14.ハルの話
【前回のあらすじ】
義姉の家で不満をぶちまけたマーちゃん。マンションに戻ると、大泣きしてしまいます。なぐさめようのないボクが風呂から戻ると、彼女は出窓にちょこんと座って外を眺めています。その姿は、出会った頃のこどものように自由で天真爛漫な彼女を思い起こさせるのでした。ボクが優しく声をかけると、それまで泣いていた彼女は出窓から飛び降りてボクに飛びつきます。
たとえ喧嘩してもすぐに仲直りできる、結婚4年目のボクたちに深刻な事態が起こるとは、この時ふたりとも思っていませんでした。
かっちゃんの宣言は毎週だったが、そうそう毎週暇な奴ばかりでもなく、次の集まりは三週間後くらいだっただろうか。エレベーターホールにいたボクに、ハルがすれ違いざまにこう告げてきた。
「かっちゃんの会、今度は安住さんも来るってさ~」
喜ぶべき話ではある。だが、あからさまにハルに試されているようだったのと、ハル、わかってないな、という気も少しあって、わざと無表情で関心なさそうな受け答えをした。
「あっ、そう」
「へー、無理しちゃって……」
何を言ってるんだろうか。仮にもボクは妻帯者で、いかに安住さんが綺麗で素敵な女性であったとしても、彼女を口説くことなんかあり得んだろ、そういうつもりと、それからもうひとつ心の中にある声を自覚していた。
(ハルは本気でボクが安住さんを一番気に入っていると思っているのだろうか?)
そうだとすると、彼女の状況判断力もそう立派なものでもないのかもしれないと思ったりもした。
(わかってねーな、ハルも)
と思いつつ
(わかってもらってもな)
そう自虐的に笑うしかなかった。
その夜、せっかくの安住さんの登場にもかかわらず、ボクは彼女の横には座らせてもらえず、ちょっと寂しい感じだった。遠目で見ても、彼女はやはり断然美しい。造形美として美しい。ただ、とても物静かなので、その場だけがパッと華やぐという感じがしないのがちょっと惜しい気がした。
かっちゃんは彼女とは同じセクションで、この美しさに慣れているのか特段に興味を示さない。女性には普遍的に優しくて、日頃は特定の誰かを相手することのない細山田だが、明らかに彼女には興味があるようで、チラチラ彼女を見ているのがわかる。だが、彼のまわりは常に三人娘が厳しくガードを固めているので手出しできない。フジさんは相変わらずマイペースで、なにやらみっちゃんと話し込んでいる。ボクは自然、隣のハルと話すことになる。
「筒抜けだったんだって?」
ハルが切り出した。前回のことを言っているのだろう。
「誰に聞いたの?」
「誰に話したの?」
「そっか…… そういうことか」
細山田はハルだけにだろうが、意外に口が軽い。
「つかちゃんよ。間違いないと思う」
ハルは意外な人物の名前を出した。
「営業支援の?」
「うん…… さっきフジさんにそれとなく聞いてみた」
「なにを?」
「かっちゃんの会につかちゃん誘わなかったの? って」
「うん、それでなんて?」
「誰が来るの、って聞かれたから、メンバー教えたけど、来ないって言ったんだって。きっと私がいるから彼女は来なかったのよ」
だんだん話が見えなくなる。
「つかちゃんだよね、あの? ハルって仲良くなかった?」
ボクはハルと営業支援の塚本は一番仲良しだとばかり思っていたから不思議で仕方なかった。
「…… 微妙なのよ」
「微妙ね、ハハ…… 女子は微妙が多いよ、まったく」
「何でも知ってるからさ、彼女のことは。
彼女も私のことは何でも知ってると思う。ぜーんぶしゃべっちゃたから、ハハ……」
「やっぱ仲いいんじゃん」
何でも話せるから仲がいい、ボクはそういうステレオタイプな友情しか思いつかない。
だから友人がいないのだろうが。
「とにかく、マーちゃんに話したのはつかちゃんしか考えられない。
いつか三人で飲んだ時、あのふたり、すごく仲良くなってたもん。注意した方がいいと思うな」
塚本のことはともかく、マーちゃんが酒席でどんな話をしているのかはなんとなく想像できた。良くも悪くもマーちゃんは隠し事がない。おそらく、夫婦の馴れ初めやらなにやら、今ごろ、塚本が知らない秘密など多分ないと思った方が良さそうだ。
「しかしよくわからんなぁ。だって、もともとハルがマーケティング部の出張で工場へ行って、そこで品管の連中と飲む機会があって、マーちゃんと知り合いになったんだろ? 彼女がそんなこと言ってたよ、工場にいるときからハルは知ってたって」
「あ~、あの飲み会ね。違うよ主催者は。技術の新部さんね、品管じゃなく。あの人がこっちに来たら俺がぜ~んぶ面倒見てやるって誘ってくれたんだよ。本当にあちこち案内してもらって、御馳走してもらって、挙句に泊めてもらったんだよ、何人も」
ハルはマーちゃんとの出会いのことは無視して、新部課長のことを話題にした。新部課長はとてもおおらかな好人物で、しかもあの田舎町では知らない人がいない名家の跡取り息子だ。ハルはそういう人とも交流がごく当然のようにあるんだと思うと、ボクはちょっと肩身の狭い思いがした。
「そりゃそうだろね、名家のぼんぼんだし」
「凄い豪邸だったよ」
「知ってるよ」
なんか妬けてきた。マーちゃんに陰口をしているのが塚本らしいという話そっちのけで妬けてきた。
彼女がとてもボクには実現できない歓待をボクの故郷で受けていて、その頃、ボクは工場総務の雑務に追われて、ひょとすると花壇の手入れでもしていたんじゃないかと思うと、情けなくなってきた。
そんなボクのちょっとした落胆を察したのか、彼女は話題をボクが喜びそうなことに変えた。
「新部さんっていい人よ。キンちゃんのこともとても褒めてたよ」
「へぇ……」
「技術部が技術提携かなにかの覚書を交わそうとして覚書文面を総務に送ったら、速攻チェックが入って、うちの新人がやりましたって総務の藤田さんが自慢したんだって」
「へぇ……」
「だから、キンちゃんがなんで工場総務からスタートしたかをちゃんと知ってるからね、私は、ハハハ」
「脅しかよ…… みんな知ってるよ、そんなこともうとっくに」
「ハハハ、そうだね。でね、新部さんみたいにあなたを褒める人もいるけど、正反対な人もいるからね」
「ハハ、そっちが多いだろ」
「…… 」
「そこはそうでもないですって言えよ、ったく、お前も意外に見抜けん奴だな」
「なにそれ」
「時々、人の気持ちが見抜けていませんね、ってことだよ」
「本気でそう思ってんの?」
少し間が空いた。
「…… まぁ、いいや。私なら嫌いな人にどう思われても気にしないけどね」
一瞬、目が合った。ドキッとした。ボクは慌てて話題を少し変えようとしたが、ちょっと動揺していて、つまらないことを訊いてしまう。
「ハルでも嫌われることってあるんだ」
「あるある。あるなんてもんじゃないよ」
「そっか…… お前も大変なんだな。
大丈夫、俺とここにいる連中はお前の味方だよ」
慌ててフォローした。ハルはちょっとだけ笑って周囲を見渡しながら言った。
「うん、ここに集まる人は大好き。フジさんも大好き。
あの人、時々本部長とやりあってるでしょ。笑っちゃうけどあのタテの付き方がカッコいいよ」
ボクは気の合う先輩を褒められて気分が良かった。そうなんだよ、そこがあの人のいいとこだよ、そう言いたかった。ハルはわかってるなぁ、そう言って握手でもしたいぐらいだった。だが、それはボクとフジさんの流儀に反する。
「あのおっさんはアホだからな、ハハハ」
「ん? なんか言ったか?」
自分のことを言われていると気づいたフジさんが、少し薄くなった頭をにょきっとこっちに向けた。
ハルは大袈裟に笑った。その様子を見ていた安住さんも、この日初めて笑った。
それを機に席替えになって、ボクは安住さんとようやくゆっくり話ができた。ハルは珍しくかっちゃんの傍に座って、なにやら賑やかに話し込んでいるようだった。二度目のかっちゃんの会も、それぞれがそれぞれに楽しんで終わった。
お読みいただきありがとうございました。
いかがでしたでしょうか。
ご意見ご感想いただけると幸いです。
次回は恋愛相談を口実に、急速に近づくハルとのことを描きます。
またお読みいただけると嬉しいです。




