8.かっちゃんの会
【前回のあらすじ】
先輩社員のための飲み会に参加する女性社員を口説いているボク。ターゲットは会社でNO.1の美人、安住さんです。
そこに、会社での人気No.1、軽口もなぜか憎めないハルが絡んできます。ボクのことを「横柄な金太郎みたいな奴」ということから「キンちゃん」とあだ名をつけたハル。上司である坂上部長を巻き込んで無駄話をするうちに、なぜかハルが飲み会に参加することになります。
週末の飲み会はハルと、彼女が集めたふたり、それからいつものボクたち三人に加えて、営業部の三人娘、さらに営業支援部のフジさんの合計10人の大所帯になってしまった。場所はハルがよく行くという、会社近くの小さな店を彼女が貸し切りで予約してくれていた。
大喜びだったのはかっちゃんで、おーおー、なんでも好きなもの食え、飲め、といつにもまして上機嫌だった。それはハルが会の趣旨を理解し、常にかっちゃんを話題の中心に据えてくれるからであって、本人の傍には決して座らないくせに、遠くから絶妙のタイミングでかっちゃんに話しかけたりして、こういう会にありがちな、主役なのに蚊帳の外みたいな状況を作らないためだった。座持ちのいいやつとは聞いていたが、確かに、その片鱗は十二分に感じさせた。
今日はかっちゃんの相手をハルに任せておけば大丈夫だと思ったボクは、何かと気の合うフジさんとパイプ話に興じていた。
その頃、フジさんのマイブームはパイプで、会社にも持ち込んで咥えながら仕事をしていた。ただ咥えてるだけだが、一部の上司からは怪訝な顔で見られていた。そういう周囲の視線をまるで気にしないところがフジさんらしくて、ボクは好きだった。
「くゆらすという感じが、お前みたいな小僧にはわからんだろうなあ、ハハハ」
などと言いながら、熱心にパイプ自体のこと、刻みたばこのことなどを教えてくれていた。
細山田の周囲は営業部の若い三人娘ががっちりガードしており、そのうちの一人がカラオケをガンガン歌っている。三人はまだ二十歳前後で年がら年中キャッキャしている。揃いも揃って外観重視だから、細山田以外にはまるで関心がない。
ハルが連れてきた総務のまっちゃんは、ハルに言われたのか、かっちゃんの傍でなにやらしきりに作り笑顔で励んでいる。もうひとりは経理のみっちゃんで、フジさんとかっちゃんの間に挟まれて、どっちと話すればいいんだよ、みたいなサインをしきりにハルに送るのだが、それに気づいているのかいないのか、ハルは知らん顔してみんなのグラスの空き具合をチェックしたり、追加オーダーを出したりしてるようだった。
実を言うと、ボクは会った最初の日からハルのことが気になっていた。とにかく人気者だから近づけない感じがしていただけで、顔も雰囲気もスタイルも、ほぼ完全にど真ん中ストライクだった。
彼女のいいところは話題を持っていかないところだろうか。正直なところ、その場にいた男性4人は、ハルだけと話ができればいいくらいに思ってたはずだから、彼女が女王の座を占めれば、きっとその場は彼女を中心に回せたのだろう。特にボクたちのしがない飲み会には初登場だから、そうすることも簡単にできたと思う。だが、幹事役に徹している。それが嫌々ではなく、自分も楽しんでる感じが伝わる。主役はどうしようもない中年男なのに、ちゃんと持ち上げ、バカ騒ぎする三人娘にも時々加勢し、女性陣が細山田を褒めそやすと一緒になって囃し立てる。
ボクとフジさんのパイプ話を初めは黙って聞いているだけだが、会話が途切れると、そういうのってどこで買うの?などと話題に入ってくる。隣で暇そうにしているみっちゃんが話題に入りやすいように気を配り、みっちゃんの彼氏とかパイプ似合いそうなどと非公開情報をさり気なく披露する。
すると、今度はみんながえーっとばかりにみっちゃんに注目するから、さっきまで不機嫌一歩手前だった彼女が急に嬉しそうな顔になる。そしてかっちゃんの隣で頑張ってたもうひとりの子、まっちゃんが疲れて限界そうな顔になると、今度はそっちに行って席を替わる。その時もただ黙って席を移動するだけでなく、
「ねぇ、ここに入れてよ、キンちゃんが全然仲良くしてくれないから、こっちに来ちゃった」
なんてふうに言うものだから、今度はみんなボクの顔を見て、どーしようもないやつだなぁという感じになる。言った本人はしてやったりみたいな悪戯っ子の顔をしてニコニコしている。
こういう子には弱いのだ。男は基本的にやられてしまう。
そのうち、会はカラオケ大会と化すわけだが、これが意外にしんどい。歌うのがしんどいわけじゃなく、ちゃんと聴いてますよって感じにするのが面倒だ。
こんなもん、好きな奴が何千曲でも続けて歌えばいいと思うが、結局は嫌でも歌わせられる。どうせ歌う曲は決まっているのだが、どのタイミングで入れれば邪魔臭くないのかなとか、そんなことをついつい考えてしまう。あー、面倒くさい。
その日も適当に何か歌えばいいやと思っているところに、ハルが余計な情報を流す。
「マーちゃんから聞いたんだけど、キンちゃんって英語の歌とか歌うらしいよ、イヤらしい」
何がイヤらしいんだよ、と一応反論するが、確かにそれはイヤらしい。普通、そんなことはしない。マーちゃんも相手見ながら話せばいいのにと思っても後の祭り。おいしい情報に三人娘や男どもが一斉に食いつく。
「マジ?」
「嘘でしょ?」
「お前が?」
「どこで歌ってんだよ?」
「信じられない?」
「お前…… ホント手段選ばん奴だな」
そこにハルがまた余計なことを言う。
「マーちゃんね、キンちゃんの声が好きなんだって」
(聞いたことねえぞ、そんな話。適当に作りやがって……)
「ワォ~、熱いっすね、先輩」
「そうなんですか! マーちゃんって、野球の応援とか来てる人でしょ?」
「知ってる知ってる、あの細い人」
「女房女房、恋女房」
「おー、こいつな、こう見えて亭主関白だからな。この間酔っぱらってこいつんちに真夜中に行ったら、マーちゃんを叩き起こしてたもんな。オレにはできん」
「…… 引くわ」
細山田まで調子に乗ってたたみかける。
(お前! お前のカミさんが三流芸人の追っかけやってることばらすぞ!)
唯一、場が持っていかれそうになったかっちゃんがしびれを切らしてこう言う。
「ええから、歌えや、はよう!」
と言われて英語の歌など歌う訳にも言わず、そこはハルの作り話として、結局適当に歌って、あとはかっちゃんが最後に何か歌って、その日はお開きということになった。
最後まで上機嫌だったかっちゃんは、こんな言葉で締めくくった。
「ハーちゃん、ありがとう。またやるぞ、毎週集まれ、な、みんな」
風采の上がらないかっちゃんは、確かにモテそうにはなかったが、素朴なおっちゃんらしさで憎めないキャラだったから、そこにいた全員がまた集まるのだろうと思った。
お読みいただきありがとうございました。
いかがでしたでしょうか。
ご意見ご感想いただけると幸いです。
次回はハルと一緒だった飲み会の帰り、マーちゃんの運転する車の中でのことを描きます。
またお読みいただけると嬉しいです。