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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
1st Verce It`s My Life
124/304

It`s My Life 2

 長期間、宇宙船内で過ごしていると精神的に参るもので、しかも安穏と過ごした皮膚が青っ白くなっていくと、心身共にヤワになっていく気がする。

 太陽光に重力。どれもこれも人工的に作り上げることが可能でも、身体が受け付けない。宇宙船の人口重力はゴムの緩んだパンツで、艦内灯は色気の無いヴェールだ。

 縛り付けられるのは勘弁だが、緩すぎるってのも考えもの。だから燦々と照りつける太陽光を浴びてると、忌々しいほどに生きていると実感出来る。

 生きていれば飯も喰うし、出す物は出すし、臭いもすれば身体も汚れる。それは人だけに収まらず、機械も同様だ。戦闘機は無機物だが、使われなければ機械も人と同様に腐る。機械を壊す単純かつ確実で、安上がりな方法は放置する事だと言われるくらいだ。


 メンテナンス、そして清掃。

 愛機を綺麗に洗ってやるのも、大事な役割だ。

 アルバトロス号甲板に連れ出されたラスタチカは、金星ドーム港で厳しい日射しと、水浴びに興じていた。鼻歌交じりにホースから散水しているのは、当然ヴィンセントである。

 水は身体の汚れを落とし、日光は心の汚れを洗う。一仕事した後はリフレッシュしなきゃ、次の仕事に悪影響を及ぼしてしまう。

 忌々しいくらいにギラつく日光も、数週間ぶりとなれば半裸で浴びたくなり、おかげで眠っていた細胞に火が入ったような感覚が、ヴィンセントの肉体を暖めていた。

 さらに、ホースを置いて運動をはじめれば、熱は右肩上がりだ。


「え~い!」

 少女のかけ声も可愛らしく振るわれるパンチ。白狐の少女、エリサが汗を光らせながらヴィンセントに向かっていく。

 引っ込み思案な性格の割に、彼女は好奇心旺盛で、同時にチャレンジ精神に溢れていたのである。レオナやヴィンセントのトレーニングを眺めていたエリサは、自分もやってみたいと言い、走り込みや軽い筋トレに始まり、今ではヴィンセントが組み手の相手をするようになっていた。


 当初は楽観視していたヴィンセントだが、子供の相手ってのは考える以上に大変で、今となっては世の父親には頭が下がるばかり。読書と料理が好きな小さな身体のどこに、これだけの体力が隠されていたのか想像も付かないが、組み手を始めてからもう一時間近く経つというのに、エリサは元気なもんだ。


 ヒュン――ッ! とエリサの爪が風を切る。


 顔に似合わず可愛くねえパンチ打つ。護身術として教え始めて一ヶ月ほどだが、エリサの飲み込みは早く、今では子供の喧嘩で済まないくらいの実力を付けていた。

 威力こそないものの、パンチのキレは目が醒める。

 彼女は良いセンスをしていた。ヴィンセントは格闘技の専門家では無いが、エリサが才能に溢れていることは間違いない。だからこそ、少しばかり試してみたくなる。


 エリサの四連撃を捌き落とし、最後の一発を受け流すヴィンセント。

 腹筋しながら観戦中の相棒が組み手の相手なら、すれ違い様にフックかショートアッパーを放り込むところだが、かわりにエリサの頭を軽く押すだけに留めて体を入れ替えた。

 クリーンヒットは奪わせない。一ヶ月そこらでやられちまったら、面目丸潰れだ。


「ほれ、エリサ。もういっちょう!」

「ぷぅ~、いくよ、ヴィンスー!」

 エリサが放つローキック。エリサの狙いはヴィンセントが不用意に付きだしている左足だ。

 狙いやすいよな? そりゃそうだ、狙わせているんだから。

 獣人の方が身体能力において優れていても、ヴィンセントには培った経験がある。力で勝てなければ頭を使うまで、勝負事には常に駆け引きが付きまとう。――左足は撒き餌だ。


 ヴィンセントは左足を一歩前へ。エリサが振りはじめた股ぐらに左足を差込み、攻撃と同時に左右への逃げ道を塞ぐ。即座に反撃の右掌打を放つが、エリサは後ろ跳びで避けてみせた。


 ――やるな。だが、甘い。


 もう一歩踏み込んだヴィンセントが、エリサの襟首を捉える。少女が悲鳴の一つをあげる間にソフトに組み伏せ、訓練終了だ。

「ふぅい~、おつかれさん。悪くなかったぜ、エリサ」

「もう一回なの! ねぇヴィンス、おねがい! もう一回だけ」


 解いてやるなりの催促。元気に尻尾を振り回しているエリサに対して、ヴィンセントは汗だくの疲れ顔である。

「カンベンしてくれ、そう言って三回は相手してやったろ? 朝の運動には充分だ」

「ヤワだね、ヴィンセント。子供相手にギブアップかよ?」

 好戦的で野性的。虎の獣人女性であるレオナは、太陽よりもギラついた笑みを浮かべている。

 滴る汗、揺れる胸、弾ける筋肉。アクション映画のキャッチコピーさながらだが、レオナの外見を伝えるならこれで事足りる。


「俺はな、レオナ。身体と同時に頭も動かしてて、二倍の運動をこなしてんだ。カロリー消費も二倍で、朝飯もまだ。つまり、腹ペコだから飯喰ってくる」

「アンタ、考えながら殴り合いしてンの? 道理で弱っちぃワケだわ」

「……それで怪我させたろうが」

 小柄なエリサと、巨漢のレオナ。手加減の手の字も知らないレオナが、少女の訓練相手に相応しいかは、訊かなくても分かるだろう。レオナのジャブは、ヴィンセントの右ストレートよりも威力がある。打ち身ですんで運が良かった。


 そういう訳もあり、レオナが教えるのは身体作りに関してだ。脳味噌にも筋肉が詰まっているだけあって、その鍛え方も承知している。おかげでひょろっひょろで貧相だったエリサは、しゅっと締まりのある身体となっていた。ヴィンセントに心配事があるとすれば、レオナが熱を注ぎすぎたおかげで、エリサがムキムキマッチョになってしまう事か。


「……自分の面倒は見れるな?」

 レオナに言ったところで忘れるだろうし、エリサにそう言い残して、ヴィンセントは船内へ消えていく。

 自分の身を守れるのは、最終的には自分自身だ。

 エリサは間違いなく力を付けた。だが大切なのは力の行使による自衛ではなく、意思の疎通によるコミュニケーションだ。


 言葉とは力であり、道具でもある。力の行使は、言葉の後でも役に立つ。圧しに弱く、優しいエリサには、時に自分を貫き、「No」と言える意志を持ってもらいたいものだ。




 運動して掻いた汗をシャワーで流してからは、ゆっくりと午前を過ごすのがヴィンセントのスタイルである。

 今日はアルバトロス商会の雇い主、ダンが一日出掛けているので、のんべんだらりと過ごすのは難しいが、艦内の電話が鳴るまでは、ヴィンセントも半分休日扱いだ。なので彼はリビングのソファで煙草を吹かし、雑誌をめくりながら日を過ごす。もし依頼の電話を取り逃せば、それこそ大問題。

 耳は澄ませているので、キッチンへ入っていく小さな足音を拾ったヴィンセントは、雑誌を眺めたまま鼻を鳴らした。


「ヴィンスもなにか飲む~?」

 そう尋ねるエリサに向けて、ヴィンセントは飲みかけのビール瓶を振ってみせた。するとすぐ背後から返ってきたのは、ウィスキーを頼む野太い女の声で、ヴィンセントは肩を跳ねさせるほどに驚いた。

 ドデカい図体しているのに、レオナは完全に足音を消して背後に立つから心臓に悪い。


「鉄火場ならまだしも、ここ家なんだぞ? 気配消すってどういうことだ」

「気ィ抜いてっから簡単に後ろ取られンの、アタシは普通に歩いてる。エリサでも気付くってのにさ」

 馬鹿にしてくれる。ヴィンセントは雑誌を机に放った。

「お前がドコで育ったか知らねえけど、ここはジャングルじゃないの。心安らぐ自宅なわけよ、ちょっとくらいリラックスしたらどうだ。お前が肩の力抜いてるところ見た事無いぜ。俺とかダンに襲われる心配してるなら安心して良い。まだ死にたくねえ」

「ハッ、アタシを襲う? アンタが? アンタじゃ無理さね。タマの心配より度胸付けてきな、ヴィンセント」


 エリサから受け取ったウィスキーを一息で空けると、レオナはリビングから出て行った。酒を吞むならシャワー浴びてから、じっくり味わえば良いものを。彼女の事だ、あがってきてからもう一度飲み始めるに決まっている。なにしろ、水の代わりにジャックダニエルを流し込む女だ。

 今度は替わって、エリサがソファに座った。レオナに教えてもらったことを話したくて仕方ないのか、訓練の途中でヴィンセントが抜けると、細かく伝えに来るのがお決まりの流れになっていた。


 話を聞く限り、レオナのトレーニング方法は理に適っているらしい。しかも、エリサが理解出来るほど丁寧に教えている。なのに、どうして筋トレに当てている脳内容量と要領を他に活かせないのか不思議でならない。

 以前、ヴィンセントは銃撃戦と、彼女の音の無い歩法について尋ねた事がある。便利屋は危険な稼業だから、身に付けられる技術は身に付けて起きたいと考えたのである。そこでレオナに――癪ではあったが――頭を下げて教えを請うたら、返事はまったく役に立たないものであった。


 曰く、銃撃戦は勘。歩法は……静かに歩け。である。知りたいのはどうやってレオナがその技を身に付け、使っているかだ。だが、そう説明したところで、感覚的な返事しか返ってこないので、水掛け論にさえならなかった。


「――でねでね? レオナがおしえてくれたから、エリサ、いっぱい、腕立てふせできたの!」

「へぇ~、そいつはスゴい。何回ぐらい出来たんだ?」

「いっぱいなの! エリサね、がんばったよ」

 船内に太陽が指したように、明るくなる。エリサの笑顔は何度見ても眩しい。

「えへへ。ヴィンス、待っててね」


 待つ? 何を? ヴィンセントが訝しんでいると、えっへんと、エリサは胸を張る。

「わるい人からね、エリサがヴィンスのこと守ってあげるの! ヴィンスが助けてくれたみたいに、エリサが助けてあげるの。ヴィンスだけじゃなくてね、困ってる人を助けてあげられるようになりたいの」

「ほぉ~お、そいつァ頼もしい。けど、エリサお前そんなに強かったか?」

「うーん、まだなの。だから、これからつよくなるの! ヴィンスが教えてくれるもん。すぐにね、ヴィンスもレオナも守ってあげるの」

 キラキラとした笑顔で、今から教えてと言い出しそうだったから、ヴィンセントは先手を打つ。今朝のトレーニングは終わった。


「エリサ、靴紐ほどけてるぞ」

「え?」

 下を向いたエリサの鼻先をつつき、ぽこぽこパンチの嵐を避ける。大体、サンダル履きなのだから、靴紐なんて確認してどうする。

「他人を守る前に、自分を守れるようにならなきゃな。こんな嘘に引っ掛かるなよ」

 エリサはふくれっ面だったが、不満げでも怖くなっちまうくらいに愛おしい。

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