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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
1st Verce It`s My Life
127/304

It`s My Life 5

 金星――特にゼロドームにあって、どうしても手に入らない情報をお求めならば、探す場所は限られる。笑いたければ、売店で新聞を買えばいい。正確な情報が欲しければ、腕利きの情報屋に当たれ。後者は辿り着くまでが難点だが、それだけ助けになってくれる。

 大体の場合、情報屋は一見に厳しい。なにしろ扱っている情報が情報だ、うっかり溢せば数人が消える秘密の話だってあるから、商売の相手は信用が置ける者に限られるのだ。

 気軽に話せる内容でない以上、当然の予防措置である事くらいは、素人のライナスでも想像が付く。

 だからこそ、ライナスは小躍りしながら通りを駆けていた。

 早く、早く、早く――。

 情報屋が脱走猫の現在位置を教えてくれたおかげで、希望が見えてきたのである。

 まさか猫の首輪にGPS発信器が取り付けられているなんて想像だにしていなかった。きっと、オドネルさんも、レオナさんも既に気付いているに違いない。だからこそ、急がなければ――。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。


 最大の敵は街の広さであって、目標自体でない。どれだけ入り組んだ街路に逃げ込もうとも首輪に内蔵された発信器によって現在位置は丸裸。ヒトにはテクノロジーを扱う頭があるのだ。金持ちにぐうたらと飼われて、野性を無くした家猫の確保など居場所が分かれば楽なもの。

 今度こそ間違いなく楽勝の気配――仕事は終わったも同然だ。今回の報酬は一体何に使おうか。美味い酒でもいいし、美味い料理でもいい。こんなしょぼくれ仕事で稼いだ金はひと思いに使うに限る。宵越しの銭など持たない意気込みだ。路地裏のペルシャ猫を睨み下ろし、レオナはそう思っていた。

「見つけたぞこの野郎」

 手間取った所為だろう――縦に割れた獰猛な瞳は敵意むんむん、牙が覗く笑顔は果たして、笑みと呼んでいいものなのか。人間相手ならば確実に怯ませる凶相だ。しかし、虎の面持ちでレオナがどれだけ凄もうとも、逃亡猫は全く気にせずに「にゃあ」と鳴くのだった。

「なァにが『にゃあ』だ、ッザケやがって」

 それはまるで男娼夫のようで、鳴き声一つさえも癇に障る。軟弱な野郎に虫酸が走るレオナはさっさと仕事を終わらせて船に戻りたかった。「逃げンじゃないよ」と唸りながら彼女はにじり寄る。

 とっ捕まえて依頼主に引き渡せば万事完了だ。それは報酬が入るだけじゃなく、同時に役立たずの癖に偉ぶっているヴィンセントの鼻を明かすことにもなるのだから、レオナがイキるのも仕方のないことである。

 だが、ペルシャ男爵閣下はレオナに抱かれることを(よし)としなかった。

 どんなペットでもそうだが――知らないヒトが手を伸ばしても猫は当然警戒する。レオナの両手を優雅にするりと抜けて、猫は優雅に距離を取った。一歩踏み込んでも手が届かない、もどかしい距離。

 レオナのリーチぎりぎりの安全圏まで離れると、逃亡猫は黒の尻尾をひゅんと振る。 ――「触れるな下郎」そう言いたいかのように、気高く「にゃあ」と鳴くのだった。

「なめんじゃねェよ、家猫風情が……ッ」

 そしてレオナが駆け出すや、逃亡猫も全力で逃走を始める。

 太陽も途切れる路地裏、

 駆ける人影、

 響く足音、

 頭上を過ぎる宇宙船のエンジン音が喧しい。

 傍目にはかなり見応えのある追跡劇だったろう。上空からの映像をテレビに流せば、少しは視聴率が稼げるかもしれない。

 レオナは獣人だ。二メートルを超える巨躯故に鈍く見られることもあるが実際は真逆。筋肉質な彼女は人間より早く動け、大柄故に力負けすることなんかありえない。だが、どれだけ力があっても、そして素早く動けても、自分より早い相手には全てが虚しいだけである。

 例えるなら大型トレーラーとスポーツバイクを使って、公道レースをしていると考えれば判りやすいかもしれない。トレーラーはパワーがあるが、重たい車体では直線は良くても角を曲がれない。対するバイクは軽快な加速とコーナリング性能で差をつけて、あっという間にテールランプすら見えなくなるだろう。

 入り組んだ裏路地では、切り返しの速さと瞬間的な加速が大事だ。角の多い裏路地ではレオナは自慢のパワーを生かせず、ペルシャ猫にどんどん水をあけられていた。

「待ちやがれ、この――ッ!」

 怒鳴って済むなら苦労はない。もちろん逃亡猫は止まらない。

 車道に飛び出しクラクションを鳴らされても、レオナは気にせずペルシャ猫を追う。追跡は道路を跨ぎ隣のブロックへ、そして更に隣のブロックへと続いた。発信器のお陰で追えてはいても、視界からは何度か逃れられているのが腹立たしい。

 何度目かの発見、レオナは今にも銃に手を伸ばしそうな衝動を何とか堪えていた。

 だが、逃亡猫はアパートの壁に爪を立てて駆け上ると、非常階段からレオナを見下ろすのである。捕まらない確信があるのか、そこから逃げないのがまた腹立たしい。

 二階に辿り着くための梯子は上がっているため登りようがないのだが、レオナはその程度で諦めなかった。助走の勢いそのままに片手を伸ばして梯子の最下段をなんとか掴み、自分の身体を引き上げる。

 まぁ、そこまではよかった……ただ掴んだ梯子が錆びていて、レオナの体重を支えられなかったのは予想外。さらにツイていないのは、レオナが落っこちた先に山積みのゴミ袋があったことだ。ゴミ山がクッションになったお陰で怪我はない、がしかし代わりに破れたゴミ袋の中身を被ることになってしまった。

 ゴミ山に仰向けに沈んだレオナはなんともみすぼらしい姿だ。

 ……生ゴミを頭から被って格好いい奴がいるかは置いておいて、とにかく「にゃあ~ご」とあざ笑い、ペルシャ猫は姿を消したのである。

 がさり、ごそり、のそり――……。

 今のレオナの表情を、チビらずに直視出来る者はいるのだろうか。

 ゴミ山から這いだした彼女の脳内に、依頼の二文字は既になく、全身の毛を逆立てて銃把を掴むことにも躊躇はなかった。

「ブッ殺す…………ッ、ゼッッッテェ殺すッ!」

 レオナは殺意を滾らせて追跡を再開するのだった。



 この辺りにいる筈なんだ。

 発信器の信号をはるばる辿ってきたライナスは、街路の彼方此方に目を這わせていた。

 不規則かつ、際限なく移動し続けていた画面上の光点は、ようやく落ち着きを見せていて、そしてライナスの現在位置と殆ど重なっている。しかし、発信器の精度はお世辞にも正確とは言い難く受信状態によっては大きな誤差が生じてしまう。……結局は失せ物探しの本質である目視に頼る事になっていた。

 だが、見つからない。不安に駆られたライナスは、信号を確認しては辺りを見回し、辺りを見渡しては信号を確認するのである。道にでも迷ったのだろう――、通行人の表情は無関心ながらもそう語っていた。

「あ……!」

 その時である。

 ふと、ライナスが顔を上げたその先を――横断歩道を我が物顔で闊歩するペルシャ猫がいた。尻尾をピンと立て堂々と前を向いて歩くその姿たるや、思わずライナスも目的を忘れて、尻尾が駐車場に消えるまで見送ってしまうほどだった。

 って、見とれている場合じゃない。

 すぐにライナスが駐車場まで追いかけると、幸いな事に猫はまだそこにいた。それどころか、まるで待ち構えていたかのように流し目で振り返ったのである。

 その凜々しさに、一瞬動揺したライナスであったが、霊長類の意地と最終目標が彼の意志を保ってくれた。

 咳払い一つからの猫なで声で捕獲に取りかかる。

「さ~、猫さん、一緒に帰るっスよ~。ご主人様が心配してるッスから」

 ところがどうだ。この猫の眼付きときたら控えめに言っても生意気で、さながら貴族が庶民を見下ろす眼差しそっくりだ。そして貴族がそうするように、下々の声など一切聞かず、ひらりとライナスの手から逃れたのである。

 いや、正しくは猫が避けたのはライナスでは無かった。

 突如響く重低音の銃声。

 逃亡猫が躱したのは、ライナスの背後から狙いを付けている50口径の凶弾だ。

 これには思わずライナスも悲鳴を上げて驚いた。突然の鉛弾が飛んできたら誰だって腰を抜かす。ましてや背後から、しかも頭の直ぐ横となれば尚更だ。

「クッソ、外した! アタシの弾、避けるたァ生意気な真似してくれンじゃねえかクソ猫! じっとしてな! 今すぐ皮剥いで三味線にしてやる!」

「ちょちょちょっ! 何してんスか、レオナさん⁉ あの猫が探してる猫なんスよ、撃っちゃまずいっスってば!」

「ウルセェ! ンな事ァ、言われなくても分かってンだよ。つーか、どさくさ紛れに、なに抱きついてんだテメェ、離れろこの野郎! アタシは人間が嫌いなんだよ!」

 目を白黒させながらも、ライナスは依頼達成の為に身を挺して、レオナの暴走を止めようと努力していたのである。しかし悲しいかな体格差。子供が母親に抱きつくような形になったのはあくまでも不可抗力だ。

「あの猫の所為でゴミ被る羽目になったのさ、九回でも百万回でもくたばるまで殺してやんなきゃ気が済まないんだよ、餓鬼は引っ込んでな!」

「レオナさん、一端! 一端、落ち着きましょう! ね? お願いっすから! めっちゃ怒ってるってのは、俺にもよ~く分かったッスから――イッテェ!」

 頭突きがライナスの額に振り下ろされた。

 冷静になれだとか、落ち着けだとか。きかん坊を宥めるようなこの手の台詞が一番レオナの神経を逆撫でする事を、ライナスは知らなかったのである。

 彼が見舞われた頭突きに悶えていると、レオナから追撃の蹴りを尻に喰らう羽目になった。

「イテェはこっちの台詞だっつんだよ、チクショウめ。アンタの頭、一体全体、なにで出来てやがんのさ」

「なああ……、頭割れそうッス…………」

 ドタバタした茶番である。

 そして壁の上にましますペルシャ猫は、笑えない喜劇には目もくれず、隣接する安アパートのバルコニーを見つめていた。

 その視線の先には、黒く美しい雌猫の姿があった。

 空は紅色に染まっているが、その光景はかの有名なロミオとジュリエットのワンシーンのようでもある。甘い鳴声で愛を語り合う、動物同士の純愛に心打たれ、ライナスも、そしてレオナまでも思わず声を抑えた。

「なんていうか……、連れて帰るの気がひけますね。どうしましょ、レオナさん」

 レオナは眉間に深く皺を刻み、、そして口角をひん曲げていた。とてつもなく渋い表情は感情を表に出すまいと我慢しているようでもある。

「……ここだけの話、飼い主なんスけど、あの猫の事大切にしてるって感じじゃなかったンすよね。色々と猫グッズは揃えてみたいッスけど、愛情がないって言うか。ご近所さんの猫自慢に対抗して飼ったっぽくて」

「飼い主選べりゃ誰にも飼われねえさ」

「このまま自由にしてやった方がいいんじゃないッスか? 連れ戻しても豪邸で一匹なんて俺は気の毒で」

 すり寄る猫達の喉なり。

 額を合わせ、身体をくねらせて二匹の猫は愛を語り合っている。

 レオナは静かに、銃を収めた。

「……ちっ、馬鹿馬鹿しい。気が削げちまった。帰るよ」

「って訳には行かねえんだよな、レオナ。残念だが、仕事は仕事だ」

「オドネルさん⁉」

 振り返れば、よぉっと手を上げるヴィンセントがそこにいた。さも当たり前の様に佇んでいる彼に、居場所をどうやって知ったのか、とライナスが尋ねた。

「お前、ルイーズにも連絡取ったろ? 情報屋に当たる発想はいいが、採算取れる見込み合ったのか? 正確な分、あいつから買ったら高く付くぞ」

「そんな事まで……すっげぇ、どうして分かったんすか?」

「ハナっから見張られてたってこったよ、ボケナス」

 そう言って、レオナはおもむろにライナスの襟首を掴んで引き寄せると、後ろ襟から小さな機械を取り外した。

「見送りで背中叩いた時に仕掛けやがったんだ。どうして気が付かないかね」

「気付かせないのが俺の腕ってもんさ、見事なもんだろ」

「――ンで? 物騒なモン持っておこぼれ頂戴しに来たの?」

 ヴィンセントの手で手榴弾が跳ねる。ニタニタ笑いとのセットが不吉である。

「アンタ、何考えてンの」

「お仕事に決まってんだろ」

 中身を知らない身としては危険物に他ならず、おもむろにピンを引き抜き、さらに頭越しに手榴弾を放り投げられたら、如何にレオナでも狼狽えた。

 即座に伏せると、鈍い炸裂音が空中で響く。

 攻撃的な金属片の代わりに降り注いだのは、湿気を孕んだ白煙だった。

 無傷である事を知るやいなや、レオナは銃をヴィンセントへ向ける。

「テメェ、この野郎!」

「ピリピリすんなよ、たかが煙幕だって。怪我してねえだろ」

 相手がたかが猫なら、こっちはたかが人間だ。追い回しただけで捕まえられるなら苦労はない。人間の優位性は頭脳と道具を駆使してこそ保たれるのである。

 果たして煙幕が晴れると、煙に含まれたマタタビに酔った猫二匹は、べろべろに潰れて動けなくなっていた。こうなれば籠に入れてやるのも簡単だ。

「いやぁ~、ボロい仕事だぜ。逃げた猫一匹が雑魚賞金首五人分に化けるんだからな。おまけに逃げる先は毎度決まってるから、捕まえんのも楽なモンだ」

「オドネルさん、やっぱし、その猫返すんスよね」

 それが仕事だ。だが、一言有りそうな二人を見比べ、ヴィンセントは肩を竦める。

「お前等が動物愛護派だとは予想外だ。だがよ、いきなし野良になって生きていけると思うのか? 返してやれば皆ハッピーだ」

「血も涙もねえ拝金主義だとは、アタシも思って無かったよ。情けって言葉知ってる?」

「悪かったな、いま品切れ中だ。こちとら現実と少しの浪漫で生きてんだよ」

「出来レース仕掛けてよく言うね、ヴィンセント。この依頼にしても初めてじゃないだろ、アンタ?」

「だから、その分ハンデくれてやったじゃねえかよ。ライナスの試金石にも丁度良かったし、勝負にもなったろうが」

「チッ、なんか納得いかないんだけど」

「いいじゃねえか。ほれ、さっさと帰って一杯やろうや」

 剽げた仕草で籠を持ち上げ、ヴィンセントはレオナを促す。

 あとは依頼人にブツを渡して、依頼料を受け取るだけだ。

 だが、ライナスはそれだけで済まない事情がある。この先の生き方を決める大事な結果が気になって仕方ない。恐る恐る、先征く二人の便利屋に声を掛けた。

「あの、オドネルさん、レオナさん。……俺は合格っすかね?」

 はたと足を止めた二人は面倒くさそうに目を合わせて、ヴィンセントはより面倒くさそうに肩を竦めた。

「俺に訊くな、ダンに訊けよ」

「いや……、あの、お二人の評価が知りたいっつーか」

「グズグズしてっと置いてくよ、ボケナス」

「あ! ちょっと待ってくださいよ~」


 船に戻った彼等を迎えたのは、エリサが腕によりを掛けた晩餐と冷えたビールだった。

 ライナスは吞むだけ吞んで、騒ぐだけ騒ぎ、翌朝は頭痛と共に目を覚ました。

 それでも、彼の気分は晴れやかだ。

 試験採用とはいえ、憧れの便利屋になれたのだから。

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