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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verce Balaclava
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Balaclava 8

 ドームの外気温は天候制御システムによって管理されている。八番ドーム本日の最高気温は二十六度、湿度も低くカラッとした過ごしやすい天気だが、数時間続けてビルの屋上で陽に炙られ続けていると、じっとりと額に汗も掻く。


 あと数時間はここにいなくちゃならないが、宇宙船での缶詰から解放された分だけ、幾分か気持ちは晴れやかだ。

 目を移せば景色がある開放感たるや。しかも、この景色は絶景だ。


 レオナはライフルスコープから目を外して、汗を拭う。


 彼女が陣取ったのはトランクタワーから五百メートル離れたビルの屋上である。距離こそ離れているが、トランクタワーの周囲を含めて監視出来るポジションは、この場所以外に無かった。


 攻撃的な気持ちが、彼女を囃し立てる。撃たせろ、撃たせろ、撃たせろと、急かす右手を振ってリラックスさせていると、着信音が鳴った。相手はヴィンセントだ、ハンズフリーにして床に投げる。


『レオナ、干上がってなかったら応答して、どうぞ』

「静かなもんさ。ビルの周りの連中もヒマしてやがる」

『水分補給しっかりしとけ、熱を甘く見てると痛い目みる。お前はナチュラルに毛皮着用だ』


 空調完備の涼しいところから言いやがってと、レオナは毒づく。

 急ぎ金星に戻ったレオナに振られた役割は、泥棒達の動きをビルの外側から監視することだったが、その役割の必然として、他の便利屋達の監視も彼女の仕事となっていて、既に目視困難な長距離から、虎の眼差しは便利屋達の監視地点を発見していた。


「交差点に一人、百メートル南のビルに二人、通り向かいの本屋にも一人。あ~、チャンの部下もいやがる。……あれで隠れてるつもりかよ、頭も尻も丸出しじゃねェか」

『本当に宝石守る気あるのか怪しいぜ。ビルの様子はどうよ』


 すぅと、ライフルを構え、望遠スコープの倍率を上げると、呑気に煙草を吸ってるアホ野郎の面を捉えた。ぷかぷか煙浮かべて不用心に窓際で涼みやがって――。


「見慣れたアホ面と青っちろい間抜け面が並んでる」

 照準線を背後にいる間抜け面に合わせ、レオナの人差し指が銃爪に掛かる。風も計算にいれて、照準は完璧。防弾ガラスだろうが、装填してある特殊徹甲弾と彼女の腕前があれば、必殺の一撃が放てる。

 だが、悪戯心が生んだその小さな沈黙に、ヴィンセントが反応を示した。


『ちょぉっとお尋ねしますけどもレオナさん、もしかして撃とうとしてます?』

「……なんでアタシが」

『それ答えになってねえんだよなぁ。お前の考えることは大体予想出来るようになってきたぞ。どうせ一発だけならって考えてんだろ、お見通しだぜ』

「アンタ達は一々複雑に考えすぎなのさ、撃っちまえばカタが付く」

『そらみろ、脳筋思考め。俺達は慎重なの、お前とちがって。鉛弾で全部片付くなら気は楽だぜ、問題は後始末だってまだ覚えないのか』


 ガミガミうるせえ野郎だと、レオナは舌打ち一つで照準を外す。面倒なこと抜きにして鉛弾ズドンで決めちまえば済む話なのに。別段生け捕りにする必要もないのだから、めでたしめでたし。


「はぁ……。アンタってさ、いっつもそうだね」

『いつもそうだって、そりゃなんだよ?』

「チマチマしたのが好きだよな、ホント。細かいことにチクチク、チクチクさ、男の癖に情けない。もっと堂々と構えろっての、タマ付いてんのか疑問だ」

『その男の癖にって言うのやめろ、性差別だぞ。そこら中に殺気振りまいて、やたらめったら銃ブッ放して、それでらしさの話をするなら、お前の女らしい部分を教えてくれ。俺の知っている女性像とはかけ離れてて、俺にはさっぱり。お気に入りのコロンが火薬の匂いなら、あやまるけど』

「それだよ、それ。何かってと、アタシのやることに口出して、皮肉ばっかし言いやがる。聞かされてムカつかないと思ってンの?」

『俺が銃撃戦楽しんでると思ってたか? ……思ってないだろ』


 ――と、日中の空に反射光。


 キロ単位の彼方からゆったり接近する戦闘機。ドームの天蓋高度すれすれをなぞるルートでラスタチカがやってきている。空の目のお出ましだ。

 通話に着信が割り込んできたので、グループ通話に切り替えた。


『無線を使えば良いだろうに。――現在接近中だ。レオナ、こちらが確認出来るか』

「ああ、見えてる」

『ダン、今来ても仕事無いぜ? 飛行練習か?』


『上手いもんだろう?』とダンは自信ありげだったが、ヴィンセントの返事は『杖をついたじじぃ』のようだと辛辣である。


『調子を見てから、機体は近場の駐機場に降ろしておく。……なにか変だぞ、どうした』

「『別に』」とぶっきらぼうな返答が二つ。

『そうか、そっちの状況は?』


 同じ説明するのも面倒なので、「異常なし」とだけレオナは答える。全員が近場に控えているが、出番は泥棒が現れた後なので、正味な話、陽が落ちるまでは監視以外にすることがなく、ラスタチカには燃料の制限もある為、待機状態になるのは当たり前の事態であった。

 上空を一度旋回すると、ラスタチカは高度を下げながら、最寄りの駐機場へと飛んでいく。


『いいかお前達、今回は計画もなく長丁場だ。集中を保つ為にも適度に休むんだぞ』


 了解の返答をだらだらと返し、今後の連絡頻度とラスタチカの駐機場所だけ確認すると、それぞれ自分の仕事に戻る為に通話を切る。

 意気込んで出て来たが、ダンの言うことも一理ある。長時間転がりっぱなしで固くなった身体をほぐしてから、レオナは屋上に大の字になって転がった。少しだけリラックスして、エリサに渡されたサンドイッチを頬張る。


 日光は眩しく、暖かくて心地良い。昼寝には最適の日和である。

 瞼を閉じて、暖かな光に身を任せる。

 ――……案外、悪くねェかも。

 レオナは数分後には眠りに落ちていた。




「オドネルさん、誰に電話してたんスか?」


 じっくり煙草を吸いきってから喫煙スペースを出ると、興味深げにライナスが尋ねた。聞きたい答えを待っている、そんな口元だったので、ヴィンセントは彼のリクエストに応えてやる。「仲間さ」と教えてやるなり、ライナスは感極まって息を吞んだ。こいつのことだ、誰が一緒にいるかくらいは知っているだろう。


「仕事に戻ろう。トロイを自由にしておくのはよろしくねえ」


 騒ぎ出す前に、ライナスを引き連れてメインホールに戻ると、またもトロイとすれ違う。ところがこのマッチョマンは、少しばかりでも会話した相手だというのに、一瞬目が合ってもまるで無視だ。


 そう、ショウケースを眺めるトロイの雰囲気は、さながら購入を決めたジュエリーの受け取りを待っているようである。警備の為に雇われた便利屋が湛える緊張感との明らかな差異は、経験値の乏しいライナスから見ても明らかだった。


 彼は思う。どうやってあのショウケースを破る気なんだ? と。


 ケースは厚さ三〇㎜超強化硝子製で、警報装置と監視カメラ、大勢の便利屋が宝石を守っているというのに。

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