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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse Lying Is The Most Fun A Girl Can Have Without Taking Her Clothes Off
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Lying Is The Most Fun A Girl Can Have Without Taking Her Clothes Off 11

 科学技術の結集たるドーム都市にも、人が自然を愛する事の証明がある。


 太陽の熱線に炙られる金星の荒野に建造されたドーム都市は、鋼鉄のビルが建ち並ぶコンクリートジャングルとなり、都市部の景観は地球のそれと大差ない。入星する際に高空から見る都市は、円形のケースに収まった巨大都市模型とでも言おうか。


 しかし、建造様式は替わりこそすれ、人口密集地からは緑が失われる一方。

 街を行き交い、職場と自宅を往復する毎日。

 休日に出掛けてもありきたりな風景ばかりが続く、閉塞的な視界。


 色彩薄い日々に深緑を求めはじめるのに、そう時間は掛からず、ドーム都市が新造される度に科学と自然の調和が何度も試みられ、その結果として大きな公園や、郊外に森林地域が作られる運びとなったのである。


 より自然を感じる為に街灯などは一切無く、夜間は遠い都市部の灯りでぼんやりと明るい程度だ。

 その細い林道を、一台の車がヘッドライトの明かりを頼りに進んでいく。


 出発から三十分。

 開けた場所に車は停車する。

 ライトが消え、エンジンも止まる。

 助手席からヴィンセントが降りてきたのは、それから暫く経ってからのこと。凝った首を回して、彼は腕時計に目を落とした。


「ふぅ……」


 ボンネットに体重を預けると、サスペンションが反発する。

 と、不意に木陰から重低音が轟き、強烈な光線がヴィンセントを射竦めた。

 手をかざし、何事かと目を細めても光の向こう側を見通すことが出来ず、木陰から飛び出してきた黒塗りのピックアップトラックが停止しても、彼はまだ眩しさに幻惑されたままだった。


 ドアが開き、降車する気配を感じる。

 草を踏みしめる思い足音が近づいてくる。

 ヘッドライトが照らし出すシルエットは、トワイライトゾーンのワンシーンのようだ。


「誰だ?」と、問うと鼻で笑われ、しゃがれた声が返ってきた。


 ――声の主は女だ。


「ふん、……怠けた脳味噌から絞り出しな」


 ようやく目が慣れて姿が見えるようになってきた。

 彼女は見上げるほどに大きく。

 頭には丸い獣耳。

 腰まで伸びた癖っ毛を一つに結び、

 ガッシリと組んだ腕に爆乳を乗せて、

 アーモンド型の瞳をヘッドライトに劣らずギラ付かせている。


「レオナ」

「よぉ。アンタを待ってたンだ、思ったより早く来たね」

「……ああ、急いだからな」


 乾いた声が漏れる。

 二人は正対したまま動かない。

 周囲の木々が葉を擦り合わせてかさかさと笑い合っている。


 ――ご覧なさい。――まぁ楽しみだわ。――続きを見せてちょうだいな。


 今夜の企みをお天道様が事細かに話聞かせでもしたのだろう。同じ状況で、もし自分が観客席に座っているのなら、まったく同じ反応をしたと思う。

 レオナの右手が懐の銃把に伸びるまでは、まだ笑えていた。


「ご挨拶じゃないか、ヴィンセント。『誰だ?』なんてさ。――……それで?」

「『それで?』って? 答えは俺が聞きたい」

「続きはよ? もう一手くらいないのかって聞いてンだよ。――ウサ(・・・)


 レオナは銃を抜き、牙を剥いて嗤う。

 確信を持って狙いを定めたまま、彼女は自分の車に向けて声を張った。


「早く降りて来な、ヴィンセント! お手上げだってさ!」


 すると、後席のドアがゆっくり開いた。

 黒塗りのダッジラムから降りてきたのは、よれたジャケットを着た便利屋。


 残念そうに溜息を漏らし、気怠そうに歩く便利屋は――ヴィンセント(・・・・・・)は――満足げに唇を歪ませているレオナの隣に立った。カートゥーンキャラクターの台詞添えで。


「『どったのセンセ』偽物って分かってても変な気分だな、自分が目の前にいるってのは」

「これで負け分は帳消し。キッチリ払わせっからね、逃げンなよ、ヴィンセント」

「この前のポーカー分だけだろ。合計じゃ俺が勝ってる。――WRだな?」


 WRと、そう呼ばれるや、偽ヴィンセントは微笑む。

 表情と一緒に眼付きも代わり、ついでに声も、柔らかい声に替わっていた。


「……いまいち的を射ないな。それは質問かい? それとも確認かな」

「俺の顔でキモい喋り方するんじゃねえよ」

「失礼。じゃあ――『だったらなんだ?』」

「うわ……、クリソツ」


 言ったのはレオナだ。

 彼女は自分の横にいる本物と、銃を向けている偽物を見比べたが、外見では見分けのつかない変装に、感心するやら、困惑するやら。とにかく微妙な表情を浮かべていた。


「どこが似てるんだよ」

「ムカつく部分とか。全体的に、超似てやがる」

「本物が横にいるのに見分けも付かないのか? よく見ろよ、表情に締まりがないだろ」

「そりゃ、変装元がアンタだし」

「ぜったいに俺の方がぴりっとして――おい、動くんじゃねえよ!」


 ヴィンセントもバックスへ銃を向ける。

 剽げてこそいるものの、ヴィンセントは内心、非常にピリピリしていた。

 今回の被害者名簿を作ったならば、アルバトロス商会は、その中でも最初に名前が挙がるべきだ。とりわけヴィンセントは、名前に姿まで使われている為、下手をすれば泥棒の一味として指名手配までされてしまうのだから。


「運転手も呼べ」

「彼なら寝かせた。想定外の要素だもの」


 巻き込まれてぐっすり。

 運転手はとばっちりで、泥棒の片棒を担がされたワケか。


「……とりあえず、ツラ見せろ。断るなら無理やり化けの皮剥がしてやるぞ」

「なんとも穏やかじゃないねぇ。君はプロの便利屋だろう、殺し屋ではなく。こうして観念してる相手に銃を向けるのかい?」

「嘘つきは泥棒の始まり――ってことァ泥棒は嘘つきだ。お宅が死体になったらしまってやるよ。……仕舞わせたいか」

「いいよ、そのままにしておいて。まったく銃は野蛮だよ、緻密な計画と、繊細な技術があれば銃なんて不要だ」


 首元から服の中に手を深く突っ込むと、バックスは上着を脱ぐようにして皮を脱いだ。べろんと剥がれたヴィンセントの顔だったものは、気色悪いオブジェクトのように風に揺れる。

 開放された兎耳が綺麗に立ち上がり、女性受けする顔立ちが露わになる。


 怪盗WRこと、ブラン・イナ・バックス。


 彼は本名を名乗り恭しく一礼すると、背筋を綺麗に伸ばして立つ。華麗ですらある、その姿はどこぞの貴族のようでもあった。


「ふぅ、すっきりした。……驚いてくれると嬉しいな。こうして人前で変装を解き、素顔を見せるのは初めてなんだ」

「お前の顔なんざどうだったいい」

「取り付く島もないな。君はどうかな、虎のお嬢さん。夜風が毛皮に気持ちいいじゃないか」

「ドタマかち割るぞ、ウサ公」


 ヴィンセントもレオナも、談笑する気はサラサラない。

 しかし、辛辣に罵られてもバックスは忌憚なく微笑み、「上手くいかないもんだね」と頭を掻いた。


「オドネル。どうやって僕が此処に逃げると知ったんだい?」


 ヴィンセントが顎でしゃくった先には、バックスが乗ってきたセダンが停まっていて、そのルーフには小さな突起物が刺さっていた。

 レオナがビルの屋上から撃ち込んだ、追跡弾の弾頭だ。


 ヴィンセント達はこの信号の移動先から、バックスが向かう地点に先回りしたのである。


「これは、気が付かないね。――超長距離狙撃、君が撃ったのかい、すごいな」


 初見で見抜かれ、レオナは鼻白む。

 この男は見かけだけの伊達男ではない。盗みの技術、観察眼もかなりのもの。

 木擦れの音が、緊張感を高めていく。――と、ヴィンセントはポケットを弄り始めた。電話が鳴っていたのである。


 適当に相槌を打ちながらヴィンセントは頷いて、そうか、と答え電話を切った。


「何と言っていた、君の雇用主は。良い知らせ?」


 バックスは気さくにのたまり、尋ねた。

 他人に化けて盗むに入るくらいだから、銃で脅されるくらいなんてことは無いのだろう。この分なら通話の内容も予想しているか。


「……お仲間の車が発信器外してドームの外に逃げたってよ。――今思えば、貨物の輸送を頼みに来た依頼主。あれはお宅だったんだな」

「正解。計画通りなら君達はコロニーに到着していた。どこで気が付いたの?」

「ヴィンセントに化けた理由は」


 訊くのはこっちだと、高圧的にレオナは問うが、バックスはにこやかな表情を作る。

 こいつは根っからの女たらしだ。


「オドネルの姿を借りたのは、適任だったから。……イヤごめん、嘘付いた。彼しかいなかった、の方が正しい。募集に応じる便利屋の中で群れずに行動出来て、適度に優秀な人材は君だけ。君の評判なら多少の無茶も通る」

「適度にね……。礼でも言ってやりゃいいのか」

「承るよ、鉛弾以外ならね」


 反省するくらいならば手を染めない。バックスは確信的な犯罪者だ。

 その堂々とした笑みがレオナの機嫌を逆撫でする。


「馬っ鹿馬鹿しい。ヴィンセント、まだ小芝居続けんの? 飽きちまったよ。殺ることやって、取るモン取っちまおうぜ」

「ネタばらし聞きたい。泥棒の種明かしなんてそうそう聞けないしな」


 これは命令だ。返答にNoはない。

 手の内を晒すのは裏稼業の人間にとって悪手も悪手で、部外者に探られても教えることはありえない。万が一伝えたとしても、内容には多分な嘘が含まれる。

 にも関わらず、バックスは今回の仕事について詳細に話し始めた。流石に仲間の名前までは吐かなかったが、いつ頃から、どのように準備を進め、そして如何にして実行したかも洗いざらい。


 どんなに手札(ハンド)が強力であっても、一度ショウダウンを迎えれば効力を失う。次回の勝負に同じ手は使わないし、使えない。透明の手札ではどちらに転んでも勝負にはならないし、なにより彼は怪盗だから。「いつでも新ネタじゃなきゃね」とバックスは締めくくった。


「まだ分からないことがある。始まりは?」


 チョロい相手は他にもいる。

 だのに、よりにもよって怒らせたらマズい相手の金庫から、超高価な宝石を、しかも持ち主の眼前で持ち去るなんて、大胆不敵にも限度って物がある。


「気になるだろうね、もちろんさ。なんてたって、こればっかりは調べようがない。発端はトランクの自尊心と虚栄心。強欲は等しく身を滅ぼすね……そうだ、おじょ――レオナ」

「チッ、惜しかった」

 人差し指からレオナは力を抜く。

「君の相棒、おっかないね」

「早いとこ本題に戻らないと撃たれるぞ、焦らされるのは嫌いなんだ。俺もだが」

「よく理解した。では質問しよう。真実の在り方について。真贋と、その意味について。レプリカについてどう思う? 絵画や、ブランド品、レプリカの宝石について」


 正規、非正規に関係なく、ヴィンセントもレオナも興味が薄いことだった。

 そもそも縁遠い。便利屋として苛烈な仕事現場に向いている光り物は別にある。


「じゃあ、君達の仕事道具でもいいよ。例え話だから。……そうだ、良い気持ちはしないね」


 密かに奥歯を轢らせたレオナの変化を、バックスは的確に読み取り、言った。


「それと盗みの理由がどう繋がるのさ」

「悪いな、バックス。こいつ馬鹿なんだ――冗談だ」

 振り向かなくてもギラつく視線は背中を焼く。片手を上げてヴィンセントは謝罪した。


「少々凝りすぎたね。理由は単純だ、僕のプライドの為。――許せるかい? 自分の偽物の存在をさ。あぁ、オドネル。君の言いたいことは判るけど、一端我慢してくれないか。全部話すから」


 ヴィンセントの唇の隙間から、擦れた息が漏れる。

 化けた相手の目の前で、よくもまぁしゃあしゃあと。

 カクテルパーティーもかくやという振る舞いで、バックスは話し始める。身振り手振りを交えながら、まるで演説するかのように。


「筋書きは、こう――――」

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