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9.蜘蛛の糸

【前回のあらすじ】

初めてハルが参加した先輩社員のための飲み会「かっちゃんの会」は大盛り上がりでした。それはひとえに気配り上手なハルのおかげであったことにボクは気づいています。

さりげない気配りだけでなく、ちょっと刺激的なものの言い方や人をハッとさせる発言なども相俟って、ハルの魅力は全開です。主役の先輩社員も、そして幹事役のボクも、知らず知らず彼女に惹き込まれるのでした。

 この頃までには、中央線の駅まで彼女が迎えに来てくれるのが当たり前になっていた。駅前のロータリーで待っていると彼女はすぐにやってきた。


「飲み会?」


「うん。かっちゃんのいつもの集り。言ってたでしょ?」


「経理の人でしょ? 飲み会のことは知らないけど……」


「そうだっけ?」


 会社でのことをいちいち話すなんて考えたこともない。どうせ話してもわからないだろし、断片的な話を聞いたとしても面白いはずがないと勝手に思い込んでいる。


 ボクがマーちゃんの仕事に興味がないほど無関心じゃないかもしれないが、彼女もボクの仕事にそんなに関心があるとも思えない。かっちゃんを言い訳にした飲み会は、もう何度も開いていたから、きっと話題に出したことがあるだろうと思っていたが、そうではなかったのかもしれない。


 これまで、かっちゃんの会はボクにとって仕事の延長線上のような気もしていたから、別に隠す気はなかったが、積極的に話すこともなかっただけだ。


「だれと一緒? 細山田さん?」


「うん、そうだよ。営業部の子たちもいたよ。あと、フジさんも」


「あ~、あの人ね…… 皮肉っぽい話し方するから苦手だよ」


 彼女はフジさんが嫌いだ。確かに、彼のシニカルな話し方を嫌う人間もいるが、ボクは実に波長が合う。ふたりとも物事を正面から見るのはカッコ悪いくらいに思っているところが似ている。たまにだがふたりでショットバーに立ち寄って軽く飲んで帰ることもあった。マーちゃんにも彼とは波長が合うと話したと思うが、彼女はまるで関心がない。むしろ機嫌さえ悪くなる。


「ハハハ、相変わらず嫌うね。ボクとフジさんは似たもの同士という人もいるけどな」


「違うよ! ぶーちゃんは、全然違うよ!」


「…… そーですか、そりゃよかったです。ありがとう」


 とは言ったものの、ボクが波長が合うといっている先輩を理解しようとしないところは、少しムッとした。


 だが、お互い様だったと思う。つい先日、転居の様子伺いでやってきた彼女の短大時代のお友達にはホトホト住む世界の違いを感じて、多分ボクは露骨に嫌な顔をしていたと思うから。



 人を蔑むのに二種類のタイプがある。ひとつは自分のいる世界から、相手が地の底にいるようなイメージで見下すタイプ。もうひとつは、自分が考える高みから現状の相手を見て、低い場所にいるなぁと蔑むタイプ。どっちも同じく他者への尊敬など欠片もないのだが、お互いにその浅はかな自己顕示欲やプライドに目がくらみ、全く相手が見えていない点で同類だ。おそらく、蜘蛛の糸を辿って天国に上がろうとしても、途中でけんかを始めて上がれないのはこういうタイプ同士の小競り合いなのだろう。



 ボクはなんとなくハルのことを思い浮かべていた。あれだけ男性からモテると、彼氏になると嫉妬で狂うだろうなと思いながらも、あいつといろんな話をすると楽しいのかもしれないと思った。


(ボクの心の在り処の傍にいる感じがするんじゃないのかな……)


 そんなことを考えながら助手席の窓から外を眺めた。




 窓の内側には運転している彼女の横顔が映る。


「ねぇ、マーちゃんちょっと痩せた?」


 街灯に不規則に照らされるためか、彼女の顔は頬がひどくこけたように見える。


「そうかも」


「ダイエット?」


「そういうつもりでもないけど、あまり食欲ないかも」


「仕事しんどい?」


 彼女はどこかの保険会社の医務審査室に派遣されていた。


「ううん。別に」


「通勤がしんどいのかな。ねっ、言ったでしょ。大変でしょ、通勤。いつもどうしてるの?」


「バスで出てるよ。帰りも私の時間だとちゃんと本数もあるから大丈夫」


「じゃあ、なんだろね……

 毎晩しすぎでお疲れですか? アハハ」


「……ハハ。減ってるから大丈夫です」


 彼女は最近ちょっと元気がなかったが、今日は特に元気がないように見えた。



 会話はそのまま途切れ、時々ウインカーの音だけが車内に響く。車はやがてマンションの敷地に入り、決まった場所に駐車し終えた。ボクは先に車を降り、そのまま、マーちゃんを待たずに歩き始める。


 とその時、車から降りた彼女が唐突にこういった。




「ぶーちゃん、私、ハルのことは好きじゃないからね!」



 

 一瞬、足が止まった。


 ん? なんで……?


 その瞬間ボクが感じたのは、妻への後ろめたさではなく、黙って裸を見られていた不愉快さだった。

お読みいただきありがとうございました。

いかがでしたでしょうか。

ご意見ご感想いただけると幸いです。


次回はハルのことは好きじゃないからと聞かされた翌朝の様子を描きます。

またお読みいただけると嬉しいです。

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ちかハナル作品集
★『ボクの選択』(縦書き)★

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