Lying Is The Most Fun A Girl Can Have Without Taking Her Clothes Off 8
カーチェイスは最高だ。危険と隣り合わせの追跡劇に興奮しないなんて、鉛の股ぐらと同じ、不感症のインポ野郎だ。対向車と追跡車のヘッドライトは夜道の主役を照らし続けている。
風圧にビビるサイドウィンドウ、
身体は加速度に押し付けられて、
エンジンの嘶きが魂を震わせる。
ユニコーンが操る改造車は逃走劇を続けていた。
逃走ルートは彼女の頭の中にあり、ナビゲーションは不要。だというのに、助手席のトロイは一々ルートを気にしていた。
「ユニコーン、二つだ。二つ先を左だぞ!」
「運転したいならそう言いな! 絶対ハンドルは渡さないけどね、あたしの車だ!」
対向車線にはバス。その後部を舐めるようにドリフトして、左折。
トロイは思わず叫んでいた。
「フォウ! 今の見たか⁉ お前はすげぇと思ってたけど、間違ってたな!」
「そう、なにが?」
追跡車をミラー越しに確認していたユニコーンは、気もそぞろに答えるだけ。
危険運転中のドライバーに話しかけるのは褒められたことじゃないと、トロイも理解していたが、今ならチップの心持ちが理解出来た。
「どうかしてる! お前!」
『お二人さん、聞こえてる? チップだけど』
唐突に、気の抜けた声が無線機から鳴った。数キロ向こうの現状を察しろというのは無茶な話だが、それにしてもチップの声は部外者のように聞こえる。
応答したのはトロイである。
「よく聞こえてるけど、忙しい。大事な話じゃなきゃ切るぞ! こっちは逃走劇の真っ最中だって分かってるんだよな!」
『見てるよ、カメラで追っかけてるから。後ろの連中、すごい剣幕だね、カンカンって感じ』
「切るぞ!」
シートベルトを着用した上で、取っ手を掴むのに必死だというのに、雑談にかまける余裕はない。それくらいユニコーンの運転は激しかったし、トロイには余裕が無かった。
だのに尚もノタノタと話すチップに、今度はユニコーンがキレた。
「いいか、用件さっさと言わないと、眼鏡ひっぺがしてケツに突っ込んでやるぞ! いいから早く!」
『そんなに怒鳴らなくてもよくない? せっかく教えてあげようと思ったのに……、牛乳とか飲んだ方が良いよ? サプリメントでも良いけど、カルシウム摂らないと――』
「「はやくしろッ!」」
遂に同時に怒鳴り声があがった。
次にぶつくさ言いやがったら、蹴りを二発に増やしてやる。ユニコーンはそう思いながらまた角を曲がる。
『えっと……、悪い知らせ。2ブロック先、交差点で事故が起きて道がふさがってるんだ』
「あたし達が停電させたからか? ちっくしょう、ツいてないな」
『いいや、僕達は無関係。ここは停電させたエリアの外だから。とにかく新しいルートをそっちに送るから、なんとか逃げ切って』
カーナビ上に新しいルートが表示される。だが、ユニコーンはその指示に逆らいマシンを操った。最適なルートは彼女の頭の中にこそある。なにより高速チェイス中に一々指示を確認する余裕などあるはずもない。
目的地は分かってるんだ、どの道を通るかは自分で決める。
『そっちじゃないよ!』とチップが喚くが、完全に無視。
「シガレットスクエアからオーシャン通り(ブルバード)を抜ける。遠回りしてたら警察まで相手することになっちまう」
「シガレットスクエアはさっき通り過ぎたろ」
「ああ、だから……こうするのさ!」
停電の混乱の処理に手を割いているせいで、今のところ追跡車両の中に警察はいない。しかし、それも時間の問題で、故に彼女が選んだルートは危険極まっていた。
まずは百八十度ターン。
スリップ煙が消える間もなくアクセルを躊躇いなく踏み込んで、追跡車群に真っ向から向かっていく。
体感速度で一五〇㎞は出ている。なるだけ速度計を見ないように心がけていたトロイだったが、ついつい、チラと目を落としてしまう。
――一六四㎞。変な笑いが漏れる。
クラクションの脅威がいままでと段違いに跳ね上がり、トロイは絶叫して身を強張らせていた。五体満足ですり抜けたのは奇跡か、必然か。だが、彼の受難は終わらない。
ユニコーンが再びハンドルを切る。入った道は四車線の――しかし反対車線の道路である。
「おいおいおい! また逆走するのかよぉぉ⁉」
「意外とチキンだねトロイ。近道さ、近道」
8ブロック分のロングストレートだというのに、ユニコーンは躊躇無く速度を上げていく。
悲鳴の声量も同様に。
「どんだけ騒いでもいいけどシート汚さないで。また張り替えになったらトロイ、あんたがケツ拭いてよ?」
「結構、頑張って耐えてるんだ。もうちょい安全運転でお願い出来ないか、ユニコーン⁉」
「してるじゃないか」
トロイは神に祈るように天を仰ぐ。
「よく免許とれ……――危ねえ!」
危うくトラックの横っ腹に突っ込むところだった。
怖いのは対向車だけでなく、交差点から飛び出してくる車両も同様だ。むしろ目視不可能な分こっちの方が危険である。
ニアミスしたというのに「免許って?」と答えるユニコーンは涼しい顔だ。
よくこんな状況で喜んでいられる。
トロイは泥棒だ。盗みの場における緊張感は喜んで迎え入れる、どころか自ら進んでスリルの手を取るだろう。
しかしである。命を切り売りするようなカーチェイスとなると腰も退けた。
すると――神は案外近くにいたことが明らかになった。
『道を作るよ、僕に任せて』
チップの宣言から数秒後には、オーシャン通りの信号機という信号機が赤く変わる。他の車両の動きは止まり、不動の岩と同義となった。
チップは即席のコースを作り上げたのである。トロイもユニコーンも手際の良さに感心せざるおえない。
「あとでチップあげなきゃあね」
ユニコーンの言葉とは裏腹に、さらに熱を上げて逃走劇はまだ続く。




