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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse Lying Is The Most Fun A Girl Can Have Without Taking Her Clothes Off
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Lying Is The Most Fun A Girl Can Have Without Taking Her Clothes Off 10

 摩天楼の谷間を賑わすお祭り騒ぎを眺める者は、何も参加者だけとは限らない。


 例えば浮浪者、例えばカメラ、例えば上空を旋回する飛行機のパイロットだ。


「チャンの野郎、遊ばれてるなぁ……、あ~あ~見ちゃいられねえよ」ダンはラスタチカの機体をバンクさせ、地上の乱痴気騒ぎを監視していた。

「――犯人はオーシャン通りを西へ逃走中だ。さてレオナ、連中はどこへ向かうと思うかね」

『高飛び。ドームの外でしょ』


 どんな犯罪でも最も犯人が苦労するべきなのは、犯行を行う瞬間よりもどのように逃走するかだ。そして、これにはなによりも迅速な行動が求められるのだが、下を逃走犯には矛盾が生じていた。


「ねえ、ダンみんな何してるの?」と言ったのは、ラスタチカの後席に座る狐の少女、エリサである。もう眠気は覚めているらしく声も元気だ。

 楽しげにヴィンセントの笑い声、対してレオナは怪訝に訊いた。


『エリサ? なんでアンタがそこにいンのさ、子供はとっくに寝る時間でしょ』

「キナ臭い電話があったあとだ、船に残しておくわけにもいくまいよ。いっそ俺とラスタチカに乗っている方が、まだ安心だ」

『別の危険がありそうだし、空飛ぶ棺桶だって言ったのはどこのどいつだっけ』

「失礼なパイロットだな、ハハハ」


 気にした様子もなくダンは豪快に笑う。

 地上を眺めていたダンだったが、後ろでもじもじしているエリサの気配に気が付いた。何か言いたげに彼女は口を開いては閉じてを繰り返している。


「気になることがあるようだな、エリサ」

「え⁉ え、えとね、あのね…………エリサ、なんでも」

「――『ない』なんてことは無いな。いいんだ、エリサ言ってみろ。意見は貴重だ、レオナにも教えてやれ」


 おずおず、と伏せていた耳を上げて、エリサは感じたままを口にする。それは街の上空という、彼女たちがいる場所だからこそ気付ける事実でもあった。碧眼は遠く、ドーム都市の西端を見つめる。


「道路がね、行き止まりでね出口がないの。レオナ、あっちに行ってもドームから出られないよ」

「ほう、するとどうなるかな?」

「捕まっ……ちゃう、よね? どうして泥棒さんはそっちに行くのかな」


 静かにダンは首肯して、少女の着眼点を褒めた。

 ドーム都市には互いを結ぶ高速道路がある。当然、高速道路には乗り入れ口と料金所があるわけだが、八番ドームの西にはそのどちらも存在しないのだ。

 つまり、西へ行けば行くほどドツボにはまる。宇宙船のドックからも遠ざかるから高飛びも困難になる一方だ。


『考えてなかっただけなんじゃねェの? んで無茶苦茶に逃げて袋の鼠。お粗末な計画だ』

「二億ドル相当の宝石盗んだにしちゃ計画性が薄い。……だがレオナよ、あり得ると思うか。万引きとは規模が違う盗みで、段取りからして明らかにプロの手口。――それにな、無茶苦茶に逃げているにしては、あまりにも方向性が定まりすぎている」

『じゃあ、自分から? 国境線はどこだっつの』

「金星に国境線は存在せん。ひた走ったところで元の場所に戻るが、連中は意志を持って西を目指している。まだ何か隠してるぞ」

『レオナ、こっちも動くぜ。二人とも準備は』


 不意に無線に応答したのは、今まで黙りだったヴィンセントである。


「エリサもいるよ!」


 むくれたエリサに『ああ、そうだったな』と、いつになく楽しげなその声音から察するに、ヴィンセントはにたにたと笑っているのだろう。


『了解、アタシも移動する』

『レオナ。面白くなるのはこっからだぜ、遅刻しても待たねえぞ』

『どうだか、アタシが先に付くさ』


 そして切れる無線、競うように移動を始めたのだろう。


「楽しそうなの、ふたりとも」

 息の合う二人が羨ましいのか、エリサは「いいな」と呟いた。


 しかし、こいつらの息が合う時はあまりいい兆候とは言えない。なぜなら二人が乗り気になるのは、賑やかな事件――銃の出番がある場合が大半なのである。が、ダンは結んだ唇で封をして眉を上げた。


 水を差してもしょうがない。エリサも現在進行形で便利屋の輪に加わっているし、なにより彼女にとっては最適な勉強の場。

 ともあれエリサの相手も程々に、そろそろ仕事に戻らねば。


 逃走車両が曲がったのに合わせて右へバンク。いくら兎が素早く地上を逃げ回ろうとも、空の目からは逃れられない。


 ダンは燕の翼で空を飛びながら、鷹の眼光鋭く獲物を捉え続けていた。老いさらばえても便利屋の長、彼の勘はまだ冴えている。

 こいつは我慢比べで、知恵比べ。

 逃げる兎はまだ切り札を隠していると、勘が告げている。

 一挙手一投足を見逃すまい。


 さあ、次の手は――……ほう、立体駐車場か。





 四つの丸い、赤い微かな光。

 吸い込まれるテールライトの輝きに誘われ、チャンを先頭にした追跡車集団は次々に立体駐車場に突入していく。


 駐車場は四階建てで、ゆうに二百台は駐車可能。追跡車の列も受け入れる余裕がある。チャン達は目を皿にして該当するシルバーの日本車を捜索していく。


「日本車を見つけたら構うこたぁねえ、蜂の巣にしてやれ!」


 チャンの怒号が無線機を介して部下へと伝達される。

 黒服達の制止など聞く耳持たず、だ。

 車窓という車窓から銃口が突き出されていて、どの銃も弾は満タン、銃口はギラギラで怒りと殺意に充ち満ちていた。


 的には毎分七〇〇発で5.45㎜弾が降り注ぐことになる。

 車を捨てて逃げるなら、それでもいい。爆発炎上する車内でもがき苦しむ姿よりも、鉛弾で細切れにしてやる方がむしゃくしゃした気分も晴れるってなものだ。


 一階に無し、

 二階も無し、

 三階……無し。

 とすれば――


 目配せでチャンの部下は頷き、入庫出庫の両口から屋上へと包囲網を狭めていく。五台の車に分乗した追跡者達は三六〇度に目を張って網を絞っていくが、しかし……。


 屋上にも日本車は停まっていない。


 どこに消えたかなど、思う間もなくエンジン音に神経を逆撫でされるチャン。まさかと思い、車から飛び出して道路を見下ろすが何のことは無い。そこではド派手なカラーリングの改造車が騒々しくエンジンを吹かしているだけだった。


 例の日本車はまだこの駐車場内にいる。


 チャンは檄を飛ばし、もう一度部下に探させた。

 その間にも改造車のテールライトは遠ざかり、東へと姿を消しているというのに。


 ――してやったり。


 ユニコーンとトロイは静かにハイ・ファイブで勝利を祝う。


 今度こそ安全運転(・・・・)で、ユニコーンはドームの連絡道路へと足を向け、見慣れたボンネットの塗装を慈しむ。

 ありきたりな無個性なシルバーよりも、やはり個性的なペイントがあってこそだ。


 ダッシュボードのスイッチ操作で被っていた覆面を脱ぎ捨てたマシンは、息苦しさから解放され、ウィニングランを楽しむような足取りでさえある。

 その車中で、トロイに悟られないように、ユニコーンは溜息を漏らしていた。


 ――マシンの塗装に上塗りしたカメレオン塗料は、掛かる電圧によって色が変わる。塗料に含まれている化学物質の割合と、流す電圧によってどんな色にでも変化する。その変色に必要な電圧確保の為、トランクにバッテリーを積込んでいたのだが、高速走行中のハンドルには、結構な負荷となっていた。


 危険運転だったことは、トロイには黙っておく。

 なによりも上手くいったのだ。さしあたって残りの問題は――


「まだ張り付いてる? 上の飛行機」


 どうだろうか、とトロイはダッシュボードに身体を預けて上空を覗く。

 はたしてそこには、これ見よがしの飛行灯が。


「みたいだな。う~ん、俺達の本当の相手は、どうやらこっちの便利屋らしいや」

「振り切る?」


 上を抑えられていても逃げ切れる自信がユニコーンにはある。

 停電による混乱も沈静化してくる頃合いだ。ドームが封鎖されるより先に移動しなければ……ならないのに、トロイは唇を尖らせてなにやら考え事をしていた。


 彼が何を気に掛けているのか、ユニコーンには分からない。しかし、平静を取り戻した低い声は、仕事が残っていると彼女に告げる。


「ユニコーン、一つ寄り道していこう。高架下の道路へ」

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