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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verce Balaclava
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Balaclava 10

 翌日、夜

 バックスとユニコーン。


 獣人社会に対して公平という体面を保つ為だけに募集されている広告が渡り船となるなんて、想像だにしていなかった。と、いうのがユニコーンの感想である。そして予想外に、詐欺師としては全くの初心者である彼女も一線に参加していた。


 ユニコーンはストリートのお洒落を脱ぎ捨て、簡素な作業着に着替えていた。少し遅れてバックスと合流し、従業員用口からトランクタワーへ入っていく。


 すべすべの肌は野暮ったい衣服の下に隠れていて、ハンドルを握る手が掴むのは、清掃道具をまとめたカートの握りである。がらがらとベアリングが不調を訴えながら進んでいくのは、トランクタワー最上階――そう、『月の雫』が展示されているフロアだ。


 興奮と緊張が混ざり合ったユニコーンの心臓は爆発寸前だ。なにしろ深夜の清掃バイトとして敵地ど真ん中に潜入しているのだから。

 ユニコーンはモップを取りだして床を磨きながら『普通に仕事してれば疑われないさ』と気楽に言ったバックスを心底恨み、隣を歩く人間の青年に目を向ける。


 気弱そうで、でも真面目な雰囲気の学生といった感じの顔立ちだ。学費を稼ぐ為に働いていると説明すれば、十人中、十人が信じるだろう。初対面の相手は、誰もあの仮面の下にある獣の顔に気付きもしない。事実として、一階の警備員も展示フロアの警備員も、この学生風の青年がバックスであると見抜けなかった。


 すごい変装技術だ。よくよく観察しても人間にしか見えず、疑問を抱く余地すら与えない。ユニコーンだって、事前に変装だと知っていなければ、バックスとの待ち合わせ場所で待っていたこの青年を追い払っていた。しかも――


「どうしたんです? 手が止まってますよ」


 と、まぁ役者さながらに完全に学生バイトAになりきっているバックスは、声音まで変えて清掃という職務を全うしているので、ユニコーンは緊張状態を緩めること出来なかった。


「気軽に言わないでよ……。敵地ど真ん中だっつの」

「きみが言い出したことじゃないか、手伝いたいと。安心して、作業服でもイケてるよ」

「ちっとも嬉しくない。後で耳引っ張ってやる」


 やがて画廊を磨き終え、中央展示フロアに入ると、バックスは一瞬だけ、力の宿った目でユニコーンに合図し、行動を起こした。近くの警備員に声を掛けて、『月の雫』が収められているケースの近くへと呼んだのである。


「あの~、すみません。これって触ったらマズいですよね?」

「当然だ」と警備員は怒った。


 あくまでも至極真っ当に、そして真面目に職務を果たすように、几帳面な学生風の口調でバックスは警備員に説明していく。「ケースが汚れているんです」と、彼は口ごもりながら言う。


「磨きたいので警報装置を切ってもらえませんか」

「そんな馬鹿な事が出来るわけがないだろう、クビになりたいのか」


 気圧されている風を装い、バックスは顔を伏せた。

「ですが……、汚れているままだと、トランクさんはお気に召さないのでは? このままにしておいたら、僕たちどころか、貴方まで解雇されてしまいます」


 暴君さながらの雇い主ならやりかねない。そんな思いが警備員の頭をよぎった。その動揺をバックスは嗅ぎ付ける。


「ね? ちょっとの間だけでいいんです、すぐに綺麗にしますから。どうかお願いします。ここのバイトで学費を払ってるんですよ、クビになりたくないんです」


 警備員は唸って考えた。諸々のリスクと保身、最悪の結果を避ける為にはどうするべきか、眠気混じりの脳細胞で考える。結果、彼は無線機のスイッチを入れて警備室に連絡を取ってくれた。


「はやく終わらせるんだぞ」なんて言われるまでもない。

「ありがとうございます。じゃあ早速――」


 バックスは手早くクリームを塗り込み、ケースを磨き上げた。そりゃもうピカピカの仕上げて今夜の仕事は完了だ。それからトイレに非常階段。同じフロアの残りの清掃を終わらせて、二人はビルを後にする。


 朝焼けの摩天楼を駆けるシルバーの日本車。ユニコーンは眩しさに目を瞬かせ、助手席の男に尋ねる。盗む気になれば、今夜にもやれたのではないか?


 するとバックスは覆面(バラクラバ)を取る様にして、毛皮の顔を露わにやにやと笑った。理由はなんとも馬鹿げていながら、反して自信と矜恃に充ち満ちている。


「君はレースと安全運転だったら、どっちが好きなんだい?」


 普段はゆったり安全運転を心がけていても、本能がスピードを求める。道が複雑であるほどに、狂気の囁きがアクセルを踏み込ませる。どうしようもなくアドレナリン中毒、酔ってなきゃどうにかなりそうだ。


「話したいことがあるんじゃないかな、ユニコーン。僕でよければ聞くよ」

「遅れたのは謝るよ。でも仕事はキッチリやってるでしょ」

「それは、話したいことがあるってことだね。きみは時間に厳格だ、余程の理由が無い限り遅効などしない。車の扱い方で分かるよ。……お母さんの具合、良くないんだね」

 動揺はユニコーンの愛車が教えてくれた。

「そっか……調べたんだ。ま、隠し通せると思ってなかったけど」

「……悪く思わないでほしい。この仕事(ヤマ)は僕のものだ。無事に終わらせる為には、皆のことを知っておかないといけないから」


 ユニコーンは目を細める。朝焼けが目に染みた。

「思ってないよ。金が必要でさ、母は重度の変化病なんだ。……無理やり誘う気ならレース会場に来た時、母のことを話したでしょ? 母のことで脅されてたら断れなかった。でも、あんたはあの日、知っていながら口にしなかった。……誘ってくれて感謝してる」


 彼女は徹夜明けのしゃがれ声で笑う。これは神が与えたもうたチャンス。結果が形として顕現するのは一ヶ月先になると、バックスに言われている。


「停電の仕込みはナインがするんだっけ。爆発させなきゃ良いけどね」


 ユニコーン達の仕込みは完璧だった。なにせ掃除道具を乗せたカートの重さが、清掃の前と後で大幅に軽くなっていることは、誰にも気付かれていなかったのだから。




 金星の一日は長い。

 比喩表現ではなく時間として長い。それも半端じゃなく。


 そもそも一日(・・)という時間の基準はその惑星の自転が一周するのに掛かる時間のことだ。だから当然、その星ごとに一日の長さは異なる。地球の自転が一周するのに必要な時間が二十四時間。だから地球で長いこと生活してきた人類にとっての一日とは、つまり二十四時間だ。夜更かししようが、昼も夜も馬車馬の如く使われて病もうが、二十四時間で一日進む。


 じゃあ金星はどうだろうか。一周の自転に掛かる時間は、驚きの5,832時間。日に直したら243日で、野球の一シーズンよりも長いとくる。


 一日が長いということはつまり昼の時間も長いわけで、これを利用しない手はないと金星ドーム都市の電力は、複数箇所に建設されたメガソーラーによる太陽光発電で賄われていた。

 発電所で作られた電気は、ずず~っと地中の送電線で引っ張られてきて、変電所を通りそれぞれのドーム都市へと分配される。さらに都市内部のハブから別れ、東西南北に供給、そこからさらに街のエリアごと、ブロックごとと細分化し、供給、管理されている。


 都市全体を停電させるのは非常に困難な上に、命の危険を伴うが、特定のブロックを十六世紀まで戻してやるだけなら、大した事はない。ただ一点、弱点を締め上げてやれば良い。


 ナインは安全帽を被って日中の通りを歩いていた。面倒そうに車よけの三角コーンを振って車両を誘導する様は、いかにも蒸し暑さに苛ついている作業員でございといった雰囲気である。


 実際、通行人にはナインが作業員に見えていただろうし、手慣れた動作でマンホールの蓋を開けている最中も全く怪しまれなかった。そのまま地下に姿を消しても、スーツ姿の務め人は誰も気にしない。


 あとの仕事は簡単。地下へと潜ったナインは下水管を進んで、ブロックへの電力供給を管理しているハブに少量の爆薬を仕掛ける。ドーム都市の根幹を担うシステム故に、ソフト面でのセキュリティは非常に強固だ。だのに末端のハードウェアの甘さときたら目も当てられず、呆れるばかり。監視カメラの一つさえないなんて、盗みを企む悪党に爆破でもされたらどうするつもりなんだ。


 なんなく仕掛けを終えたナインは、二十分と経たずに地上に戻った。


 眩しさにサングラスをかけて見上げるのは、トランクタワーの最上階。彼は真っ白な歯を存分に見せつける笑みを浮かべていた。


 てんやわんやの大騒ぎまで残すところ数日。


 ナインが潜ったのは、トランクタワーから数十メートルしか離れていない地点だったが、道行く人は、やはり彼の仕事に興味を示していなかった。

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