Lying Is The Most Fun A Girl Can Have Without Taking Her Clothes Off
陽が落ちる。
正確には陽が隠される。ドーム都市を覆う天蓋が住民に夜を与える為に、晴天を紅に変え、宵を導く。だが街自身は、その誘いに抗うようにして煌々と照明を焚き、真夜中の世界を彩るのである。
夜になってこそ目を覚ます怪物の寝所。ここは摩天楼の巣窟だ。
輝きの数々を、その巣窟を睨め下ろす窓際にヴィンセントは立っていた。地上六十階から眺める夜景は、まぁ悪くはない。
玉座の主に忠誠を誓っているかどうかは話が別だが、気分は王座の傍らに控える近衛兵だ。
「いい景色だと思わないか、トロイさんよ」
外を眺めたままで、ヴィンセントは背後を通りがかったトロイを呼び止めた。予告時間が迫る中で悠々と過ごしているのはヴィンセントと、ライナス、トロイの三人だけだ。他の便利屋はそれぞれの緊張を抱きながらとっくに持ち場についている。
「……持ち場に付けよ、お互い無駄話してる場合じゃねえだろ? オドネル」
「どこもかしこも、きらきら光ってて宝石箱の中みたいだ」
黙って話を聞けとばかりにヴィンセントは続ける。
「ドデカい宝石箱さ、ここにはとんでもねえお宝が詰まってる。掴み取りとは言わねえが、上手く拾い上げれば一攫千金だ。相手が相手だし、盗みたくなる気持ちもわかるけどよ」
窓に映るトロイを値踏みするように目を細める。彼は動じた素振りも見せず、ただ廊下の先だけを見ていた。
「どうせ盗むなら金持ちからだよな、膨れてる財布の方が誰だって好きだ。それにこいつらは保険で取り戻せる。大抵の人間は一度無くしたらそれまでだが、こいつらはちがう。だから泥棒もトランクを狙ったんだろう」
「…………中身だ」
ぽつりと、トロイ。鞄は荷物になるからと、彼は続けた。
「ふっ、ちげえねえ。中身だけいただけりゃ充分か」
「それとも別の理由かもな」
今度はヴィンセントが顔を顰める番だった。別の理由の意図はなんだ?
トロイが窓際に並び立ち、彼もまた無表情に夜景を見下ろす。そして思わせぶりに嘯く。
「金が目的じゃあない。――怪盗が送りつけてきた予告状は見てるな。兎のロゴが入ってる、小さいカードだ」
ルイーズに渡された資料に付属していた名刺サイズの予告状。ヴィンセントが見たのはコピーだが劣化はしていなかったと思う。特に目立つこともないカードだったがトロイは、その何の変哲も無い予告状に、新しい情報を付け足した。
――曰く、偽物だと。
コピーはコピーでも、偽物のコピーとなれば大事だ。大前提がひっくり返り、そもそもの警備依頼自体が怪しくなる。
片眉吊り上げたヴィンセントと佇むトロイ。二人が纏う静寂は、場所特有の静けさよりも明確な重さを持っていた。
気まずい沈黙が暫し、続く。
場数を踏んだ二人の腹の探り合いを傍聴していたライナスも流石に動揺を隠せず、雰囲気にも圧し負けた彼は、当然の疑問を口にした。
「トロイさん、教えてほしいんスけど、偽物だとどうして言えるんスか」
トロイは面倒そうな仕草で振り返ると、胸ポケットから見覚えのあるカードを取り出す。
挨拶の際にトランクが置いていった予告状だ。この男、素知らぬ顔でスっていたらしい。兎のロゴと裏面の予告分を示して、細部が本物と異なると彼は説明する。
この予告状は、別の盗みで使われた予告状のコピーであって、そもそもマーク自体はネット上にいくらでも転がっている。プリンターさえあれば小学生にだって複製は容易いと。
しかも、トランクはこの事に気付いているという。
「理屈は分ったッスけど、分かんないっす。予告状が偽物なら、どうして自分達が呼ばれたんスか。必要ないッスよね」
「よくこんな青二才を選んだな。――俺にはよく分かってる。お前が呼ばれた理由も」
憐れみか、納得か。トロイの語り口は新米便利屋に顰めっ面させるには充分だった。ライナスがその意味を頭の芯で理解していれば、だが。
予告状が偽ならば泥棒はそもそも盗みになど現れない。だのにこの警戒態勢は、どう考えてもおかしい。盗みを警戒していないのならば過剰だし、逆に警戒しているのならばあまりにもザルだ。
噛合わない歯車ってのは気持ちが悪い。不可思議な現象、現状には裏があるのが常である。洒落た服を見繕う暇があるのならば、集めうる情報を集め、じっくりとっくり見定めなければならない。それが地面の上を歩き続ける秘訣だ。
つまり何が言いたいのかというと、ライナスには慎重さが不足していた。




