Balaclava 4
悪趣味。この一言に尽きる。
なにがって? この内装がだ。
トランクタワーの入り口を潜ったヴィンセントは、満腹状態でフライドチキンのバーレルを見るような気持ちになりながら、五階まで吹き抜けになっている上階を見遣る。
辺り一面どこもかしこも金、金、金の金ぴかで、受付嬢の名札から、シャンデリア、壁紙までラメの入った金色と来ているとなると、感動より寧ろ呆れてしまう。
トランクタワーは六〇階建ての高層ビルで、三〇階までは一般人も出入り可能な商業施設がテナントに入っている。そこから四五階までが企業のオフィスフロア、さらにその上階、五〇階までが、政治家やスポーツ選手なんかの住む高級マンション。以降六〇階までがトランク氏のオフィスと自宅である。
正面入り口を使うのは一般客くらいのものだというのに、エントランスは行き過ぎた装飾品で溢れかえっていた。黄金色が多すぎて、多少の観葉植物では目が休まらない。静かなだけで、ここはさながらカジノのフロアだ。
受付嬢に依頼の話をすると、じつにすんなりと五〇階まで上がれる直通エレベーターに案内された。こういう依頼の場合、受付は筋骨隆々の黒服だったりするのだが、正面エントランスから入ったおかげか、受付嬢は美人だった。
……いや、訂正しよう。エレベーター内でエジプトの棺気分を味わっていたヴィンセントを五〇階で待っていたのは、件の黒服だった。
「依頼を受けた便利屋の方ですね」
「……ああ」
「どうぞ、貴方で最後です」
この男とはそれしか話していない。後について行くと、大部屋に通された。
普段は大規模なパーティーにでも使われているのだろうが、ざっと見る限り、部屋の中には二十人程度しかいない。三桁は収容出来そうなホールだけに、集まっている人間は居場所を決めかねている様に見える。なによりヴィンセントを含めた全員が、建物に不釣り合いな格好だから、尚更始末が悪かった。
人相悪し、服装汚し、礼儀無し。
貴族のダンス会場に紛れ込んだネズミの群れとどっこいである。ま、人のことは言えない。
とりあえずボケッと突っ立ているのもアホらしいので、先客に漏れず落ち着く場所を探すヴィンセントは、壁に寄り掛かって今回のお仲間を観察することにした。
どうもグループで依頼を受けているのが数組と、個人で依頼を受けている人間に別れているらしい。まとまっている連中は他の人間をライバルとでも思っているのか、無言のうちに警戒を撒いていて、小競り合いでも始めそうだ。
「はぁ……馬鹿げてるぜ」
「あの~、もしかしてなんスけど」
独りごちるヴィンセントに声を掛ける者が現れた。その男は珍しい物でも見るように顔を覗き込んでくる。
若い。青白い顔にパーカーにジーンズと、悪ぶった大学生のなり損ないみたいな格好は、大部屋にいる人間の中で最も浮いていた。
「間違ってたらすいません。そのジャケット、もしかして……ヴィンセント・オドネルさんンすか? アルバトロス商会の」
名前を訊かれるならまだしも、本人かどうかを問われるなど、まるで有名人扱いだ。怪訝に眉を寄せてとりあえず頷いてやると、青年の口から「うわぁお……」と息が漏れた。
「……どっかで会ったか?」
「噂をよく聞いてて、そこら中から。ずっと会いたいと思ってたンすよ、これホントに! あ……、俺、ライナスっていいます! 今日はよろしくッス」
一方的に興奮している相手と会話するのは、とてつもなく面倒だ。目の前でこっちの都合も弁えずに騒いでいる様を、会話と呼ぶならばの話だが。まずは落ち着かせようと、ヴィンセントは気怠く応じる。
「そうかい、ライナス。調子は?」
「サイコーっす! へへっ」
何が嬉しいのか、ライナスは快活な笑みを浮かべていた。
「この仕事、もらいましたよ。ドロボーに勝ち目はない! なんてったって、アルバトロス商会のヴィンセント・オドネルがいるンすから。連続殺人犯や宇宙海賊相手に渡り合ってきてるんだ。知ってますよ、ゼロドームでの銃撃戦。あの殺し屋ストライプも仕留めたって話じゃないスか⁉ それに比べたらコソ泥なんて目じゃないッスよね」
「ふん、本人より俺のことに詳しいな」
「ありがとうございます」
能天気な野郎だ。大声で宣伝してくれたおかげで、他のグループの連中からお熱い視線が集まってきているのに。ヴィンセントにしてみれば、飛んだとばっちりである。
「なあ、せめて音量下げてもらえねえか」
「ああ、ついテンション上がっちゃって」
「ミュートまで行ってくれると尚嬉しい、俺よりも、後ろの連中が。舌抜かれる前に、お口にチャックしとけ」
「オドネルさんが参加してくれてよかったッス。――この顔ぶれ、見てください」
そう言ってライナスが次々に名前を挙げていく。しかも組織のボスどころか、部下の名前まで知っているらしく、頼んでもいないのに知りうる限りの情報を提供してくる。
大部屋にいるのは、そこそこに名を売ってる便利屋達であるが、彼等の身なりや顔つきは、一見、迫力こそあるものの張り子の虎も同然だと、声を潜めたライナスは続けた。
もっと端的に黙らせた方が良かったかもしれない。いや、そうすべきだったと、手遅れながらヴィンセントは思う。煽るんじゃねえよバカ野郎。
「C級の賞金首捕まえては宣伝するような奴らっス。口だけっスよ」
おだてられた所で喜べるわけも無し。煩わしさが募るばかりのヴィンセントは、だが冷静にライナスの意見を否定した。
「……そいつはどうかな」
気になる男が一人いる。
ライナスの話を聞きながらも、ヴィンセントの眼はテーブルに付いている男を見据えていた。腕を組み、居眠りをしているらしいその男も、個人で依頼を受けた便利屋らしく、どのグループにも属していないようだった。
「ライナス。あの男は知ってるか」
その男は、成人男性にしては小柄だが、ガタイはかなりよかった。例えるならメキシコ覆面レスラーのような身体付きである。
「さぁ……? ずっとあの調子でしたよ。クラスに一人はいるタイプっすね、端っこで寝てる奴。人見知りなんスかね」
「いい年こいてコミュ障ってか? そいつはどうかな」
一匹狼で仕事をやり遂げる便利屋もさして珍しくはない。他人との関係を嫌い、我流を通すにはそれが手っ取り早く、他人を遠ざける為に話しかけられない状況を作り出したりもする。
部屋を横切り、男に近づいたヴィンセントは近くの椅子を引っ張ってきて腰を下ろした。狸寝入りであることは百も承知している。
男が薄く目を開け、興味も薄くヴィンセントを見た。
「よぉ、お宅もお一人様とみたが」
「他の席に行け、相席はお断りだ」
それならと、隣のテーブルに椅子を動かして話を続ける。無視を決め込まれていても、お構いなしに。
「むさいパーティ会場だ、気楽にやろうや。近頃はデカい賞金首もとんと見なくなっちまったよ。景気は? 金星周りは不景気だが、ビルを見る限り、この依頼は期待出来そうだ」
「……金持ちなら羽振りが良いとは限らんぜ。集まってる連中の質を見れば、紐の固さもお察しだ」
男は腕を組み、俯いたままで答えた。どうやら他の面子に飽き飽きしていたらしい。
「同感だね。泥棒にあやかって食器の一つでも盗んで帰れば足しになるか?」
「くだらん」
「ふッ……。お宅、ここらじゃ見ない顔だな。どんな場所で仕事を?」
「彼方此方さ」
「根無し草って訳か、俺もなんだ。――ヴィンセントだ。よろしくな、ご同輩」
そしてヴィンセントは握手を求め、右手を差し出したが、男は応じず名だけを返す。
「トロイだ。あんたは金星周りじゃ有名みたいだな」
「有名無名に興味はねえよ、やることやってたら知られてた。名が売れすぎるってのも困りモンだぜ」
「例えば?」
例えばこういう例だ。
複数の便利屋集まる大きな依頼があって、依頼主を待っている間に嫉妬やら対抗心やらがそいつ等の間で燻り始める。同業者とはつまり、言い方を変えれば同じ獲物を狙う競争相手でもあり、いまさら語る必要は無いと思うが、便利屋や賞金稼ぎで飯を食ってる連中の大半は血の気が多い。同じ室内に彼等を集めるのは、石炭のボタ山を積み上げるのと同じで、石炭が酸化し熱を発し始めるように、ふつふつと内部で熱が湧き、煙が上がって、次いで燃える。下手をすれば大火事だ。
炎の代わりに上がるのはヴィンセントを呼ぶ、荒々しい声だった。
彼に詰め寄ったのは小柄な中華系グループの男。ライナスの説明では、確かチャンとか言ったか。
「アルバトロスの! 聞こえてんだぜ、口は慎め。何様のつもりだ」
「挨拶するのにお前の許可がいるのか? お宅こそ何様よ?」
「けっ、賞金稼ぎの真似事で、他人の飯種まで盗んでいきやがる便利屋の所為で、どこもかしこも干上がっちまってる。なあオドネル、車も無くしたのかァ、タクシーで来たんだろ? なんでも近頃は覗きで飯を食ってると聞いてるぜ、んン? 素人のファックで稼ぐなんてなぁ、文屋か卑怯者がする事だ。……二流は俺達か? それともおめぇか」
「まず上げ底ブーツを脱げ、デカく見られたきゃ比べる土俵がちがう」
「…………ッ⁉ 不要舔」
自然と意識する懐の重み。澱んだ緊張感がピンと張り詰めたが、弾けるように開かれた扉がその空気を打ち払った。今回の依頼主、実業家ウィリアム・トランク氏のご登場である。
金髪を後ろに撫でつけた自信満々の、或いは傲慢なスーツ姿は成功者の三文字を背負っているかのようである。
「よく来てくれた紳士諸君! 自己紹介は済んでるようだな、よしよし」
雇い主の登場に一同いざこざを腹に収め、とりあえずだらだらと起立する。そこには規律はなさそうだ。
トランクは便利屋達をざっと見渡した。
「俺の顔は知ってるな? よろしい。――さて、わざわざ腕利きの便利屋である君達を集めたのは他でもない。事もあろうに、汚らしい獣人が俺の宝石を盗むと予告状を送りつけてきやがった。これを阻止してもらいたい。盗人の名前は聞いてるだろう。怪盗だとか、スカしてやがるチャチな獣人だ。痛い目を見せてやれ」
テーブルに叩きつけられた予告状に目を落としてから、トロイが「捕えるのか」と尋ねた。生け捕りか、否かで仕事の難易度は大きく変わるので、重要な質問である。
トランクは一瞬不機嫌な表情を見せ、それから白い歯で大きく笑う。
「『捕えるのか?』だ? 鼠を見かけたらどうするか決まっている。宝石は上の展示フロア。君達はプロフェッショナルだ、やり方は全て任せよう、好きに警備しろ。だが、一つだけ注文がある。いいか、俺のホテルで死人を出すな。くたばるのが獣人でも、死人が出たら客は離れちまう」
「生け捕りにしろってことだよな、賞金はどうなるんだ」
「馬鹿かおめぇ。仕留めた奴が総取りに決まってんだろ、このタコ」
便利屋同士で勝手に話は進み、反論も上がらず、トランクは話を続けた。
「捕まえた奴には俺が懸賞金を出す、動物に俺のホテルを荒らさせるな」
「わざわざお宅が? 何故?」
「俺から盗みを働こうってんだ、毛皮を剥いでカーペットにしてやる。さて、まだ昼の十二時だ。予告時間まで大分余裕がある。今のうちにフロアをよく見て回ってくれ。俺のホテルは完璧な警備体制だが、君達からすると抜け穴があるかもしれねえ。奴を絶対に逃がすな」
ぞろぞろと首肯する便利屋達を眺めると、トランクはさっさと部屋から出て行ってしまう。てっきり細かい警備体制を指示されるものと予想していただけに、便利屋一同は変な意味で面食らっていた。やがて別々に荷物をまとめてから、展示フロアのある上階へと彼等は上がっていく。
「……オドネルさん、行かないんスか?」
最後まで部屋に残り、トロイの後ろ姿が部屋から消えるのを眺めているヴィンセントは、立ち上がる素振りを見せない。色々気になることが増えていた。
「タクシーで来たんスか」
「ん? ああ。悪いか?」
「いや違うんすよ。そうじゃなくって、チャンはどうして、オドネルさんがタクシーで来たって知ってたんスかね。先にこの部屋にいたのに」
いくつか予想は付くがタネは単純だ。
泥棒は家の外からやってくるものだから、屋外に見張りを立たせるのは警備の常套手である。恐らくはチャンの仲間が近くで張っているのだろう、まぁ複数の便利屋が集まっているから彼の仲間だけとは限らないが、見張りの目は確実にあるはずだ。それよりも――。
「気になるのは、あいつだ」
「トロイさんっスか? 無口だったけど悪い人じゃなさそうでしたね。やり手って雰囲気出てましたよ」
ヴィンセントが彼に絡んだ意図を、ライナスは汲めていなかったようである。当然、寂しさ紛れに声を掛けたわけではない。
「あのなぁ、俺が雑談する為に話しかけたと思ってたのか? ……まあいい。逆側の視点さ。俺達は外の様子を知る為に窓を開ける。じゃあ宝箱の中身を知りたい場合はどうするよ」
「……え。そんなまさか」
「注意しといて損はねえさ。ライナス、奴から目を離すな」




