Lying Is The Most Fun A Girl Can Have Without Taking Her Clothes Off 2
彼にとって場所は大した意味を持たない。
広い部屋は苦手。というよりも狭いところが好きだ、もっと具体的にいうと1DKくらいの部屋でいい。パソコンさえ有ればどこだっていい。なんたって両手を伸ばす場所さえあれば、ゴーグル越しの電子世界を泳ぎ回ってどこでも行ける、しかも光の速さで。
ネットは無限ではないけれど、まだ無限ではないだけだ。これもまた光の速さで拡がり続けている。ウェブとはいいネーミングセンスだと思う。世界中で孤立している蜘蛛の巣が相互にリンクし共鳴し、広大な世界を生み出したのだ。
繋がっているとは――つまりは手が届くということ。いつでも、どこでも、誰とでも。そして、どこからでも、だ。顔も知らない相手を探し出すこともでき、要注意人物がカードで支払してくれれば、一発で居場所まで判明だ。
ドーム都市内に点在している小型宇宙船用の駐機場。
そこに隣接している食堂で、ダンが支払を行ったと、チップの画面に表示が出て、トランクタワーの監視カメラを覗き見ていた彼に緊張が走る。アルバトロス商会のボスの名前は、チップにとってブルースクリーンくらい見たくないものだった。
「そんなバカな!」と、すぐさまチップは宇宙船の入港局にハッキングを仕掛けたが、アルバトロス号の記録は二週間前の出港記録があるだけで、入港した記録はない。
それもそのはずだ。
アルバトロス商会の河岸であるゼロドームは、金星きっての悪所であり、密輸品の出入り口。このドームを搬入口として、金星中に麻薬などがバラ撒かれる。そして、仕事柄その手の事情に精通している彼等は、どのルートを使えば記録を残さず星に出入り可能かも知っている。秘密に行動する気があれば、水面下で動けるのである。
チップは監視を怠ってはいなかったが、相手が地の利を得ていることを見逃していた。
食堂付近にある今現在の監視カメラの映像を確認すると、そこには小型機用駐機場へ向かうモヒカン頭の中年男性が映っている。カメラを切り替えて追いかけると、宇宙戦闘機に乗り込み、離陸準備を進めているようだった。
これはマズい、空から監視するつもりだ。
電子機器の目を欺けても、人間の目までは誤魔化せない。撤収時に頭上に張り付かれていてはユニコーン達が捕まってしまう。チップの足が落ち着きなく音を出し始める。
「カタカタうるっせえよチップ、便所なら行くなら早く行けって」
小馬鹿にしたようにナインが言うが、神経質になっているチップには、まったく全然笑えない冗談だった。
映像を見せてやるとナインも状況を理解した。「おっと」と呑気な返事が出ても、その表情は非常に険しい。
バックスとトロイは現場にいるし、ユニコーンは撤収準備地点に向かっている。いま隠れ家にはチップとナインだけだ。
「あぁ……、えっと、こういう場合はどうすればいいのかな?」
「そらぁ、なんとかするんだよ」
「なんとかって言うけど……、どうするの? 具体的に」
「――そうだな」とナインは唸り、腕組みしたまま歩き始める。リーダー不在の状況において、発生した問題はその場にいる者だけでも解決しなくてはならない。彼等は各々の分野におけるスペシャリストのチームなのだ。
チップがアルバトロス商会の情報をホワイトボードに表示する。
持てるカードは少なく、時間もないが、ナインは可能なかぎりの案を出してった。
「思いつくのは『ER』『裏の小道』それに『パンツ・パーティ』だが――」
どれもこれも準備に時間が掛かるうえ、引っ掛ける為の女もいないし、そもそも人が足りない。
事は緊急を要するのだ。今すぐにでもこの戦闘機を、船に飛んで返さなくてはならないのに、チップはパニクるばかりだった。
「ねえナイン。僕、泥棒は初めてなんだ。分からないよ、泥棒同士の暗号じゃあ。――とにかく、あの、時間を稼がないと」
「ならハッキングは?」
チップは首を振る。
宇宙船のコンピューターは一般船舶であっても強固なセキュリティプログラムと、何重もの防壁で守られている。航行中にハッキングされたら最後の宇宙船のセキュリティは非常に固い。突破することも可能ではあるものの、いかんせん時間が掛かりすぎる。それにあの機体は見るからに戦闘機だ。電子攻撃に対する対抗手段もあるだろう。下手に突いて電磁場を乱すエヴォル粒子を捲かれたら、計画そのものが破綻しかねない。
もっと別の手段が必要だ。流れを堰き止めるのではなく、脇へ逸らす手段が。
カメラ映像は無慈悲にも飛び立とうとしている、戦闘機の姿を映すばかり。そうこうしている間に、離陸準備を終えた機体は反重力装置でふわりと浮き上がり、車輪を格納する。安全高度まで上昇すると、エンジンを猛らせて発進してしまった。
「ああ……」と、情けない声がチップから漏れる。もうすぐ大一番って時に、こんな不公平があっていいのか。
チップは項垂れるばかりだが、ナインはまだ諦めていなかった。
そう簡単に諦められるものか。この仕事にはナインの家族の将来がかかっているのだから。ナインは探している。――アルバトロス商会の弱点を。
組織や会社は、建物と同じだ。差し詰め、目には見えない建造物とでもいおうか。ピラミッド型か、或いはビル型か。とにかく人が集まって出来ている以上、必ず脆い一点が存在するはずなのだ。
解体出来ない建物はない。これはナインの自負するところで、彼はアルバトロス商会の図面の中に、イレギュラーを見つけた。
白い毛皮の、狐の子供は便利屋の面子にはそぐわない。彼等がこの少女を船に置いているのには理由があるはずだ。小間使いか、或いは損得ではない、もっと感情的な理由。
後者ならば望みはある。
「この子供が狙い目だ」が、チップのすぐに反対した。この少女を――エリサを攫った誘拐犯がどんな目に合ったかは、しばらくの間、金星界隈のはみ出し者達の語り草で、チップの耳にも入っていたから。
深夜の港での大虐殺。
マフィアの内部抗争の渦中。相手は三〇人近くの武装したチンピラだったが、そこにたったの二人で乗り込んで、殺すだけ殺して少女を奪還したのである。
とりわけ危ないのが大柄な虎の獣人女、レオナだ。
命が惜しかったら阿呆鳥に手を出すな――それが金星に暮らす悪党の共通認識だった。
「まま、まさか、ゆ、誘拐するつもり⁉ 僕はイヤだよ、まだ死にたくない!」
「このヤマしくじれば、お前さんだって逃げ場ないんだろ。四の五の言ってる場合かって。それに誘拐なんて言ってないだろ」
ナインは、それでもまだシャンとしないチップの頭を軽く叩いて気合いを入れてやった。逆転の手をうつには、こいつのおミソが処理落ちしてると困る。
「あ、あぁ……そうだ、そうだね」
「この問題を解決しねえと! 俺達で。バックス達は現場に掛かりきりで、俺達でやるしかねえんだ。シャキッとしろ! 船の場所と周辺のカメラ、それから電話番号を」
いつもよりは時間が掛かったが、それでもよくやった。画像照会で、チップはあっと言う間にアルバトロス号の現在位置を掴んだ。
なんと八番ドーム外周の宇宙船ドックにいるじゃないか。おそらくはゼロドーム付近で密入星し、偽装船籍で八番ドームに付けたのだろう。ドーム間の往来は長距離トラックの移動のようなものだから、チェックも緩い。
ドックにあるカメラ映像を遡り船員達の出入りを確認すると、狐少女だけが船に残っているようだ。
「よぉし、いいぞ。狐の嬢ちゃんはひとりっきりでお留守番ってこったな」
ケータイを取りだしてナインはほくそ笑む。希望が見えてきた。




