15.恋愛相談
【前回のあらすじ】
前回の飲み会から3週間後、再びかっちゃんの会が開かれます。今度は憧れの安住さんも来るらしいということで、ハルにからかわれるボクですが、ハルにはボクの気持ちは伝わってないんだなと思うと、ちょっと残念な気がしています。
幹事役になっているボクとハルは隣に座ります。マーちゃんに告げ口をした意外な犯人の名前を聞かされたり、ボクが周囲からどう見えているのかを教えてくれたり、ボクはハルの話に自然に引き込まれます。
恋愛相談
男女間の恋愛相談って、客観的な相談が成り立っているのだろうか?
そこにあるのは相談をする側の告白とされる側の受け入れ意思の確認、それだけのような気もするのだが……
少なくとも、「恋愛相談」という四文字には、様々な想いが隠されている気がする。
二回目の飲み会以降、ハルは殊更のように恋愛相談という言い方をした。坂上部長に先週の飲み会はどうだったと聞かれると、わざと大きな声で、
「キンちゃんに恋愛相談乗ってもらってる~、この人、経験豊富だから、ハハ」
などと、隣の営業支援の連中にも聞こえるように言うのだった。
最初こそ、何を言っているんだこいつはと思ったが、なるほど、こういう理由なら、万一、営業支援のつかちゃん経由でマーちゃんに飲み会の情報が入ったとしても、ボクは相談を受けているだけだと答えればいいわけだし、ボクの言い訳と、マーちゃんがつかちゃんから聞かされる様子とが一致すれば、彼女もきっとイライラしなくて済むだろう、そういうことなんだと理解してからは、ボクもその芝居に乗るようにした。
「そうなんです。恋愛相談ですよ、まったくの。
あまり中年男を手玉に取ってると、そのうち痛い目に遭うぞと脅しておきました」
「違うよ、おとうさんのことは、爺さんって言ってたよ、ハハハ」
これがハルが発した一言でなければ、ボクと尊敬する上司との関係は一気に崩壊しただろうが、彼女があいだにいると、むしろその関係性が良好な方向に向かう気になるから不思議だった。
「お前らは俺をそうやってダシにして鬱憤を晴らしてるんだな。まあ、こいつの査定なんか今でも最低だから、落としようがない、ハハハ」
万事こんな感じだった。隣には本部長もいるのだが全然平気だし、ハルが天敵という汎用課の課長も、坂上部長を巻き込んでのバカ話だから口出しできないでいる。
楽しい反面、じっくり観察を始めてみると、細山田が言ってたように、意外とハルは敵を作っているような気もした。
この頃から、ハルの恋愛沙汰に関する噂話をちょくちょく聞くようになった。中にはボクが最近ハルと仲がいいと聞いてわざわざ聞かせるものもあったが、ボクの耳が彼女の話題に敏感になっていたから、余計に気になっただけかもしれない。いずれにしても、これまでよりずっとはっきり、彼女のことを知るようになっていた。
しかし、彼女が誰にこっぴどく捨てられて、今誰と付き合っていようが、それはボクの関与が及ばない彼女自身が決めればよいことだ。ボクは別に女性に貞淑性を求めたりはしない。肝心なのは本気で好きかどうかであって、本気じゃないならやめとけよと言うだろうし、本気なら、仕方ないよね、と言ってやるだけのこと。だから、ボクは努めなくとも平静だったはずだ。そもそもボクは妻帯者で、しかもその具体的な妻の顔を、少なくともこのフロアの9割方が知っているのだ。新婚旅行で香港に立ち寄った際は、当時、香港駐在だった輸出チームのリーダーに個人的な世話にまでなっている。そんなボクがいくら可愛いと思っても、ハルとなにかあるなんて思いもよらないことだった。建前上では。
だが、内心はざわつく。ハルはボクと一番仲が良かったんじゃないのか? いつの間にかそんなことを思うようになっていた。
(恋愛相談って話は、周囲を欺くための言い訳じゃなかったのか…… )
都合のいい解釈をし始める自分がいる。しかしその反面、その馬鹿馬鹿しさを嘲笑う自分もいる。
(アホだな…… )
たった二度の飲み会と、妻に言い放たれた言葉で勝手に盛り上がってる、ボクは自分の姿が哀れなピエロに思えた。
時を同じくして、かっちゃんの会のメンバーから、ボクは時々恋愛相談を本当に受けるようになった。
最初はみっちゃんで、その次はまっちゃん。そしてあの安住さんとも、話たいことがあると食事に誘われた。
みっちゃんの相談はかなり深刻だった。それは遊ばれてるよ、と教えてやらなきゃと思ったが、それも余計なお世話のように思えて聞き役に徹した。
まっちゃんの話は簡単な相談だが本人はいたって真剣だった。
安住さんの話は…… 実は恋愛相談なんかじゃなくて、退職しようかどうしようか悩んでいる、という話だった。
安住さんに対しては憧れ以上の感情を持つことはなかったが、見ているだけで気持ちが高まる美人の姿が日常から消えることは寂しかった。
三人に共通していたこと、それはかっちゃんの会の飲み会にハルが誘って連れてきたということと、恋愛相談はハルが勧めたらしいことだった。そしてもうひとつ、相談を受けた翌日には必ず、
「ちゃんと話聞いてあげてくれた?」
とハルが様子を聞きに来ることだった。
「お前はお節介ばばあにでもなるつもりなの?」
「ハハハ、もうなってるかも」
「もうね、あまりに深刻だから、オレの手には負えないよ。内容は言えないけど、ホント、勘弁してくれ」
「そう? 喜んでたよ。ふたりとも」
「ん? 三人じゃないの?」
「誰?」
「みっちゃん、まっちゃん、安住さん、この三人」
「安住さんは知らないよ。あ~~~~~なんかおかしい!」
「えっ!?」
「キンちゃん…… やるねえ、モテるねえ…… 妬けるな」
妬ける? ちょっとくすぐったいが気分いい。危うく顔がニヤけそうになるのを必死に堪えた。
「安住さんのことは聞かなかったことにしてくれ。恋愛相談じゃないし」
「ひょっとして……? 」
「何か聞いてる?」
「そうじゃないかな…… と思ってることはある」
「そうか…… 当たってるような気がする」
「そっか…… ショックでしょ?」
「ショックだな。せっかく仲良くなったのに」
「いい人から辞めちゃうのよ…… ここは」
「そうなんだ」
ハルは少し寂しげな表情になる。言われてみると、女性社員の入れ替わりは意外に多いかもしれない。
「総務にいた瀬田さんって知ってる?」
「うん、こっちに転勤が決まる前に出張で来た時、マーちゃんへのプレゼントに何買ったらいいかわかんないって言ったら、銀座まで付き合ってくれた」
「へぇ、そんなことあったんだ、いい御主人様だこと」
「彼女、優しかったよ。初めましてだけど、今日でさようならなんですよ、って挨拶されたことをよく憶えてる。事情は全く知らないけどね」
「留学したらしいよ」
「そうなんだ」
「みんな足掛かりだからね」
「ハルもそうなの?」
噂話でハルはもともとはCA希望だったと聞いたことがある。
「う~ん、私はここが居心地よくなっちゃった」
「そうかもな…… かなり好き勝手やってるもんな」
「キンちゃんまでそんなこと言うんだね。ちょっとショック……」
「すまん、今のは取り消し」
油断した。ハルなら少々のことなら受け流すだろうと思い込んでいた。ボクにとってハルは理想に近いが、彼女にとってボクの存在など、そのへんのおっさん達とあまり変わりないと思っていた。だから意外だった。
「…… ねぇ、私の恋愛相談はいつ?」
「…… 」
言葉が見つからない。
「って冗談だよ。順調ですから、オホホホホホ~~~」
「…… 」
からかわれてる? 見透かされてる?
どっちにしても、彼女のことがやけに気になった。
お読みいただきありがとうございました。
いかがでしたでしょうか。
ご意見ご感想いただけると幸いです。
次回は病的に痩せ始め、ハルとボクの関係に蓋をしようとする妻の変わりゆく姿を描きます。
またお読みいただけると嬉しいです。




