Balaclava 3
技術者としてのダンが優秀であることは、最早疑いようもない。
この数日、撃ちに撃ったり二百と五十。初めは銃の癖を力尽くで抑えつけようとしていたレオナだったが、そのたびに着弾が乱れることに気が付いた。試しに一度、力を抜いてソフトに銃爪を引き絞ってみれば、吸い寄せられる様に、十発の銃弾が一つの弾痕にまとまる。
まさに神業。ダンは銃を造る際に、レオナが射撃時に捻る些細な癖まで織り込み済みで設計していたのである。なるほど無理やり矯正しようとすれば外れるわけだ。それを知るまでに放った銃弾は、まあ無駄にはならなかったが。
雷哮を懐に、そしてもう一挺の愛銃である狙撃銃を、鼻歌交じりにギターケースへ収めながら、レオナはふと顔を上げた。すごい男なのは確かなのだが、出っ腹を狭いコクピットに押し込めて、機体調整用のキーボードを叩いている様は、なんというかシュールである。
「スパム缶の中身みたいだ。ヘイ、ダン。いつまで飛行機と遊んでンのさ」
「まだプリフライトチェックが済んでいない。久々に飛ばすからなぁ、入念にやっておかねば。少し待て」
「ただ飛ぶだけだろ? そう言って二時間経ってンだけど。ウチの男共はどいつもこいつも小心揃いか。エリサ、そこの弾倉取ってくンない」
「お歌上手なの、レオナ。――どういう歌なの?」
「フラメンコ。聞いてるだけで熱くなれるだろ、銃身みたく」
受け取った弾倉に弾を込め、ケースに仕舞う。種火が焔に育つように、一つ支度が進むごとに、レオナの身体には力が宿っていくのだった。
すると、よっこらダンが顔を覗かせた。シュールな絵面になると思われたが、コクピットの縁に腕を乗せているダンの姿は、存外、様になっている。
「お前さんは車だからエンストしても整備出来るがな、飛行機はそうもイカン。万全を期さねばな。ただ飛ぶって簡単に言うがなぁ神経使うんだぞ。あとなレオナ、これから俺達が行うのは監視であって狙撃じゃあねえぞ。そこは理解してるのか?」
「してるさ。最初は監視から、でしょ」
そう答えながら、彼女はギターケースをピックアップトラックの後部座席へ丁寧に積み込む。狙撃銃は精密機器も同様だ、粗暴なレオナでも自分の得物の扱いは心得ている。遠くを覗くなら、双眼鏡よりもライフルスコープが彼女の好みなのである。それにいざトリガーチャンスが来た時に、手元がお留守じゃ世話がない。
それに監視ならば、宇宙船で漫然と待機しているよりも全然マシで、詰まるところレオナは一暴れしたくてたまらなかった。ダンの準備を待たずに車のエンジンを掛けるくらいに。
アルバトロス号は船体側面に貨物を積込む為のスロープがあり、港に停泊中はここから車両を使って移動することが多い。ゆっくり車両をそちらに移動させながら、レオナは別行動を宣言する。
「アタシは先に行ってるよ。アンタも早く来るこったね」
実にあっさりと、レオナは船を後にした。すでに彼女の興味は、道の先に待っているであろう『悶着』に向いていて、支度にいつまでも時間を掛けるダンの飛行前点検など眼中にすらなかったのである。
やれやれ、奔放な女だ。とはいえ、慎重を欠いた作業は怪我では済まない結果を招く。禿頭を軽く掻いてからダンは自らの作業に戻った。急がば回れ。丁寧な仕事にこそ、迅速さかが宿る。と――、
「……レオナ、楽しそうだったの」
機首の下からエリサの声。少女の声音は、どこか不安げだった。
その予感は概ね正しい。まだ日は浅いものの、そう予想するだけの材料は揃っているのである。レオナの機嫌は天気予報と同じで、彼女が喜び勇んで出掛ける仕事は十中八九、血と鉛の雨が降る。船の戸口が今生の別れとなりかねないのだから、不安にもなろう。
「ケガしないよね?」
「そう願うが断言はしかねる。レオナの出番は間違いなくあるだろうが、その先は状況の展開次第だ。ともあれ俺達のすべきことは決まっている。穏便に進もうと、或いは台風並みに荒れようともだ」
「ダンもだよ。ケガしないでね」
思わぬ願いに目を移せば、潤んだ碧眼がダンを見上げている。
全てを怖れ、全てを愛するそんな眼に、手を休めて彼は訊く。
「奴らが心配か? ……心配だな」
「うん。だってレオナが、武器がいるってことは、また戦うんでしょ? ヴィンスも、いつもケガして帰ってくるんだもん。痛いのイヤなの」
誰だって肩にトンネル掘られたり、角材で殴られたりするのは御免だ。ところが、荒事ばかりに手を染めていると、徐々に感覚は鈍っていき、行き着く先は、死ななきゃ安いという思考だ。実際問題、頭に9㎜のトンネル工事を強行されるのに比べれば、青痣程度どうということはない。
「そうだな。だが怖がってばかりいては始まらんぞエリサ、逃げ道はいずれ潰えるものだ。怖れとは向き合わねばいかん。今回は撃合いなしでいく予定でいる。仕事の度にお祭り騒ぎじゃ、稼ぎにならんのでな。命のかからん仕事で稼げるなら、それが一番だ」
チェックリストにきっちりマークを付ける。
エリサに離れるように言ってから全システム起動。離陸待機モードに設定し、ダンは一度降機する。機体の準備は完了したが彼自身の準備がまだだ。プレハブ小屋に戻り、諸々の装備と古びたヘルメットを担ぐと、ラスタチカは甲板へと上がるエレベーター上で彼を待っている。
その隣に立つエリサは、先程とはまた別の心配を浮かべていた。へたれた狐耳が乗ったその表情にはこう書いてある、『ヴィンスの飛行機を本当に飛ばせるのかな?』と。
「やれやれエリサよ。今でこそヴィンセントに席を譲ったが、これでも元パイロットだ。俺もな、空の男だよ」
ヴィンセントが行うような戦闘時の激しい機動は無理でも、普通に飛ばす程度ならば今でも可能である。宇宙を股にかける便利屋の看板は決して伊達ではない。飛行機一つ飛ばせなくなった時が看板の下ろし時だが、それはまだ先の話だ。
ダンは機体備え付けの折りたたみ梯子を登り、狭いコクピットに身体を押し込む。
ヴィンセント達が船に来てから裏方に下がった彼ではあるが、たまには自ら現場に赴き、現役の証明をしなくては。
「若いモンばかりに働かせちゃおれんのさ。これが俺の仕事だからな」
「あっ! ねえダン、ちょっと待ってなの!」
もう出発直前だというのに、何かを思い出したエリサは、リフトの警告音に負けないよう声を張り上げる。
「エリサしかお船にいなくなっちゃうよ⁉ どうすればいいのッ?」
「なぁに、いつも通りにしていればいい! 留守番だ、エリサ。船を任せられるのはお前さんしかいない、俺達が帰るまで船を頼んだぞ!」
「……うんっ! いってらっしゃい、気を付けてなの」
決意を固め手を振るエリサに、親指を立てて応え、ダンはキャノピーを下ろす。
さて、船に戻ってくるのは早くても十二時間後、しっかりしていても一人きりじゃ心配だ。早いとこ片付けて家路に着こうじゃないか。
リフトが甲板で止まり、扉が開く。眩しい光にはサングラスがありがたい。
電磁カタパルト、エネルギー充填完了。
強い衝撃と共に鋼鉄の燕が空に放たれる。
その翼に太陽を煌めかせて、機体は街の方角へ飛び去っていった。




