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13.修復力

【前回のあらすじ】

妻のマーちゃんは日頃の鬱憤を晴らすように義姉夫妻の前でボクの浮気心を詰り始めます。ボクと義姉はなんとかマーちゃんの機嫌を取り成そうとしますが、上手くいきません。

「毎日のことをやめないで……」

マーちゃんはどうやら今朝のことをずっと気にしているようでした。

 マンションに戻ると、彼女はわんわん泣いた。ちょっと悲しげな顔をするくらいなら、ボクは抱きしめて、ねぇ、一緒にお風呂入ろうよ、とでも言うのだろうが、ここまで肩を震わせて泣かれるとどうしようもない。しばらく放っておこうと先にお風呂に入って戻ってくると、彼女は出窓に座ってぼんやり外を眺めていた。


 膝を抱えて外を見ている彼女の姿は絵になった。ボクは彼女の自然な振る舞いが好きだった。世間知らずのわがままな女と言われてもどこ吹く風で、マイペースを崩さず、ふとした仕草や振り向いた時の笑顔とか、そういう感じが好きだった。





………


 彼女と最初に過ごした夜は、どこだか名前も覚えていない、古い温泉宿だった。今度遠出しようよという彼女が本当に見つけてきた、ドのつく田舎で、本当にここってあるの?というくらい、名前もしらないような場所だった。


「だって、シュンちゃん、そういう場所が好きそうじゃん」


 この頃、短い期間だったが、彼女はボクの下の名前を音読みしてこう呼んでいた。キミからあなた、あなたからシュンちゃん…… なんとなく距離も縮まった気がしていた。相手をどう呼ぶかということも、意外に大事なのだ。


「うん、都会のホテルとかダメ。気後れするから」


「全然そんなふうにも見えないけどね」


「ダメ。レストランもだめ。居酒屋」


「ハハハ、それはわかる気がする」


「レストランとか、そういうところ行きたいなら、別の人と行きな……」


「時々そういうズルい言い方するよね。シュンちゃん」


 毎日のように一緒にいるので、彼女との距離は本当に近くなっている。このボクが未だに彼女を抱かないというのは我ながら不自然な気もしたが、彼女にはどうも支配されている感じが拭えず、彼女を誘う言葉をうまく見つけられなかったのだ。だから、ボクの落ち着きそうな場所を見つけてきて、一緒に泊まろうという彼女に対して、ボクはとても自然で親しみを感じたし、楽だった。


 きっと彼女はこれまで都心のホテルとか、豪華な客船とか、そういう場所が似合っただろうに、また、そういう場所で誰かと過ごすことを夢見てきただろうに、ボクと付き合うことで、彼女は将来の夢のひとつを諦めることになるのだろうか、そんなことも思った。


「マーちゃんはこういう場所って平気なの?」


「うん、全然平気。我が家はね、時々お父さんが車を運転してふらっと出かけて、思いついたところで泊まるってことやってたよ」


「へぇ、面白そうだね、そういうのって」


「時々だけどね。

 それでね、私が助手席に座るんだけど、前の車のナンバープレートを足し算したり引き算したりするの。お父さんが問題出して」


「アハハ、なんじゃそりゃ」


 そういいつつ、ボクはその光景を微笑ましく思い浮かべていた。



「44-23、はい、いくつ?」



 家族には赤の他人には入り込めない幸せな時間が流れているものだ。助手席で懸命に計算する幼い彼女の姿が容易に像を結んだ。


「あとね、トンネルに入ると、私とお姉ちゃんは目をつぶるの。それでね、出た瞬間に、でたーって声をあげるの。早くても遅くてもダメなんだよ。出る時と声が一緒だと、お父さんが、おぉ、正解とか言ってくれるの。楽しかった~」


 そういう話をするときの彼女は、とても敵わない先輩ではなく、かわいい子供のような存在だった。




………


 こどものままの彼女……

 それはボクが好きだった彼女の一面であったし、今、目の前で膝を抱えて出窓に座っている彼女も、そういう好きだったころの彼女のように思えた。



「何か見える?」


「ううん、ここからは隣のマンションしかみえないからつまらない……」


「あっちのマンションから、変な女が見えると困るよ、ハハハ」


 ボクが笑うと彼女は一瞬ボクの顔色を窺い、出窓から飛び降りるとわっと抱きついてきた。


「ぶーちゃん!!…… 怒ってないの?」


「怒ってないよ。なんで怒るんだよ」


「よかった~~~ 

 だって帰りにぶーちゃんが何も言わずにどんどん歩くから、これでもう嫌われたと思った……」


「ちびだから、速足で歩かなきゃ、だろ!!」


「でへへ、恨んでやんの、アハハハ」


「ったく、鼻水垂らして泣いてるかと思えば、下品に笑い出すし、マーちゃんにはホント飽きないよ」


「でへへ、いいでしょ。好きでしょ…… エッチも……」


「ああ、好きだから、早くお風呂入っておいで」


「ハ~~~イ」


 その頃のボクたちには、夫婦としての高い修復力があった気がする。この修復力は過信するほど強くはなく、毎日おどおどするほど弱くもない。夫婦の歴史とともにきちんと薄く積み重ねられていくものなのだろう。だが、彼女はそれを信じていたのだろうか?

 そしてボクは、違う意味で過信していたのかもしれない。

お読みいただきありがとうございました。

いかがでしたでしょうか。

ご意見ご感想いただけると幸いです。


次回はハルと一緒になった二度目の飲み会の様子を描きます。

またお読みいただけると嬉しいです。

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ちかハナル作品集
★『ボクの選択』(縦書き)★

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