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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
1st Verce It`s My Life
126/304

It`s My Life 4

 便利屋に舞い込んでくる依頼の多くは、退屈な内容だ。貨物船の護衛や、身辺警護などを専門に請け負う便利屋もあるが、その多くは組織としての形態をしっかりと形成しており、アルバトロス商会のような個人業の便利屋には早々回ってこない依頼である。

 ライナスの試金石としてダンが請けた依頼は、なるほど小さな便利屋には相応しい内容であった。――猫探しである。


 手掛かりは写真一枚と、雇い主についての情報だけ。

 となれば身体を使うしかない。誰に彼にと構わずに、聞き込みあるのみ。ライナスは右手に写真を持ち金星の街を探し歩いていた。猫が脱走してからまだ一日と経っていないから、まだ近くにいるはずだ。依頼主の家を中心に捜索するしかない。


 盗みの阻止に比べれば猫探しなど楽勝だ。とライナスは考えていた。なにより、一度は大現場を踏んでいるという自信が彼にはあった。なにしろ大泥棒の仕事を阻止する仕事を請け負ったのである、それに比べれば、猫探しはお遊びと同じだ。

 なんなく見つけ出して、憧れのアルバトロス商会の仲間入り。輝かしい便利屋の世界が待っている! はずだが、その未来は既に揺らぎ始めている。


 情報源は人の目、そして人の耳。なのに……、ご近所さんは控えめにも協力的とは言い難かった。ご婦人方は余所の飼い猫よりも、自宅の生け垣やネイルの手入れに御執心で、猫の行方など知らないと言う。

 誰も、誰一人としてだ。

 皆、幸せそうに笑っているのに、思いの外冷たかった。……どうしようか。




 情報収集の基本はアシを使った聞き込みだ。ネットが進歩しても、現実にしか転がっていない情報の方が多い。方法にシクはないが場所が我慢ならない。……それと相手もだ。


 腰抜けの人間共ときたら、どいつもこいつも話しかけただけでタマ縮み上がらせて逃げ出すか、青い顔でシカトしやがるか、ムカつく面を向けやがるかで話しにならねえ。

 後半の二種類に関しては、話が出来ない状態にまで追い込んだ所為でもあるが、こっちは少ない忍耐力かき集めて、半殺しで済ませてやってるから公平だ。


 とは言え、である。身の丈二メートルを超えた殺気むんむんの虎獣人が眼前まで迫っていたら、マトモな精神状態でいる方が難しい。金星は人間と獣人が混ざり合って暮らしているが、その比率は人間の方が多いのだ。

 おかげで昼食を買うだけでも一苦労。ようやく見つけたホットドッグ屋台の女店主は、肝の据わり具合において、そこらの男共より上を行っていた。


 注文したホットドッグが出来上がるまでの間、退屈しのぎに猫の写真を眺めていると、女店主が声を掛けてきた。外で人間に声を掛けられるといえば、喧嘩を売られるのが相場となっているレオナにとっては、中々に珍しい事態である。


「あんたの猫かい? 写真持ち歩いてるなんて、かわいがっているんだねぇ」

「かわいがるって? このブサ猫を?」

「愛嬌のある顔してるじゃないか。 ブサかわいいってやつだ、古い表現かね?」

 女店主は言うがしかし……。写真のペルシャ猫は、むしろふてぶてしく、可愛さ余らず憎さ百倍っといった感じだった。虎の獣人であるレオナをして、癇に触る眼付きである。

「フン、仕事じゃなきゃ皮剥いで三味線にしてやるトコだ」

「仕事はなんだい? 虎の嬢ちゃん」

「便利屋さ……今はね」

 レオナはぽつり、と答える。アルバトロス商会に入るまでの生活に比べれば、衣食住揃ったかなりマシな日々を送っているが、安寧と引き替えに訪れた退屈は、些か彼女にとってストレスだった。


「便利屋か。ここ最近、増えてるって聞くよ。ウチの常連にも同業者がいるから、知り合いだったりするかも知らんね」

「どうかな、アタシも金星に来たばっかだし、便利屋事情にはあんまし詳しくないから」

「どれどれ……写真見せてごらんよ」

 ホットドック入りの紙袋を渡しながら、女店主が写真を覗き込む。よくよく観察してから、女店主は意味ありげに「ああ」と溢した。探りではなく、何か知っているのは確実なようだ。

 当然、聞き出そうとするレオナに対して、女店主はにこやかにメニュー表を指し示す。

 なるほど、商売魂も座っている。いっそ痛快ですらあり、レオナはその口元に野性的な笑みを刻んだ。



 

 依頼主はお得意様であり、金星においてはリッチな部類に入る。たかが猫探しだが、支払は現金で割の良い仕事なので、成功を確実なものにする為、ライナスに限らず、レオナも、そしてヴィンセントも参加する事になった。

 とはいえだ。ライナスに働かせなければ採用試験の意味が無い。


 ライナスとレオナの肩を叩いて送り出してから数時間経つが、ヴィンセントは未だアルバトロス号のリビングルームで寛いでいた。雑誌で顔を覆って昼寝と洒落込んでいるその姿を、むしろエリサが心配すしたくらいだ。

 ようやく起き出したヴィンセントが準備を始めていたが、特に急ぐ様子もない。のろのろと作業場から液体入りのボトルやらなんやら持ってきた彼は、リビングで組み立て作業を始める。


「何つくってるの? ヴィンス」

「ん~? 爆弾……」

 さらりと教えてやると肩越しに覗き込んでいたエリサが緊張した。丁度ヴィンセントは透明な液体を、筒状の入れ物に注いでいる最中だった。

「非殺傷の煙幕弾だ、安全だよ、爆発はしない。ピンを引っこ抜いたら煙がモクモク出てくるだけ。猫捕まえる為の道具だからな」

「すんすん……甘い匂いがするの」

「そうなのか? 俺には全然分かんねえ。鼻が鋭いなエリサ」

 えへへと、エリサが照れ笑う。


 哺乳網ネコ目イヌ科。これが狐の生物分類である。つまり、狐の獣人であるエリサは、産まれながらにその能力を有している。運動能力に、鋭い視力と鼻。とても人間では及ばない野性的感覚だ。

 とくとくと注がれていくマタタビエキスの香りなど、ヴィンセントには嗅ぎ分けられない。が、散布されるこの液体が、猫を蕩かしてしまう事実さえ確認出来ていれば、匂いを感じ取れなくてもさしたる問題にはならないのである。


 脱走猫を捕まえるのは大変だ。やたらめったら追いかけ回しても、事態がこんがらがる。シンプルに済ませるには、道具を使う。

 他の二人はどうするつもりか? さぁね、知った事じゃない。ハンデはやったから後は本人次第だ。勝ちが確定している勝負はつまらない、どうせなら面白くしないとな。


「ライナスはどんな様子だ?」

 整備の休憩ついでに、進捗を確かめに来たのだろう。ダンがやってきた。

「素人の割によくやってるんじゃないか、アシ使ってあちこち探し回ってるよ。便利屋に憧れてるだけあって、考え方は悪くない。――どうしてレオナまで試す?」

「あいつはべらぼうに強い、比類無き女戦士だ。だが、そろそろ頭を使って仕事する事覚えてもらわんと困るだろう。銃振り回すだけが仕事ではない。便利屋はむしろ、頭が大事だ、そうだろう? 学んでもらわねば」


 レオナの実力をヴィンセントほど知っている人間はいない。相対して目の当たりにした奴は軒並み土の下だ。

「……不思議だよな、撃合いの時安全なのはレオナの近くだ。なのに、あいつの近くにいると危険が降ってくるんだぜ」

「実際、いいコンビだ。ああ、レオナといえば、彼女から電話があったぞ。猫の首輪に付いている発信器を調べてくれと――。今日は冴えているようだ、レオナに先を越されるかもしれんな。お前さんへの伝言も預かってるが、聞くか」

「遠慮しとく、どうせ悪口だ」ヴィンセントは首を振って立ち上がった。


 さて、面白くなってきたみたいだし、いい加減出発したほうが良さそうだ。道具をまとめ、ヴィンセントはリビングを後にする。

 ――と、見送りを済ませたエリサは、机に置かれたイヤピースから聞こえる声に、狐耳を反応させた。ヴィンセントが好んで聞いている音楽とは別の会話のようで、漏れ聞こえる女性の声は、幼いエリサでもドキドキするくらい、艶めかしくて淫靡だった。

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