Lying Is The Most Fun A Girl Can Have Without Taking Her Clothes Off 3
阿呆鳥は止まり木で羽を休めている。
今は工具が奏でる軽やかな音色も、馬鹿みたいに喧しい銃声も、子供と遊ぶ皮肉めいた男の声もない。
アルバトロス号は眠ったように静まりかえっているが、眠たい瞳を時々こすりながらエリサはまだ起きていた。帰ってくるみんなを迎えられるように晩御飯の支度をして、大きい船を一人で守っているのである。
――だって、頼まれたもん。エリサがお船を守らなくちゃ。
しかし、子供が寝る時間はとっくに過ぎてしまっている。眠ってしまわないように、本を読んでいたエリサだが、むしろページに敷き詰められた活字は少女を夢の世界へと誘うばかりで、首がかくりと落ちる度に時計の針はワープしていた。
そんな時だ、船の電話が鳴ったのは。
ビックリして尻尾を逆立たせたエリサはすぐに受話器に飛びついた。
ところがである。ヴィンセント達からの電話かと思って喜んでいたのに、電話口の相手は全然知らない人だった。
刑事だと、電話の相手は名乗った。
最初、刑事は大声でがなったが、電話の相手が子供と分かるや、話し方が代わり、丁寧に丁寧に事情を説明する。
『入港管理局から、不審な船が停泊していると通報を受けたものでね。驚かせて申し訳なかった。お嬢ちゃん一人だけなのかい? パパかママに代わってもらえるかい?』
寝ぼけ眼をこすって時計を見るエリサは、少しヘンだなと首を傾げた。
そして――…………
垂直離陸完了。
反重力システムをミニマム、車輪格納、スロットルアップ。
ノズルより火焔を噴いてラスタチカは夜空へと舞い上がる。葉巻とバーガーで膨れた中年男性を乗せている割に、その離陸は軽やかだ。
高度を充分に確保すると飛行ルートを設定し、ダンは操縦桿から力を抜く。あとはAIの自動操縦に任せておけば、勝手に監視地点まで飛行してくれる。手動操縦は地上で事が起きるまでお預けである。が、予定よりも早くダンは操縦桿を取ることになった。
きっかけはエリサからの電話である。どうも困惑したような、怯えたような話し方が、ダンの表情を渋くさせた。
『ちょっとヘンだったから、あとでかけ直しますって言っておいたの。刑事さんだって』
情報を漏らさず、電話を切ったエリサの対処は素晴らしい。しかしダンの眉間には深い皺が寄るばかりだ。
事情聴取の電話だと? 深夜に?
もしも船籍偽装が発覚していたとして、入港管理局から警察へ連絡があったのだとしたら、電話での確認など取らずに連中は乗り込んできている。なぜならアルバトロス商会は便利屋であり、余り大きな声では言えない秘密の荷を運ぶこともあるからだ。ともすれば、今頃、宇宙船ドックは大騒ぎで、エリサも連絡する余裕などないだろう。
この刑事は怪しい。それは間違いない。刑事ではない可能性すらある……むしろ、その可能性の方が高いくらいだ。
だとすると電話で刑事が確かめたのは船籍偽造についてではなく、現在アルバトロス号に誰がいるかだ。
「エリサ、ブリッジに上がって船をロックダウンしろ。やりかたは分かるな」
『う、うん』と、エリサの返事は不安気だが船を守る為の方法は教えてある。あとは彼女が出来るかどうか。
「くれぐれも、電話が掛かってきても出るんじゃないぞ、エリサ。すぐ戻る」
冷静に通話を終えるや、急ぎ旋回したラスタチカは機首を宇宙船ドックへと向ける。
即座に機体を安定させると、ダンは他のクルー達を無線で呼び出した。ナイトライブ開幕直前だ、応答は早い。
「残念だが悪い知らせだ」と、開口一番にダンは言った。
『離陸の仕方でも忘れたのか? 反重力使用時は機体が振動することがあるから注意だぜ』
「ラスタチカの癖はお前よりも詳しいさ、ご忠告痛み入るなヴィンセント。こいつは俺の戦闘機だぞ」
『どうしたのさ?』
しゃがれた声で尋ねたのはレオナだ。今回のヤマを一番楽しみにしているのは、確実に彼女だ。邪魔が入ると聞くだけでも苛つくのだろう。
「誰かが俺達に探りを入れている。アルバトロス号に刑事を名乗る男から電話があったようなんだが、どうもにも怪しい。エリサの話を聞く限り、誰が船に残っているか確かめようとしている節がある」
『こんな時間に、どこのどいつ? これからショウタイムだってのに水差し野郎め』
便利屋は様々な事柄に首を突っ込む性質上、同業者にも賞金首にも敵は多い。商売敵を蹴落とそうと狙っている同業者に嵌められたなんて話はザラに聞く。
「最近は大人しくしていたが、俺達は暴れ回った過去がある。特にエリサ絡みでの一件は金星周りじゃ根深い。念の為にこれから一度船に戻り、安全を確認してくる。チビ一人にしておいて、また拐かされたんじゃかなわん」
『了解。監視は俺達二人で続行する。そっちはよろしくな』
すると大きな溜息が、苛立ち混じりに吐き出された。続いたのはレオナの愚痴である。
『だから言ったんだヴィンセント。昼間にアタシに撃たせときゃあ解決してた』
『ビルに鉛弾ブチ込んだって指名手配されるのがオチだっつの。お前がとっ捕まっても弁護側の証人席には座らねえからな』
すぐ小競り合いだ。
優秀な二人なのだが、こうして摩擦を起こしたがるから全面的に現場を任せるのには不安が残る。しかし、反発し合うからこそ上手く回っている部分もあるというのが、ダンが二人に抱く評価であった。
ようするにこの二人、負けず嫌いなのである。
「一度、監視から離れる。出し抜かれるな、俺達はすでにツーストライク奪われている」
『ヘイ、ダン。何分でも戻るんだい?』
「十分だ」
ヴィンセント達は時計を確認しているのだろうか、無線からは沈黙が返る。十分――それは予告状の時間に間に合うか、間に合わないかギリギリのラインだった。




