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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse Lying Is The Most Fun A Girl Can Have Without Taking Her Clothes Off
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Lying Is The Most Fun A Girl Can Have Without Taking Her Clothes Off 12

 トランクは莫大な資産を持った実業家だ。


 金星のドーム都市における不動産業に食い込み、一代で成り上がった。使い古された言葉を借りるならアメリカン・ドリームの体現者。

 大金を稼いでいい酒を飲み、毎夜のように女と遊ぶ。誰もが羨むまさしく人生の勝利者。一般的な紳士とは程遠いが、彼は間違いなく実力者であった。


 野心的で、強欲。

 しかし、満たされない。人の欲とは不思議なものだ。


 もっともっと、まだまだ足りない。持たざる者より、持っている者の方がより多くを求める。砂漠の砂が水を吸い続けるように、決して潤うことが無い。


 金を得た。

 地位を得た。

 その次に求める物は――?


 向こうから寄ってきた、同じく力を求める者が。

 トランクは表の世界で権力を欲し、影の世界から聞こえる声は、八番ドームへの進出する術を探していた。利害の一致からの協力、そして発展。


 だが、裏の声が優しく囁くのは、虫が花にたかる理由と一緒だ。甘い蜜を供給している間は、虫は毒を隠している。牙を剥いた時にはもう遅い。


 極まったトランクは急いで金を工面する必要に迫られた。

 そして彼は、思いついたのだ。――保険詐欺。


 宝石にかけた多額の保険金さえあれば、立ち直れる。

 偽の予告状とサクラの便利屋を使いトランクは宝石を盗ませた。いや、盗ませるつもりだった。予告状の時間に停電――宝石はその間にしゅっと消えて――チャン達が密かに持ち去り、あとは保険金が下りるのを待つ。


 チャンに掴ませるのは勿論、偽の宝石だ。



 

 面白みの少ない筋書きを修正したのがバックスだ。

「そんな話聞いたら出向くよ。偽物とはいえ予告状まで出された、僕の名前で。なら、盗むしかない。予告状が出てるからね。招待を断るわけにはいかないし」

 両方の眉毛を上げ下げして、キラキラとした瞳で不敵に笑う。――レオナに向けて。


「アホくさ。コソコソ隠れて盗むような連中だもんな、泥棒ってなぁ皆女々しいの? ネチネチした女みてェ」

「君の相棒は同意する、つまりは譲れない事があるのさ。――ああ、そうだ忘れてた。痕跡は一切残してないから、安心してほしい。僕は間違いなく君に化けたが、これだけは約束しよう。見逃してさえくれれば、君達に迷惑はかからないよ」


 この厚顔さ。トランクとまったく同じことをしている自覚があって言っているのなら、コイツの面の皮はマントル級の厚さをしている。

 同様に名を騙られて頭にきたんだろうに。


「なにより触発されたんだ。偽の予告状に本物が現れるなんて、過去に無かったことだろう? 正直、ワクワクした」

「それに笑えるね。最後にゃ捕まンだから、ムショで話しゃあ大ウケ間違いなしさ」

「石を渡せ、バックス。もうおしまいだ」

「石? 何のことか。いつまでも僕が手元に置いてると?」

「……俺達の気まぐれで息してる事実を忘れてないか、『センセ』」


 気の短いレオナがよく我慢した。だがまあ、限界だ。

「ウサ公、時間稼ぎしてるつもりだろうから教えてやる。アンタが脱出手段に宇宙艇を用意してンなぁバレてんの。さて逃げきれっかな? 相手は武装した戦闘機、アタシは墜ちる方に賭けるよ」


 だからこそ、バックスがこの場に逃げてくると予想を付けたのだ。木々が鬱蒼と茂る森林地区内で、発信器の移動先にある宇宙艇が着陸可能な場所はこの近辺のみだ。

 予測を立てるのに必要な情報は――


「……豹の女の子、ルイーズだっけ。彼女が情報源だ。どこかで関わってくる気はしたんだ、優秀だし、それに美人で、なによりも君に――」

 バックスは妙なところで言い淀み、ヴィンセントに向けていた目を天へと回した。

「まあいいや。僕について何か言ってたかい?」

「ああ、次に会ったら顔面引っ掻いてやるとさ」


 しかも、尻尾の毛をいきり立たせながら。

 知的で細身の美女でも、ルイーズは豹の獣人だ。怒らせたら怖いのは言わずもがな。本気で引っかかれたら、肉が削げる。


「謝っといて」

 そんな戯れ言はどうでもいいので、レオナはもう一度「石は?」と急かす。


 冷ややかな一言は、兎を睨む虎の唸り。遠くの豹よりも目の前の虎を怖れるのは当然で、さしものバックスも一瞬、笑みを引き攣らせて上着を弄った。

 バックスから投げ渡された『月の雫』がヴィンセントの手に収まる。


 そしてヴィンセントも、上着からペンライトを取りだした。出発前に説明したのに、レオナが訝るのはどういうわけだ。


「レオナ……。お前、報告書ちゃんと読んだのか」

「必要あんの、アンタが読んでンのに。ンで、それ何?」

「UV(紫外線)ライトだね」

 ぽつり、とバックス。


 紫外線は発光塗料や油を光らせるので、警察の捜査でも使われることがある。

 普通に生活する分には使う方が珍しい代物だが、ヴィンセントがライトを持参した理由をバックスは知っているので、これはちんぷんかんぷんな顔をしているレオナに向けての説明だ。


 ヴィンセントは『月の雫』を夜空に透かす。

「ブルーダイヤは紫外線に当てると赤く光る、らしい。原理は特定されてないが、うち三割のダイヤモンドが発光するんだとさ。中でもホープダイヤは一分以上も光るとか、その長さまで光るのは珍しい。レオナ、『月の雫』はホープダイヤの姉妹石、つまり元々は一つの石だった。紫外線を当てれば、同じように光る。――この石が本物ならな」

「疑ってるね。ここまで追い詰められたのに、悪あがきはしないよ」

「嘘の臭いだ。プンプンする」


 より一層の敵意を持ってレオナはさっぱりと一蹴した。即座に撃ちたいと顔に書いてある。が、.500S&wマグナム弾で特大の風穴を開けるには、まだ早い。


「もし偽物なら判明した瞬間にズドンだし、お宅はきっと懸命(・・・・・)だ。だからもう一度だけ訊く。この石が本物かどうか」


 とても静かに意志だけを向ける。

 ――手品も騙しも一切なし、交渉の余地もだ。次に起こす行動に些細な欺瞞が紛れているだけで、銃爪を引く。ヴィンセントとレオナは無表情に、だが真綿で締め付けるような殺意を放っていた。


 流石にバックスも笑顔を控える。これは最後通帳だ。

 肩を竦め、もう一度、上着を弄るバックス。

 本物の『月の雫』は夜風を浴び、親指で弾かれてバックスからヴィンセントへ。次いでUVライトの光を受けると、ぼんやり赤く発光し始めた。


「OK、んじゃヴィンセント、やっちまおう」

 牙を剥いてレオナは嗤う。


 本物の宝石の行方こそがバックスの存在価値だが、取る物を取った以上、バックスに用はなくなった。しかし突然、ヴィンセントが態度を軟化させたので、レオナは「はぁ?」と嘲け嗤う。


 意味が分からない。

 殺さないにせよ、手足に一発ブチ込むくらいしなければ、便利屋としての面目を失う。

 レオナ個人の意見にするならば、嘗められるのは我慢出来ない。


「散々っぱら虚仮にされて報復も無しなんて冗談だろ、ヴィンセント。アンタなぁ、自分の名前を泥棒に使われてンだぞ。悔しくないの⁉」

「別に、悔しくはないよ。ムカついてるけどな。――怪盗の看板は伊達じゃねえや。周到だぜ『先生』」


 ヴィンセントの名前が泥棒に使われた。この事実がアルバトロス商会にとっての鎖となっている。

 もし、レオナがこの場でバックスを射殺したとしよう。その場合、厄介なことになる。しかも、とてもとても厄介なことに。


「なんでそうなんのさ。黙らせちまえばいい、シンプルに。此処にゃあアタシ等しかいない」

「ビルの中に怪盗WRがいた証拠はない。あるのは、こいつが変装した俺がいたって証拠だけ。だからバックスは堂々としてる、自分に繋がる証拠がねえ」

「ああクソ。陰謀だとか、策略だとかさ、面倒くせぇのはキライだ。ウサ公ブッ殺して賞金貰えば、万々歳だろ」

「生け捕りにしないと僕の賞金は出ないよ、そう簡単にはいかない。レオナ。残念だね」


 余裕のある語り口でバックスは佇む。

 絶対に撃たれはしない自信を持つのは、銃を持つ人間がその理由を理解しているからだ。


「最悪の事態も織り込み済み。この場でバックスを撃てば、俺達に泥棒の疑いがかかる」


 と、要点だけで伝わるなら苦労はない。レオナの眉間には深い皺が刻まれていた。

 ビル内の人間は、誰もバックスが盗みに入ったところを見ていないのだ。代わりにショーケースの近辺を彷徨いていたのは、ヴィンセントとトロイ、ライナスの三名だ。


 盗みの容疑者三名。

 この場でバックスが死んだとする。


 死体と一緒に宝石を取り返し、トランクに返したところで短気な彼のことだ、泥棒間の仲間割れと判断され、金星中から追い回される事になるのが関の山。バックスの計画を聞きつけ、阻止したと話しても弁明など聞かないだろう。

 監視カメラにはヴィンセントだけが映っていて、トランクも彼しか見ておらず、あらゆる証拠が指し示すのは、ヴィンセントが盗みに荷担していた事実の裏付け。


 阻止の為に動いていたとするには分が悪い理由は他にもあった。


「アタシ等が泥棒をとっ捕まえたんだ、どうして怪しまれなきゃなンねえんだよ」

「レオナ。俺達は受けた依頼をすっぽかして、金星に戻ってきたんだぜ? しかもこっそりと、密入星ルートで、船籍も誤魔化して。――誰が見ても俺達はクロ。バックスを撃てば、仲間が監視カメラや諸々の情報をトランクに流して、さらに輪を締めてくる」

「ダンマリ決め込むなんて、馬鹿らしい」


 心底同感だがバックスは、袖に鬼札を隠していた。

 賞金が掛かった賞金稼ぎや便利屋もいるが、仕事はかなりしづらくなり、なにより回ってくる仕事の危険度が跳ね上がる。今後の生活に多大な影響を及ぼすのは確実だ。


「だから見逃すって? 逃がしたトコでこいつが取引に応じるか。狡い兎野郎だぞ、アンタを売るに決まってる」

「慈悲深いお言葉。心配してくれるとは、涙ちょちょ切れそうだ」

「テメェの巻き添えでアホ共にケツ追われたくね――」

 言葉を切ったレオナの耳がぴくりと震え、夜空の異変を聞咎めた。


 反重力発生器が宵闇を、単発のエンジンが空気を圧しのける。少し遅れてヴィンセントの耳にも届き、彼等の頭上に宇宙艇がやってきた。


 木々の匂いが、焦げ臭い排ガスに置き換わる。

 ロケット型の、小型の宇宙艇だ。遠出するには心許ないが、ドームから脱出するには充分な大きさだ。


「今回は勝ちを譲ろう!」


 ヴィンセント達に背中を晒し、バックスは着陸した宇宙艇にいつの間にか乗り込んでいた。

 僕は逃げるけどね、そう言い終えるや宇宙艇が離陸。ドアから見下ろしながら、彼はキザったらしく別れを告げる。


「今夜は楽しめた! いずれまた会おう、便利屋の諸君」


 去りゆく泥棒の挨拶(アデュー)。風に煽られたジャケットは優雅ささえ覗かせて、レオナの眼光の切れ味を一層増した。


 飛び去る宇宙艇に向けてレオナは感情のままに怒鳴り散らしていたが、宇宙艇の排気音に勝つのは難しく、濁流のように溢れる罵詈雑言の類いは、なんとかヴィンセントの耳に届く程度だ。


「マジで逃がしちまうなんて、信じらンねえ。ブッ殺して皮でも剥いでやりゃあいいんだ」


 亀の甲羅に針を通すのと同じく、彼女がブッ放した銃弾は船体に傷こそ付けたものの、止めるには至らなかった。

 ついに宇宙艇は見えなくなり、レオナは舌打ちしながら銃をホルスターにしまう。

 肉食獣の唸り声は、相棒のものだと知っていても心地良いものではない。緊張感は軽口にでもしなければ。


「血の気の多さを活かす良い方法があるんだけど試してみねえか? 献血って言うんだがどうよ。ケガさせた相手が助かるかも」

「アンタってマジでクソ野郎だよ、ヴィンセント」

「そりゃどうも、俺達も引き上げよう」


 ――と、したものの、レオナの眉間に地割れのような皺が刻まれていた為に、ヴィンセントも足を止めた。隠し事を話せと、彼女の目がそう詰問している。

 見逃した本当の理由を。


「……面倒が拗れるってのも本当だ、けど生きてる方がバックスに恥をかかせられる。盗みに失敗した泥棒なんて、しばらく出歩けない。裏社会でも笑いもの、死んじまったら、恥も何も感じられないだろ?」

「陰険な奴。卑怯な判定勝ちで、理由は訊いて損した」


 再び夜空にエンジン音が響く。

 聞き慣れた双発エンジンが奏でるコーラス。今度はヴィンセントも素早く反応し、緩やかに旋回降下中の機体を見上げる。

 反重力装置で垂直着陸。若干跳ねたが、久々の着陸にしては悪くない。


 キャノピーが開くと、狭いコクピットに押し込められたダンの姿があった。ダイエットした方が良い、降機するのに四苦八苦していた。


「十秒前に宇宙艇はレーダーの探知圏外に出た、ドーム警察もまだ気付いていない。無事に逃げ果せたようで重畳だ」

「車の方は?」

「伝えたとおり既に移動した。いやしかし……ふっ」


 何か嬉しいことでもあったようで、ダンのひげ面が小さく崩れる。


「――エリサだ。いやはやどうして、あのチビッ子め。高架下で発信器を取り外されて、目標をロストしたんだが、エリサが見つけた。変色塗料で色の変わった日本車を、一発で」


 そのままドーム間連絡道路に入るのを確認してから、ダンは引き返してきたのである。


「アンタも耄碌(もうろく)したもんだね。お手柄のエリサは? 静かだ」

「おやすみだ、流石に疲れたんだろうよ。あの警察からの電話もやはりブラフだったな」


 白い耳の先端が、うつらうつらと揺れている。騒々しい戦闘機の後席で寝てしまうくらいだ、周りで話していても起きやしない。


 ……静かな夜だ。


 熱気を冷ますそよ風のように穏やかに、少女の寝息がヴィンセント達の頭を切り換える。仕事は終わった。


 まあ、ダンを除いてだが。


 ヴィンセントから『月の雫』を押し付けられ、ダンは怪訝そうに顔を顰める。いきなり超が付くほど高価な宝石を手渡されれば、動揺もする。

 勝負所の緊張感が溶けてしまえば、ヴィンセントも心揺らぐのだった。売りさばけば一生遊んで暮らせる宝石がうっかり消えたら、魔が差したでは済まされない。


 破滅的な魔性の石。

 返却は自制心の強い相手に任せた方がいい。


「何故俺に。お前さんの仕事だろうヴィンセント、最後までやらんか」

「バトンタッチ。先に帰ってるよ、ラスタチカの操縦は俺がする。ダンに任せたんじゃ、艦橋にでも着艦しそうだし、金持ちの相手は苦手だ。俺は宝石より、飛行機が好き」

「都合の良いことだな」


 全く以てその通り過ぎて耳が痛い。

 ヴィンセントはそそくさとコクピットに乗り込んで、すぐさまエンジンを始動させる。ダンが入念に機体をチェックしたおかげか、いつもより機嫌のいい音だった。


 車輪が地面を静かに蹴って、ふんわりと離陸。

 風圧で機体がビビらないよう注意しながら、ヴィンセントは機体を操る。遠くに摩天楼の輝きが見える。あの光の中で、今夜の騒ぎを知っているのは、ごくごく僅かな人物だけだ。その騒ぎの中心にありながら、密かに怪盗の面目を潰せたことは、周知の事実とならなくとも心地の良いものだった。


 他人の不幸は蜜の味、である。


 後ろ向きな幸福と受け取れても結構だ。なにせ後ろ暗い商売なのだから。

 もぞもぞと、エリサが身動いだ気配がした。

 眠っているくせに、ネガティブな考え方に反論しているようだ。


 ……そういう性分なのさ。話はまた今度な


 エリサは、完全にアルバトロス商会の一員と言って差し支えない。突発的とはいえ仕事に絡んで働いて見せたのだ。こうなると、彼女のこれからについて考えることも増えてくる。話さなければならないことも。

 エリサは穏やかに眠っている。


 いまはそれでいい。込み入った話はもう少し落ち着いてからでいい……。

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