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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verce Balaclava
102/304

Balaclava 5

 ~二週間前~


 金星周辺にあるコロニーにトロイはいた。

 彼は一人、静かなバーでグラスを傾け、時折、外を眺めていた。

 そろそろ二杯目が空くが、呼び出した本人はまだ来ない。どうも早く着きすぎたらしい。


 ――と、カランカラン。


 ドア鐘が知らせる来客に、首を向けるが入り口には誰もいない。と、不意に反対側から肩を叩かれた。

 灰色の毛皮の上に赤シャツ、そして白のスーツを優雅に纏った兎の獣人が、横の席に座る。

 久々の再会を祝し、まずは乾杯をしてからトロイが口を開いた。


「ブラン・イナ=バックス。腕は鈍ってないみたいだ、相変わらずジゴロみたいな服だな。伝説級の大泥棒は女のハートも盗むってか」

「コロニーがハワイになっていたとは知らなかったよ。きみはすこしばかし鈍くなったかな」


 トロイの服装は、半袖シャツにチノパンと非常にラフだった。隣同士で吞んでいても、知り合いには見えづらい。


「落ち着いた生活を満喫しているみたいで安心した、トロイ。宇宙はどう」

「新しい家に、新しい女に、新しい仕事。正直、地球にいた時より充実してる。――ウソだ、退屈だよ。なんでまた金星くんだりまで? 地球で盗む物がなくなった?」

「美術館はあと少しでコンプリート。その前に盗んでおきたい物が出来てね」

「ふーん、それが金星近くに? ……お前が固執するなんて珍しいなイナバ、何を盗む」

「どうだい、乗るか?」

「獲物はなんだ」


 バックスは盗みたくて盗んでいるのであって、その標的自体には大した意味は無かった。警戒の厳しい場所から盗み出すことに快感を覚えるのである。過程の為に目的を設定し、仕事をするのが彼のスタイルの筈なのだが……。


 思わせぶりにバックスは一口、ウィスキーを口に含み、唇を鳴らした。


「スミソニアン博物館をやる前に、ね」


 地球にあるその博物館は、科学、産業、技術、芸術、自然史からなる19の博物館と研究施設群であり、その収集物は1億2千万点にも及ぶ。しかし、その展示物の中にあり、金星に関わりがある物は、限られる。バックスが狙う物となればなおさらで、トロイの表情が引き攣る。


「おい、……まさか『月の雫』狙う気か。ウィリアム・トランクの持ち物だぞ。宝石は六〇階建てのビルの上で、しかも警備も厳重。控えめに言って自殺行為だ」

「ハイリスクなのは承知の上。その分、儲けは大きい。2億ドルの大仕事だ」


 冗談にしか聞こえない仕事内容に、トロイは難色を示したが、怪盗WRの顔つきは真剣そのものである。


「う~ん、準備資金はどうする?」

「分かっているくせに。いつも通り、僕が出す」

「遺産使って泥棒か」

「親孝行だよ」


 バックスの家系は二代続く泥棒の家である。爺さんと親父が盗みで残した財産が、新たな盗みに使われるのなら、先祖も喜ぶということらしい。資金が潤沢にあるのは、共犯者として非常に喜ばしい。


「金は問題ないと。でも、マジでこれやる気なら、仲間がいるな。あと三人か、四人か。とにかく俺達だけじゃビルにも入れない。それに相手が相手だ。仕事が終わったら金星にはいられない。腕が立って、かつイカレまくってる奴じゃないと。しかも、怖い物知らず。金星周りで探すとなると限られるぞ」

「仲間というと?」


 トロイは背もたれに身体を預けて、指先を擦り合わせた。


「バックアップと現地での監視だろ、それに金庫破り。騒動師のクラッカーとか、ほら吹きのディーンとか、そういう奴。金星にも知り合いは何人かいるが……いつやるんだ?」

「丁度、二週間後。地球で月食が起きる夜に盗む」


 無茶苦茶な計画にトロイは思わず大声を上げていた。仲間集めを含めなくても準備期間が短い。失敗すれば刑務所に入れられるより酷いことになりかねないというのに。


「……理由は?」

「どうする、乗るのか」

「答えろよ、急ぐ理由は何だ。金じゃないだろ? 今までの仕事は俺も楽しんでたさ、だが今回は違う。スリルの為とも言わせないぞ。急ぐ理由を言え」

「理想郷を探す渡り鳥が止まり木に止まる。すると、どこからか彼を呼ぶ声がした。こっちへ来いと、山びこが呼んでいる。耳を澄ませば、それは自分の声だった」


 空のグラスが苦笑い。詩的な台詞である。

 つまり死んでも譲れぬ仕事と言うわけだ。馬鹿げたヤマと理解しても、だからこそ惹かれてしまうのが泥棒魂。固まったトロイの決意を見て取って、バックスは尋ねる。


「それじゃあ、誰を入れようか」

「計画に必要なのは?」

「まずは運転手。腕の良いドライバーがいる――、アテは?」

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