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Epilogue

 比較的穏便に事件は収まったといえるが、一つ納得出来ないことがある。


 ……なんだって偽物がした約束を本物が果たさなけりゃならないんだ?


 怪盗WRによる『月の雫』強奪未遂事件から二週間後。ヴィンセントは馴染みある、金星ゼロドームの繁華街にいた。戻ってきた日に真っ先に感じたことは、やはりこのドーム都市の空調システムは故障しているとしか思えないということだ。機材の不調で片付けられたらそれまでだが、どうして同じ金星に建造されたドーム都市で、こうも不快指数に差が出るのか、ほとほと疑問である。


 夜も近いというのに空気は蒸して、肌にまとわりつき、常にぬるま湯に浸っているような感覚に苛まれる。仕事人の汗と体臭、排気ガスの混ざった混沌とした臭いに肺まで冒され、窒息しそうだ。

 そんな中で、よく黒のスーツを着られるものだと、ルイーズには感心せざるおえない。


「たまのディナーの時くらい私服で来たらどうなんだ」

「着替える暇がなかったのよ。許してちょうだい、ヴィンス」


 日中は忙しかったのだろう。仕事着であるスカートスーツのままでルイーズは微笑む。

 彼女の服装に文句があるのではなく、堅っ苦しいスーツよりも気軽な服装の方が、酒を楽しめると思うヴィンセントである。


 スーツ姿でも、ルイーズは氷山が溶けるほどに魅力的だが、だからこそ私服姿を拝みたいと思うのは、別段不思議なことじゃないだろう? 数年来の付き合いがあるヴィンセントだが、彼女の私服姿を見たことは一度も無かった。


「私だってねぇ? ヴィンス。できればおめかししたかったのよ?」


 ヴィンセントの心を見透かしたようにルイーズの指先が、彼の胸をつつく。初心な奴ならイチコロの微笑付きで。


「それ以上飾ったら通行人の目が腐るぞ。充分、綺麗だよ」

「ふふ、ありがとう」


 尻尾を上機嫌に振ると、ルイーズは通りに目を向ける。

 探しているのは、人か言葉か。信号待ちの車が流れ出すと、彼女は言った。


「驚いたわ、バックスの件」


 ルイーズも、同じくバックスに一枚喰わされたクチだ。騙られた本人が悔しいのは勿論のこと、真偽を見極められなかった彼女も苦渋を嘗めた。


 ――今となっては笑い話だ。からかってやるのに丁度いい。


「うっかりしてたんだろ? 気付かなかったのも無理ない。変装の達人だって、お前自分で言ってたじゃねえか。あいつが偽物だって分かるのは化けられた本人だけ。俺としては嬉しさ半分、後悔半分って感じだ。折角、宝石取り返してやったのに、謝礼どころか感謝の言葉一つ寄越さなかったみたいでよ。ダンのやつ、珍しく頭にきてたぜ」


 案の定だった。

 『月の雫』の返却にトランクの元を訪れたダンは、有らぬ疑いと暴言を身に受けて、船に返ってきたのである。泥棒の協力者として警察に突き出すとまで脅されたらしいが、トランクの評判を鑑みれば拷問にかけれても不思議は無かった為、帰ってこられただけでもありがたいと言えるのかもしれない。


 返却に行ったのがヴィンセントでは、こう上手くはいかなかっただろう。ダンの交渉術にバンザイだ。しかし、ルイーズは呆気にとられたように、ぽかんと口を開けている。


「それじゃあ、あなた。今朝の新聞見ていないのね」

「今日は一日、ラスタチカの整備してたから。何かあったのか?」


 満月のように凛としたルイーズの微笑は妖しくも美しい。

 きっとあなたは喜ぶでしょうね、と彼女は言った。


「『月の雫』は盗まれたわよ」


 昨晩遅く。トランクタワー地下深くにある金庫室から、またしても『月の雫』が忽然と姿を消したのである。事件が発覚したのは今朝、トランクが金庫を確認した時だったという。警報も警備員も監視システムも、全てを欺いた手腕から、犯人が誰なのかは察しが付く。


 が、ヴィンセントの興味は鼻くそよりも薄い。

 そもそもの目的は、名前を騙ったバックスから宝石を奪還して、赤っ恥をかかせてやることで、出遅れこそしたものの最後の最後に、油断した兎の尻を蹴り上げてやった。


 宝石は取り返した。これが結果だ。

 得たものは疲労感。これが報酬だ。


 依頼でない以上、そもそも金銭的な報酬など存在せず、最良とは言わないまでも過不足ゼロで、かなりマシな上がり目だった。


 勝ちを譲ろう、とバックスは言っていた。奴のチップを全額巻上げられなかったから、確かに完全決着とは程遠い。しかし、それを含めてもヴィンセントには、もうどうでも良いことだった。


 バックスは恥を拭う為に、もう一度盗みに入ったのだろうが、ヴィンセントの感想は――、好きにすれば良いだ。


「味気ない感想ね、ヴィンス」

「こっちに火の粉が降りかからないのなら、好きにやらせるさ」


 そう言い放つヴィンセントだったが、どことなく思わせぶりなルイーズの仕草に、話の終わりはまだ先だと言われた気がした。


「宝石の他にも金庫から奪っていったみたいよ、金庫の中に作られた隠し金庫から。実に鮮やかに、こちらこそが本命だというように、ね」

「トランクも考えたな。必死こいて厳重な金庫を破れば、その奥に隠し金庫があるだなんて、想像もしねえ。人間の心理を突いた防衛策だ、天才だと思ってたろうな、考えた奴は」


 だが、結局は破られた。その上を行く盗みの天才に。


 ここからはあくまでも想像になるが、ルイーズが言っていた通り、隠し金庫の中身こそがバックスの真の目的だとしたならば、『月の雫』は、本命を盗む過程で手に入れる副賞に過ぎなかったことになる。

 と、なるとだ。ヴィンセントとしては非常におもしろくない(・・・・・・・・・・)


 つまり、森の中でバックスを追い詰めたあの瞬間はフィナーレではなく、せいぜい中盤。そして、その事実に気付くことも出来ず、奴の書いた台本通りに踊らされたって訳だ。これで納得して笑えるものか。


 見事に出し抜かれた。去り際の台詞までもペテンだったのである。だが、アルバトロス商会に対する嫌疑は、これこそ嘘のように晴れていて、トランクからの追究はダンが『月の雫』を返した時からぴたりと止んでいた為に、血眼になってバックスを探す気になれないでいるヴィンセントがそこにはいた。


「ねぇ、ヴィンス。その隠し金庫の中身について想像は付くかしら」

「もう止めようぜ、仕事の話は。酒飲みに来たんだ、だろ?」


 実のところ、金庫の中身は想像が付いていたが、ヴィンセントは話を逸らした。トランクは金儲けの為に手段を選ばなかった性質らしいから、裏社会の人間との繋がりがあるともっぱらの噂だ。そんな人間が、高価なダイヤよりも厳重に保管する物が、裏帳簿以外にあるなら教えてもらいたい。


 ヴィンセントは通りの向こうに目を向ける。やれやれ、ようやく店に入れる。最後の一人が到着した。


「ね~~! ヴィンヴィン、ルイーズ~! 二人ともー、こっちこっちィ!」


 ピンク色の長髪を跳ねさせながら、ロクサーヌが手を振っている。タクシーの運ちゃんに料金を支払うと、彼女はそのまま通りを渡ってきた。


「その呼び方やめろって言ったろ、ロクサーヌ。往来だぞ。俺が道端でおっ勃ててる変態みてぇじゃねえか」

「ごめん、ごめんご~。遅れちゃったね、待たせちゃった?」


 今夜の彼女は仕事に行く時よりも地味(・・)な服装だ。

 なにせ布面積が、彼女の仕事着の約二倍もあるのだ。ホットパンツに胸だけ隠せる極短チューブトップでも、ロクサーヌにとってはかなり地味である。

 破廉恥が服を着て歩いているような姿のくせに、彼女の笑顔は純粋だから性質が悪い。ヴィンセントとルイーズを交互に見遣ると、ロクサーヌはもう一段明るい笑顔を浮かべる。


「…………もうちょいっと遅れたほうがよかったりした? もしかして」

「おつかれ、ロキシー。私達もさっき合流したばかりなの。ヴィンスったら、いつもは遅れるのに、自分が待つのは嫌うんだから」

「いや、かなり待った。朝になるかと思ったぜ……。なんてな、行こうか。話すなら店に入ってからでもいいだろ」


 雑談なんか歩きながらでも出来るし、なにより美女二人がやたらと人目を集めるので、誇らしいやら煩わしいやら。三人組で歩いていても、他人からは美女二人と、なんか一緒にいる間男にしか見えないだろう。

 ルイーズとロクサーヌは、店に向かう間にもぺちゃくちゃと他愛のないお喋りを始めている。ガールズトークが本格的に始まっちまうと、男は入る隙が無くなるから困りものだ。


 気になって振り返りながら、バーに入ろうとして、ヴィンセントは帰る客とぶつかった。後ろが気になっても余所見はいけない。その客と互いに戸口を譲り合っているところが余程面白かったのか、店に入ってもルイーズ達はくすくす笑っていた。


「譲り合いの精神は大事だろ? 笑うなんてひでぇな」

「分かったから、ほらヴィンス。余所見してるとまたぶつかるわよ。座りましょう。いつもの席、空いているみたい」

「混んでるところ見たことあるか? いつも空いてる」


 一番奥のテーブル席がヴィンセント等の指定席だ。

 バーテンダーに片手を上げて挨拶。行きつけの店は注文も、「いつもの」で通る。

 ヴィンセントはコロナビール、ルイーズは赤ワイン、ロクサーヌはお任せカクテルだ。


「でも珍しいよね、ルイーズ? オドネル君がご馳走してくれるなんてさ~。いつもお願いしてるのに、話してるあいだに忘れちゃうんだもん、ずるいよ~。へへへ、どういう風の吹きさらし?」

「吹き回しよ、ロキシー。吹き回し。吹きさらされたら凍えちゃうわ」

「この街で凍えるのは難しいんじゃねえか。――今日は礼だ、今回は二人に助けられたから。吞み代は俺持ち、好きなの頼めよ」

「う~ん。オドネル君、大好き~! ルイーズ、乾杯しよ~!」


 ゲンキンなんだから、とルイーズは笑っている。

 ボーイがやってくるなり、ウィンクと交換でロクサーヌが酒を受け取って、グラスと瓶が三種の音色を奏でた。

 一口目は同時だ。


「今日のカクテルは? ロキシー」

「スッキリ味でおいしいよ。ねえねえ、オドネル君、質問! ご馳走してくれるのとってもうれしいんだけどさ~、お礼ってなんのお礼かな? あたし、君になにかしてあげたっけ」


 ロクサーヌに自覚はないだろう。些細な事から気取られる可能性もあったので、バックスの計画を察知してからは、連絡先をルイーズのみに絞って行動していたのだから。


「この間、写メ送ってきただろ? あの写真のおかげだ。あれがなきゃ俺達は、顔真っ赤にしてウサ公を追っかけてるかも」


 ヴィンセントのケータイは二つある。仕事用とプライベート用で、どちらも使い捨てのプリペイド式だ。バックス達は仕事用のケータイのクローンを造り、ヴィンセントの動向を探っていたものの、プライベート用ケータイを見逃していた。そらそうだろう、殆ど使っていなかったから、持ち主さえ存在を忘れかけていたくらいだ。


 思わぬ形でロクサーヌと一緒に働いていたと知り、ルイーズは嬉しそうに尋ねる。結果として墓穴を掘るのだが……。


「そうだったの。私も知らなかったわ、どんな写真を送ったの?」

「ゴシップショット。お前と、俺の偽物が今にもキッスしそうなやつ」


 驚きに見開かれたルイーズの黄金の瞳が、写真の送り主を捉える。

 ピンク髪のパパラッチは、良いことをしたのだと誇らしげに笑っていたが。


「ロキシー、写真ってあの時の写真⁉ わ、私に送ったのと同じのよね? どうしてヴィンスに送ったりしたのよ!」

「……オドネル君も欲しいかな~、って思って? だってホラ、たのしそうだし。オドネル君も欲しいもんね、二人のツーショットだもん」


 ロクサーヌの自慢げな笑みが眩しく、ヴィンセントは眉を顰めてビールを煽る。

 いつもの事だが彼女の話はどことなく、噛合っていない。偽物の存在をそもそも知らなかったらしく、事件についておしえてやると彼女は目を輝かせた。怪盗と便利屋の対決は、好奇心をくすぐるには充分な話題には違いない。


 それに彼女は、現場にも居合わせていたのである。トランクに呼ばれた高級娼婦として。


「あーっ! だから、ビルで挨拶したのに冷たかったんだ~! ホントはね~、きらわれちゃったのかとおもって、ドキドキしてたんだ。オドネル君、あたしのこと好きだもんね」

「……安心していい、そいつは偽物だ」


 どうにもロクサーヌの真っ直ぐな愛情表現は苦手だ。仕事柄、媚びを売るのは上手い彼女だが、ロクサーヌの場合は心の込め方が真剣で暖かみがあるのである。

 直接的な好意をはぐらかして、ヴィンセントが煙草に火を点けると、ルイーズに頬を突っつかれた。


「恥ずかしがっちゃって。良いじゃない、あなただって嫌いじゃあないんでしょう? 何か言いたそうね、ロキシー」

「えへへ~、ルイーズも正直になったら良いのに~」

全然(・・)、何のことだか分からないわ。私は自分にも、他人にも正直だもの」


 毛皮を逆立たせるルイーズは、フン、と鼻を鳴らしてロクサーヌから顔を背ける。が、その先にいたヴィンセントと目が合って、ばつが悪そうに顔を伏せた。


 ヴィンセントが肩を竦めると、

「――? ヴィンス……。その煙草、変じゃない?」


 ヴィンセントが口元から煙草を離すや、導火線さながらの燃焼音がして、クラッカーさながらにポンっと弾ける。ひらひらと舞うカラフルな紙吹雪が、ジョークを込めたメッセージだと伝えていた。


 ルイーズの細い指先が、紙吹雪の中からメッセージカードを摘まみ上げる。


「あなたによ」一読してから、彼女は言った。

 憎たらしい兎のトレードマーク。

 メッセージは短い。



 ――おしかったね



 ロクサーヌがもう一回とせがんできたが、考え中のヴィンセントの耳にはいまいち届いていない。――すり替えられたことにまったく気が付かなかった。だが、出し抜かれた悔しさよりも、張りのある相手に勝負を挑まれたことの方が嬉しくて堪らない。


 知らず、ヴィンセントは口元をニタリと歪めながら、ゆっくりと頭を振っていた。

 盗みの腕は間違いなく一流だ。ああ、してやられた。今回はバックスに勝ちを譲ろう。決着は三戦目に持ち越しだ。


 ……だが、最後には俺が勝つ。

 一息に瓶を空ける。


 ルイーズが手を上げて、ボーイを呼んだ。

 そうだな、今夜は吞むだけ吞もう。







どうも、空戸乃間でございます。

御覧いただきありがとうございました。

これにて『星間のハンディマン 第三話 Dirty magic』はお終いとなりますが

お楽しみいただけたでしょうか?


お気づきの方もいると思いますが

今回は本作品で初めて、誰も死なないお話でした。


もちろん、まだまだ続いて書いていきますので

これからもお付き合いいただければ幸いです。

ただ、次回更新には暫くお時間を空けさせていただきますので、どうぞご容赦を。

5月頭頃には続きを更新できると思います。


よろしければ、感想などお聞かせください

単純に、自分が嬉しいのでwww


それから評価に関してなんですが 目安的なものがあるとしやすいかなと思うので 記載しておきますね。


1 そこそこ面白かった

2 面白かった

3 続きも読みたい

4 書籍化されたらいいな

5 アニメ化はよ


まぁ こんな感じでどうでしょう

0については 特に気にしないので 無表記です。ここまで読んでくださってる方には不要でしょうしねww




最後になりますが、お読み下さった皆様に改めて感謝を

本当に、ありがとうございました。それでは、また次回のお話でお会いしましょう

さようなら!

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