Lying Is The Most Fun A Girl Can Have Without Taking Her Clothes Off 7
このビルの金庫室は難攻不落の要塞だ。
まずは地中深くにあり、アクセスする為のエレベーターは一基のみで、専用エレベーターを起動させるには暗証番号と生体認証が求められ、あらゆる箇所に監視カメラがあって、耐爆製の分厚い金庫の扉の前には機関銃で武装した警備員が常時二人詰めている。
だからこそトランクの背筋は冷や汗で濡れている。その全てを誰にも気付かれずに突破し、盗み出したなんてどうやって信じろという。
金庫室へ向かう唯一無二のルートをトランクは辿っていく。
ヴィンセントはトランクの護衛として監視カメラに笑顔を向け、専用エレベーターに乗り込み、地下深くへと降りていった。
白い壁、白い床。流石に地下まで装飾はされていないようだ。金庫室の扉の前で警備員にトランクは尋ねる。「この数時間で異常はなかったか?」と。
「いえ、二度の停電があった以外にはなにも」
トランクと警備員の緊張感には差があった。本物の『月の雫』が金庫に収められていることを警備員は知らないのだから責めるのは酷というもの。
「金庫内も異常ありません、監視カメラの映像を確認した警備室からも報告を受けています。勿論、中に入った人間もありませんが……」
「盗人が侵入した可能性がある」
「そんな! あり得ません。我々は一瞬だって持ち場を離れておりませんし、なによりカメラの映像でも――」
「カメラに細工されたんじゃ?」
明らかに場違いな便利屋の男。口を挟んだヴィンセントに向けられたのは、否定的な眼差しである。それだけで警備員の台詞が予測出来るというものだ。――つまり「ありえない」
「映像は警備室と警備会社で二十四時間モニターしている。細工したのならその違和感に気付くはずだ」
「停電の直後は? 一度監視システムをダウンさせて、再起動の直後にすり替えれば気付かれないんじゃねえか。二度の停電でどこもかしこも混乱してた。充分隙はある」
「警備システムにハッキングしたとでも言うのか? それこそありえない。完璧な監視体制なんだぞ」
「実際、トランク氏の部屋にあるインターホンや無線機は乗っ取られていた。金星にハッカーが何人いて、そいつ等がどんなことが出来るのかは、俺の方が詳しい。カメラが泥棒に覗かれてるならマイクも使われてるはずだ。もしこの会話をハッカーが聞いてたら、お宅の名前を従業員名簿で検索にかけて、そこからお宅の家のPCを覗くくらい訳なくやる」
そこから最悪の未来を想像したのか、警備員の顔が少し青ざめた。見られちゃマズい動画ファイルでもあるんだろう。もしそれが妻の目にでも触れたらと考えたら気が気じゃない、そんな表情だ。
だとしてもトランクには至極どうでも良いことで、彼はヴィンセント達を一喝し黙らせる。何より気になるのは金庫室の中がどうなっているかなのだから。
「便利屋、泥棒はまだ中にいると思うか?」
「どうだか。監視カメラが信用出来ない以上、確かめる方法は一つしかない」
自らの目で確かめるほかないのである。トランクは怒れる猪の様に歯軋りしてから、金庫の解錠作業に入る。
指紋、声紋、網膜認証、暗証番号。全てが合致すると重々しい金庫の扉は、ゆっくりと厳かに動き始めた。
「獣人を見つけたら殺せ」トランクは下がりながらヴィンセント達に命じた。
「御法度なんじゃなかったか、ビルでのヒト死には」
「ここなら誰にも知られねえ、どれだけ凄惨な事態になろうとだ」
「なるほどね、そりゃ気が楽だ」
嘯き、ヴィンセントは二挺拳銃をホルスターから抜き、すでに突入準備態勢をとっている警備員達の援護位置に付いた。多少の訓練はしているようでも見るからに彼等は銃撃戦の素人だ。下手に前衛に立てば撃たれかねない。
やがて扉が開ききる。
合図で金庫内に雪崩れ込み室内を確認するが、兎の怪盗どころかありの子一匹見当たらない。それになにより――金庫は荒らされていなかった。
「クリア」の声が三つ上がり、警備員が怪訝な口調で言う。
「誰もいないぞ」
ボンっと爆発音。
突然白い煙が金庫室を満たし、彼等は意識を失った。




