Lying Is The Most Fun A Girl Can Have Without Taking Her Clothes Off 6
トランクタワー・展示室。
他の便利屋達に後れを取ったヴィンセントとライナスは、急ぎ展示ホールを走っていたが、粉々に砕けた『月の雫』のケースの前でヴィンセントが足を止める。「急ぎましょう」と急かされても、彼はゆっくりとケースに近づいた。
紙切れが一枚落ちている。
裏返してみると、そいつは写真だった。
「……こいつは一体どうなってんだ」
呟くヴィンセントの片眉が吊上がる。元々胡散臭い依頼だったが、とにかくトランクに聞かなければならない事が出来た。
「どしたんスか、オドネルさん。何が写ってるんスか?」
「いや、まだ話せない。ちょっと確認してくる」
ヴィンセントは懐に写真をしまい、やるべき事をライナスに伝えた。すでにトロイはビルから逃げ出していて追跡には車が必要だ。ならばライナスに用意させておくのが都合がいい。
そして二人はエレベーターに乗り込み、ヴィンセントはトランクのプライベートフロアで降り、ライナスを一階へ向かわせた。
トロイの追跡を始める前に、どうしても確認しておかなければならない。
何故『月の雫』が狙われたのか、そして何故こんな写真があるのかを。
ヴィンセントが拾った写真。そこにはメダリストよろしく、満面の笑みで『月の雫』に噛みついているバックスの姿が写っていたのだから。
しかし当の本人、トランクはビル全体が大騒ぎになっているなんて、これぽっちも疑っていなかった。停電騒ぎの際には女を楽しんでいたので、気にも留めなかったと表わした方が正しいかもしれないが、とにかく彼は外で何が起きているのかまったく気付いていなかった。
それもそのはずだ。黒服達の間で無線は飛び交っていても、トランクの部屋に繋がる無線機だけは、チップの手によってハッキング、隔離されていたのである。部屋のロックも同様に、システムに入り込んだチップが自らの管理下に置いたことによって、黒服達はトランクの自室に立ち入ることが出来ずにいたのだ。
ようやく部屋の扉が開かれたのはしつこいノックに耐えかねたトランク自身が、内側から開けたからだ。
しかし、そこに立っていたのはよく知った警備主任ではなく、よれたミリタリージャケットを着た便利屋――ヴィンセントだった。
険しい表情でヴィンセントが問う。「説明してもらおうか」と。
依頼主に命令口調で詰問とは巫山戯た便利屋だ。自分が呼びつけられた理由が、数あわせの賑やかしにしか過ぎないというのに、一流の仕事人らしく語り付けるなんて、自信過剰も良いところだ。
トランクはまともに取り合わず扉を閉じようとするが、ヴィンセントはその扉を押し開けて無理やり室内に入った。
「何を考えている貴様! セキュリティ! こいつをつまみ出せッ!」
「誰も来ねえよ。みんな寝ちまってる」
静かにヴィンセントが告げる。銃を片手に握ったままで――。
いつ命を狙われても不思議はないと警備主任は常日頃から忠告していた。その忠告が、まさに今、現実になっているのである。――トランクから見れば、だが。
「……誰に雇われたにせよ考え直せ、倍の金額でお前を雇ってやる」
なんて言われたところで、もちろんヴィンセントは、トランクの命を狙う理由がまったくないのだから、そもそも懐柔に靡くはずもない。彼はざっと部屋を見て回ってから――ベッドルームはすぐに扉を閉めて――銃をしまった。
「お宅を殺すつもりはねえよ。なにか変わったことは?」
「お前だ。何故俺の部屋に入ってきている。廊下に警備の連中がいたはずだが」
バスローブを着直すことで威厳をかき集めたのか、トランクは傲慢な態度を取り戻している。としても、出し抜かれたことに変わりない。ヴィンセントが示す廊下を覗き込んで、彼は大きく目を見開いた。
警備に付いている黒服達は皆、廊下に倒れて寝息を立てているのである。
「俺が降りてきたらもうこの有り様だった。ひっぱたいても全然起きねえ、多分、薬で眠らされてる」
「役立たず共め、全員クビにしてやる」
そう言って一人の腹を蹴飛ばしたが、呻くだけで黒服は目を覚まさない。もう一度蹴りつけようとしたところにヴィンセントが割って入った。
「憂さ晴らしは後にして俺の質問に答えろ」
「依頼人に命令か? 便利屋ってのは随分と偉いんだな。それとも商売のイロハも知らねえ馬鹿なのか。目を離してる間に宝石を盗まれてみろ、お前等も無事では済まねえぞ」
「もう盗まれたよ、とっくに」
トランクの頬が一瞬引き攣り、それから攻撃的な笑みを刻んだ。しかし、取り乱した様子も無く彼は便利屋達の、そして黒服達の無能を責め立てたが、やはりおかしい。
態度には怒りはあっても焦りが希薄なのだ。高価な宝石を盗まれた反応としてはおかしい。いくら金持ちでも二億ドル相当の宝石を盗まれて、慌てもしないなど妙だと言わざるおえない。
攻めに転じるのはヴィンセントだ。
「お宅、俺達に隠し事があるんじゃないのか」
「俺はお前達の依頼人だぞ。雇ってやってる依頼人を疑うのか? よくそれでこれまで仕事ができたものだな」
「『人を見たら泥棒と思え』って諺を聞いたことは? 意味はそのまま。便利屋の間じゃこう言うんだ、『依頼主は疑え』ってな。お宅を信じろったってムリだね。今回の護衛依頼だってそもそも怪しいもんだ、例えば、展示室あった『月の雫』……あれがレプリカとか、だ」
トランクの後ろ姿の強張り具合から察するにビンゴだ。とぼけようったって、そうはさせない。ヴィンセントの攻勢は続く。
「本物は別の場所に保管してるんだろうよ。この部屋の金庫か、地下の金庫室か。お宅がどんな悪巧みをしてたのかは知らないが、その計画の証人として俺達を呼んだ。警察に守らせたらマズい理由でもあるんだろ? ……まぁ、そこはどうでもいい。とにかく問題はWR(奴)がお宅の計画を見抜いてたってことだ。しかも完璧に」
ようやく振り向いたトランクに突き付けたのは、展示室で拾った写真である。その写真が意味するところを一番理解出来るのは彼以外に有り得ない。みるみる青ざめるトランクの顔色が全てを物語っていた。
撮影場所は地下の金庫室。背景で空いている小さな金庫は、トランク自ら宝石を隠した金庫の番号とすっかり同じで、白いスーツを着た兎の泥棒がかじっているブルーダイヤは紛れもなく『月の雫』である。
あり得るはずがない。だが、確認しなければならない。
トランクは急いでスーツに着替えるとヴィンセントを呼びつけてて、金庫室まで同行を命じた。なにしろ黒服の大半は既に逃げた泥棒の追跡に出ており、ビルに残っていた黒服の大半はプライベートフロアの廊下で夢の中。あとは警備室でカメラを監視している太った警備員がいるだけで、動ける護衛がいなかったのである。断る理由もないのでヴィンセントは承諾した。




