場合、身の置き場と、持ちうる能力のちぐはぐさに苦しんでいて、なによりもその事に気付く才能に乏しい。
だが、悲しいかな。例えすぐれた能力があったとしても、人が持っている才能が、夢に沿っているかとなると、また別問題なのである。
ハッキリと言おう。ライナスには便利屋としての才能が欠けている。どうやら試験時の機転はまぐれ当たりだったらしい。
格闘も整備も情報収集もまるでダメ。
安心して任せられる仕事いえば消耗品の買い出しくらいもので、出航準備を進めるアルバトロス号の為、ライナスはエリサと共にショッピングモールにやってきていた。
大型スーパーからネイルサロンまで集められたモールならば必要な物は大抵揃うし、大量購入者にはありがたい配送サービス付きである。当然、ネットからの発注も可能なわけで、そうなると店舗にまで足を運ぶ必要はないのだが、来店者には5%オフの割引も付くとなれば足を運ばない手はない。
配送サービス受付のアルバイターは膝を折り、お客様と同じ目線で注文内容を確認していた。彼も最初こそ戸惑いはしたものの、数度目の来店となった得意客に対して、相応しい対応を身に付けていた。
「――では、ご注文承りました。配送先はどちらまで?」
「えっと……、サウス・ポートターミナルの十三番ドックなの」
「かしこまりました。船舶名はアルバトロス号であってますか?」
「うんなの」
と、大きく頷いたエリサの頭を、データ入力を終えたアルバイターが撫でる。ここまでが挨拶であるかのように、エリサは照れ笑いを返していた。
「いつも偉いね。はい、じゃあ配達は明日の昼頃になります。いつものおじさんにも、そう伝えておいてください」
「ありがとうございましたなの。お兄ちゃん、またね~」
ダンに連れられて買い出しに来ているエリサには慣れたものである。
食料品及び、消耗品はあらかじめリストアップしてある為、注文は実に順調に終了し、思いの外――というよりも一切――することがなかったライナスは、単なる運転手兼子守として彼女の世話を頼まれたのだと今更になって知ったのだった。
つまり、アルバトロス号の面々は年上のライナスよりも、幼いエリサに信用を置いている。
しかし、スーパーの食料品売り場で、尻尾をぶんぶん振って喜びを表現しているエリサの後ろでカートを押していながらも、ライナスは不思議と不満に感じていなかった。
「どれくらい宇宙にいるのかな? ライナス分かる?」
「そうっすね~、今だと、二週間ぐらいじゃないスかね、星同士が離れてますから。火星側に出るまでそれくらい掛かると思いますよ」
素朴な疑問にはライナスは丁寧に答えた。
むしろ逆だ……尊敬の念を抱いてさえいる。真剣に食材を選ぶ眼付きはシェフのそれだ。
「楽しそうッスね。エリサさん、買い物が好きなんスね」
「うん! エリサ、お買い物だいすきなの。だってだって、いっぱい食べ物があるからね、色んな料理つくれるんだもん。どれにしようかな~、ライナスはどんなのが食べたいの?」
「えっ、俺っスか? な、なんでもいいっすよ」
遠慮というか謙遜というか。とにかくライナスが一歩退くと、エリサの頬がぷぅと膨らむ。こと料理関係に関しては母親のような目線で話すエリサである。
「なんでもはダメなの。ヴィンスもレオナもね、「何でも良い」って言ってくれるから、どれつくっていいか困っちゃうの。だから好きな食べ物おしえてなの」
「厳しいッスね、エリサさんは。拘りがスゴいや」
「だって、エリサはアルバトロス号の、料理ばんちょーなの! おいしいご飯つくってね、お腹いっぱいにしてあげるの! ――あ、これ、おいしそう!」
肉、野菜、魚に和、洋、中。店内は作ろうと思えばどんな料理も作れるだけの食材で溢れている。エリサは新鮮な物を選んではカートに積み上げていった。
宇宙航海に出てしまえば、食事は保存食か、冷凍保存した物を調理するしかなくなってしまう。惑星間を移動する長旅となれば尚更だ。旅立つ前の最後の晩餐を豪華なものにしたいのは、エリサが出来る精一杯の感謝の表れでもある。ライナスには驚く事ばかりだ。
「働き者っすな~。船の仕事どころか、オドネルさん達と買い出しにまで来てるなんて」
「ううん。お買い物はダンとだけなの。連れってっておねがいしてるんだけど……。ヴィンスいじわるするんだもん」
いじけるエリサの姿を見て、元気づけない訳にはいかない。
「そんな訳ないじゃないッスか! オドネルさんは、エリサさんのこと大好きっすよ!」
「ホント?」
「ホント、ホントっす! オドネルさんも素直じゃないから恥ずかしいんッスってば、照れ隠しっすよ。ほら、エリサさんが暗い顔してたら、俺だって心配しちゃいますよ。元気出しましょ。――この、お肉なんかどうすかね?」
唇がめくれるほどの笑みでライナスは笑う。
彼が手にした高級肉は、エリサの鑑定待ちだ。
「……高いからダメ。となりのお肉取ってなの」
「はいはい、お安い御用ッス」
アルバトロス号に引き取られた経緯は、おおまかにだがエリサが話してくれていた。それでいて捻くれず、この健気さ。誰だって優しくしたくなる。
「お勉強も料理も上手で、エリサさんは頑張り屋さんっすね」
「だって楽しいの。それにね? パパに約束したの、エリサがんばるって。パパはね、コロニーでけーびのお仕事してたの。それでね、いそがしくって帰ってこられない時とかもあったりしたんだけど、いつもエリサのこと、大好きだよって言ってくれたの。エリサもね、パパのこと大好きで会えなくなっちゃってさびしいけどね、ずっと泣いてたらパパが心配しちゃうでしょ?」
「……きっと見てくれてるッスよ、エリサさん」
「ライナス、さんはいらねぇの……。えへへ、似てた?」
「そっくりッス、レオナさんのマネっすね」
「う~~、ヴィンスのマネなの!」
小さな掌を握りしめて、ちがうちがうとエリサは膨れた。子供の機嫌はどうして理解が難しい。落ち込んでいたかと思えば、いきなりふざけて笑うのだから。
「こりゃ、すいません」
自分の方が年下だから敬称はやめてほしいと、エリサは頼んだ。しかし、そうは言われてもライナスにも譲れない理由がある。
アルバトロス商会においてライナスは新入りであり、そして、誰かを尊敬するのに相手の性別年齢は関係ない。
「あ、そうだ! 晩御飯はエリサさんの好きな料理にしたらどうすか? どんなにつかれてても元気になっちまう魔法のご飯を毎日食べてりゃ、仕事もはかどるってワケっす! 俺なんか、今まで食べたどんな料理よりも腹一杯になりましたから、エリサさんの得料理が一番好きかも知れません。 へへ、エリサさんは、きっといいお嫁さんになりますよ――って、あれ?」
返事が無くて辺りを見るが――
「エリサさん、どこいったんすか~?」
懐は寂しい。けれどもそれにしては、その青年の懐は膨らんでいた。
――誰にも見られていないだろうか。
買い物客にしては、彼は非常に神経質になって周囲を気にしていた。目深に被った野球帽の影で、忙しなく目玉が動き回っている。
店員も、他の客もいない。
チラと天井を見遣る。
監視カメラも大丈夫そうだった。
そっ、と上着をめくり食べ物を――
「なにしてるの?」
「――あッ⁉」
ガタガタと騒がしい音を立てて、青年の懐から缶詰が転がり出る。
「お、脅かすな! あっち行ってろよ! シッシッ!」
「ドウボーはだめなの」
白い尻尾がはためく。エリサは碧眼に青年の姿を写して、真っ直ぐに言った。
「ドロボーはしちゃいけないんだよ? お金払わないとタイホなの」
「万引きじゃないよ。見てただけだって、うっさいな。獣人の子供には関係ないだろ、どっかに消えろってば」
「パパが言ってたの。悪いことから目をそらしちゃいけないって。エリサがしたことも、誰かがしたことも。ちがう言葉にかえても、ドロボーはドロボーなの。しちゃいけない事だってお兄ちゃんも分かってるから、隠れてるんでしょ」
綺麗すぎる正論に、青年は真一文字に口を結ぶ。
少女に諭され憤るも、かといって手を上げる事も出来ず、固めた拳は太股の横で震えるばかりである。しかもこの少女、勝手に缶詰を拾い始める始末だ。
眺めているだけで、どんどん惨めな気分になっていく。
「エリサさーん、どこっすか~?」
呑気な声がして、ライナスが通路の角から顔を出すと、青年はエリサが止めるのも聞かずに、逃げるようにその場から去って行くのだった。
「あ! お兄さん! ……行っちゃいましたね。エリサさん、どうかしたんスか?」
「ううん、何でもないの。エリサがぶつかっちゃっただけ」
にへら、と微笑むエリサと缶詰を一緒に拾い集めると、ライナスは青年が去った方向を見遣る。鋭くなくても、気まずかった事くらいは彼にも感じ取れた。
「いつだって頼ってくれていいんスよ。俺じゃあ、まだまだ、オドネルさん達より頼りないかもしれないッスけど今だけっす。なんたって俺は、一流の便利屋になる男なんスからね。エリサさんはまだ、子供なんスから大人に頼っていいんすってば」
「エリサの方がせんぱいなのに?」
「もちッス! 先輩助けるのなんて当たり前じゃないっすか! 助け助けられが人の暮らしってもんスよ。じゃあ、買い物済ませて帰りましょうか、俺もお腹減ってきちゃいましたし。火星に行く前最後の晩御飯が今から楽しみっす」
拾った缶詰は棚に返し、会計を済ませると二人は駐車場まで戻った。後部座席は買い物袋で一杯である。
ピックアップトラックの運転席にライナスが乗り込むと、助手席にちょこんと座っているエリサが彼の袖を遠慮がちに引っ張った。
「買い忘れスか?」
エリサが首を振って、白髪が拡がる。
耳を近づけるように彼女は手招いた。
誰に聞かれるわけでもないのに、こしょこしょ話がライナスの耳朶をくすぐる。
「みんなにね、おねがいしたいの……。でね? そのね? お話しするの手伝ってほしいの」
二つ返事でライナスは頷く。
便利屋の教訓にはこう書いてある。依頼内容は必ず検めよ――、と。
気軽な内容だとライナスは考えていた。それこそ食後の片付けは綺麗にしてほしいとか、玩具がほしいだとか、そういう類いの願い事だと。エリサの年齢を考えれば、その辺りが妥当なお願いである。
だが、話ってのは内容を聞くまで解らないものだ。
実際は腹を括る内容だった。




