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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse Lying Is The Most Fun A Girl Can Have Without Taking Her Clothes Off
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Lying Is The Most Fun A Girl Can Have Without Taking Her Clothes Off 4

「よしァあ!」と、慣れない歓声を上げてチップは思わず手を打った。


 ドームの地図に重ねた携帯の位置情報が更新され、街の中心――トランクタワー――へと向かっていた飛行機は進路を変えて、宇宙船ドックへと高速で移動していた。


 対して行く末を見守っていたナインは大きく息を吐いて天井を仰ぎ見る。

 危うい綱渡りだった。ともあれなんとか乗り切ったのは、爆破係として何度も盗みに参加したナインの経験あってのこと。相手の行動を誘導することが出来なくてはバックスと一緒に仕事は難しい。


 思わぬ形で開幕のベルが鳴ったが、ミッドナイトライブの本番はこれから。

 幕を上げるのは……、いや幕を下ろす(・・・)のは他ならぬナインの仕事。しかし彼は「しまった」と残念そうに呟いた。


「え、なに……ちょちょ、やめてよ、ナイン。今になってそんなこと言うの、不安になるじゃないか」


 見落としがあったのかとチップに緊張が走る。今更になって忘れたことがあったとしても、取り返しなど付くはずがない。予告時刻まで後、十秒だ。


「ああ、とんでもない失敗をしちまった、大仕事だってのにやらかしたぜ」

 そう嘯いて、ナインは腕時計を確認し、起爆装置のボタンに親指を乗せた。

「こっからじゃあ、折角のショーが見えない」


 トランクタワー付近の地下に仕掛けられた少量の爆薬が爆ぜる。ハブを中心に段々と摩天楼に闇が舞い降りていくのだ。

 眺められないのが残念。この倉庫からじゃあトランクタワーの頂上が僅かに見えるだけだ。勿体ない、どうせなら空から眺めればよかった。


 最後に、蝋燭を吹き消すようにして、トランクタワーの頂上から灯りが消えた。





 便利屋達は壁を背にして『月の雫』を囲むように展示室に張り付いていた。

 ヴィンセントにライナス、チャンが率いる便利屋集団――……そしてトロイ。


 ライナスはしきりに辺りを気にして、きょろきょろと周りを、というかトロイを気にしていた。


 ビルが停電したのはその時だった。


 目の前が真っ暗になるという表現があるが、光を奪われると、視力便りで生活している人間はパニックに陥る。少なくとも数秒足らずで平静を取り戻すことは中々に難しい。それは場慣れした便利屋であってもだ。


 チャンが怒鳴る。「オイ、一体どうなってやがる⁉」

 彼の部下も同様に、動揺していた。

 怒鳴り合っているだけで泥棒が捕まるなら楽なもんだ。


 この混乱の中で自在に動けるのは、何が起きるか知っている人物だけである。例えば、停電を事前に知っていて、仮想空間を目隠しで歩き回ったりしていた人物とか。


 長い十秒の後に予備電源へと切り替わりビルに灯りが戻ると、ショーケースは粉々に砕け、『月の雫』は忽然と消えていてる。

 ライナスが見ていた先、そこにいるはずのトロイもまた展示室から消えている。


「くそ、やられた!」


 銃を手にして駆けだしたのはヴィンセントだ。

 他の便利屋がまだ状況を把握し切れていない中、廊下を走り抜け向かったのは非常階段の扉である。だが、緊急時には開放される非常階段の防火扉も、ビルに電源が戻った今は再び施錠されていて、いくらノブを動かしても開かない。

 蹴破ろうとしたところにライナスが駆けつけてくる。


「すみません、オドネルさん! 見逃したッス、トロイは⁉」

「おせぇぞ、ライナス。奴はこの向こう側だ」


 ヴィンセントが忌々しげに防火扉を蹴りつけるも、無論、扉はびくともしない。


「みんなエレベーター前に集まってます。僕たちも行きましょう、まだ間に合うッスよ」


 二人は廊下を再び走り抜け、エレベーター前へと戻る。





 トランクタワー一階エントランス。

 『月の雫』強奪の報は監視カメラを見ていた警備室の人間から、各区画の警備担当者へと即座に伝えられた。しかし、どういうわけか、泥棒の姿は何処にも映っていないという。


 ホテル内での死者は厳禁――このお触れはトランクに雇われている警備員達にも有効なので、一階の直通エレベーターホール前に駆けつけた黒服達の脇には実弾の込められた銃も下がっているものの、彼等が現在構えているのは非殺傷のテーザー銃だ。もしもこの泥棒が武装していたとしたら、抵抗も出来ずに殺されてしまうかもしれない。


 その不安はエレベーターが一階に近づくごとに大きくなっていった。


 ごくり、と――一人が喉を鳴らす。


 その時だ。不安を助長するかのように、またもビルが停電したのである。


「落ち着け。その場から動かず、冷静に対処しろ」


 流石に二度続けてならば余裕も生まれる。一人が懐中電灯でエレベーターを照らし、他の黒服達はテーザー銃を構えたままで待ち構える。泥棒が降りてくるとしたら此処しかない。


 だが、やがて、何事も起きずビルに灯りが戻った。

 黒服達は互いに顔を見合わせ、エレベーターを注視する。と、一人が気配に気付いて廊下の角に目を向けた。


「誰だ!」


 そこにいたのは清掃員である。いきなり銃を向けられた哀れな清掃員は、持っていたモップを取り落とし、「撃たないで!」と悲鳴を上げた。


 黒服の一人が尋ねる。「ここで何してた」と、

「そ、掃除です」


 清掃員は心底怯えた声で簡潔に答えた。他に喋ることもできないのだろう、いきなり銃を向けられては無理もない。


「そっちには非常階段があるな。誰か降りてきたか」

「い、いいえ。誰も見てません。何かあったんですか?」


 この一大事に『何かあったんですか』だ。清掃員の間の抜けた質問に、黒服は向けようのない憤りを噛み殺す。


 いくら彼等が雇い主の財産を守ろうとしても、守られる本人に防犯意識が足りていなければ、難易度は上がる一方。ましてやトランクは、泥棒が失敗すると高をくくり、娼婦を呼びつけ遊ぶ始末。泥棒が盗みに来ると予告がある日にも清掃のバイトを、ビル内に入れるなんてどうかしている。


 しかし、その怒りを怯え倒している清掃員にぶつけたところで仕方がない。しかもだ、もうすぐエレベーターが降りてくるのに、こんな邪魔者にかまけていられない。


「邪魔だ、早く行け」

 一人が追い払うように言ったが、今度は別の黒服が制止した。

「待てよ、行かせていいのか? こいつが犯人かもしれないだろ」

「防火扉は鍵が掛かってるうえに、展示室は六〇階にあるんだぞ。そこからどうやって一分足らずで降りてくるって言うんだ」


 どんなに急いで駆け下りても二〇分くらいは必要だ。「それもそうだと」黒服達は納得し、反論は誰の口からも出なかった。



 ……不可能な話だ。普通に駆け下りたなら。

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