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コレクトコール

作者: 前田剛力

「進…健…様からコレクトコールが入っています。お繋ぎしてもよろしいでしょうか」


 電話は妙に途切れ途切れで、相手の名前がはっきり聞き取れなかった。

 その交換手の声は自動ガイダンスのような無機質な響きだったが、他人との接触に神経質にならざるを得ない今の状況の中で、部屋に籠もっていた俺はかえってその非人間性に救われた。


今朝、初めて電話が鳴った時は心臓が縮み上がった。そして昼までずっと無視していたが、電話は一定の間隔をおいて鳴り続けた。そして、とうとう根負けして取ったらこれがコレクトコールとは。

 俺にコレクトコールを受ける金なんかあると思っているのか。……そうか、あるじゃあないか。


えっ、誰からだって。


「進藤……一様からコレクトコールが入って……」

  オペレーターは同じ名前を繰り返した。


俺は即座に受話器を叩きつけて切った。悪ふざけにも程がある。するとまた呼び出し音が鳴った。叩きつけて切った。また電話が鳴った。叩きつけた。また鳴った。切った。また……。

「繋いでくれ」

 負けたよ。何にしろ、このまま際限もなく無視を続けても埒が明かない。相手が誰か突き止めるしかなかった。遂に俺を根負けさせたその電話の主は聞き覚えのある声で名乗った。


「俺だよ。健一だよ」


受話器を持つ俺の手は凍りつき、口の中は一瞬にして乾ききった。そして耳には奴の声がまだまとわりついていた。

「誰だ、お前は」

「言っただろ、今。よく分かっているくせに」

「だから誰なんだ。こんなふざけたことをしてただですむと思っているのか」

「何がふざけたことだ。進藤健一はお前の一番の親友じゃあないか」

「あいつは一週間前に姿を消して、仲間内でも居場所を知っているやつはいない。お前は誰だ」

「とぼけちゃいけないぜ。俺の行き先はお前が一番よく知っているはずだよな。何しろ、お前に殺されたんだからな」

「…………」

「俺も馬鹿だったよ。お前なんかを信じてペラペラと金のことを話すなんて。やっとの思いで溜めた百万円、世の中にはこの何分の一かの金が原因の殺人もあるっていうのによ。 一体お前は何にそんなに金が必要だったんだ? 殺されるくらいなら俺も、金でもなんでもくれてやったのに。何も言わずに、いきなりナイフでグサリとくるなんて。

 あのナイフ、どこで手に入れたんだい。凄い切れ味だったなあ、一言も叫ぶ間なかったよ。

 ここは冷たいよ。おまけに足に巻きついた重しのコンクリートは痛いし、魚が顔をつついてくるし」

「やめろ!」


 一体誰なんだ。俺しか知らない池の底の死体のことをほのめかすのは。

「何が目的なんだ」

「目的? 今となっちゃあどうしようもないけど、とにかく悔しいんだよ。お前に仕返ししたいんだ。金を取り返したい」

「金なんかない」

「嘘をつけ」


そう、確かに嘘だ。今、奴から盗んだ百万円が俺の口座に入っている。

でもそれは俺の金とも言えない。明日、あのサラ金に全部、持っていかれるのだ。これまであちこちで借りまくって何とか綱渡りを演じてきたが、今回は俺も年貢の収め時だった。最後に借りた相手がとんでもない悪党で、借金はあっと言う間に膨れ上がり、一ケ月以内に全額耳を揃えて返さないと命は保証しないと脅されていた。そして、その期限が明日だった。

そんな時に馬鹿なあの男、俺に金のことを漏らすなんて。俺に選択の余地は無かった。


「黙っていても電話料金はかさむんだぜ。何とか言ったらどうだ」

うかつなことは言えなかった。

「絶対、俺は金を取り返すからな。そしてお前に仕返しを、」


受話器の声を遮るように俺は電話を切った。誰からだったにしろ、尻尾をつかまれるようなことは喋っていない。しょせんは証拠のないざれ言だ。俺が捕まるはずはない。明日、借金を返してトンズラしよう。無一文にはなるが、奴のように死んでしまっては元も子もないからな。何処かでまた一から出直しだ。

その時、電話がまた鳴った。

しかし俺はそのベルを無視して部屋を飛びだし、一晩中戻らなかった。


翌日、俺は借用書を取り返すためにやつらの事務所に向かった。

 ところが中に入った途端、つるし上げられてしまったのだ。金がうまく引き落とせなかったらしい。

「いい加減なことを言いやがって、この野郎、いい度胸してるな。お前の口座には一銭も入ってないぞ。覚悟は出来ているんだろうな」

「待ってください、何かの手違いですよ。確かに金はあるはずです」


 俺はやっとのことで数分の猶予をもらい、銀行に確認した。しかし、口座の金は残らず消えていたのだ。調べると、お金は朝一番に電話会社が全額、引き落としていた。

 これは一体?

 すぐに電話会社に連絡した。


「昨日からなんどもコレクトコールの料金について連絡を差し上げようとしたのですが、どなたもお出にならなくて。確かに1分間の電話にしては法外かもしれませんが、何しろ遠距離でして。えっ、何処からか? ですか。そうですね、少々お待ちください」


俺の必死の口調に電話会社のオペレーターも事務的態度以上の誠意を見せてくれた。

「大変お待たせ致しました。いろいろ調べましたが、複雑な回線を経由しているようでして、遠いということだけしか今のところ分かりません。確かに金額は高いようにも思えますが、でも正規の計算をしていますので。どうしてもご不審であれば直接、こちらにお越し下さい。上の者と話していただければ何か手があるのでは……」

「それじゃあ間に合わないんだ!」


俺は叫んだ瞬間、悟った。

 そして諦めた。

やくざにとてもこんな言い訳が通用するとは思えなかった。

電話会社の言うことは正しいのだ。

 確かに健一は、本当に遠いところから電話してきたのに違いないのだから。



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